パトリオットミサイルM902発射機
MIM-104 パトリオット(MIM-104 Patriot)は、米レイセオン社がMIM-14 ナイキ・ハーキュリーズの後継としてアメリカ陸軍向けに開発した広域防空用の地対空ミサイルシステムである。ミサイル防衛では終末航程に対応し、20-35kmの範囲を防御する。
湾岸戦争時にイラク軍が発射したスカッドミサイルを撃墜したことにより有名になった。米国のほか、日本を含む同盟国など世界10ヶ国以上で運用されている。
パトリオットミサイルは厳密にはミサイルそのものを指すが、付帯するミサイル発射システムを含めてパトリオットミサイルと呼ぶ場合もある。
「MIM-104」はミサイルの形式名称、「Patriot」はその愛称で、「Phased Array Tracking Radar Intercept On Target」(直訳:目標物を迎撃する追跡位相配列レーダー)の頭文字をとったものといわれている。Patriotは英語で「愛国者」を意味し、原語での発音をカタカナで表記すると「ペイトリオット」に近い。日本では報道など一般的には「パトリオット」表記を用い、航空自衛隊など政府公式資料においては英語の発音に近似した「ペトリオット」表記を用いている。
パトリオットミサイル発射システムはトレーラー移動式のシステムであり、1つの射撃単位はパトリオット発射中隊によって運用される射撃管制車輌、レーダー車輌、アンテナ車輌、情報調整車輌、無線中継車輌、複数のミサイル発射機トレーラー、電源車輌、再装填装置付運搬車輌、整備車輌という10台以上の車両により構成される。これらの車両が自走して野外に発射サイトを設営後、射撃体勢が整う。
ナイキの発射システムよりも省力化が図られている。交戦中に人員が配置されるのは射撃管制車だけで、無人となったレーダーや発射機は射撃管制車からの遠隔操作によって制御される。
システムは複数の機材から構成されており、有線・無線によるインターフェースにより連動している。レーダー装置(Radar Set、RS)の形式名称はAN/MPQ-53(Config.2形態以前)またはAN/MPQ-65(Config.3形態以降)である。RSはC-Band帯の電波を用いる、フェーズドアレイ・多機能レーダーである。目標の捜索・追尾の他、IFF、ミサイル誘導なども行う。1高射隊(FU:Fire Unit)当たり1台のRSが配備される。運用中は無人となる。射撃管制装置(Engagement Control Station, ECS)の形式名称はAN/MSQ-104(Config.2形態以前)またはAN/MSQ-132(Config.3形態以降)である。1射撃中隊に1台が配備され、RSからの情報を処理し要撃命令を下す。米軍のECSシェルターはM927 5tカーゴトラック、または軽中量戦術車両(Light Medium Tactical Vehicle, LMTV)カーゴトラックの荷台に搭載された状態で運用され、2名のオペレーターが操作する。航空自衛隊では73式大型トラックを改修したものを使用する。
主要な機器は新型兵器管制コンピュータ(Enhanced Weapons Control Computer, EWCC)、発射機間通信リンク・ターミナル(Data Link Terminal Upgrade, DLU)、UHF通信機(UHF Digital Data Link, DDL)、UHF通信ルーティング・インターフェース装置(Routing Logic Radio Interface Unit Upgrade, RLRIUーU)、2人分の操作コンソール(Man Station, MS)である。
最大16台の発射機を接続でき、同時に8台の発射機を制御する。発射機との通信はVHF無線または光ファイバーによって行われる。RSとは有線でインターフェイスする。情報調整装置(Information Coordination Central, ICC)の形式名称はAN/MSQ-116(Config.2形態以前)またはAN/MSQ-133(Config.3形態以降)である。1高射群(BN:Battalion)に1台のICCが配備され、隷下に6台のECSを置く。ECSと外観はほぼ同様であり、2名のオペレーター(指揮官)が搭乗する。
上位組織および早期警戒管制機との連接が可能(日本ではさらに自動警戒管制システムBADGEとの連接が可能なように改修された。平成24年防衛白書では後継システムの新自動警戒管制システムであるJADGEとの連接を当面の目標としている)。ECSとはUHF無線によってインターフェースする。無線中継装置(Communication Relay Group, CRG)の形式名称はAN/MRC-137(Config.2形態以前)またはAN/MRC-147(Config.3形態以降)である。ECS-ICC間の通信でUHF無線の見通しが取れない場合、CRGを間に挟んで通信を中継する。ECS-ICC間の通信はPADIL(PATRIOT AIR DIFENCE INFORMATION LANGUAGE)というフォーマットで行われており、音声・データ(航跡情報など)が多重化されている。なお、日本では山岳地であることを考慮して、有線接続にてECS-ICC間の通信ができるよう独自改修が行われている。アンテナ・マスト・グループ(Antenna Mast Group, AMG)の形式名称はOE-349/MRCである。ECS、ICCおよびCRGはそれ単体ではUHF無線通信が行えない。AMGはいわば外付けのUHFアンテナであり、それぞれに接続されて運用される。発射機(Launching Station, LS)の形式名称はM901である。M901発射機では最大4発のミサイル(STD弾、PAC-2弾、SOJC弾、GEM弾から選択)、M902発射機では最大16発のPAC-3弾を搭載する(M902発射機にSTD弾、PAC-2弾、SOJC弾、GEM弾は搭載できるが、PAC-3弾との混載は不可)。ECSとはSINCGARS無線機(米国形態。日本では電波法に対応したDLU無線機)または光ファイバーによってDLUを通してインターフェースする。15KW-400Hz発電機を1基持つ。
1パトリオット中隊は5-8基の発射機を運用する。LSは専用の発電機(ディーゼルエンジン式発動発電機)を搭載している。EPP-III発電プラント。M977 HEMTTに搭載。 150KW 208V-400HzACを供給するディーゼルエンジンが2基。283.9リッターの燃料タンク2個。太い給電ケーブル。 ECSとRSには、EPP-III(Electric Power Plant-III)により電力を供給する。
ICCとCRGには、EPU(Electric Power Unit)により電力を供給する。また、AMGには、接続されているECS、ICCまたはCRGから電力供給を受ける。
航空自衛隊仕様は、日本国開発のガスタービン発電装置に改良されている。ECS-ECS、ECS-ICC間(音声および航跡情報など)
UHF通信用無線機を用いたデジタルデータリンク(PADIL)により、航跡情報などの通信を行う。また、音声通信の回線も有する。通信の中継を行う場合は無線中継装置によって行う。PADILは1回線あたり32kbpsの通信容量を持ち、RLRIU-Uは4系統のPADIL回線を同時に通信処理できる。また、通信はTCP/IPのようにルーティングされて伝達されるよう設計されており、一部経路で通信障害が発生していてもデータリンクを確実に確立できるよう配慮されている。なお、UHF無線機はECSおよびICCには3台、CRGには4台搭載されている。
ECS-LS間(発射指令)
VHF無線または光ファイバーを用いたDLUにより、デジタル通信で発射指令・ミサイルステータスなどを送受信する。
ICC-上位部隊間(音声および航跡情報など)
TADIL-A(音声)、TADIL-B(航跡情報)、TADIL-J(航跡情報)により上位部隊との連接が可能である。なお、日本のパトリオットでは、自動警戒管制システム(BADGE)との連接を有線で行うためのデータモデムが搭載されている。ただし、BAGDEとの連接はPAC-3/Config.2形態までの機能であり、新自動警戒管制システム(JADGE)の運用開始に伴ってデータモデムの使用を止め、専用の有線光インターフェース(100BASE-FXをベースにした イーサネット)が随時追加改修されている。これは後述のPAC-3/Config.3形態およびConfig.2形態に対して行われている。なお、この有線通信にあたっては、日本中に張り巡らされた既設回線網を使用する。
日本では1989年(平成元年)度から航空自衛隊の高射部隊に地対空誘導弾ペトリオットとして配備が開始された。高射教導隊を皮切りに1996年(平成8年)度に全国への配備が完了した。実働部隊の6個高射群24個高射隊(各高射隊は5機の発射機を有す)と教育支援部隊の高射教導隊が、北は長沼町(北海道)から南は南城市(沖縄県)にかけて配置されている。
弾道ミサイル迎撃用のPAC-3については、米国において弾道ミサイル防衛(BMD)対応のPAC-3弾が開発を完了した後、日本では日本版BMDの1つとして、2007年3月30日に埼玉県の航空自衛隊入間基地に所在する第1高射群第4高射隊に最初に配備された。当初は3個高射群(第1(入間)・第2(春日)・第4(岐阜)に限定して配備する計画であったが、北朝鮮の弾道ミサイルの脅威に対応すべく他の3個高射群にも配備する方針を固めた(PAC-3/Config.2形態からPAC-3/Config.3への改修)[11]。副次的産物として、異なる2形態のシステムを維持管理するよりも、補用部品の調達一本化や隊員の教育などの面で有利である。
PAC-3/Config.3形態が配備される各高射隊の発射機のうち2機がPAC-3弾の搭載・運用に対応(M902発射機)し、残りの発射機(M901)は従来のPAC-2ファミリー弾(種類が多いためPrePAC-3弾と呼ばれる)のみに対応する(ただし、ECSがPAC-3/Config.3化され、発射機制御装置がDLTからDLUへ改修となったため、M901はDLUに対応しつつもPAC-3弾には対応しないPAC-3/Config.3形態の発射機と言える)。なお、M902発射機はPAC-3弾とPrePAC-3弾の両者に対応するが、混載運用はできない(物理的には混載できるが、システムとして同時運用は不可(ミサイル収納キャニスターに接続するケーブルが異なるなどの理由ため。米国のM902発射機も同様)。