三ノ宮駅(さんのみやえき)は、兵庫県神戸市中央区布引町四丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)東海道本線の駅です。「JR神戸線」の愛称区間に含まれています。神戸、繁華街への最寄駅でたいへん多くの利用客があります。
神戸市中心部のターミナル駅である。明治初期、当時の神戸中心部のやや東寄りの地域に神戸駅が設置された。神戸外国人居留地の誕生による開発と、戦後における三宮地区の復興での神戸の商業地域拡大および市役所の移転などを経て中心部が三宮に移動した経緯がある。
神戸市の代表駅は神戸駅で、JRの長距離乗車券の神戸市内の中心駅ともなり、新幹線の営業キロ計算においても新神戸駅は(最寄の在来線駅である当駅ではなく)神戸駅と同じ扱いになっている。だが、当駅は商業地区の中心部に近く多くの鉄道路線が集まっているため、神戸市のみならず兵庫県内で最も利用客が多い駅である。また、各社高速バスの神戸におけるターミナルも神戸駅前ではなく当駅前にある。特急列車は「はまかぜ」以外、神戸駅には停車せず当駅に停車する。さらにはJR西日本各駅構内の方面案内でも「三ノ宮・姫路方面」(大阪駅の場合)というように、神戸駅よりも当駅の扱いが優先されている。ただし、敷地面積やホーム数や駅ビルの建坪という規模の面での兵庫県内で最大の駅は姫路駅になる。
兵庫県内で最も利用客が多い駅であるが、分岐器や絶対信号機を持たないため、停留所に分類されている[2]。つまり折り返し・待避設備がないため通常は当駅発着の電車は設定されていない。ただし、神戸ルミナリエ・みなと神戸海上花火大会(下りのみ)の開催時など、多客時は当駅を始発とする電車が運転されることがある。
当駅は駅長が配置された直営駅であり、管理駅として甲南山手駅 - 灘駅間の各駅と元町駅を管轄している。アーバンネットワークエリアに属しており、ICOCA利用可能駅である。神戸市内における山陽新幹線の駅として新神戸駅があるが、同駅は新幹線単独駅であり、在来線に直接乗り換えることができない。そのため、特例で当駅が乗り換え最寄り駅とされており、神戸市内発着の乗車券により当駅で途中下車後、新神戸駅へ再入場することが可能である。但し、三ノ宮駅から新神戸駅への移動費用(地下鉄運賃、タクシー料金等)は別途支払う必要がある。
「三宮」の地名の由来でもある三宮神社が駅名の由来である。1931年までは現在の元町駅の位置、すなわち現在よりも三宮神社に近い位置に当駅があった。
他の交通機関の駅名などはすべて「三宮」であるのに対し、JRのみ「三ノ宮」と“ノ”の文字を含んでいるのは、開業が最も早く、駅創設時からあえて“ノ”をつけることによって地名の読み違いをさせないよう配慮していた名残であると考えられている。ただし「三ノ宮」という表記は、三ノ宮駅開業前の1873年(明治6年)に三宮町が名づけられた際に生田宮筋の西側(おそらく現在の「トアロード」)の道路に「三ノ宮筋」という名称が付けられたのがはじまりのようである。表記の相違は、今ではJRと他交通機関の駅名を区別するのに役立っている(一方で、近隣の類似事例であり当駅と同日に西宮町(現在の西宮市)に開業した西ノ宮駅は、市の長年の要望もあって2007年3月18日、“ノ”を省いた「西宮駅」に改称された)。
長らくプラットホーム上屋(屋根)は8両編成分のみ設置されていたほかホームの嵩上げもなされていない状態が続き、新快速が平日ラッシュ時や土曜・休日に12両編成での運転を開始して以降も大阪側の4両分には屋根がないほか、ホームと車両の床面が揃わず水平ではなかった。この部分は2003年ごろに整備されたが、それ以降もさらに大阪側(12両編成以上)の部分には上屋が設置されていない。また2008年11月には、ホームの電光掲示板6つがすべて高輝度のものに交換されたほか、各改札口の電光掲示板も2010年3月に交換された。
開業当初の阪神三宮駅は現在のJR三ノ宮駅南側の至近にあり、駅名も「三ノ宮」を名乗っていた。なお、阪神が地上にあった頃は現在の位置に駅はなかった。
かつては東京駅始発・終着の客車寝台列車が停車していたが、2005年3月1日のダイヤ改正をもって最後の停車列車であった九州方面の特急「富士」が通過となったことにより、同種の列車の停車は無くなった。なお、ダイヤ改正前日時点における下り「富士」の次の停車駅は、山口県の小郡駅(現在の新山口駅)であった。
島式ホーム2面4線を持つ高架駅。昭和56(1981)年3月改築のホテル、デパートの入ったターミナルビルです。西口・中央口・東口がある。西口駅舎は阪急三宮駅の東駅舎と改札外で直結している。ホームは外側線に面する方は15両対応で、内側線に面する方は12両対応になっている。中央切符売場にオープンカウンター式のみどりの窓口があります。中央改札口、改札機は7台。東切符売場には券売機4台、中央改札口付近に、天井から金色の鈴が吊り下げられている場所がある。このエリアは「金の鈴広場」と命名されている。神戸中央ライオンズクラブからの寄贈であることが明記されている。神戸中央郵便局三宮駅内分室(郵便窓口のみ)・ ゆうちょ銀行大阪支店JR三宮駅構内出張所 (ATM) が当駅内にある。なお、店名はいずれも「三ノ宮駅」ではなく「三宮駅」と呼称されている。
のりば
三ノ宮駅プラットホーム
ホーム 路線 方向(線路) 行先 備考
1 ■JR神戸線 上り(外側線) 尼崎・大阪・京都方面 特急・新快速(快速の一部も使用)
2 上り(内側線) 快速・普通
3 下り(内側線) 西明石・姫路方面 快速・普通
4 下り(外側線) 特急・新快速(快速の一部も使用)
日中時間帯は1時間あたり新快速・快速がそれぞれ4本、各駅停車が8本停車する。朝ラッシュ時の大阪方面は新快速・外側快速がそれぞれ8分間隔、各駅停車が4分間隔で発車する。夕方の姫路方面は新快速が7分半間隔で停車する。
特急・新快速(および当駅を通過する貨物列車)はすべて1・4番のりば、各駅停車はすべて2・3番のりばに停車する。日中は新快速と各駅停車(JR東西線直通)が当駅で相互接続する。
快速は基本的に2・3番のりばに停車する。ただし、大阪方面の快速で平日朝ラッシュ時のすべての列車と土曜・休日ダイヤの朝の一部列車は1番のりばに、姫路方面の平日朝の快速は4番のりばに停車する。
コンコースには売店がある。新型インフルエンザの影響で一時営業休止したが、後に営業再開された。
隣の元町駅との駅間は0.8kmであり、JR神戸線で最短である。電光掲示板の遅延表示は、「2分遅れ」から表示される(当駅以外のほとんどの駅は「3分遅れ」から表示される。この駅より西の駅で同様の対応をしているのは垂水駅のみである)。第4回近畿の駅百選選定駅。「火垂るの墓」で主人公が亡くなった駅である。「布引町」は旧葺合区(1980年に旧生田区と統合して中央区となる)の地名であり、当駅は葺合区に所在していたが、ホームの神戸・姫路方がフラワーロードの上にあり、さらに現在の西口は生田区にあった。すなわち、当駅は葺合区と生田区にまたがっていた。なお、阪急三宮駅は生田区内に、阪神三宮駅は葺合区内にそれぞれ収まっていた。ベルリンのZoo.動物園駅Bahnhof Berlin Zoologischer Gartenをモデルにしている
1874年(明治7年)5月11日 - 官設鉄道大阪駅 - 神戸駅間開通と同時に開業する。
1895年(明治28年)4月1日 - 線路名称が制定され、東海道線(1909年より東海道本線)の所属となる。
1918年(大正7年)5月1日 - 神戸港駅に貨物取扱業務を移管し、当駅での貨物取扱が廃止される。
1931年(昭和6年)10月10日 - 高架駅化により現在の元町駅の位置から現在地に移転する。
三宮神社に近い旧駅舎からわざわざ現在地へ移転したのは、そごうが現在地へと移転するなど、三宮の地域を中心地として整備する計画があったためである。駅移転後の1934年に、旧駅舎に近い場所に元町駅が設置された。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
1995年(平成7年)
1月17日 - 阪神・淡路大震災発生に伴い東海道本線が不通となったため、当駅も営業を休止する。
2月20日 - 神戸駅から灘駅までの運転再開にあわせて営業を再開する。この時点では、フラワーロードの真上部分のホームは撤去されたままであったため、中央口と東口のみで客扱いを行った。西口が再開したのは同年6月末で、この再開にあわせて旧神戸新聞会館から伸びていた新聞運搬用地下専用通路へのエレベーターが撤去された。
2003年(平成15年)
中央口上階をリニューアルした、レストラン街「ダイニングロード」が開業する。
11月1日 - IC乗車カード「ICOCA」の供用を開始する。
電報略号 サン
駅構造 高架駅
ホーム 2面4線
乗車人員
-統計年度- 117,800人/日(降車客含まず)
-2011年-
開業年月日 1874年(明治7年)5月11日
乗換 三宮駅(接続路線はリンク先参照)
神戸三宮駅(阪急電鉄)
三宮・花時計前駅(地下鉄海岸線)
備考 直営駅(管理駅)
みどりの窓口 有
神 神戸市内駅