H-Iロケットは、宇宙開発事業団 (NASDA) と三菱重工業がN-IロケットとN-IIロケットに続いて開発し、三菱重工業が製造した人工衛星打上げ用液体燃料ロケットである。
Nロケットに引き続き、一部がブラックボックスの条件で米国のデルタロケットの技術を導入して作られた。第2段と第3段ロケットや慣性誘導装置を国産化しており、デルタロケットの技術導入を行った3種類のロケットの中では国産比率が最も高く、N-IIでは54%から61%だった国産化率がH-Iでは78%から98%まで向上した。次世代のH-IIロケットへの重要なステップとなったが、第1段が自主技術で開発したものではないために、N-IやN-IIと同様にデルタロケットの亜種として分類される。名称のためにH-IIとの類似点がN-IIよりも多いと勘違いされることが多いが、N-IIと共通の第1段を用いている等、技術的な類似点はN-IIの方が多い。
第2段用に液体酸素と液体水素を推進剤とするLE-5型エンジンを自主技術で開発できたことは、次世代のH-IIロケットの第1段用LE-7型エンジンの実現に道筋をつけた点で意義が大きい。LE-7の実用化にはそれにもかかわらず大変な努力を要したわけであるが、LE-5の経験が無ければさらに難易度が高くなったといえる。
1981年(昭和56年)に開発が開始され、1986年(昭和61年)8月13日にH-I試験機(第1号機)の打ち上げに成功、1992年(平成4年)まで合計9機を打ち上げ、すべて成功した。これにより「さくら」「ひまわり」「ゆり」など実用静止衛星の打上げを順調にこなし、さらに複数衛星の同時打上げの技術習得も行った。
関係機関の一部ではH-IAとも呼称されていたこともあり、後継として静止軌道に800kgの打上げ能力をもつH-IBロケット(後述)を開発する予定であった。しかし、2t級静止衛星の需要増加や国内技術の進歩のために計画を発展的に解消し、H-IIロケットの開発へと移行することになった。
Nロケットの打ち上げ能力不足を背景として1975年(昭和50年)から以下のような基本的な枠組みの元に調査研究が開始された。
昭和60年代初頭から10年以上主力機として使用することが可能であること。
静止軌道上に500から800kgの人工衛星を打ち上げることが可能であること。
昭和60年代後半の宇宙輸送系の技術基盤を蓄積できるものであること。
原則として自主技術を用いること。
この研究において上段の構成要素はほぼ決定されていたが、第1段をどういったものにするかが争点となった。第1段を新規開発するのであれば開発計画に間に合わず、N-IIの流用とすると新規開発要素が少ないために開発計画には間に合うが打ち上げ能力が計画値の下限にとなる等、それぞれ問題があった。最終的にはN-IIの第1段を流用した500kg級のロケットH-IA(後のH-Iに該当)をまず開発し、その後800kgまで能力を増強したH-IBを開発するという計画に落ち着いた(後にH-IBは計画中止)
主要諸元一覧
諸元\各段 第1段 補助ロケット 第2段 第3段 フェアリング
長さ(m) 22.44 7.25 10.32 2.34 7.91
全長(m) 40.3
外径(m) 2.44 0.79 2.49 1.34 2.44
各段全備重量(t) 85.8
(段間部含む)40.3(9本) 10.6 2.2 0.6
全段重量(t) 139.9
(衛星除く)
エンジン 名称 MB-3-3 キャスターII LE-5 UM-129A
型式 液体ロケット 固体ロケット 液体ロケット 固体ロケット
推進薬種類
(酸化剤/燃料) LOX/RJ-1 HTPB LOX/LH2 HTPB
推進薬重量(t) 81.4 33.6(9本) 8.8 1.8
比推力(s) 249 (海面上) 238(海面上) 442(真空中) 288(真空中)
平均推力(tf) 78.0(海面上) 22.5(海面上) 10.5(真空中) 7.9(真空中)
燃焼時間(s) 273 38 364 66
推進薬供給方式 ターボポンプ N/A ターボポンプ N/A
制御システム
ピッチヨー ジンバル N/A ジンバル(推力飛行中)
ガスジェット(慣性飛行中) スピン安定 N/A
3段式の液体+固体ロケット
第1段: MB-3-3型エンジン
推進剤にケロシンと液体酸素を使用した、N-IIとほぼ同じライセンス生産品。7号機以降はデルタIIと同様にタンクの塗装が省かれ、緑色の防錆塗料が露出している。
第1段補助ブースタ(SOB): キャスターII
N-IIロケット同様に日産自動車(後のIHIエアロスペース)がライセンス生産したもの。9基もしくは6基を搭載。
第2段: LE-5型液体ロケットエンジン
NASDAと三菱重工業、石川島播磨重工業、航空宇宙技術研究所が開発したもので、推進剤は液体酸素・液体水素を搭載し、軌道上再着火が可能。
第3段: UM-129A
日産自動車が製造する国産球形固体ロケットモータ。HTPB系コンポジット推進薬を使用する。GTO投入時に用いられ、LEOへの打ち上げでは用いられない。
ペイロードフェアリング
N-IIと同型のマクドネル・ダグラス製のデルタ用CFRPフェアリングを完成品で輸入。
誘導装置: 慣性誘導装置
国産化したステーブル・プラットフォーム方式のものを第2段に搭載。
運用国 日本
開発者 NASDA
三菱重工
マクドネル・ダグラス
運用機関 NASDA
使用期間 1986年 - 1992年
射場 種子島宇宙センター大崎射点
打ち上げ数 9回(成功9回)
開発費用 約1600億円[1]
打ち上げ費用 150億円
原型 N-IIロケット
公式ページ JAXA - H-Iロケット
物理的特徴
段数 2段または3段
ブースター 6基または9基
総質量 139.9 トン
全長 40.3 m
直径 2.44 m(第1段コア)
軌道投入能力
低軌道 2,200 kg
300km / 30度 (2段式)
静止移行軌道 1,100 kg
静止軌道 550 kg
(燃焼後アポジモータ質量含)
地球重力圏脱出軌道 770 kg