航空宇宙技術研究所(現JAXA)がVTOL研究のために
試作・飛行試験を行ったフライングテストベッド(FTB)
普通機の高速 飛行性 とヘ リコプタの垂直離着陸能力を兼ね備えた航空機 の理想 とす る能力 を発揮 で き るVTOL機 の研究が本格的に取 り上げ られたのは1950年代に入 ってか らで あるが,現 在までに世界各国で20機種を超 える試作が行 なわれ,そ の一 つで ある英国ホーカー・シ ドレー社 のハ リヤー軍用機 は英 ・米両国で制式機 として採用 され るまでになった.こ れ らの試作 と併行 して進 め られた試作研究によってVTOL機 の基礎技術 に関す る多 くの問題は解 明されて来 たが,VTOL機が航空輸送 とその他 の分野で実用機 として活躍する場 を確立す るには,さ らに多 くの問題を克服する必要が ある.今 後の研究 開発で は,VTOL機 の飛行の安全性信頼性を向上 させ,ま た経済性を高 める というようなVTOL機 の実用性 に直結 した問題 に焦点 が置かれよ う.
戦後の航空技術 空白期 間の影響を受 けて諸 外国に遅れを とったわが国の航空工業 は最近 目覚 しい発展 をとげつつあるが,VTOL技 術 について も着実 に先進諸国 との格差 を縮 めつつ ある.
航空宇 宙技術研究所で は昭和37年 以来,JRシ リーズ と呼 ばれるVTOL機 用 リフ ト・エ ンジ ンの研究開発 を進 め,す で にJR100お よびJR200エ ンジン(推力重量比10お よび15)を 完成 し1,2),リ フ ト・エ ンジン技術 に関 して は英国 とな らんで世界 の先端を行 く水準 に到達 した.VTOL機 の操縦 システムに関 して も,シミュ レータによ る安定操縦性 の基礎研究を進めるのと併行 して,姿 勢制御用空気 ジェッ ト・ノズル3)・自動安定装置等のハー ド・ウェアの研究開発を進め,昭和40年 にはVTOL機 の垂直離着陸 ・ホバ リング飛行 の研究のための実験機 フライ ング ・テス ト・ベ ッ ドの試作 が開始 され た.
フライ ング ・テス ト・ベ ッドは わ が 国 で の最初 のVTOL飛 行を 目指 した研究機 で あ り,垂 直離着陸 ・ホバ リング時の飛行性 の研究 とともにVTOL機 を構成 する各ハ ー ド・ウ ェアの設計製作 に関す る技術獲得をも目標 として計画 されたもので ある.
1. フライ ング ・テス ト・ベ ッ ド)
機体構造 ・脚 操縦席 ・エ ンジン ・補助 動力装 置 ・自動安定装置等 を収容 する機体中央部分は特殊鋼管溶接 によ る トラス構造 を,中 央部か ら前後左右に伸 びる
部分 は軽合金板材 による トラス構造を採用 した.本 機の荷重は着陸荷重 ・エ ンジ ン推力荷重が主要 な もので
あるが,脚 を含 めた機体構造の大部分は制 限着陸荷重倍数3(相 当す る着陸接地時降下 率5m/s)で 設計 されている.
エン ジン 機体中央部に前後に5度 傾 けて配 置された リフ ト・エ ンジ ンJR100F型 はJRシ リーズの4号および5号 機 に当た るもので,原 型 エ ンジ ンの燃料制御器 とその他 に機体側か らの要求 による改修を加えた もので ある.エ ンジン始動 は外部 か らの 圧縮空気(4.5kg/cmcm2G以 上)を タービ ン部に 吹 きつける方式を採用 している.エ ンジン圧縮機か らは姿勢制御 ・補助動力駆動用の抽気(エ ンジン空気流量の約7%)が行なわれる.燃 料 は機体中央部分 の左右にあ る円筒形の燃料タ ンク(容 量619ltr.)か らブース ト・ポ ンプによってエ ンジ ンに供 給 される.
補助動力系統 操縦席の後下部 に補助動力駆動用 の空気 ター ビンが あり,エ ンジ ン抽気で駆動 される.空気 ター ビンには直流発電機(30V, 200A)お よび油圧ポ ンプ(1,000psi, 29gpm)が 直結 されて いる.空 気タービンは抽気圧力0.8kg/cmcm2G以 上 で 一定回転数を保持す るよ うな自動調速機構 を備 えてい る.こ の系統 に故障が発生 した場合には第2図 に示 したよ うなバッテ リによる故障補償 システムが自動的に作 動する.
操縦席まわ り 本機の操縦特性 はヘ リコプ タと同等以上 とい うことを目標 とし,ヘ リコプタ ・パ イロッ トが操縦す ることを想定 して計画を進 めた.し たが って操縦席まわ りはほぼヘ リコプ タに準 じた もの とな った.エ ンジン始動 および調整運転 は操縦席左側のス ロットル ・レバー2個 によ って各 エ ンジ ン別々に行なわれ るが,飛 行 中のエンジン推力制御 はヘ リコプタの コレクテ ィブ ・レバ ーと同形の高度制御用操縦桿で両 エンジン同時に行 なわれ る.機 体 の姿勢制御 はステ ィック形式の操縦桿で行なわれる.
操縦席 前面にはエ ンジン計器および警報灯を主体 とした計器板があ り,こ れ にはエ ンジン始動用 スイ ッチ類,各 機能系統 の故障表示盤 も組み込 まれて いる.操縦席右側には各機能系統 のス イッチ類 を収 めた コ ンソールが配置されて いる.
姿勢制御 システム 飛行中の姿勢制御モーメ ン トはエ ンジ ン抽気 を配管 によって機体の前後 ・左右先端 に設 けた空気 ジェッ ト・ノズルに導き下 向きに噴出させ,ピ ッチおよび ロールに関 しては前後 あるいは左右ノズルの開孔面積を差動的 に変化させ,ヨ ーに関 しては前後 ノズ ルの噴出方 向を差動的に左右 に傾 けることで発生す る方式 を採用 した.コ ン トロール ・パワはおおよそ,ピ ッチ:1rad/ss2,ロ ール:1.3rad/ss2,ヨー:0.7rad/ss2で ある.
VTOL機 のホバ リング飛行時には空気力 に よ る姿勢安定効果(複 元力,ダ ンピング)は 期待できないので,安 定性 を付与す るための自動安装置を備 えることが望ま しい.本 機 の ピッチ ・ロール姿勢制御系統 には複元力 とダ ンピングを,ヨ ー系統 にはダンピングを与え るよ うな自動安定装 置を採用 した.第2図 に姿勢制御系統を も示 したが,自 動安定装 置の機能によ って ピッチ ・ロール運動 に関 しては操縦桿操作量に比例 したピッチ ・ロール角 が自動的に保持 され,ヨ ー運動 に関してはペダル操作量 に比例 した ヨー角速度が保持される.ま た本 機では リフ ト・エ ンジンのロータの回転 に起因す るピッチ ・ロール運動の干渉 があり姿勢制御を難 しくしてい るが,自 動安定装置には この干渉を消去す る機能を も与えている.な お,自 動 安定装 置の故障時 には機体の操縦 が困難 とな り操縦不能 といいう危険状態 にもな りかねないので,主 要部 分には3重 系,2重系を採用 し信頼 性向上 をはか った.
高度制御 システム 本機の離着陸 を含めた上昇 ・下降は リフ ト・エ ンジ ンの推 力制御 によって行なわれ る.この場合 も上下運動 に対す る空力ダ ンピング効果 は期待で きな いので,機 体上下 加速度 の近似積分値を推力制御系統 にフィー ドバ ックする機能を果 たす 自動安定装 置を組み込んで,機 体の安定 をはか ると同時 に操縦特性 の向上 をはか った.こ の系統についても信頼性 向上 のための多重系を採用 した.
その他 機体 のエ ンジ ン後部 には機上計測装 置の主要部(電 源部,増 幅器部,テ レメー タ部)が 置かれている.内 蔵 されてい るテ レメータは15チ ャンネルのFM-PM方 式で,サ ンプ リング装 置を併用す ることで同時 に27種 類のデ ータまで送信可能で ある.な お,パ イロ ットと地上の交信は機上 に装備 した携帯用HF無線通信機によ った.
フ ライング ・テス ト・ベ ッ ド試作研究 は昭和40年か ら46年 にわた る長期研究で あったが,こ の間,設計製作 の主担当会社である富士重工業株式会社をは じめ,石 川島播磨 重工業,日 本電気,三 菱重工業,大 和製衡,日 本航空電子等 の各会社 の絶大な協力の もとに完遂で きた ものである.こ こに改めて深甚 の謝意を表する次第である.
航空宇宙技術研究所で はフライング ・テス ト・ベ ッド試作研究に続 く次段階 のVTOL技 術研究 として,遷移飛行の研究を目標 としたVTOL実 験機 の試作研究 について検討 をは じめてい る.
FTBは、鋼管を溶接した骨組み構造で、JR100Fリフトジェットエンジン2基と300リットルの燃料タンクを配置しています。全長10m、幅7mの機体で、乗員は1名です。実験は角田支所(現角田宇宙推進技術研究所)で実施し、垂直昇降、ホバリング、水平移動などの操縦安定性を確認しました。