「えちご」(Echigo)は、海上保安庁のヘリコプター1機搭載型巡視船。つがる型巡視船の7番船にあたり、PLH-08の記号・番号を付されている。
つがる型巡視船(つがるがたじゅんしせん、英語: Tsugaru-class patrol vessel)は、海上保安庁の巡視船の船級。分類上はPLH(Patrol vessel Large with Helicopter)、公称船型はヘリコプター1機搭載型。
新海洋秩序の確立を目指して1973年に開幕した第三次国連海洋法会議を通じて、沿岸から200カイリ以内に所在する資源の管轄権を認める排他的経済水域の概念が提唱された。1974年の同会議第2会期において排他的経済水域概念は会議参加国間でほぼコンセンサス形成に成功し、海洋法条約第5部(第55条~第75条)に排他的経済水域制度に関する規定が設けられるにいたった。
日本では元々海洋資源活用の観点から、領海は3海里とするよう主張してきたが、この趨勢を受けて姿勢を転換し1977年に領海法および漁業水域に関する暫定措置法を施行、領海が沿岸から12海里に拡張されるとともに、200海里の漁業水域が設定された。
これによって海上保安庁の警備すべき面積は領海だけでも4倍、漁業水域も含めると50倍に拡大した。このような広域を監視するには既存の巡視船や陸上機の航続力は不足であり、かといって大型の巡視船を建造したとしても「重量の増加→速力の低下→さらに強力なエンジンの搭載→燃料搭載量の増加→さらなる重量の増加」という悪循環に陥ることが懸念された。また最高速度が20ノットに満たない大型巡視船では、外洋での救難信号受信後に急行したとしてもかなりの時間がかかることが懸念された。一方、ヘリコプターであればその速度を100ノットだとしても巡航速度は巡視船の2倍、上空からの視界で捜索能力は10倍になると見積もられた。
このことから海上保安庁では、まず昭和52年度計画で「宗谷」の代船として「そうや」を建造したのち、同年度補正計画よりヘリコプターを搭載運用する大型巡視船として本型の建造が開始された。
設計
船体
「そうや」をタイプシップとして建造されたため、外見は同船に類似しており、長船首楼型という船型も同様である。船質は鋼、構造様式は上甲板および船首楼甲板を除き横肋骨方式である。タイプシップとの最大の違いは、「そうや」が砕氷能力を有するのに対してこれをもたない点であるが、北方配備を考慮して船体の耐氷構造と防滴塗装は維持された。高速航行を維持するために水線長を10メートル延長して幅を1メートル狭くし、吃水も40センチ小さくなった。また船尾形状もトランサム・スターンとされた。このため、全長の差は7メートルにとどまっている。
1979年から2001年までの長きに渡って建造が続いたため、各船ごとに設計・艤装に若干の差異があり、総トン数はほぼ全船でわずかずつ異なっている。昭和55年度計画の4番船「ざおう」以降では船首シアを0.5メートルから1.0メートルに増して耐航性の向上を図り、昭和62年度補正計画の7番船「えちご」ではみずほ型巡視船で得られた思想・技術も反映された改正型として、機関部が改正されたほか、指揮機能の強化によって重心が上昇したことから、これを補うために船首楼甲板や舷側外板への高張力鋼使用など、様々な重量軽減策が講じられている。また風洞実験の結果を踏まえてヘリコプター格納庫の外形も改正された。
そして計画年度が開いた平成9年度の8番船「りゅうきゅう」では船体線図が新たに描き起こされた事実上の新型であり、アメリカ海軍協会(USNI)では別クラスとして扱っている。造波抵抗軽減のため船首部はバルバス・バウとし、また漂泊時の波浪衝撃緩和のため船尾形状もクルーザー・スターンに変更されたほか、舷縁をふくらませることで、従来はヘリコプター甲板が舷側から若干張りだしていたものが船体と一体の形状とされた。またC4ISR能力強化などによる重心上昇を補うための重心降下策として、下記のようにARTが移設されたほかヘリコプター格納庫や煙突をアルミニウム合金製とした。各種施策による船体抵抗の低減によって速力は0.5ノット増加したほか、下記のバウスラスター強化などもあり、その他の操縦性能も優れたものとなった。
なお従来白色船体に黒字船名、煙突は濃紺に白色コンパスマークのみであったが、昭和59年7月21日「Sマーク」が採用され、 船首付近に記載される事になった。また平成12年に英文名称が「Japanese Maritime Safety Agency」から 「JAPAN COAST GUARD」に変更されたのを期に船体中央付近に記載される様になった。また、船名も黒字から 濃紺字に変更された。
機関
主機関は当初はそうやと同じ、4サイクルV型12気筒ディーゼルエンジンであるSEMT ピルスティク社製12PC2-5V型(7,800ps)を両舷2軸に各1基ずつ配していた。 また7番船「えちご」以降では同社製12PC2-6V(8,000ps)に強化するとともに、スクリュープロペラもスキュード・タイプに変更された。これらの主機関は、石川島播磨(後のディーゼルユナイテッド、現IHI原動機)、日本鋼管(現JFEエンジニアリング)、新潟鐵工所(現IHI原動機)によりライセンス生産された。なお昭和57年度計画の「せっつ」以降は操舵室に機関室機器を制御監視する区画を設けており、従来の機関操縦室は機関管理室に変更された。
なお操船性能向上のため、推力6トンのバウスラスターが装備された。りゅうきゅう以降では8トンに強化されたほか、更にシリング・ラダーも採用されて操船性能の向上を図っている。
本型のように小型の船型で航空運用能力を確保するため、減揺装置として減揺タンク(ART)に加えフィンスタビライザーを2組装備した。この組み合わせは「そうや」と同じであるが、同船が氷海での航行を考慮して引込式になっているのに対し本型では固定式になっている。また「りゅうきゅう」以降は減揺タンクを船体内に移設したほか、フィンスタビライザーも1組とされた。
装備
指揮・統制
本型は順次に設計変更しつつ建造されたが、これはOIC(Operation Information Center)室についても同様であった。「つがる」から「ざおう」までは「そうや」の思想がおおむね踏襲されていた。「ちくぜん」ではヘリコプターが撮影した映像をリアルタイムで巡視船で受信できるヘリテレ装置が搭載されるなど指揮機能が向上しており、これを反映してOIC室の面積は16平方メートルに拡張された(「そうや」では10平方メートル)。続く「せっつ」では操船判断のための情報を1ヶ所に集約して操船指揮を迅速化するというコンセプトから、上記のように機関操縦機能が操舵室に移動したほか航空管制室がOIC室に統合されており、OIC室の面積は更に33平方メートルに拡張された。「えちご」では「せっつ」での集約化の試みを更に一歩進めて、操舵室・OIC室・航空管制室が1つの区画とされた。これにより操船業務と指揮業務、航空業務の連携が飛躍的に効率化された。また高度集約型操船装置(IBS)として、モニター・制御部を1つのコンソールにまとめて操船業務の効率化を図るとともに、操舵室の前方中央部を前方に張りだして、コンソールはここに配置された。
そしてりゅうきゅうでは更にART移設によって捻出されたスペースに通信室を移設することで、航海・機関・航空・通信の全部署を航海船橋甲板に集約した。各セクションは原則としてオープン・スペースとされており、総合配置型と称される。またOIC室に設けられた大型モニターには、ヘリコプターからの画像情報も含めた全船内情報が集約できるようになった。更に就役後、ヘリコプターが撮影した画像情報をリアルタイムで巡視船から陸上に転送する船テレ装置も搭載された。
兵装
ネームシップでは当時標準的だったボフォース 60口径40mm単装機関砲と、エリコン70口径20mm単装機関砲を船体前方に各1門単装マウントに配して搭載していた。続く2番船「おおすみ」では20mm単装機関砲用のプラットフォームは確保されていたものの、実際の装備は行われず兵装は60口径40mm単装機関砲のみであった。昭和53年度補正計画の3番船「うらが」では、主兵装は省力化され強力なエリコン 35mm単装機関砲が搭載された。後日、1・2番船についても60口径40mm単装機関砲から換装されている。なお20mm単装機関砲用のプラットフォームを確保したものの、実際の装備は行わなかった点では「おおすみ」と同様であった。昭和55年度計画の「ざおう」では従来20mm単装機関砲用として確保されていたスペースに、機側操作のJM61-M 20mm多砲身機関砲を搭載した。これは昭和54年度計画の500トン型PM(てしお型)で装備化されたものであった。
平成9年度計画の「りゅうきゅう」では、20mm多砲身機関砲が遠隔操作式のJM61-RFSとなった。これは暗視装置を兼ねた光学方位盤(RFS)と連動しており、平成元年度補正計画で建造された「しきしま」で搭載されたものを標準的な装備に加えたものであった[13][14]。
搭載艇
当初は右舷のダビットに作業艇、左舷にクレーンで揚降する高速警備救難艇という構成が一般的であったが、「うらが」より、高速警備救難艇にもミランダ式ダビットが用いられるようになった。また「ちくぜん」より救命艇2隻、りゅうきゅう以降では更に複合艇と警備艇が1隻ずつ追加された。
搭載機
「せっつ」のヘリコプター格納庫
上部構造物後半部はヘリコプター格納庫とされ、船尾甲板はヘリコプター甲板とされており、中型ヘリコプター1機を搭載・運用することができる。また「りゅうきゅう」以降では、格納庫はベル 412およびS-76Cの収容に、ヘリコプター甲板はシュペルピューマの発着にも対応して強化された。
搭載機としては、建造開始当時、S-58の後継として配備が始まっていたベル 212が配備された。その後、同機の老朽化に伴って順次にシコルスキー S-76C/Dへと移行していくことになり、これにあわせて、延命工事ないし定期整備の際に、レールの延長や格納庫内のレイアウトを変更する改修工事が施された。最後まで残っていた「ざおう」搭載のMH930号機も2015年12月にリタイアして、全船の搭載機の移行が完了した。
なお格納庫とヘリコプター甲板とのヘリコプターの移動には「そうや」と同様、格納庫内に引き込み用、船尾甲板に引き出し用ウインチを設置したが、ウインチとヘリコプターの間のロープが長くなり、横流れしやすいために人力で制動する必要があるという問題があった。このことから、昭和56年度計画の「ちくぜん」では新開発のヘリコプター移動装置が搭載された。これは発着スポットから格納庫までレールを埋め込んでおき、その上を走る牽引台車によってヘリコプターを格納庫まで引っ張って移動させるものであり、横振れをほぼ無くすことができた。
「りゅうきゅう」以降では更に改良を加えて、レールをヘリコプター甲板後方まで延長し、ヘリコプターの前後に台車を配置することで引き込みだけでなく引き出しも1台のウインチで行えるようになった。これ以前の建造船についても、延命・機能向上工事の際に、ヘリコプター移動装置が装備されている。
延命・機能向上工事
海上保安庁では、船齢30年を超えたPLHについて延命・機能向上工事を進めており、まず2009年・2010年に「そうや」が改修されたのに続いて、本級も対象となり、順次に改修されている。
延命・機能向上工事
C4ISR機能の強化
航海船橋区画を大きく拡張して操船・運用司令区画等を統合し、指揮・統制機能の強化が図られた。また赤外線捜索監視装置や遠隔監視採証装置、ヘリコプター撮影画像伝送装置の新設により、夜間監視・情報収集機能の強化も図られている。
航空運用機能の強化
上記のヘリコプター移動装置の装備により、格納庫から機体の移動が容易に行えるようになった。
電気系統の強化
各種装備品の更新強化に伴う電力需要の増大に対応して、主発電装置および主配電盤を換装した。また照明のLED化も進められた。
1990年2月28日に竣工し、新潟海上保安部(第九管区)に配属された。船名は越後国に由来する。
2023年1月18日6時25分ごろ、新潟県柏崎市椎谷鼻の北西約1.1kmの海上にて座礁。船体を損傷し油の流出が発生したが、転覆や沈没の恐れはないと判断された。また、乗組員33名に怪我はなかった。新潟海上保安部は、「えちご」が椎谷鼻灯台の灯光が消えていたことを確認し、状況を確認するため沿岸に近づいたところ座礁したと発表。当時は雨天で風速約11m視程10kmと、やや荒天であった。新潟海上保安部は、巡視船艇3隻を現場に向かわせると共に、機動救難士をヘリコプターより降下させ、船底の状況などを確認した。
同19日6時過ぎからサルベージ会社の技師8名が乗船し、船内の状況を確認。11時ごろには潜水調査を行い船外も確認した。なお、浸水したのは測深儀が装備されている区画で、さらなる浸水の恐れはないと発表された。
スクリュープロペラの破損により自力航行不能であり、中央部船底に損傷を認めたが、浸水区画のハッチを閉めることで浸水拡大を防いでいるうえ、船底と海底の接触状況がそれほど深刻でないことなどから離礁作業は可能と判断されたため、21時ごろに日本サルヴェージの海難救助船「航洋丸」が現場に到着し離礁作業を開始、同20日1時45分までに作業を完了し曳航を開始、15時25分頃に新潟西港中央埠頭に入港した。第九管区海上保安本部は本事故を回の事故を業務上過失往来危険容疑で捜査しており、着岸後、同保安本部の捜査官が船内に入り、乗員から事故当時の状況などについて聴取を始めた。同保安本部によれば、潜水調査では浸水の原因となった箇所を発見できなかったほか、現場の水深は約5mで、ごつごつとした岩場で起伏に富んでいるが、岩が船体に突き刺さるような深刻な状況ではなかったという。また新潟海上保安本部は、一連の離礁・曳航作業に6600万円の費用を要したと発表した。
今後は、応急処置をしたうえで修理業者による詳細な船体調査を実施、県外の造船所に運び、本格的な修理を行うとされた。同保安本部は「1カ月以内には造船所と修理の契約を結べるのではないか」との見通しを示した。
2023年2月3日、修理契約先のジャパン マリンユナイテッド舞鶴事業所へ回航のため、曳航されて新潟西港を出港。
2023年3月17日、第九管区海上保安本部は「えちご」航海長を業務上過失往来危険の疑いで新潟地方検察庁に書類送検した。同海上保安本部の捜査による送検理由は、「航海長は、灯台が消灯していることを本部に連絡するため操船指揮を離れる際、責任者として他の乗組員に適切な指示を怠り、残った乗組員がレーダーや海図などで船の位置や水深を確認するのを怠ったため、船を座礁させた疑い。
海賊対策派遣
2000年頃から、海上保安庁では、海賊対策のため巡視船を派遣しており、ここ数年は、「えちご」および同型船「つがる」が派遣されている。
2021年1月8日から約1か月間の予定で、フィリピン周辺海域向け派遣中のところ、「えちご」に乗船する職員2名が新型コロナウイルスに感染していることが確認され、派遣を中止した。
搭載機の変遷
機種 機番 愛称 配属期間 備考
ベル 212 MH930 日本海 1990年2月28日-2015年7月7日
シコルスキー S-76D MH916 みさご 2015年6月30日-
えちご
基本情報
船種 巡視船 (ヘリコプター1機搭載型)
クラス JG/NK
船籍 日本の旗 日本
所有者 国土交通省
運用者 海上保安庁
建造所 三井造船玉野造船所
母港 新潟
船舶番号 131947
信号符字 JNII
IMO番号 8800731
経歴
発注 昭和62年度補正予算
起工 1988年3月29日
進水 1989年7月4日
竣工 1990年2月28日
要目
総トン数 3,133トン
全長 105.0メートル
幅 15.0メートル
推進器 CPP×2軸