ディーゼルエンジン (英:Diesel engine) は、ディーゼル機関とも呼ばれる内燃機関であり、ドイツの技術者ルドルフ・ディーゼルが発明した往復ピストンエンジン(レシプロエンジン)である。1892年に発明され、1893年2月23日に特許を取得した。
ディーゼルエンジンは点火方法が圧縮着火である「圧縮着火機関」に分類され、ピストンによって圧縮加熱した空気に液体燃料を噴射することで着火させる。液体燃料は発火点を超えた圧縮空気内に噴射されるため自己発火する。
単体の熱機関で最も効率に優れる種類のエンジンであり、また軽油・重油などの石油系の他にも、発火点が225℃程度の液体燃料であればスクワレン、エステル系など広範囲に使用可能である。汎用性が高く、小型高速機関から巨大な船舶用低速機関までさまざまなバリエーションが存在する。
エンジン名称は発明者にちなむ。日本語表記では一般的な「ディーゼル」のほか、かつては「ヂーゼル」「ジーゼル」「デイゼル」とも表記された。日本の自動車整備士国家試験では現在でもジーゼルエンジンと表記している。
特徴
ディーゼルエンジンは圧縮着火のため高圧縮比となる。一般にピストンエンジンは圧縮比=膨張比であることから、高圧縮比、高膨張比エンジンとすると熱効率が高まる。圧縮比を上げることを気体の熱力学だけで解析すると、対数的に効率は上がり続けるものの圧縮比15を超えると伸び悩む。一方で高圧縮は摩擦損失と可動部品の重量増による慣性損失を増大させ、特に高回転で機械損失が急増する。また高圧縮になるほど着火しやすいが、むしろ早期着火により完全燃焼しにくくなるため、適正な圧縮比は14台だといわれている。膨張比はより大きくても良い。ただし、低温時や高地でのエンジン始動性のため圧縮比は14より大きいものが多い。
ディーゼルエンジンは高圧縮比エンジンなので発火点さえ確保できれば精製度の低い安価な燃料を使用できる。ただし、その実現には高価な前処理装置や特殊なエンジンオイルが必要になる。低燃費だがエンジン本体に高い圧縮比に耐え得る構造強度が必要になるため大きく重くなり、イニシャルコストが高い。稼動回転域はガソリンエンジンより低回転でかつ狭いため、車両の発進には有利だが、より多段の変速機が必要になる。
拡散燃焼の特徴から気筒容積あたりの出力が低い代わりに、気筒容積に制限がなく、巨大なエンジンを実現できる。熱効率は良いので必要な出力が得られるまでエンジンを大型化することができる。この場合、大型ほど低速回転になるが、これは大型船舶など低速回転・大出力が必要な用途においては極めて都合がよく、実際に超大型低速ディーゼルエンジンが大型商船の主機関として広く用いられている。
空気だけを圧縮した中で燃料が自己発火するため、予混合燃焼ガソリンエンジンで問題となるノッキングやデトネーションが発生しない。そのため過給による吸入充填量の増加で気筒容積あたりの低出力を補うことが容易である。スロットルバルブを持たず低速でも排気圧力が高いことから、ターボチャージャーにより排気エネルギーの一部を回収し、効率を維持したまま排気量1L当たりの出力を100馬力程度からそれ以上にすることも可能である。
主な用途
定置型の内燃力発電やポンプなどの動力。水上船舶、潜水艦などの舶用動力。トラックやバスといった大型自動車や、戦車のような軍用車両、建設機械、農業機械などの大型特殊自動車[注釈 6]ディーゼル機関車や気動車などの鉄道車両に使用される。発電、ポンプなどはディーゼルが主流であるが、排ガス規制によるLPG、CNGなどのガス燃料の制限がある場合は電気点火のガスエンジンまたはディーゼル燃料で点火するガスエンジンとなる。
環境への影響と対策
ガソリンエンジンより熱効率の高いディーゼルエンジンは、CO2の発生量では環境への負荷が少なくて済む。しかしPMやNOxの発生量はガソリンエンジンより大量で問題を含んでいる[5]。
気体だけを燃やす予混合燃焼と異なり、燃料を液滴のまま燃やす噴霧燃焼の原理上、液滴の燃え残りとして、PMや黒煙を発生しやすいことが欠点である。またディーゼルエンジンはガソリンエンジンよりも高温高圧で、余分に空気を取り込む内燃機関なので、窒素酸化物 (NOx)の生成量も多くなってしまう。
ディーゼル機関の低負荷時の空燃比は30:1から60:1もの希薄に見えるが、均一予混合燃焼ではないので、低温燃焼によるNOx低下は無い。むしろディーゼル機関は液滴付近の空気だけを消費する不均一な拡散燃焼のため、燃焼温度が高いまま多量の余剰空気を加熱し、行程あたり高負荷時よりも大量のNOxを生成する。
ディーゼル機関は排気も酸素過多となるので、ガソリン機関で多用されている排気浄化用の三元触媒を使えない。三元触媒は理論空燃比ので運転する場合に炭化水素 (HC)・窒素酸化物 (NOx)・一酸化炭素 (CO) を同時に浄化できる。
年表
1892年: 2月23日、ルドルフ・ディーゼルが "Arbeitsverfahren und Ausführungsart für Verbrennungskraftmaschienen" と題した特許 (RP 67207) を取得。
1893年: ディーゼルが「既知の蒸気機関と内燃機関を置換する合理的熱機関の理論と構築」と題する論文を発表。
1897年: 8月10日、ディーゼルがアウクスブルクで初の実働するプロトタイプを製作。
1898年: ディーゼルがロシアの石油会社 Branobel にディーゼルエンジンのライセンスを供与。同社は蒸留していない石油で動くエンジンに興味を持っていた。同社の技術者らは4年をかけて船用のディーゼルエンジンを設計。
1898年: ディーゼルは製造業者クルップとスルザーにディーゼルエンジンのライセンスを供与。両社はまもなく主なディーゼルエンジン製造業者となる。
1902年: 1910年までにMANが据え置き型ディーゼルエンジンを82機製造。
1903年: ニジニ・ノヴゴロドの造船所で、世界初のディーゼルエンジン搭載石油タンカー "Vandal" が進水。
1904年: フランスで世界初のディーゼル潜水艦 Z を建造。
1905年: Alfred Büchi がディーゼルエンジン用ターボチャージャーとインタークーラーを考案。
1908年: Prosper L'Orange がDeutz社と共に、ニードル型噴射ノズルで精密に制御可能な噴射ポンプを開発。
1909年: Prosper L'Orange がベンツ&シー社と共に予燃焼室式の半球型燃焼室を開発。
1910年: ノルウェーの探検船フラム号にディーゼルエンジンを搭載。商船ではシェランディアが最初となる。
1912年: デンマーク初のディーゼル船シェランディア (Selandia) 建造。世界初のディーゼル機関車製作。
1913年: アメリカ海軍の潜水艦がNELSECO社製のディーゼルエンジンを採用。郵便船ドレスデン号でイギリス海峡を渡っているとき、ルドルフ・ディーゼルが謎の死を遂げる。
1914年: ドイツのUボートがMAN社製ディーゼルエンジンを搭載。
1919年: Prosper L'Orange 予燃焼室式の特許を取得し、ニードル噴射ノズルを製作。カミンズがディーゼルエンジンを生産開始。
1921年: Prosper L'Orange が連続可変出力式噴射ポンプを製作。
1922年: ベンツがディーゼルエンジンを搭載した初のトラクターを発売。
1923年: MAN、ベンツ、ライムラーが初のディーゼルエンジン搭載トラックを製作し、試験を開始。
1924年: フランクフルトモーターショーにディーゼルエンジン搭載トラックが出展される。フェアバンクス・モースがディーゼルエンジンを生産開始。
1927年: ボッシュがトラック用噴射ポンプと噴射ノズルを生産開始。Stoewerが初のディーゼルエンジン搭載乗用車を試作。
1930年代: キャタピラー社が自社製トラクター用にディーゼルエンジンの生産を開始。
1932年: MAN社が160馬力という当時世界最高出力のディーゼルトラックを発売。
1933年: シトロエンが世界初のディーゼルエンジン搭載乗用車 (Rosalie) を製作。イギリスのディーゼルエンジン研究者ハリー・リカルドの設計したエンジンを採用[55]。ディーゼルエンジンの使用が規制されていたため、発売されなかった。一方、日本ではヤンマーが小型汎用高速ディーゼルエンジンの自社開発に成功(「HB型」ディーゼルエンジン)。
1934年: マイバッハが世界初の鉄道車両用ターボディーゼルを製造。
1934年-35年: ドイツのユンカースが航空機用ディーゼルエンジン「ユモ (Jumo)」シリーズの生産を開始。有名なユモ205は第二次世界大戦の勃発までに900台以上生産されている。
1936年: メルセデス・ベンツがディーゼル乗用車260Dを製作。ハノマーグやSaurerも相次いでディーゼル乗用車を生産。アッチソン・トピカ・アンド・サンタフェ鉄道にスーパー・チーフ用のディーゼル機関車が採用される。建造中の飛行船ヒンデンブルクでディーゼルエンジンを採用(ダイムラー・ベンツ製エンジン 602LOF6)。
1936年: ソビエト連邦がBT-7戦車にVD-2ディーゼルエンジンを搭載して実験、後に改良型V-2エンジン搭載のBT-7Mとして量産され、1939年末より部隊配備開始。
1937年: ソビエト連邦が開発中の戦車A-20及びA-32にV-2ディーゼルエンジンを搭載。1939年にA-32の拡大改良型A-34が、T-34として採用される。
1937年: BMWが航空機用ディーゼルエンジン BMW 114 を試作。
1940年: 航空機用ディーゼルエンジン・ユモ207Aを搭載したJu 86P高々度爆撃/偵察機が開発され、同年から実戦投入される。
1944年: Klöckner Humboldt Deutz AG (KHD) が空冷式ディーゼルエンジンを開発。
1953年: メルセデス・ベンツがターボディーゼル搭載トラックをシリーズで発売。
1968年: プジョーが204に小型車としては初のディーゼルエンジンを採用。横置きで前輪駆動。
1973年: DAFが空冷式ディーゼルエンジンを採用。
1976年: 2月、フォルクスワーゲンが乗用車ゴルフ用のディーゼルエンジンの試験を開始。チューリッヒ工科大学でコモンレール式噴射システムを開発。
1977年: 初のターボディーゼル搭載乗用車の生産開始(メルセデス・ベンツ・300SD)。
1994年: ボッシュがディーゼルエンジン用ユニットインジェクターシステムを開発。
1995年: デンソーがコモンレールシステムを世界で初めて実用化し、日野ライジングレンジャーに搭載。
1997年: アルファロメオ・156で乗用車初のコモンレールを実現。
1998年: BMWがディーゼルエンジン搭載の320dでニュルブルクリンク24時間レースに優勝。
2004年: 西ヨーロッパで乗用車のディーゼルエンジン搭載率が50%を越えた。
2008年: スバルが乗用車用の水平対向ディーゼルエンジンを導入。EGRシステムで「ユーロ5」にも適合。