ブレーキ弁 路面電車 M-18-A
一部中小私鉄では、セルフラップ弁ではなく、M-18-A弁などを使用する通常のSMEブレーキに電気接点と電磁弁を付加した、電磁制御SMEと呼ばれる電磁直通ブレーキを使用している。これは機構上日立式電磁直通ブレーキと同様にSMEEブレーキでは可能な発電制動や回生制動との同期が困難という問題点はあるが、SMEブレーキの操作感覚のままで長大編成化が可能という大きなメリットがある。しかもこの方式は、従来のSMEブレーキの機構部の流用、あるいはHSCブレーキの弁装置交換により、在来の旧型車と大手私鉄からの譲渡車の双方において低コストに搭載可能で、それらの混用を容易にするという点でも大きなメリットがある。そのためこの電磁制御SMEブレーキは、財政的にVVVF制御を導入できるほど豊かではなく、大手私鉄などからの譲渡車で車両需要を賄っている、といった事情を抱える日本の地方中小私鉄に現在も採用され続けている。
電磁直通ブレーキ
1920年代後半にアメリカのウェスティングハウス・エア・ブレーキ社(WABCO)の手によって、非常弁付直通空気ブレーキ(SMEブレーキ)に電磁給排弁(Electro-pneumatic valve)を付加したSMEEブレーキが主にインターアーバンや地下鉄向けとしてWABCOによって開発され、更に1930年代に入りSMEEの非常弁部を一般的な自動空気ブレーキと置き換えたHSC(High Speed Control)ブレーキが、その名の通り高速列車用を主目的としてやはりWABCOによって開発された。前者は1948年以降、ニューヨーク市地下鉄で大量採用され、後者は在来の自動空気ブレーキ装備車と併結可能となったため、特にアメリカからの電鉄技術導入が本格的に再開された日本では、1954年以降都市間電気鉄道を中心に爆発的に普及し、当然新幹線にも採用された。
電磁直通ブレーキは、その名の通り直通ブレーキを改良して電磁弁を付加、応答性の改善を図ったものであり、その最初の実用化例となったSMEEブレーキの名称も、当時のWABCOの命名ルール通りStraight air brake / Motor car / Electro-pneumatic valve / Emergency valve(電車用非常弁付電磁直通空気ブレーキ)の接頭語に由来する。
機構的には、運転席の直通ブレーキ用ブレーキ弁に付加されたスイッチ[2]から弁の動作を指令する電気信号を得て、各車両の電磁弁によりブレーキ圧力を制御する方式である。純粋に空気圧のみで各車のブレーキ弁に指令を伝達する自動空気ブレーキに比べ、遙かに高速な電磁弁[3]による同期で編成が長大化してもブレーキの応答性がよく、締切電磁弁(Lock Out Valve: LOV)により発電ブレーキや回生ブレーキの連動が容易かつスムーズに実現できることから、長編成の高速電車に多く用いられ、国鉄ではSEDやSELD、多くの私鉄ではWABCOの製品名であるSMEE、HSCの名で知られている。ただし、異常時にブレーキが効かない直通ブレーキを基本としているため、バックアップとして自動空気ブレーキ相当の機構を備えるのが一般的である。
近年では、運転席にブレーキ弁やその空気配管を持たず、すべて電気信号として指令を出す電気指令式ブレーキに移行しつつある。
特徴
開発の経緯
直通ブレーキは構造が単純であるが、空気管が破損したり連結が外れるなどして圧縮空気が漏れた場合、ブレーキ力が失効するという大きな欠点を持っている。したがって、一部の路面電車や機関車が単行運転を行う場合など限られた使用にとどまり、一般には、空気管に異常があった場合ただちに非常制動がかかる自動空気ブレーキの他、直通ブレーキに自動空気ブレーキの原理に基づく非常弁を併設した非常直通ブレーキ(SMEブレーキなど)が古くから用いられてきた。
ところが、時代の変遷により列車が長大化してくると、自動空気ブレーキにおける応答性の悪さが問題となった。自動空気ブレーキの場合、先頭車両と最後尾車両の間では、ブレーキ指令からブレーキシリンダの動作までの所要時間の差が大きく、日本で一般的に使用されていたM三動弁やA動作弁の場合は最後尾車で
0.36*(N-1)秒 (N:連結両数)
の遅延が発生する[7]。また、編成全体が全ブレーキに達するまでの所要時間はM三動弁とA動作弁でそれぞれ
M弁:6.3+0.6*(N-1)秒
A弁:5.6+0.68*(N-1)秒 (N:連結両数)
となり、長大編成化すればするほど大きなタイムラグが発生することになる。
その対策として、各車のブレーキ制御弁に電磁給排弁を付加してその応答性を改善する電磁自動空気ブレーキがWABCOの手で考案された。アメリカではインタアーバンを中心に在来車の旧型ブレーキにまで電磁給排弁を追加し、10両編成以上の長大編成化を実施する例が多数見られた。また日本ではAブレーキへの電磁給排弁付加が国鉄80系電車でAERブレーキとして実用化され、16両編成の実現に大きく寄与した他、西武鉄道や京阪電気鉄道、阪急電鉄などの私鉄各社でも既存自動空気ブレーキへの電磁給排弁付加によるブレーキ応答性能の向上が、編成の長大化に貢献した。
更にその後、技術の発達で電磁弁の機械的な動作信頼性が上がってくると、応答性に優れる直通ブレーキの特性が見直されるようになった。そこで直通ブレーキに電磁弁を追加し、信頼性と応答性を向上する電磁直通ブレーキが開発された。
構造と特性
電磁直通ブレーキ方式の列車には直通管(SAP管)が引き通してあるほか、運転台のブレーキ弁にはハンドル操作を電気信号に変換する、電空制御器が取り付けられており、これは電気的に各車両の電磁給排弁とつながっている。運転士がブレーキ弁を操作すると、SAP管を通じて空気による指令が中継弁へ送られるとともに、電空制御器により各車両の電磁給排弁が作動する。これらの指令により、SAP管から各車両の中継弁に空気が送られ、空気溜めの圧縮空気がブレーキシリンダに作用する仕組みとなっている。中継弁への給・排気は電磁給排弁によりSAP管の加・減圧に先んじて行われるが、万一、電磁給排弁が故障した場合もSAP管からの空気圧による指令で中継弁が動作するのでブレーキは作用する。また、SAP管が全車両に引き通されることによって、各車間の微妙なブレーキ力のばらつきやアンバランスが平均化される。
電磁直通ブレーキは、減圧によりブレーキ弁を作動させる自動空気ブレーキに比べ、きめ細かなブレーキ操作が可能であり、応答性にも優れる(空走時間は半分以下の約2秒)。また、自動空気ブレーキではブレーキ弁に単純な三方弁が使用され、必要に応じて「込め」「重なり=保ち」「緩め=抜き」といった特殊な操作を行うことでブレーキ弁に指令を行うが、電磁直通ブレーキではセルフラップ弁が標準であり、ハンドルの操作角度に応じたブレーキ力が得られるように設計されている。
電気ブレーキとの同期・連動
電磁直通ブレーキで最大勢力となった、WABCOのSMEE/HSCブレーキには、発電ブレーキや回生ブレーキとの連係動作を円滑に、そして容易な操作で実現可能とするために、様々な工夫が凝らされている。
まず、これらのブレーキでは、電気ブレーキの指令時に制御器から電空制御器に対してもブレーキ指令が行われ、電気ブレーキ動作中は常時直通管が加圧され続けるようになっている。これだけでは、制動力過大による急停車などの異常動作を引き起こしてしまう。だが、SMEE/HSCブレーキの場合はこの電磁給排弁と中継弁の間をつなぐSAP管に、上述の締切電磁弁および射込弁と呼ばれる特殊な弁を並列で挿入することでスムーズなブレーキタイミングの同期・連係動作を可能としている。
締切電磁弁はこの電空同期システムの中核を担う機構である。この電磁弁は制御器内のスイッチが切り替わり電気ブレーキが立ち上がるまでの間は消磁されており、電磁給排弁から送り込まれた空気圧は開放状態のこの電磁弁を通ってそのまま中継弁に流される。だが、一旦電気ブレーキが機能し始めると、この弁の電磁回路は制御器内のリミッタ・リレー(限流継電器)の働きで励磁され、それによって弁が動作してSAP管を高速閉鎖する、という役割を担う。この機構により、電気ブレーキの宿命であるブレーキの立ち上がりの遅れを最小限に抑制している。しかもこの機構は、電気ブレーキが機能しない場合や締切電磁弁が故障した場合には開放状態で固定されるため、そのまま通常の空気ブレーキが動作するという、フェイルセーフ機構をも実現している。
こうして締切電磁弁の働きによってスムーズに立ち上がった電気ブレーキが、その働きによって列車を10 - 20km/h程度まで減速すると、今度は発生電圧の低下等によって制動力が失効し、再度空気ブレーキに切り替える必要が生じる。この際、列車速度の低下に比例して電動機を流れる電流量も低下することから、これを検出した制御器内のリミッタ・リレーによって締切電磁弁が消磁されてSAP管が開かれ、空気ブレーキが動作することになる。しかし、単純に締切電磁弁を開いただけではブレーキシリンダーが動作して有効になるまでタイムラグが発生し、しかも一旦制動力が途切れるため、切り替えの瞬間に大きな衝撃が発生することにもなる。
この問題を解決するのが射込弁(Inshot Valve)あるいは連動込め弁と呼ばれる装置である。射込弁は電空切り替えに伴うブレーキのタイムラグやショックを緩和する目的で搭載されるきわめてコンパクトな弁装置である。この装置は、電気ブレーキが動作し、かつ締切電磁弁が閉鎖している場合にSAP管からの空気圧を降圧して中継弁に供給し、ブレーキシューが車輪ないしはブレーキディスク等に接触する程度の位置にブレーキシリンダーを保持させ続ける、という役割を担っている。これにより、締切電磁弁が開いた直後からブレーキシューが制動ポジションに位置しているためただちに所要の制動力が得られ、上述した問題が回避可能となる。
こうして、締切電磁弁と射込弁の連携動作によって、切り替えに伴う衝動をほぼ完全に抑制した、スムーズかつ確実な減速・停車が実現される。この間、乗務員は電気ブレーキに対する指令を行うだけであり、空気ブレーキの操作は一切行う必要がない。
この巧妙にして操作が容易、しかも安全性が高いという、極めて完成度の高い機構こそが、日本とアメリカ、特に日本でSMEE/HSC系電磁直通ブレーキが市場を事実上独占しえた最大の要因であった。
自動ブレーキの併用
電磁直通方式は優れた特性を持つが、前述した直通ブレーキの欠点は依然として残っているため、これを自動空気ブレーキで補う、自動ブレーキ併用電磁直通ブレーキとすることが多い。この方式では、非常ブレーキとして自動空気ブレーキ相当の機構を搭載し、緊急時には電磁直通ブレーキとは独立して搭載された自動空気ブレーキ管の空気圧を減圧することで非常ブレーキを作動させる。その他、HSCブレーキのように自動空気ブレーキを併設して常用動作可能としたものもあり、こちらは在来の自動空気ブレーキのみを装備する車両との併結が可能である。またこの種の自動空気ブレーキ併設電磁直通ブレーキ搭載車では、直通ブレーキ部が故障した場合には運転台のブレーキ弁に設けられた常用自動空気ブレーキ指令機能を利用することで、急停止せずとも安全に列車を停止させることが可能である。
ただし、近年はA弁などのブレーキ制御弁の生産完了で常用自動空気ブレーキシステムの補修部品の調達が困難となりつつあり、これに伴いHSCブレーキであってもブレーキ制御弁をM非常弁で置き換えて常用自動空気ブレーキの使用を禁止し、実質SMEEブレーキ相当に改造した例が増えつつある。
また日本国有鉄道ではA弁に代わって、整備性・信頼性に優れたCL系自動空気ブレーキ用の三膜動弁(ダイヤフラム弁)としている。