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甘木鉄道AR300形気動車

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老朽化した1986年(昭和61年)製造のAR100形を置き換えるために、2001年(平成13年)から2006年(平成18年)にかけてAR301 - AR307の7両が製造された。

富士重工業の第三セクター鉄道向け標準設計車両LE-DCで、車体長さはAR200形と同一であるが、AR200形では窓や扉にバス用部品を使用していたのに対して、本形式ではバス部品を排し、側面窓が上段固定下段上昇窓に、扉は引き扉に改められたほか、車体側面上部に行先表示器を設置している。また本形式では従来の前面非貫通形をやめて標準的な前面貫通形とした。車内はAR200形に準じたセミクロスシート(定員124名)となっている。AR301 - AR303は富士重工業で製造されたが、2002年(平成14年)に同社が鉄道車両製造から撤退したため、2004年(平成16年)製造のAR304以降は富士重工業の同事業を継承した新潟トランシスで製造された。

エンジンは横型噴射式295PS/2100rpmのUDトラックス(旧:日産ディーゼル)PF6HT03を装備している。AR200形に比べてエンジン出力が向上し、冷房装置は再びエンジン直結式となった。台車はボルスタレス式を採用した。

車体塗装は基本的にAR100形・AR200形と同一だが、前面に貫通扉を設けたため、マスコット「レビット君」のイラストが側面に移った。なお、AR301以外の6両は、2010年(平成22年)から2015年(平成27年)にかけて、それぞれ異なるオリジナル塗装に塗り替えられた。

車両塗装の意匠
AR301 開業当初からのデザイン
AR302 水源地と柿をイメージ
AR303 旧国鉄キハ20形をイメージ
AR304 甘鉄沿線の山や農地の緑をイメージ
AR305 旧国鉄急行型車両をイメージ
AR306 公募による高校生のデザイン
AR307 公募による高校生のデザイン。桜をイメージ

運用
2001年12月にAR301が運用開始したのち、2006年にAR306・307が運用開始しAR106・AR201が廃車となったことで、甘木鉄道の全車両が当形式および当形式と同一性能のAR400形となった。
単行または2両編成で運用される。

AR303は、2014年(平成26年)3月16日に西太刀洗駅前の踏切で踏切内に侵入してきた2tトラックと衝突して列車は前輪を脱線し破損したが、およそ半年後に修復作業が完了し、運用復帰した。

甘木鉄道AR300形気動車
基本情報
運用者 甘木鉄道
製造所 富士重工業、新潟トランシス
製造初年 2001年
製造数 7
主要諸元
軌間 1,067 mm
車両定員 124名(座席44名)
自重 39.7 t
全長 18,500 mm
全幅 2,800 mm
全高 3,990 mm
車体 普通鋼製
台車 FU56D(動力台車)/FU56T(付随台車)
機関出力 295 PS/2100rpm(PH6HT03)
搭載数 1基 / 両
駆動方式 液体式
制動装置 応荷重装置付SME3管式直通空気ブレーキ


姪浜駅 福岡市交通局(福岡市地下鉄)・九州旅客鉄道(JR九州)

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姪浜駅(めいのはまえき)は、福岡県福岡市西区姪の浜四丁目にある、福岡市交通局(福岡市地下鉄)・九州旅客鉄道(JR九州)の駅である。駅番号は福岡市交通局がK01、JR九州がJK01である。事務管コードは▲911806。

福岡市交通局の空港線と、JR九州の筑肥線(東区間)の2路線が乗り入れており、それぞれの起点となっているが、空港線の列車の約半数が筑肥線に、筑肥線の全列車が空港線にそれぞれ直通運転しており、福岡空港駅 - 唐津駅・西唐津駅間の路線の中間駅としての性格が強い。なおJR九州の車両は空港線全区間に乗り入れているが、福岡市交通局の車両は筑肥線内は筑前深江駅までの運行である。

福岡市交通局とJR九州の共同使用駅で駅自体は福岡市交通局が管轄しているため、当駅はJRの駅数には計上されていない。かつては日本国有鉄道(国鉄)筑肥線の中間駅だったため駅は国鉄が管轄していたが、1983年の空港線(当時は1号線)開業および筑肥線の部分廃止、1987年の国鉄分割民営化により現在の形となった。

当駅は福岡市交通局の管轄であるが、駅名標は長らく空港線・箱崎線の福岡市地下鉄標準デザインではなく、国鉄のデザインに準拠したもの(書体は汎用の写植文字)を用いていた。福岡市地下鉄の駅番号導入以降は駅番号アイコンが追加されたが、2018年のJR九州の駅番号導入の際、両方の駅番号アイコンとヨットのシンボルマークを入れた独自デザイン(漢字表記が大きめ)のものに更新された。

駅構造
島式ホーム2面4線を有する高架駅。内側2・3番線を当駅発着(地下鉄方面)列車が使用し、下山門にある福岡市地下鉄姪浜車両基地へつながっている。外側1・4番線をJR筑肥線直通の列車が使用する。事故や災害等でダイヤが乱れた場合は筑肥線の列車も姪浜で折り返す場合があり、その場合は対面のホームで乗り換えることになる。

JRの長距離きっぷは購入不可能である。

駅のシンボルマークは福岡市出身のグラフィックデザイナー、西島伊三雄がデザインしたもので駅付近にある小戸ヨットハーバーにちなんだヨットである。

当駅は筑肥線の起点ではあるが、ホーム横にあるキロポストは12.5kmとなっている。これは筑肥線の博多駅から鳥飼駅経由の距離であり、この12.5の数字は1963年に移転する前の博多駅(博多駅#歴史の節参照)の位置からの距離を示している。

のりば
番線 路線 行先
1 - 3 Subway FukuokaKuko.svg 空港線 天神・博多・福岡空港・貝塚方面
4 JK 筑肥線 筑前前原・唐津方面

駅構内の施設
ファミリーマート(JR九州リテール運営)JR姪浜駅店(駅高架下)
セブン-イレブン福岡市地下鉄姪浜駅店(駅コンコース内)
えきマチ1丁目姪浜
ロッテリア
シアトルズベストコーヒー
カレーの298(ふくやのグループ店舗)
などが入居している。

なお、かつては
やりうどん(西鉄系列のうどん店)
トランドール(駅高架下)
キヨスク(同上・駅コンコース内)
ソフトバンクショップ
も姪浜駅内ないしえきマチ1丁目に入居していたが閉店している。

駅周辺
高層マンションが並ぶ住宅街である。駅前にはバスターミナルがあり、バスが多数発着している。

西区役所
西市民センター
西保健所
ハローワーク福岡西
日本年金機構西福岡年金事務所
小戸公園
福岡市ヨットハーバー
能古渡船場: 能古島行き市営渡船のりば
イオンマリナタウン店
マックスバリュエクスプレス姪浜駅前店
西鉄ストア姪浜店
ウエストコート姪浜
マリノアシティ福岡
西福岡マリーナ マリノア
福岡市立内浜小学校
福岡市立内浜中学校
福岡市立姪浜小学校
福岡市立姪北小学校
福岡市立愛宕浜小学校
福岡市立姪浜中学校
福岡市立福重小学校
福岡市立福岡女子高等学校
九州電力株式会社福岡西営業所
姪浜キリスト教会

 

バス路線
西鉄バス
北口・南口のバス停より発車。路線は2017年6月10日現在(太字は終点停留所)
北口 (マリナタウン・能古渡船場・野方方面) ☆は北口→南口に停まる。(南口から北口は経由しない)
■ 1 姪浜フィーダー線
姪浜→名柄団地→能古渡船場
■ 直行 1 姪浜フィーダー線
姪浜→愛宕浜四丁目→能古渡船場(左記のバス停以外停車しない)
■ 98 姪浜フィーダー線
姪浜→名柄団地→マリナタウン→能古渡船場
■ 1 姪浜フィーダー線 ☆
新室見→橋本→野方→藤ヶ丘団地→(橋本駅)→壱岐ヶ丘中学校→羽根戸→金武営業所
■ 1-5 姪浜フィーダー線☆
新室見→石丸三丁目→中村→拾六町団地→野方
南口 (藤崎・福岡タワー・天神・博多駅・県庁・橋本駅・三陽高校・野方方面)
■ 1・1-5 姪浜フィーダー線(藤崎行きは1番のみ)
姪浜→藤崎→福岡タワー南口→ヒルトン福岡シーホーク→医療センター場内
■ 7 昭代~天神線
室見三丁目→昭代→六本松→国体道路→天神→明治通→県庁前→吉塚営業所
室見三丁目→昭代→六本松→国体道路→天神→那の津四丁目
■ 快速 105 (快速区間 荒江四角 → 住吉)
福重三丁目→小田部一丁目→原→荒江四角→別府二丁目→六本松→雙葉学園入口→薬院大通り→薬院駅前→渡辺通一丁目→博多駅
■ 507・526 下山門(都市高速)線
愛宕ランプ→都市高速→天神→国体道路→キャナルシティ博多前→祇園町→博多駅
■ 525 福重(都市高速)線
愛宕ランプ→都市高速→天神→(警固町・六本松方面へ)
■ 1 姪浜フィーダー線
新室見→橋本→野方→藤ヶ丘団地→(橋本駅)→壱岐丘中学校前→羽根戸→金武営業所
新室見→橋本→野方→福岡西陵高校前→三陽高校前
■ 1-4 姪浜フィーダー線
車両基地東→外環状線→白十字病院前→橋本西→野方→生松台団地→(橋本駅)→野方→(1-6へ)
■ 1-5 姪浜フィーダー線・525 福重(都市高速)線
新室見→石丸三丁目→中村→拾六町団地→野方
■ 1-6 姪浜フィーダー線
外環状線→白十字病院前→石丸三丁目→中村→下山門団地→宮の前団地→生の松原団地南→ウエストヒルズ→生松台団地→野方→(1-4へ)
■ 507 下山門(都市高速)線
車両基地前→下山門→中村→下山門団地→下山門駅入口→生の松原団地→三陽高校前
■ 526 下山門(都市高速)線
外環状線→白十字病院前→石丸三丁目→中村→下山門団地→宮の前団地→生の松原団地南→ウエストヒル

ズ→野方

昭和バス
南口の昭和バス乗り場より発車。
マリノアシティ線
姪浜→小戸→小戸中央→小戸公園→マリノアシティ福岡
姪浜タクシー
北口タクシーのりば付近に停車
今宿姪浜線
小戸→生の松原→大谷→長垂海浜公園前→今宿駅→青木→今宿野外活動センター

1925年(大正14年)4月15日:北九州鉄道の姪ノ浜駅として開設。
1937年(昭和12年)10月1日:鉄道省により買収国有化、姪浜駅に改称、筑肥線所属の駅となる。
1983年(昭和58年)3月22日:筑肥線姪浜 - 唐津間電化完成し博多 - 当駅間廃止、同時に筑肥線の終点となる。福岡市地下鉄1号線(現在の空港線)開業・国鉄筑肥線との相互直通運転開始に伴い、当駅は福岡市交通局の管轄駅となる。同時に福岡市内駅から外れる。急行「平戸」運転区間短縮に伴い、当駅に停車する優等列車が消滅する。
1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、筑肥線は九州旅客鉄道(JR九州)が継承。
2009年(平成21年)3月7日:ICカード「はやかけん」の供用開始(当初の1年間は福岡市地下鉄のみの対応となった)。
2010年(平成22年)3月13日:筑肥線方面へのICカード「SUGOCA」の供用開始、はやかけん・nimoca・Suicaとも相互利用開始。
2013年(平成25年)3月23日:上記のICカードのほかICOCA・TOICA・Kitaca・PASMO・manaca・PiTaPaとも相互利用開始。

姪浜駅*
めいのはま
Meinohama
所在地 福岡市西区姪の浜四丁目8-1
北緯33度35分1.33秒
東経130度19分30.85秒
所属事業者 福岡市交通局(福岡市地下鉄)
九州旅客鉄道(JR九州)
電報略号 メイ
駅構造 高架駅
ホーム 2面4線


乗車人員
-統計年度- (JR九州)-2018年-
6,105人/日(降車客含まず)
(福岡市交通局)-2018年-
51,377人/日(降車客含まず)
開業年月日 1925年(大正14年)4月15日
乗入路線 2 路線
所属路線 福岡市地下鉄空港線**
駅番号 ○K01
キロ程 0.0km(姪浜起点)
(1.5km) 室見 K02►
所属路線 JK 筑肥線**(JR九州)
駅番号 JK 01
キロ程 0.0km(姪浜起点)
(1.6km) 下山門 JK02►
備考 共同使用駅(福岡市交通局の管轄駅)
* 1937年に姪ノ浜駅から改称。
** 両線で相互直通運転実施。

梅林駅 福岡市地下鉄七隈線

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梅林駅(うめばやしえき)は、福岡県福岡市城南区梅林四丁目にある福岡市地下鉄七隈線の駅。駅番号はN05。福岡市交通局では最小の利用者数です。

駅のシンボルマークは空港線・箱崎線のシンボルマークをデザインした西島伊三雄が2001年に死去したため、それ以前に描かれていた原案を元に、息子で同じくグラフィックデザイナーの西島雅幸が完成させた。モチーフは地名に因み、木に咲く梅の花。駅識別カラーは DIC-50(系統色名:明るい紫みの赤)で、天神南駅・桜坂駅と共通。

駅構造
入口はガラスを多用した開放的なデザインです。
島式ホーム1面2線を有する地下駅。

のりば
1 Subway FukuokaNanakuma.svg 七隈線 福大前・六本松・薬院・天神南方面


2 野芥・橋本方面
ホーム幅は広く、階段とエスカレータが併設されています。

各階の面積は、地上220平方メートル、地下1階3,341平方メートル、地下2階2,462平方メートル。利用者の目に留まる箇所に用いられる「個性化壁」には、うす赤紫色の花崗岩(400mm×400mm×厚さ13mm)を使用している。

切符売場の券売機はわずか2台のみの設置。

改札口の改札機は3台。改札内コンコースは広い。

駅周辺
駅周辺には国道202号福岡外環状道路の福大トンネルが完成。また、福岡高速環状線が地上の高架を通っている。

もともと一面の住宅街だったものを用地買収により幹線道路・鉄道を整備している。2006年8月には駅前にスポーツクラブがオープンしている。

梅林中公園(うめばやしなかこうえん)
梅林古墳
福岡大学・福岡大学病院
福岡市立梅林中学校
福大トンネル
市営梅林第2団地
ホリデイスポーツクラブ福岡梅林店
ヤマト運輸福岡梅林営業所
タイムズパーク福岡梅林
西南杜の湖畔公園

 


2000年(平成12年)6月28日-2001年(平成13年)2月22日 - 設計期間(実施設計者:末永建築プランナー)
2003年(平成15年)3月8日-2004年(平成16年)7月31日 - 施工期間(施工者:前田・地崎・矢作 建設工事共同企業体)
2005年(平成17年)2月3日 - 開業
2007年(平成19年)2月 - バイク・自転車駐輪場開設

 

梅林駅
うめばやし
Umebayashi
◄N04 野芥 (0.8km)(0.9km) 福大前 N06►
所在地 福岡市城南区梅林四丁目
北緯33度32分44.9秒 東経130度21分17.78秒
駅番号 ○N05
所属事業者 福岡市交通局
所属路線 地下鉄七隈線
キロ程 3.4km(橋本起点)


駅構造 地下駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度- 1,567人/日(降車客含まず)
-2017年-
開業年月日 2005年(平成17年)2月3日

野戦シャワーセット(米軍)

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米軍、野外シャワーセットです。

シャワーヘッド、ポンプ、温水器がセットになっている。


カーテンでの敷居するが男女混用。


シャワー(Shower)とは水や湯などを幅広く撒く、また身体に浴びるために、この幅広く水をまくための器具(シャワーヘッド、蓮口)を使用して噴出させ降下させるもの、およびこれらを組み込んだ装置を利用する行為である。

シャワーは、構造としてパスカルの原理に基づいて、容器に開けられた複数の同じ大きさの穴から、同じ圧力がかけられた流体が、同程度の量に分散されて噴出するように機能する装置である。余程極端な容器の形状を除けば、流体は各々の穴から同程度の勢いで噴出する。

日本では、シャワーというと主に水や湯などを出すものとして、風呂などで使われる体を清潔にするための設備を指すが、台所などで食器を洗浄する際に水道の蛇口に取り付ける器具でもシャワー状の機能を有する物を指して「シャワーノズル」ないし「シャワーヘッド」などという。人間が身体を洗うためのものでは、浴室(バスルーム)の中の一設備として設置されるほか、シャワー設備専用の部屋(シャワールーム、シャワーブース、シャワーボックス等)が設けられる場合もある。また食器洗い機やシャワートイレなど、洗浄機能が取り付けられた機器にも、こういったシャワーは組み込まれている。

少ない水量で広い面積に湯水を当てることができる。
直接蛇口から噴出する湯水では勢いが命中部分中央に集中し勢いがあり過ぎるが、それを軽減できる。
各々を細いノズルから噴射すると、勢いをつけた状態で複数個所を同時に洗浄できる(そしてそれらは全体としてはそれほどの反動がない)。
細い水の流れは滴となって対象に当たり、連続した断続的衝突となって、その細かい衝撃が対象表面の汚れを効果的に取り去る。
こと節水の効果では、独身の場合において一人だけが浴槽に湯をためて入浴するよりも、シャワーを使って体の表面を洗うほうが節水効果は高い(浴槽換算で約半分)。やや目詰まりしやすいものの、ノズルの穴をさらに細くして霧状の湯を出したり円周状にノズルの穴を配置した節水シャワーでは、更にこの節水効果は高い。ただし家族が複数いる家庭では、その各々がシャワーを使うと、逆に大量の水を必要とする。このほか、付加価値的に機能性を重視した入浴用シャワーでは、水の流れに変化をつけ、マッサージの機能を付与した製品も見られる。

構造
シャワーは流水の量や温度を調節する弁機構部、自由に曲がるホース部(ヘッド部が天井や壁に固定されるためホースがないものもある)、手に持ちあるいは壁に固定されて散水を行うヘッド部により成り立つ。

岡山電気軌道9200形電車

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岡山電気軌道9200形電車(おかやまでんききどう9200がたでんしゃ)は、岡山電気軌道が保有する路面電車車両である。2車体2台車方式の超低床電車で、「MOMO」(モモ)の愛称がある。

ドイツの車両メーカーが開発した超低床電車が元になっており、日本のメーカーが国内向けに設計・製作した車体と輸入部品を組み合わせて製造されている。2002年(平成14年)に第1編成 (9201) が営業運転を開始し、2011年(平成23年)には若干仕様が異なる第2編成(1011、愛称は「MOMO2」)が、2018年(平成30年)には大幅に仕様が異なる第3編成(1081、「おかでんチャギントン電車」)も導入され、在籍車両数は3編成6両となった。

導入までの経緯
9200形を導入した岡山電気軌道は、岡山市内に2つの路線(東山本線・清輝橋線)からなる全長4.7キロメートルの路面電車線を運営している。

同社では1980年(昭和55年)の最初の冷房付き車両7000形導入以降新造車・更新車の導入に積極的で、1995年(平成7年)までに最大使用車両数を満たす計17両をそろえて車両の近代化を一段落させていた。一方で路線について見ると、路線の延伸は1946年(昭和21年)以来行われていなかった。

岡山市内における路面電車線の延伸については、1980年代より商工会議所や市民団体を中心にその実現を求める動きが生じており、2000年(平成12年)2月には、岡山市主催の「岡山市街づくり交通計画調査検討委員会」からも延伸に関する提言がなされた。事業者の岡山電気軌道側では、延伸に向けた動きが活発化する状況に呼応して、路面電車に対するイメージの刷新や、岡山の街の活性化、市民に新しい公共交通機関にふさわしい優れた乗り物を体験してもらう、といった狙いから超低床電車の導入を検討し、2000年6月にその導入を正式発表した。

超低床電車は停留場のホーム(安全地帯)の高さにまで床面を下げた車両のことで、日本では熊本市交通局が導入した9700形が最初の導入事例である。この9700形はドイツの車両メーカーアドトランツ(旧AEG)の製造する超低床車「ブレーメン形」が元になっており、アドトランツと業務提携した日本の車両メーカー新潟鐵工所が、日本向けに仕様変更した車体を自社で設計・製作し、輸入品の台車・電機品を組み合わせるという手法で製造した車両である。岡山電気軌道では、アドトランツ・新潟鐵工所が製造するこの超低床車を、熊本市に続いて導入することとなった。これが9200形である。なお新潟鐵工所以外にもリトルダンサーシリーズを展開するアルナ工機(現・アルナ車両)も岡山電気軌道への車両納入を図っており、2000年2月にはリトルダンサーを想定した測定車両を試験走行させていたが、ワンマン運転への対応、将来の輸送力増強が可能な連接構造、運転台直後の左右両側にドアを配置する、という条件から新潟鐵工所の車両が選ばれた。

 


メーカーが担当した車体の基本デザインを除き、車両のデザインはコンセプト作成の段階から工業デザイナー水戸岡鋭治によるものである。

岡山市出身の水戸岡は、以前から岡山にLRVが導入される際にはボランティアとしてデザインに協力すると言明していた。岡山電気軌道が所属する両備グループ代表の小嶋光信によれば、路面電車の普及を推進していた市民団体のRACDA(路面電車と都市の未来を考える会)が開催したパネルディスカッションに参加した水戸岡に、参加者から「両備はケチなんだから、タダでLRVのデザインしてあげてください」という発言があったのがきっかけという。ここから両備グループと水戸岡の繋がりが生まれ、水戸岡が同社のデザイン顧問となった。実際に9200形のデザインにはボランティアで参加しているという。車両コンセプトは、多くの人を惹きつけるよう利用者の求める快適性を演出する、車内空間の充実を図るとともに弱者に対するきめ細やかなサービスに取り組み「21世紀の用と美」にあった車両とする、とされた。

また車体の基本デザインについては、先に登場した熊本市交通局9700形と同じく旧AEGのブレーメン形を基礎とする車両であるものの、ドイツを走るブレーメン形の外観を踏襲した熊本の9700形に対し、この9200形では他の都市とは別のデザインをとの地元の要望に応えて新たなデザインとなっている。採用されたデザインは、当時フランス・ナントに導入されていた「インチェントロ」(Incentro) と呼ばれる車両のもので、丸みを帯びた車体デザインを特徴とする。このインチェントロはブレーメン形などの後継車両として1998年にアドトランツが発表したもので、アドトランツを買収したボンバルディアの協力を得てデザインを利用している。9200形以後、新潟鐵工所とその後身新潟トランシスによって製造される超低床電車は、インチェントロのデザインの車体にブレーメン形の足回りを組み合わせた9200形の仕様を標準とする。


車体・主要機器
車体
9200形は2車体を連接した車両であり、パンタグラフを置く車両を「A車」、反対側の車両を「B車」と称する。車体は耐久性と保守性への考慮から高張力の耐候性鋼板 (SPA) 製で、ほかにステンレス鋼板を屋根と床板、ガラス繊維強化プラスチック (GRP) を先頭部に用いる。先頭部窓ガラスは日本の路面電車車両では初採用となる三次元曲面ガラスを使用。さらに側面には曲面ガラスを使用することで車体全体が曲面で構成されている。車体塗装は、メタリックのライトシルバーを基調とし、車体裾部にメタリックのコバルトブルーのラインを入れたツートンとしている。

連結部分を除いた各車の全長は8.54メートルで、編成の全長は18.0メートルである。車体の最大幅は2.4メートル、車体の高さ(パンタグラフ折りたたみ高さ)は3.745メートル、自重は20トン。

 

連結部から運転台側に向って撮影した車内の様子。上はA車 (9201A)、下はB車 (9201B)。(2016年6月)
100%低床構造の超低床車であり、車内通路部分におけるレール上面から床面までの高さは編成全体にわたって36センチメートルで、乗降口部分ではさらに低い30センチメートルとなっている。9200形導入にあわせて各電停ではホームの高さを15センチメートルから26センチメートルへとかさ上げする工事が行われており、ホームと車両乗降部の段差は4センチメートルに抑えられている。このことで車内の段差解消とあわせてバリアフリー化が図られ車椅子などでの利用が容易となった。車内の通路幅は68センチメートル以上を確保する。

ドアは電動スライド・両開き式のプラグドア(有効幅1.21メートル)が片側3か所ずつ計6か所に設置されている。配置は形式図によると編成前後(運転台側)のドアは左右対称であるが編成連結部側のドアは左右非対称・点対称で、進行方向に向って左側では連結部の後ろ、右側では連結部の前にある。岡山電気軌道では1999年(平成11年)の運賃改訂以来運賃後払い方式(後乗り・前降り)を採用しており、9200形でも連結部側のドア付近に乗車整理券発行機と乗車カードリーダ、運転台背面に運賃箱やLED式の車内案内表示装置を置く。

内装には環境に配慮して木材、アルミニウム、鉄といったリサイクル可能な素材を使用しており、床はフローリングで、座席は家具職人によって無垢材を加工したものである[7。座席配置は形式図によると車体中央部にクロスシート、連結部寄りのドア反対側にロングシートを配する[7]。クロスシートは緩やかなカーブを描いたデザインで「木楽なベンチ」と称し、背もたれ部分の通路側に「チョコットベンチ」と称する浅い補助座席が付属する。ロングシートは大きく湾曲したデザインで、「サロンベンチ」と称する。この座席と連結部の間には混雑時に軽く腰をかけられる「ラッキーベンチ」という腰掛を設置する。またクロスシート部分の窓側に小型のテーブル(キャンディテーブル)を取り付けている。使用する木材は車両によって異なっており、A車はウォールナット材、B車はシルキーオーク材である。窓のカーテンは竹を用いたすだれとなっている。

編成の定員は74人。座席定員は20人と在来車両に比べて少ないが、補助ベンチの設置と、クロスシート部分の座席(1人掛け)の幅を広く取ったことで公称の座席定員以上の着席が可能である。

車椅子スペースは運転台直後のドア付近に計4台分あり、固定用のシートベルトが設置されている。
台車・床下機器
台車は各車中央部に1台ずつ、車輪同士を繋ぐ車軸を省いた独立車輪4輪からなるボルスタレス式ボギー台車を配する。台車枠・車体間の枕バネおよび車輪・台車枠間の軸バネにはゴムバネを使用(軸バネにはコイルバネも併用)し、車輪にはゴムを挟み込んだ弾性車輪を用いる。車輪直径は660ミリメートル。車輪は連結部寄りが動輪、先頭部寄りが従輪であるが、動輪だけで駆動力・ブレーキ力双方をまかなうことから、枕バネの取り付け位置を連結部寄り(=動輪側)にずらして粘着力(車輪とレールとの間にはたらく摩擦力)を確保する。台車は若干の回転(最大4.5度)が可能。車輪についてはJR線への乗り入れを考慮したものを装備している。

9200形の台車が熊本市交通局9700形と異なる点は、軌間が1,435ミリメートルの標準軌から1,067ミリメートルの狭軌仕様となったことである。軌間1,067ミリメートル仕様のブレーメン形台車は先例がなく世界初[7]。そのため台車はヨーロッパにおいて採用実績のある軌間1,000・1,100ミリメートルの台車を基礎として新しく開発された[7]。従来の台車からの主な変更点として、車輪取り付け位置の変更(台車枠の外側から内側へ)が挙げられる。第1編成の場合、9700形と同様に台車はボンバルディア(旧アドトランツ)が製作する輸入品であるが、軌間1,067ミリメートル仕様のブレーメン形台車は開発したとしても日本にしか需要がないことから、ボンバルディアが設計変更・製作・試験を行うものの開発費は新潟鐵工所が負担している。台車の形式名は「OKAYAMA type」と称する。

主電動機は出力100キロワットのかご形三相誘導電動機で、台車1台につき1基ずつ搭載。車体連結部側の座席直下に装荷されており、自在継手(ユニバーサルジョイント)を介して駆動力を車輪に伝える(車体装荷式直角カルダン軸駆動方式)。具体的には、駆動力は主電動機から自在継手、推進軸(スプライン軸)、かさ歯車、ギアボックスという経路で片側の動輪に伝わり、さらに反対側の動輪のギアボックスへと車輪中心高さよりも低い場所にある駆動軸(ねじり軸)を介して伝わる。この駆動方式は9700形と同様である。主電動機のメーカーは第1編成ではボンバルディア(形式名:BAZu3650/4.6[2])。

ブレーキは、主電動機を用いる電気ブレーキ(回生・発電併用)があり、これで5キロメートル毎時まで減速し、それ以降は機械ブレーキであるバネ作用・油圧緩め式のディスクブレーキが作動して停止する。ディスクの取り付け位置は台車ではなく主電動機の出力軸である。これらが常用ブレーキで、ほかにも別系統で蓄電池駆動の電磁吸着ブレーキ(トラックブレーキ)を保安ブレーキとして備えており、各台車車輪間に機器を設置する。また制動距離確保のため砂まき装置を装備しており、滑走時や非常ブレーキ・保安ブレーキ使用時には自動的に砂が散布される。ブレーキ装置はハニング・アンド・カール (H&K) 製で、先の9700形で油圧が機能せずブレーキが緩まなくなる故障が営業開始後に発生したことから比較検討のため9700形とはメーカーを変えている。

設計最高速度は70キロメートル毎時であるが、45キロメートル毎時でスピードリミッターが作動するようになっている。

屋上機器
9200形のパンタグラフ
A車の屋根上には集電装置や主制御装置など、B車の屋根上には蓄電池や補助電源装置などをそれぞれ配置し、各車屋根上に冷房装置を設置する。

集電装置はシングルアーム式パンタグラフで、岡山電気軌道所有車両の特徴である「石津式パンタグラフ」を社内で唯一装備しない。主電動機への供給電力を制御する主制御装置はPWM制御・IGBT素子によるVVVFインバータ制御方式であり、1群のインバータにつき主電動機1基を制御する(1C1M方式)。主制御装置は9700形3次車に引き続き三菱電機製である。補助電源装置はIGBT素子を用いる静止形インバータ (SIV) を設置する。
運転台関連機器
マスター・コントローラーは右手扱いのワンハンドル式(デッドマン装置付き)を採用する。ハンドルを手前に引くと力行となり、奥へ倒すとブレーキが作動する。

車体のバックミラーは車外確認用の小型カメラで代用されており、その映像は運転台左右に配置された車外モニターに表示される。運転席のモニターは他にも車内モニターと運転モニターがあり、運転士は後方車両に取り付けられたカメラからの映像と車両の状態が確認できる。

愛称の公募と竣工
車両の導入に先立つ2001年(平成13年)夏より車両愛称の全国公募が実施され、その結果9200形は「MOMO」という愛称が付けられた。岡山のシンボルである「桃」や「桃太郎」にちなむものであるが、「桃」の字の使用を避けて果実や花を連想させないようにしているという。またミヒャエル・エンデの児童文学『モモ (MOMO)』にも由来し、速さ・快適さ・便利さを求める現代文明のパラドックスを覆す存在にという思いが込められているという。愛称については第2編成(愛称は「MOMO2」)の導入以降は「MOMO1」とも表記される(車体のロゴは「MOMO」のまま)。

2002年(平成14年)5月25日、車両がメーカーの新潟鐵工所から岡山市内の岡山電気軌道東山車庫に搬入された。車両導入費用は2億3千万円で、国土交通省の公共交通移動円滑化設備整備費として国・岡山県・岡山市から計1億1千万円の補助を受けている。このうち市からの補助には一般市民からの寄付金約500万円が含まれる[3]。搬入後、6月10日の「路面電車の日」にちなんで8・9日には市民団体RACDA(路面電車と都市の未来を考える会)主催の試乗会が実施された。

車両の竣工は2002年7月5日付。同日9時20分から東山車庫にて9200形の出発式が開催され、テープカット後に臨時ダイヤで東山(現・東山・おかでんミュージアム駅)から岡山駅前まで東山本線1往復した後、東山11時5分発の列車から所定ダイヤでの営業運転を開始した。

岡山電気軌道は、チャギントンとのライセンス契約を結び、「おかでんチャギントン列車」として運行することとなった。それが1081編成である。
A車がウィルソン、B車がブルースターをモチーフとしている。

岡山電気軌道9200形電車
1011「MOMO2」
Okayama Electric Tramway 1011.jpg
第2編成 1011 MOMO2
(2015年5月・中納言停留場付近)
基本情報
運用者 岡山電気軌道
製造所 新潟トランシス
製造年 2011年
製造数 1編成2両
運用開始 2011年10月15日
主要諸元
編成 2両固定編成(2車体連接車)
軌間 1,067 mm
電気方式 直流600 V(架空電車線方式)
編成定員 74人(座席20人)
編成重量 25 t
編成長 18,000 mm
全幅 2,400 mm
全高 3,745 mm
車体 耐候性鋼製車体
(前頭部:GFRP製)
台車 独立車輪式ボルスタレス台車
主電動機 かご形三相誘導電動機
TDK6413-A
主電動機出力 100 kW
搭載数 2基 / 編成
駆動方式 車体装荷式直角カルダン軸駆動方式
歯車比 6.789
制御方式 VVVFインバータ制御方式 1C1M×2群
制御装置 PWM制御IGBTインバータ
MAP-102-60VD97A
制動装置 回生・発電併用電気ブレーキ
油圧式ディスクブレーキ

岡山電気軌道9200形電車
1081「おかでんチャギントン列車」
基本情報
運用者 岡山電気軌道
製造所 新潟トランシス
製造年 2018年
製造数 1編成2両
運用開始 2019年3月16日
主要諸元
編成 2両固定編成(2車体連接車)
軌間 1,067 mm
電気方式 直流600 V(架空電車線方式)
編成重量 26.3t
編成長 18,780 mm
全幅 2,400 mm
全高 3,280 mm
車体 耐候性鋼製車体
(前頭部:GFRP製)
台車 独立車輪式ボルスタレス台車
主電動機 かご形三相誘導電動機
TDK6413-A
主電動機出力 100 kW
搭載数 2基 / 編成
駆動方式 車体装荷式直角カルダン軸駆動方式
歯車比 6.789
制御方式 VVVFインバータ制御方式 1C1M×2群
制御装置 PWM制御IGBTインバータ
MAP-102-60VD97A
制動装置 回生・発電併用電気ブレーキ
油圧式ディスクブレーキ

 

 

賀茂駅 福岡市地下鉄七隈線

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賀茂駅(かもえき)は、福岡県福岡市早良区賀茂三丁目。駅周辺は新興住宅地。福岡市地下鉄七隈線の駅。駅番号はN03。

駅のシンボルマークは空港線・箱崎線のシンボルマークをデザインした西島伊三雄が2001年に死去したため、それ以前に描かれていた原案を元に、息子で同じくグラフィックデザイナーの西島雅幸が完成させた。モチーフは賀茂神社の言い伝えに出てくる金屑川のナマズである。駅識別カラーは DIC-455(系統色名:紫青)で、七隈駅と共通。


駅構造
島式ホーム1面2線を有する地下駅。

のりば
1 七隈線 福大前・六本松・薬院・天神南方面
2 橋本方面
ホームの幅は狭く、階段とエレベータは千鳥に配置されています。


各階の面積は地上319平方メートル、地下1階4,197平方メートル、地下2階3,330平方メートル。地上出入口は膜屋根としている。利用者の目に止まる箇所に用いられる「個性化壁」は、赤土色のソイルセラミックスタイル(300mm×300mm×厚さ12mm)を使用している。

切符売場の券売機は3台。

改札口の改札機は3台。

駅周辺
金屑川
国道202号福岡外環状道路
賀茂神社
福岡医療短期大学
福岡歯科大学
福岡歯科大学医科歯科総合病院
福岡市立賀茂小学校
福岡市立次郎丸中学校
福岡市立田隈小学校
ヤマダ電機テックランド福岡賀茂本店(出入り口1より徒歩2分。

 

 

2000年(平成12年)4月22日~2000年(平成12年)12月17日 - 設計期間(実施設計者:大部設計事務所)
2002年(平成14年)11月27日~2004年(平成16年)5月31日 - 施工期間(施工者:三井・日産・西光 建設工事共同企業体)
2005年(平成17年)2月3日 - 開業

賀茂駅
かも
Kamo
◄N02 次郎丸 (0.7km)(0.9km) 野芥 N04►
所在地 福岡市早良区賀茂三丁目
北緯33度33分1.73秒 東経130度20分16.36秒
駅番号 ○N03
所属事業者 福岡市交通局
所属路線 地下鉄七隈線
キロ程 1.7km(橋本起点)


駅構造 地下駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度- 2,954人/日(降車客含まず)
-2017年-
開業年月日 2005年(平成17年)2月3日

 

 

 

 

雪上車

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雪上車は、無限軌道を装着して雪上もしくは氷上を走行する自動車。積雪地における人員や物資の輸送に用いられる。また、不整地を通ることもできるため、多用途で使用できる。

雪上車は軟らかい積雪上の走行性能、また、山岳地での登坂・旋回などの運動性も要求される。積雪に沈下しないことが性能上最重要課題で、接地圧力は0.12kg/cm2以下にしなければ走行不能に陥る。そのため、スキー場用雪上車は履帯幅を非常に広くして接地圧を軽減している。材料は軽量で高強度、加えて低温に適応する部材が使用されるため、高価格となる。スキー場以外にも積雪の多い地域では、テレビ・ラジオの送信所・中継局の保守点検や、局舎の除雪に向かう際、局が所有する雪上車が用いられる。


雪上車には車輪方式と履帯方式があり、履帯方式は車輪の代わりに無限軌道を取り付けたものである。履帯方式は車輪方式に比べると回転抵抗が大きくなる、構造が複雑化する、騒音が大きいといった欠点がある。しかし、雪上等の不整地では履帯方式のほうが圧倒的に機動力に優れており雪上車等の不整地通過車両には履帯方式が多く用いられている。

雪上車には雪上車として製造されるもののほか、市販の自動車などの駆動輪を小型の無限軌道装置(クローラ)に履き替える形式のものもあるが、後者は前者に比して雪上性能に劣る。

なお、日本国内で使用される雪上車は、車両のサイズや機能により、大型特殊自動車、普通自動車、小型特殊自動車に分けられており、それぞれに対応する運転免許が必要となる。


20世紀に入ると機械文明の発達により農耕作業などのため不整地の通過が試みられるようになったが車輪の代わりに履帯が用いられる様になるにはかなりの時間を要した。
南極点初踏破を目指していたロバート・スコットは、貨物運搬のために雪上車を特注し、1910年に履帯式のトラックが開発された。エンジンで駆動するそりのようなものであったが、出発後すぐにエンジンが壊れて動かなくなってしまった。スコットが特注した雪上車は南極では使い物にならなかったが、キャタピラ技術は第一次世界大戦でのイギリスの装軌式戦車の開発に影響を与えたともいわれている。
ロシアでは、1914年から1915年にかけて不整地通過車が開発されたが、これは冬期でも優れた走行性能を発揮した。

日本では、1927年(昭和2年)に米国から輸入された前輪そり、後輪が履帯の雪上車が妙高温泉で最初に使われた。日本での雪上車の研究開発は第二次世界大戦後に活発になった。主要なものでは、1951年(昭和26年)に江別市の消防署の依頼により山崎製作所が冬期に換装する消防雪上自動車を製作。また同年、歌志内市の依頼により田井自動車工業と市消防団の共同研究により日本初の雪上専用消防車が開発された。同じく1951年には新潟県の雪上車製造の依頼を大原鉄工所が受注し米軍の水陸両用車両キャリアカーゴM29Cウィーゼルを原型として日本初の雪上専用全装軌式雪上自動車「ふぶき1号」を開発した。

その後、「ふぶき5号」まで開発した大原鉄工所に続き、小松製作所も雪上車開発を手がけ、1953年(昭和28年)に「KC-20」を発表、1965年(昭和40年)まで改良を加えつつ使用され、南極観測任務にも低温性能に改良を加えたものが使用された。しかし、材料も性能も南極の環境条件に対しては不足で、極点までの往復調査観測には使用できず、このため1965年(昭和40年)に「KD60」型雪上車が開発された。
この頃から雪上車は2極化し、スキーブームによるゲレンデ整備雪上車と多目的雪上車とに分化して発展した。多目的雪上車の一例が、南極観測隊で使用されている「SM100S」シリーズで車両重量は11トン、稼動時マイナス60℃、未稼動時マイナス90℃の耐寒性能を持ち、3,800mの高地で使用可能、最大牽引は約21トンと世界的にも特筆される性能の雪上車である。現在日本で製造販売されている雪上車は、ゲレンデ整備用雪上車(圧雪車)、多目的雪上車、タイヤとクローラが脱着可能な雪上車、スノーモービルなどである。
近年は全輪駆動自動車の駆動部分をゴムクローラーに改造したものが登場しており、業務からレジャー用まで多彩に存在している。
現在日本には雪上車による人員物資輸送の専門会社が存在する。


メーカー
大原鉄工所
新潟鐵工所
NICHIJO
ボンバルディア→ボンバルディア・レクリエーショナルプロダクツ
ノースウエスト
プリノート(ライトナーグループの一つ)
ケースボーラー・ゲレンデファールツォイグ(ピステンブーリーのブランド)
ヤマハ発動機
SMI
株式会社リキシャマン

浦上車庫停留場 長崎電気軌道本線

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浦上車庫停留場(うらかみしゃこていりゅうじょう、浦上車庫電停)は、長崎県長崎市大橋町にある長崎電気軌道本線の路面電車停留場である。駅番号は17。1号系統、2号系統、3号系統が停車する。

その名の通り長崎電気軌道の浦上車庫と隣接しており、多くの車両が停泊している。また、通勤ラッシュ時を中心に当停留場止まりの列車や回送列車が多数存在する。一部の列車では運転士が交代する。


構造
停留場は専用軌道区間にあり、軌道は道路から独立している。ホームは2本の線路を挟み込むように配され、岩屋橋寄りから見て左側に長崎駅前方面行き、右側に赤迫方面行きのホームがある。

このうち長崎駅前方面行きのホームは2か所に分かれていて、赤迫方面行きの向かい側に1面、それより岩屋橋寄りに1面設けられている。両者の間からは浦上車庫への入出庫線が分岐していて、ホームを2面設けることで車庫からの出庫電車があってもその手前(岩屋橋寄りのホーム)で客扱いを行うことができ、効率的な運行が図られている。いっぽう入出庫線の向こう側にあるホームは車庫を出て長崎駅前方面に向かう電車専用であり、乗車に使用するのみである。このホームには屋根が架けられていない。停留場の岩屋橋寄りには渡り線がある。

浦上車庫
浦上車庫は長崎電気軌道の車両基地の一つ。同社に在籍する車両の大半、80パーセントほどを収容し車両工場を併設する。当停留場の赤迫方面行きホーム側、並走するJR長崎本線に隣接する位置に広がっていて、入出庫線は前述の1本に加えて赤迫方面行きの線路からも分岐する。車庫は0号線から13号線まであり、6 - 11号線は点検修理工場線、12・13号線は塗装工場線。車庫の屋上は駐車場として活用される。

路線の延長に伴い車両の増備と大型化が進んだことにより西町車庫として1953年に新設され、1966年に浦上車庫に改称。当初は車庫の西側を長崎電軌の路線バス関係に使用していたが、1971年に路線バスが譲渡されると電車専用の車庫となった。かつての車庫は大村市にあった第二十一海軍航空廠の格納庫を移築したものであったが、1979年3月に解体され、7月末に新車庫が落成した。屋上に駐車場が開設されたのもこのときからである。


周辺
浦上車庫のほか、長崎電軌の本社屋・西町営業所・西町変電所・遠方制御室が隣接する。
国道206号
ファミリーマート長崎三芳店
長崎自動車(住吉方面・純心校前方面・長崎駅前方面)・長崎県交通局(純心校前方面・長崎駅前方面) 「岩屋橋」バス停留所(国道206号上と県道上にある)


歴史
当停留場は本線の大橋 - 住吉間の開通より3年後の1953年(昭和28年)に開業した。開業と同月には当地に長崎電気軌道の車庫が開設。車庫は当初西町車庫と称しており、当停留場も西町車庫前停留場(にしまちしゃこまえていりゅうじょう)という名前だった。

1966年(昭和41年)には浦上車庫前停留場(うらかみしゃこまえていりゅうじょう)に改称、停留場名は社内募集によってつけられた。同じ時期に車庫も同名に改称している。「前」を外して浦上車庫停留場に改称したのは2018年(平成30年)のことである。

年表
1953年(昭和28年)8月1日 - 西町車庫前停留場として開業。同月、西町車庫が完成(電車とバスの車庫を併設)。
1966年(昭和41年)9月20日 - 浦上車庫前停留場に改称。同月、西町車庫も浦上車庫に改称。
1971年(昭和46年) - 浦上車庫が電車専用車庫になる。
1979年(昭和54年)7月31日 - 浦上車庫の建て替えが完了。
2002年(平成14年)4月11日 - 上り赤迫方面ホームを改築。5月9日には下り長崎駅前方面ホームを改築。
2018年(平成30年)8月1日 - 浦上車庫停留場に改称。

浦上車庫停留場
うらかみしゃこ
Urakami Tram Depot
◄16 岩屋橋 (0.3km)(0.2km) 大橋 18►
所在地 長崎県長崎市大橋町4番4号先
北緯32度46分48.35秒 東経129度51分42.01秒
駅番号 17
所属事業者 長崎電気軌道
所属路線 本線(■1号系統・□2号系統・■3号系統)
キロ程 1.5km(住吉起点)
赤迫から1.7km
駅構造 地上駅
ホーム 3面2線
乗降人員
-統計年度- 2,300人/日
-2015年-
開業年月日 1953年(昭和28年)8月1日


ことこと列車 (平成筑豊鉄道観光列車)

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平成筑豊鉄道観光列車(移動型レストラン列車)
「ことこと列車」は、ななつ星や或る列車を手掛けた「水戸岡 鋭治」氏が車両をデザインし、また、2019年にミシュラン一つ星を獲得、2018年・2019年と2年連続で「アジアのベストレストラン50」に中国・四国・九州地方から唯一ランクインした「福山 剛」氏が料理監修を行った本格フランス料理を提供するレストラン列車です。
時速15~40kmにて里山田園風景とフレンチコース料理をお楽しめる。

1号車 定員:18名
4人掛けテーブル席(3)、2人掛けテーブル席(3)
キッチン、ロッカー、ショーケース+収納
車椅子対応スペース、サービスカウンター
2号車 定員:30名
4人掛けテーブル席(3)、2人掛けテーブル席(3)
2人掛けソファ席(6)、ロッカー、ショーケース+収納
車椅子対応スペース、サービスカウンター
ワゴン収納

ツアーのポイント
ゆっくり走る「ことこと列車」
ゆっくり走る
こころゆたかな「ことこと列車」の旅
世界一ゆっくり走る列車になりたい。

車窓の風景をゆっくり楽しむ
福智山 (中泉駅~市場駅 間)
標高901mのまちのシンボルで九州百名山として登山家にも人気。
香春岳 (勾金駅)
映画やドラマ化された小説の舞台にもなった山。一の岳、二の岳、三の岳からなり、一の岳は石灰採掘によって元の半分程度まで削られている。
林龍平酒造場と今川 (崎山駅)
今川の右側に見える林龍平酒造場は、『九州菊』等飲みやすい口当たりの日本酒を天保8年(1837年)創業より変わらず造り続ける老舗酒造場です。

フレンチコース料理 6品
ー 地産地消にこだわった絶品たちー
2019年にミシュラン一つ星を獲得、2018年・2019年と2年連続で「アジアのベストレストラン50」(※1)に中国・四国・九州地方から唯一選ばれた福岡市「La Maison de la Nature Goh」の福山剛シェフが監修した、自然豊かな「ことこと列車」沿線の食材を使った特別な料理をお楽しめる。

水戸岡 鋭治氏デザインの車両
車両デザインは「ななつ星」や「或る列車」を手掛けた「水戸岡 鋭治」氏

運行スケジュール
平成筑豊鉄道 直方駅から行橋駅
お食事
昼食付(フレンチコース料理6品)

ゆっくり走る       
日本一ゆっくり走る
こころゆたかな「ことこと列車」 の旅
事・事 列 車は
祭事・物事・人事を乗せて
ゆっくり ゆっくり走ります
うさぎおいしかのやま こぶなつりしかのかわ
田園を里山を水辺や森の中をトンネルを抜け集落へ
原風景をゆっくりゆっくり走ります
♪コトコトコットン コトコトコットン♪
懐かしい古き良き時間と空間の列車の旅
世界一ゆっくり走る列車になりたい。

室見駅 福岡市地下鉄空港線

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室見駅(むろみえき)は、福岡県福岡市早良区室見1丁目に所在する福岡市地下鉄空港線の駅。

駅番号はK02。

姪浜延長開業前の2年弱は終着駅でした。駅周辺は住宅地、大型マンション。

駅のシンボルマークは福岡市出身のグラフィックデザイナー、西島伊三雄がデザインしたもので室見川をイメージした3本線。

切符売場に券売機は5台。改札内コンコースには待合所があり椅子が設置されています。

駅構造
相対式ホーム2面2線を持つ地下駅である。

1 Subway FukuokaKuko.svg 空港線 天神・博多・福岡空港・貝塚方面
2 姪浜・筑前前原・唐津方面

 


1981年(昭和56年)7月26日 - 開業。


2003年(平成15年)12月6日 - 九州で初めてホームドア(可動式ホーム柵)の使用を開始。

駅周辺
大型マンションが密集している。

福岡室見郵便局
室見川
室見幼稚園


正福寺
福岡高速1号線
福岡市立室見小学校
愛宕神社

 

室見駅
むろみ
Muromi
◄JK01/K01 姪浜 (1.5km)(0.8km) 藤崎 K03►
所在地 福岡市早良区室見1丁目
北緯33度34分51.46秒
東経130度20分24.27秒


駅番号 ○K02
所属事業者 福岡市交通局
所属路線 空港線
キロ程 1.5km(姪浜起点)
駅構造 地下駅


ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度- 8,783人人/日(降車客含まず)
-2018年-
開業年月日 1981年(昭和56年)7月26日

Kanto No.1廃液処理バージ 

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従来、陸上にあることが常識だった廃油処理施設を可動式のバージに搭載することにより、
 海難事故にも迅速に対応し、事故現場で流出する油を回収・処理することが可能。(特許第4243603号)


 米軍基地内ではこれらの処理バージにより、空母をはじめとする艦船から排出される大量の廃水を 24時間体制で回収・処理する業務に携わっているほか、海上自衛隊、海上保安庁の仕事にも従事。
 貨物船・客船・作業船など、あらゆる船舶に対応します。沖での回収も可能です。
 船舶内で発生する廃液(ビルジ・スラッジ・タンク洗浄水・廃燃料など)回収・処理。

艀(はしけ)は、河川や運河などの内陸水路や港湾内で重い貨物を積んで航行するために作られている平底の船舶である。
艀の多くはエンジンを積んでいないため自力で航行することはできず、タグボート(トウボート)により牽引あるいは推進されながら航行する。
英語ではバージ(barge)

諫早駅(JR九州)長崎本線 大村線

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諫早駅(JR九州)長崎本線 大村線

諫早駅(いさはやえき)は、長崎県諫早市永昌町にある、九州旅客鉄道(JR九州)・島原鉄道の駅である。雲仙・島原方面への玄関口駅です。

諫早市の中心駅で、長崎県内で長崎駅に次いで2番目に利用者が多い。全列車が停車する。JR九州と島原鉄道の共同使用駅であるが、駅自体はJR九州が管轄する。

JR九州の長崎本線と大村線、島原鉄道の島原鉄道線の計3路線が乗り入れている。大村線は当駅が終点、島原鉄道線は当駅が起点である。JR九州における当駅の所属線は長崎本線である。SUGOCAに対応するが、当駅がSUGOCA長崎エリアにおける長崎本線の東端駅であるため、長崎本線長崎方面(含む長与支線)と大村線の当駅から竹松までのみ利用可能であり、長崎本線鳥栖方面や島原鉄道島原方面へは利用できない。

長崎本線の当駅と長崎駅の間は運転本数が多く設定されている。新線(市布経由)を通る列車は特急が毎時上下各2本程度、普通列車がラッシュ時間帯以外では長崎駅から当駅との間で毎時上下各1本程度のピストン運転を行う。

また、佐世保・大村線直通の快速列車も毎時上下各1本設定され、全便が新線を経由する。当区間内の基本停車駅は喜々津駅・浦上駅のみだが、一部列車は西諫早・現川にも停車するほか、諫早 - 長崎間各停便もある。旧線(長与経由)は主に普通列車のみの運転であるが、D&S列車「或る列車」は長与経由。ななつ星も長与経由のルートがある。

ラッシュ時間帯以外では毎時上下各1本程度設定されており大半の列車が大村線・佐世保線との直通列車である。長崎本線上り湯江駅・肥前山口駅方面は特急列車は毎時上下各2本程度ずつ運転されているが、普通列車は毎時1本程度で、一部時間帯では3時間程度普通列車の運転間隔が空く。大村線に関しては通りラッシュ時間帯を除いて快速列車と普通列車がそれぞれ毎時各1本ずつの運転である。

JRにおいてワンマン運転の際は当駅で精算方法が変わり、当駅 - 長崎駅間は長与支線(旧線)を含めて車内精算を行わない。

駅名標は「のんのこ踊り」がデザインされている。

島原鉄道とJRの渡り線
島原鉄道のりばから数100メートルJR線と並走した後、左右に分かれるが、その並走区間の途中には、国鉄時代に島原鉄道の列車が国鉄へ乗り入れていた名残としてJR線から島原鉄道に接続する渡り線がある。この渡り線を使用して急行列車が長崎駅・佐世保駅・小倉駅まで乗り入れていた。

駅舎
JR線の駅舎は、2018年8月より東口(永昌東町)と西口(永昌町)を結ぶ自由通路と接続した橋上駅舎となっている。駅舎にはJR線専用の改札口や待合室、みどりの窓口が設置され、JR線の各ホームとは階段とエレベーターとで接続されている。東口側は諌早市が駅周辺再開発整備の一環で整備した「再開発ビル1棟」と接続しており、島原鉄道線の駅舎(改札口・乗り場)の出入口が設けられている。

先代の2代目駅舎は有明線が開通した1934年(昭和9年)竣功の木造2階建て(一部)で、外観は2か所の出入り口部のみ上った上屋軒先に、駅舎内も構成的な意匠が施された柱や梁、折り上げ天井の待合室など、洋館風のモダンなものであった。1990年代末期に外観の塗色が従来の緑色から茶色に塗り替えられたがそのほかの大きな変化はなかった。駅舎は駅の東側に位置しており、西側とは地下道で結ばれていたが、自由通路の供用開始により閉鎖された。

ホーム
JR線は2面4線(1 - 4番線)、島原鉄道線は1面1線を有する。JR線と島原鉄道線との乗り継ぎには、改札口を出て自由通路を経由する必要がある。

のりば
のりば 路線 方向 行先 備考
島原鉄道
■島原鉄道線 本諫早・島原・島原港方面
JR九州
1 ■長崎本線 下り 浦上・長崎方面 特急「かもめ」も発着
2 ■長崎本線 下り 浦上・長崎方面
■大村線 ハウステンボス・佐世保方面
3 ■長崎本線 下り 浦上・長崎方面
上り 佐賀・鳥栖方面 一部の列車
■大村線 ハウステンボス・佐世保方面
4 ■長崎本線 上り 佐賀・鳥栖・博多方面 特急「かもめ」を含む
■大村線 ハウステンボス・佐世保方面

切符売場にはタッチパネル式の券売機が3台設置されています。みどりの窓口はオープンカウンター式。改札口には改札機は4台、ICカード専用機も新設。

朝夕を中心に多くの利用者で賑わっている。特急列車の場合は博多駅方面へ向かう利用者が多いが、浦上駅・長崎駅までの自由席特急券が300円なので朝夕の通勤・通学などでの利用がある。特に朝に運行される「かもめ1・3号」では、大村線からの乗換利用者も含めて利用者が多いこともあり、普通車指定席(1号は2号車、3号は1号車の一部)の空席に自由席特急券で乗車可能の特例が設けられているが、そこも含めて通路が埋まることもある。普通列車も通勤通学で非常に利用者が多い。諫早駅発着の「2枚きっぷ」は存在しないため、佐世保や福岡市内などへは長崎発着のものを購入する必要がある。福岡市内の場合、大村・竹松発着のものも選択可能。値段は長崎発着のものと同じ。

駅周辺
駅前にはバスターミナル・デパート・ビジネスホテルなどがあり、マンションも多い。諫早市役所など、市の中心部へは隣の島原鉄道本諫早駅の方が近い。駅前のバスターミナルからは各方面への路線バスが多数発着しています。

長崎県営バス・島鉄バス諫早ターミナル
ミスタードーナツJR諫早ショップ
ジョイフル諫早駅前店
長崎県立諫早商業高等学校
長崎ウエスレヤン大学
鎮西学院高等学校
トランスコスモススタジアム長崎
JCHO諫早総合病院(諫早病院)
まるたか生鮮市場諫早駅前店
バス路線
長崎県営バス - 路線バス・長崎空港連絡バス・高速シャトルバス
島鉄バス - 路線バス・高速バス(福岡行き島原号)・長崎空港連絡バス
駅前の諫早ターミナルに発着する。かつては県営と島原鉄道はそれぞれ別のターミナルに発着していたが、2007年3月31日をもって島鉄諫早ターミナルが廃止され隣接していた県営バスターミナルに統合された。


1898年(明治31年)11月27日 - 九州鉄道長崎線の駅として開業。
1907年(明治40年)7月1日 - 九州鉄道が国有化される。
1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定により、長崎本線の駅となる。
1911年(明治44年)8月21日 - 島原鉄道の諫早 - 本諫早間が開業。長崎本線と島原鉄道の駅となる。
1934年(昭和9年)
3月24日 - 有明西線の諫早 - 湯江間が開業。長崎本線・有明西線と島原鉄道の駅となる。
6月 - 2代目駅舎竣功。
12月1日 - 有明東線と有明西線が繋がったことにより、有明ルートが長崎本線となる。これに伴い、早岐 - 諫早間が大村線として分離され、長崎本線・大村線と島原鉄道の駅となる。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化に伴い、長崎本線・大村線は九州旅客鉄道に継承。九州旅客鉄道と島原鉄道の駅となる。
2010年(平成22年)3月24日 - 自動改札機を設置。
2012年(平成24年)12月1日 - 同駅を含む長崎地区19駅にSUGOCAを導入。
2016年(平成28年)6月18日 - 仮駅舎に移転。新駅舎・自由通路の建設工事着工。
2018年(平成30年)8月4日 - JR線の橋上駅舎、および東口と西口を結ぶ自由通路の供用開始。
2019年(令和元年)10月1日 - 島原鉄道の駅に「雲仙・島原口」の副駅名を設定

諫早駅
いさはや
Isahaya
(雲仙・島原口)
所在地 長崎県諫早市永昌町1番1号
北緯32度51分6.62秒 東経130度2分29.3秒
所属事業者 ■九州旅客鉄道(JR九州)
■島原鉄道
電報略号 イハ
駅構造 地上駅
ホーム 3面5線
乗車人員
-統計年度-
(JR九州)5,203人/日
-2018年-
(島原鉄道)911
-2016年-
人/日(降車客含まず)
乗降人員
-統計年度- (島原鉄道)1,716
-2016年-
人/日
開業年月日 1898年(明治31年)11月27日


乗入路線 3 路線
所属路線 ■長崎本線
キロ程 100.4km(鳥栖起点)
◄東諫早 (2.6km)(2.8km) 西諫早►
所属路線 ■大村線
キロ程 47.6km(早岐起点)
◄岩松 (7.6 km)
所属路線 ■島原鉄道線
キロ程 0.0km(諫早起点)
(1.5 km) 本諫早►
備考 共同使用駅(JR九州の管轄駅)
直営駅
みどりの窓口 有

叡山電鉄700系電車 

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叡山電鉄700系電車

叡山電鉄700系電車(えいざんでんてつ700けいでんしゃ)は、経営合理化のためのワンマン運転と、近代化のためのATS導入、冷房サービスの提供のため、1987年(昭和62年)と1988年(昭和63年)に在来車の機器を流用して武庫川車両工業で合計8両が製造された叡山電鉄の電車である。全車が両運転台構造の制御電動車で、改造元となった車両によって3形式に細分される。本稿では叡山本線上で南側を出町柳寄り、北側を八瀬寄りと表現する。


概要
モータリゼーションの進展で減少傾向にあった京福電気鉄道の叡山本線と鞍馬線(叡山線、後の叡山電鉄)の乗客は1978年(昭和53年)9月に京都市電が全廃されて他の鉄道路線との連絡がなくなったことで一気に減少、この再建が京福電鉄、京福電鉄を傘下に持つ京阪電気鉄道の経営課題となった。対策を検討する中で叡山線を京福電鉄から分離して小回りの利く経営を実現するとともに人件費を含む経費の節減、設備の近代化を図ることが決定し、1986年(昭和61年)4月から京福電鉄100 %出資の叡山電鉄株式会社に叡山本線と鞍馬線の運営が移管された。

新発足の叡山電鉄がワンマン運転運転による合理化と、経年50年以上のものも含まれていた在来車両をATS、冷房を装備した車両で置き換えることで近代化するため、導入したのが両運転台構造の制御電動車700系である。700系は叡山電鉄初の冷房車で、屋根上に補助電源用の静止形インバータ1台と冷房装置2台が搭載されているが、台車などは在来車の機器が流用されている[14]。ワンマン運転の列車識別を容易にするため、従来の標準であった車体上半分ブラウンベージュ、下半分深緑の塗装をやめ、アイボリーを主体に側面窓周りと雨樋、車体下端、正面窓下をマルーンとする塗装が採用された。

改造元となった車両により3形式にわかれ、デオ710形はデナ21形、デオ720形はデオ200形の台車、主電動機を流用して、デオ730形はデオ300形の改造名義で製造された。デオ710形、デオ720形は吊り掛け駆動で登場したが、後に全車台車、主電動機、駆動装置が交換されカルダン駆動となった。2005年(平成17年)から2011年(平成23年)にかけて順次クリームを基調とし、車両ごとに異なる山(緑)、川(青)、もみじ(赤)、新緑(黄緑)をイメージした帯を窓下に巻く塗装に変更されている。

2018年(平成30年)には1両が観光電車「ひえい」に改造されたほか、2019年(平成31年)からリニューアル工事が施工されている。観光電車「ひえい」は2019年(令和元年)鉄道友の会「ローレル賞」を受賞した。

登場の背景
叡山本線、鞍馬線(1986年3月以前は京福電気鉄道叡山線、同年4月から叡山電鉄)の乗客はモータリゼーションの進展により1964年(昭和39年)をピークに減少を続けていたが、1978年(昭和53年)9月に京都市電が全廃されたことで他の鉄道路線と叡山線との連絡が絶たれ、京都市内中心に直行するバス路線の充実もあって乗客が一気に減少、叡山線は年間6億円弱の売り上げに対し5億円以上の赤字を出す状態となった。叡山線の再建が京福電鉄、京福電鉄を傘下に持つ京阪電気鉄道の大きな経営課題となり、1982年(昭和57年)に京阪社内に京福電鉄再建対策委員会が設置され、京福電鉄グループの再建策が協議される中、叡山線については京福電鉄から切り離して小回りのきく経営体制をとること、人件費を含む経費の節減、設備の近代化を図ることが決定した[12]。1985年(昭和60年)7月に京福100 %出資の叡山電鉄株式会社が設立され、翌1986年(昭和61年)4月から叡山電鉄に叡山本線と鞍馬線の運営が移管された。新会社発足後の施策として、導入から50年以上経過したものも含まれていた在来車両をワンマン運転に対応した車両に置き換えて合理化をはかることと、ATS導入、冷房サービスの提供による近代化を行うこととし、700系電車が1987年(昭和62年)、1988年(昭和63年)に導入された。

形式
700系電車は改造元となった車両により、デオ710形、デオ720形、デオ730形の3形式にわかれる。全車が両運転台構造の制御電動車である。「デ」は電動車を「オ」は大型車を指す略号であり、形式名の前のカタカナ2文字はこれらを組み合わせたものである。

デオ710形
711号車が1987年(昭和62年)7月、712号車が1987年(昭和62年)8月に、デナ21形23・24の台車、主電動機、駆動装置、集電装置を流用し、吊り掛け式駆動で登場した。711号車のみ登場時は正面窓内側下部に銀色の線が入っていたが、すぐに消されている。1992年(平成4年)に阪神電鉄から譲渡された主電動機および新製した台車に交換され、カルダン駆動となった。2017年(平成29年)10月から台車、主電動機を京阪5000系廃車発生品と交換する工事が行われている。

デオ720形
1987年10月(昭和62年)に721号車、11月に722号車が、デオ200形203 ・204の台車、主電動機、駆動装置、集電装置を流用し、吊り掛け式駆動で登場した。翌1988年(昭和63年)6月に723号車、7月に724号車が同様にデオ202・201の機器を流用して製造された。1988年(昭和63年)製造車にはデオ730形も含め乗務員室扉上に水切りがある。2003年(平成15年)から2005年6月(平成17年)にかけて、京阪1900系の台車・主電動機・駆動装置を譲り受けて722(2003年)、724(2003年)、723(2004年1月)、721(2005年6月)[35]の順に交換し、カルダン駆動となった。

デオ730形
1988年(昭和63年)12月にデオ300形301・302の改造名義で731号車、732号車が製造された。デオ300形の台車は軸距が長く、これを採用すると床下機器のレイアウトが成立しないため、台車は京阪1800系(2代)から流用されたものが装備された。主電動機、駆動装置も京阪1800系のものが流用されたため、新製時からカルダン駆動となった。デオ300形から流用されたのはパンタグラフだけと言われている。2018年(平成30年)には732号車が観光電車「ひえい」に改造されている。

外観
前面は車体上下端が正面窓下部に対して「く」の字型に120 mm後退するよう傾斜した非貫通式で、柱のない大型ガラスを採用、正面窓には電動式ワイパー2個が設けられた。正面窓上には叡山電鉄初の電動式方向幕が左右2個の前照灯と同じ横長のガラスにワンマン運転表示器と共に納められた。側面は客用扉が客室両端に寄った片開き2扉となり、客用扉のさらに車端側に引戸の乗務員扉が設置された。2箇所の客用扉の間には7枚の窓が設けられ、中央の1枚のみ眺望を重視した熱線反射合わせガラスの固定窓となったが、その他の6枚は下段固定、上段下降の2段式開閉窓である。戸袋部には窓が設けられなかった。客用ドアの脇には車外スピーカーとワンマン運転時に出入口を示す表示灯が設けられた。正面の車両番号は板に取り付けたものが窓内に設置され、側面の車両番号は叡山電鉄伝統の楕円形のものが窓下に取り付けられた。1988年(昭和63年)製の723、724、731、732の各号車は乗務員扉の上に水切りがある。車体は従来の叡山電鉄車両と異なり、ワンマンで運転されている車両の識別を容易にするため、上半分ブラウンベージュ、下半分深緑の塗装から京福グループのバスなどと同様の色彩が採用され、アイボリーを主体に側面窓周りと雨樋、車体下端、正面窓下をマルーンとする塗り分けとなった。

内装
客室
座席はすべてロングシートで、座席の色は紺、天井が白、壁と床は薄いグリーンとなった。天井には冷風ダクト、ファン、冷房装置のリターングリルが設けられた。登場時はワンマン運転時の車内の見通しを確保するため、中吊り広告の枠が設けらなかった。乗務員室との仕切りはワンマン運転に備えて運転席後部の窓が下方に拡げられ、その部分に運賃箱が設置されたほか、運転士がミラーにより客室の確認が容易にできるよう中央上部の壁がない。運賃箱上部には運賃表示器が、運賃箱と反対側のドア横には整理券発行機が取り付けられた。


運転席
正面は大型窓の正面非貫通式となったが、ワンマン運転時の客扱いを容易にするため、運転席は在来車同様左側に寄せられている。デッドマン装置付きの主幹制御器、制動弁は5度傾斜して取り付けられた[1]。運転士前のパネルは木目の化粧板となり、ワンマン運転用の放送装置のスイッチなどが主幹制御器と制動弁の間にある。運転席内にも冷風ダクトがひかれるとともに、扇風機が設置され、作業環境の向上が図られた。


主要機器
台車・主制御器・主電動機
全車主制御器は京阪大津線260形から流用された電動カム軸式EC-260が搭載された。デオ710形にはデナ21形から流用された日本車輛製D-15台車、東洋電機製TDK557主電動機(出力60 kW)、歯車比3.41の吊り掛け式駆動装置が、デオ720形にはデオ200形から流用された近畿車輛製K63台車、三菱電機製MB115AF主電動機(出力75 kW)、歯車比3.05の吊り掛け式駆動装置が、デオ730形には京阪1800系から流用された住友金属工業製FS-310台車、三菱電機製MB-3005-D主電動機(出力92 kW)、歯車比4.71のWN駆動装置が装備された。通常は連結運転は行わないが、連結しての運用も可能な装備がほどこされている。

制動装置
改造元となった車両には異なる制動装置を採用していたものもあったが、700系への改造にあたっては取扱共通化のため全車SME(非常弁付き直通空気ブレーキ)が採用された。

冷房装置・補助電源装置
冷房用などの補助電源装置は八瀬寄りの屋根上に容量30 kVAの静止形インバータが搭載された。1987年(昭和62年)製造車用はフィルタ部分が箱から張り出している。冷房装置は車両中央部屋根上に容量15.1 kW(13,000 kcal/h)のRPU3044 2基が搭載された。
パンタグラフ・空気圧縮機
改造元の車両から流用されたTDK-C3菱型パンタグラフ1基が出町柳寄り台車直上に設置された。パンタグラフは順次PT-4202に交換されている。電動空気圧縮機は電動機出力4.2 kWのDH-25が搭載された。

叡山電鉄700系電車
基本情報
運用者 叡山電鉄
製造所 武庫川車両工業
製造初年 1987年
製造数 8両
主要諸元
軌間 1,435 mm
電気方式 直流600 V
(架空電車線方式)
車両定員 86人
座席定員42人
全長 15,700mm
車体長 15,200 mm
全幅 2,680mm
車体幅 2,600 mm
全高 4,230 mm
車体高 3,620 mm
床面高さ 1,130 mm
車体 普通鋼
台車中心間距離 10,200 mm
主電動機 直流直巻電動機
搭載数 4基 / 両
制御装置 抵抗制御
制動装置 非常弁付き直通空気ブレーキ(SME)
保安装置 ATS

味坂駅 西日本鉄道(西鉄)天神大牟田線

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味坂駅(あじさかえき)は、福岡県小郡市赤川にある西日本鉄道(西鉄)天神大牟田線の駅。駅番号はT24。

駅構造
相対式ホーム2面2線を有する地上駅。矢加部駅、徳益駅とともに、天神大牟田線に3つある無人駅の1つ。

のりば
ホーム 路線 方向 行先 備考
1 ■天神大牟田線 下り 久留米・柳川・大牟田方面


2 上り 二日市・福岡(天神)方面
ホーム中央の待合所には長椅子が設置されています。



駅設備
かつては駅舎が存在したが、撤去された。当駅は自動改札機、自動券売機未設置駅であるが、nimocaには対応しており、上下ホームともnimoca用の入場・出場簡易改札が設置されている。また、大牟田方面ホーム側の出口付近に公衆電話・便所・駐輪場が存在する。上下ホームともに、待合用のベンチと時刻表・路線図が設置されている。そのほか、特に目立った設備は存在しない。

接近・案内放送がない。駅東口からは階段の他、スロープでホームに連絡します。西口は階段のみでスロープは設置されていません。

乗降時の取扱い
西鉄の無人駅の中では唯一乗車駅証明書を常備していない。これは当駅発着の列車が全て車掌乗務であるためである。無札の場合は車掌から車内補充券を購入するか、降車駅での精算が必要である。

また、当駅で下車する際には乗務員に乗車券を渡す必要がある。nimocaを使う場合は下車時に乗務員に提示すれば降りられる。ただし、そのあとに簡易改札にタッチする必要がある。

駅周辺
小郡市の南端部にあたる。周辺は宝満川沿いの地域で、田畑の中に民家と個人商店が点在する。大規模商業施設はない。

宝満川 - 福岡側に鉄橋があり、そこで直角に交わるように流れている。駅から対岸に行くための橋は、やや離れている。
味坂変電所 - 駅から見て九州自動車道の反対側に味坂変電所がある。2000年代初頭までは九州鉄道時代から存在した鉄筋コンクリート建物があったが解体されている。九州鉄道時代は第二変電所と呼ばれていた。
駅の約300メートル西側を九州自動車道が天神大牟田線に並行する形で通っており、同道路の鳥栖ジャンクション~久留米インターチェンジ間を走行しているときに、この駅が確認できる。九州自動車道のすぐ西側は福岡・佐賀県境であり、当駅の周辺は天神大牟田線としては佐賀県に最も接近する区間である。

バス路線
小郡市コミュニティバス
味坂駅前バス停 - 古飯・今朝丸ルートが1日2往復発着する。

歴史
1924年(大正13年)4月12日 - 開業。
1968年(昭和43年)11月1日 - 宝満川橋梁架け替えに伴い移転。
2008年(平成20年)5月18日 - ICカードnimoca供用開始。
2012年(平成24年)3月24日 - 駅前にコミュニティバス乗り入れ開始。
2017年(平成29年)2月1日 - 駅ナンバリングを導入。
九州鉄道福岡 - 久留米間開通と同時に開業した。当時の味坂村の村域ではなく、小郡村に存在していた。旧味坂村の中心地は、むしろ隣の端間駅の方が近い。

味坂駅
あじさか
Ajisaka
◄T23 端間 (3.0km)(2.8km) 宮の陣 T25►
所在地 福岡県小郡市赤川
北緯33度21分12.6秒
東経130度32分27.13秒
駅番号 T 24
所属事業者 西日本鉄道
所属路線 ■天神大牟田線
キロ程 33.7km(西鉄福岡(天神)起点)
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度- 191人/日
-2017年-
開業年月日 1924年(大正13年)4月12日
備考 無人駅

Seagull 海上タクシー(岡山 石島航路)

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Seagull 海上タクシー(岡山 石島航路)


元スクールボートとして活躍していた船を全面改装。元々学生を安全に運ぶために作られた船なので、安定感重視の設計。非常に揺れに強く、荒天時には無類の強さを発揮します。船首にも安全に座れる設計になっているため、撮影等の用途にも向いています。

旅客定員12名。安定感に重きを置き設計された船で、非常に波に強いため、荒天時には最も頼りになります。船内は二部屋にわかれています。

船首にも安全に座れる設計となっているので、撮影等の用途にも向いています。晴れた日は、この船首の席がとても人気があります。後部には鉄板がついており、車椅子も乗れるように設計されています。

水上タクシー(すいじょうタクシー)は、小型船舶を利用したチャーター船。海上を行く場合、海上タクシーとも呼ばれる。
水上タクシーは海上運送法第20条2項の「人の運送をする不定期航路事業」に該当する。日本では瀬戸内海や九州周辺の小規模な離島への交通手段として、旅客船などが運航されていない時間帯などにおいて利用される。一方都市部においては、入り組んだ港湾、運河、河川の各乗降場間を結ぶ機動性の高い交通手段として注目されている。
海上運送法による規制
2000年の法改正により、人の運送を行う全ての船舶運航事業者には海上運送法が適用されるようになった。同法では、海上タクシーの旅客定員は12名以下とされている。


所属:海上タクシー 川西マリンサービス
旅客定員 12名
主な用途 観光


天神南駅 福岡市交通局(福岡市地下鉄)七隈線

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天神南駅(てんじんみなみえき)は、福岡県福岡市中央区渡辺通五丁目にある福岡市交通局(福岡市地下鉄)七隈線の駅。駅番号はN16。

駅のシンボルマークは空港線・箱崎線のシンボルマークをデザインした西島伊三雄が2001年(平成13年)に死去したため、それ以前に描かれていた原案を元に、息子で同じくグラフィックデザイナーの西島雅幸が完成させた。モチーフは通りゃんせで遊ぶ子どもたち。駅識別カラーは DIC-50(系統色名:明るい紫みの赤)で、梅林駅・桜坂駅と共通。


利用可能な他の鉄道路線
福岡市交通局(福岡市地下鉄)
空港線 - 天神駅(北へ550m以上)
西日本鉄道(西鉄)
天神大牟田線 - 西鉄福岡(天神)駅(2番出口から西へ約150m)
空港線や箱崎線へは一旦改札を出て、天神地下街を介して天神駅で乗り換えとなる。当駅の改札内を出場してから120分以内に天神駅の改札内に入場する場合に限り、天神駅と当駅を同一駅扱いとし、営業キロを通算した運賃で乗車することができる。

ただし、普通乗車券で乗車する場合は、乗り換えのために天神南駅で出場する際に緑色に塗られた乗り換え専用改札機から出場しないと、乗車券が改札機により回収されてしまう。ICカード式乗車券や定期券で乗車する場合は、どの改札機でも営業キロの通算が可能である。

駅構造
1番出入口。地上出入口は強化合わせガラスによる全面ガラス張り。

プラットフォーム
島式ホーム1面2線を有する地下駅。渡辺通り4丁目交差点東側の国道202号(国体道路)直下に位置し、コンコースの西端が天神地下街と接続している。橋本駅とは異なり、当駅行きの列車は到着ホームでは折り返し列車にならず、駅の東側の引き上げ線で折り返し、すべて2番のりばから発車する。

出入口は6ヶ所に設けられている。

のりば
1 Subway FukuokaNanakuma.svg 七隈線 降車専用ホーム
2 六本松・福大前・橋本方面


各階の面積は、地上251平方メートル、地下1階5,601平方メートル、地下2階5,836平方メートル。七隈線の各駅は、利用者の目に留まる箇所に駅ごとに異なる材質の「個性化壁」が用いられているが、天神南駅は特別主要駅として駅全体の個性化が図られており、素材は透明なガラス。

中央口改札には改札機は7台。改札機の頭上にはLED式の発車案内が設置されています。

駅周辺
当駅は天神地区の南端部に立地しており、駅設備は国道202号(国体道路)の直下にある。駅のすぐ西にある渡辺通4丁目交差点で国体道路と渡辺通りが直交している。

福岡市役所 - 5番出口から北へ約200m
西日本渡辺ビル - 3番出口前
大丸福岡天神店
西日本新聞社本社
大丸エルガーラ東館 - 3番出口前
福岡三越 - 2番出口から渡辺通りを横断
岩田屋 - 2番出口から北西へ約500m
ソラリアプラザ - 2番出口から北西へ約400m
ソラリアステージ - 2番出口から北西へ約400m
西鉄バス天神1丁目バス停 - 3番、4番出口近く
ミーナ天神 - 天神地下街を北へ約600m
福岡パルコ - 天神地下街を北へ約500m
天神コア - 天神地下街を北へ約350m
イムズ - 天神地下街を北へ約300m
福岡県赤十字血液センター(献血ルームハッピークロス イムズ)
天神ビブレ - 天神地下街を北へ約350m
天神ツインビル - 天神地下街を北へ約300m
セブン・イレブン福岡渡辺通5丁目店 - 1番出口から南東へ約100m
エディー・バウアー天神店 - 1番出口から西へ約100m
ビックカメラ天神1号館 - 1番出口から西へ約150m
ビックカメラ天神2号館 - 1番出口から北西へ約350m
天神ロフトビル - 1番出口から南へ約200m
天神ロフト
マクドナルド天神ロフト店
リッチモンドホテル福岡天神 - 1番出口から南へ約250m
天神中央公園 - 5番出口から北東へ約100m
済生会福岡総合病院 - 5番出口から北東へ約150m
福岡中央警察署 - 5番出口から北西へ約100m
Apple Store福岡天神 - 2番出口を出て、渡辺通を横断してから、ないしは一旦天神地下街側へ進み、三越の入口そばにある地上直行用エレベータないしは階段で外に出てから、国体道路を西へ約400m
西鉄天神高速バスターミナル - 天神地下街を通り北西へ約300m
警固神社
警固公園


歴史
2000年(平成12年)12月26日 - 2001年(平成13年)10月21日 : 設計期間(実施設計者:葉デザイン事務所)
2002年(平成14年)11月27日 - 2005年(平成17年)1月31日 : 施工期間(施工者:大林・大日本・松本・志多 建設工事共同企業体)
2005年(平成17年)2月3日 : 開業


登場する作品
映画『君の膵臓をたべたい』(2017年)において、主人公「僕」とヒロイン桜良が福岡を旅行するシーンの中で天神南駅周辺の風景が登場する。

天神南駅
てんじんみなみ
Tenjin-minami
◄ N15 渡辺通 (0.7km)
所在地 福岡市中央区渡辺通五丁目
北緯33度35分17.51秒 東経130度24分6.22秒
駅番号 ○N16
所属事業者 福岡市交通局
所属路線 七隈線
キロ程 12.0km(橋本起点)
駅構造 地下駅
ホーム 島式 1面2線
乗車人員
-統計年度- 26,396人/日(降車客含まず)
-2018年-
開業年月日 2005年(平成17年)2月3日
乗換 天神駅
(■福岡市地下鉄 空港線)
西鉄福岡(天神)駅
(西日本鉄道 天神大牟田線)
備考 博多駅方面は2020年度開業予定

山内短五糎砲 

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山内短五糎砲
礼砲として使用されていたもので、平成22年7月、佐世保港三浦地区において浚渫工事中に発見 。
昭和15年5月 呉海軍工廠製

砲    種:保式、山内五糎砲
弾    種:五糎砲通常弾
信    管:六糎、五糎砲弾底信管
装薬、装薬包、弾薬包:五糎砲.通常、演習弾薬包(10C2、10C3).五糎砲薬莢
火   管:六糎、五糎、短五糎砲雷管.莢三号撃発火管


山内三听砲    → 山内五糎砲
艦載砲の砲の大きさを表すのにポンドを使用するのは、帆船時代からの前装滑腔砲の名残で、円形実弾の砲弾重量をもって示してきました。
 しかしながら、旋条(ライフル)砲が普及して砲弾の形状がこれに適した長軸弾となるにつれて、この弾丸重量をもってする方法は実状に合わなくなってきました。
従来のポンド表記でその名称を示してきた旋条砲は、口径、即ち旋条の山から山への砲内内径で表すものへと改めるのが一般的となりました。
旧海軍では明治始めの創設期から艦載砲の呼称には輸入元の元々の名称により、そのままセンチ、インチ (inch)、ポン ド(pound) 及びミリ (millimetere) の4つを制式に使用していました。
 そして明治41年には名称統一のために、3インチ砲以上の大・中口径砲はインチで表記することとなり、この時にポンド表記であったものは次のように改正されました。
大正6年になって艦載砲の口径表記が全てインチからセンチに改正されたのに伴い、この小口径砲のポンド表記も、センチ表記に改められることになりました。

県庁通り停留場 岡山電気軌道東山本線

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県庁通り停留場(けんちょうどおりていりゅうじょう)は岡山県岡山市北区表町一丁目・丸の内一丁目(東山方面ホーム)および、表町二丁目・内山下一丁目(岡山駅前方面ホーム)にある岡山電気軌道東山本線の停留場である。

停留所名は交差道路の愛称によるもので、岡山県庁からはかなり離れています。駅番号はH05。

構造
内山下交差点を挟んで北側に東山方面乗り場、南側に岡山駅前方面乗り場(いずれも島式ホームで、それぞれ片側のみ使用)がある。

ホーム幅は狭いホームですが、上屋は整備されています。停留所入口へのホームには横断歩道からバリアフリー対応のスロープで連絡します。ホームは短く、連結車両はみ出して停車します。

周辺
岡電バス・両備バス・宇野バス「中銀本店前」バス停
岡電バス・宇野バス「中銀本店西」バス停
岡山県道27号岡山吉井線(城下筋)
岡山県庁
岡山県立図書館
天満屋岡山店
天満屋バスステーション
宇野自動車本社・表町バスセンター
日本銀行岡山支店
中国銀行本店
JTB岡山支店
岡山表町商店街
ルネスホール(旧日本銀行岡山支店)
宇野表町駐車場
宇野内山下駐車場
いちよし証券岡山支店
大本組
三木記念文化ホール

歴史
1927年(昭和2年)9月26日 - 城下 ~ 栄町口間に 相生橋筋駅として開業。
1935年(昭和10年)8月13日 - 内山下停留場(2代目ていりゅうじょう)に改称。
1970年(昭和45年)11月1日 - 県庁通駅に改称。
2001年(平成13年)〜2003年(平成15年) - 県庁通り停留場に表記変更。

県庁通り停留場*
けんちょうどおり
Kenchou-dori
◄H04 城下 (0.4km)(0.4km) 西大寺町 H06►
岡山市北区表町一丁目・丸の内一丁目
岡山市北区表町二丁目・内山下一丁目
北緯34度39分45.2秒 東経133度55分49.6秒


駅番号 ○H05
所属事業者 岡山電気軌道
所属路線 ■東山本線(1系統)
キロ程 1.3km(岡山駅前起点)
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1927年(昭和2年)9月26日
* 改称経歴
- 1935年 相生橋筋駅→内山下駅
- 1970年 内山下駅→県庁通駅
- 2001年 - 2003年 県庁通駅→県庁通り停留場

赤坂駅 福岡市地下鉄空港線

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赤坂駅(あかさかえき)は、福岡県福岡市中央区赤坂1丁目に所在する福岡市地下鉄空港線の駅。駅番号はK07。

駅は福岡市都心部の西端に位置し、周囲は裁判所や法務局、検察庁などが多数立地する。

駅のシンボルマークは福岡市出身のグラフィックデザイナー、西島伊三雄がデザインしたもので、駅近くの平和台陸上競技場をスタート・ゴールとする福岡国際マラソンに因み、赤坂の「ア」をマラソンランナーに見立てたものとなっている。

駅構造
島式ホーム1面2線を有する地下駅である。明治通りの直下に位置する。

のりば
1 Subway FukuokaKuko.svg 空港線 天神・博多・福岡空港・貝塚方面
ホームには冷房待合室があります。


2 姪浜・筑前前原・唐津方面

切符売場の券売機、改札機の設置台数が多いのに比べコンコースが狭い。

出入口
1番出口 - 北西側階段出口
2番出口 - 南西側階段出口
3番出口 - 北側階段出口
4番出口 - 南側階段出口
5番出口 - 南東側階段出口
6番出口 - 北西側エレベーター出口(1番出口に隣接)

駅周辺
明治通りと大正通りの交差点直下付近に位置し、駅の周辺は福岡市都心の西端部にあたる。若者の街として知られる大名地区にも面している。周辺にはオフィスビルも多数建っている。


福岡市中央区役所 - 5番出口前
福岡市交通局 - 5番出口前
舞鶴公園 - 2番出口から南西へ約750m
鴻臚館跡展示館 - 2番出口から南西へ約750m
福岡城跡 - 2番出口から南西へ約800m
平和台陸上競技場 - 2番出口から西へ約600m


福岡高等裁判所・福岡地方裁判所・福岡簡易裁判所 - 2番出口から南西へ約300m
福岡法務局 - 1番出口から北へ約300m
福岡高等検察庁・福岡地方検察庁 - 1番出口から北へ約500m
福岡市消防局 - 1番出口から北へ約250m
福岡中央公共職業安定所 - 1番もしくは4番出口から南へ約250m
福岡市中央保健所 - 3番出口から北へ約300m
福岡市中央市民センター - 2番出口から南西へ約350m
福岡市中央体育館 - 2番出口から南西へ約300m


福岡貯金事務センター - 4番出口から南へ約100m
福岡中央卸売市場鮮魚市場 - 1番出口から北へ約600m
読売新聞西部本社 - 1番出口から西へ約250m
電通福岡ビル - 1番出口から西へ約300m
福岡中央銀行本店 - 5番出口から明治通りを横断しすぐ
福岡市立警固中学校 - 2番出口から南西へ約400m
福岡市立赤坂小学校 - 2番出口から南西へ約400m
筑紫女学園中学校・高等学校 - 2番出口から南西へ約900m
福岡市健康づくりセンター等複合施設(あいれふ) - 3番出口から北へ約300m
アンスティチュ・フランセ九州 - 3番出口からすぐ

歴史
1981年(昭和56年)7月26日 - 路線開通と同時に開業。


赤坂駅
あかさか
Akasaka
◄K06 大濠公園 (1.1km)(0.8km) 天神 K08►
所在地 福岡市中央区赤坂1丁目
北緯33度35分20.82秒
東経130度23分27.06秒
駅番号 ○K07
所属事業者 福岡市交通局
所属路線 空港線
キロ程 6.5km(姪浜起点)


駅構造 地下駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度- 15,963人/日(降車客含まず)
-2018年-
開業年月日 1981年(昭和56年)7月26日

大濠公園駅 福岡市地下鉄空港線

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大濠公園駅(おおほりこうえんえき)は、福岡県福岡市中央区荒戸1丁目と大手門3丁目に所在する福岡市地下鉄空港線の駅。駅番号はK06。大濠公園の最寄駅で、駅周辺は緑に溢れている駅です。

駅のシンボルマークは福岡市出身のグラフィックデザイナー、西島伊三雄がデザインしたもので、大濠公園や舞鶴公園付近に多数植えられている桜の花である。

駅構造
相対式ホーム2面2線を持つ地下駅である。


出入口は5箇所あり、地下1階がコンコース、地下2階がホームとなっている。


のりば
1 空港線 天神・博多・福岡空港・貝塚方面


2 姪浜・筑前前原・唐津方面

切符売場の券売機は5台。

改札口の改札機の台数も5台。

駅周辺
福岡家庭裁判所
大濠郵便局
大手門会館
護国神社
金光教荒戸分館
天理教教務分館
大濠公園能楽堂
荻野歯科医院
藤崎歯科
すの子公園
大濠公園
福岡簡易保険事務センター
福岡市美術館(案内放送あり)
福岡教育大学附属福岡小学校・中学校 (唐人町駅とほぼ同距離)
福岡大学附属大濠中学校・高等学校
福岡大学附属若葉高等学校 (唐人町駅とほぼ同距離)
厚徳会大日保育園
みぎわ幼稚園
西公園
光雲神社
福岡城跡(舞鶴公園)
福岡管区気象台
平和台陸上競技場
ふくおかフィナンシャルグループ本社
福岡銀行湊町支店
西日本シティ銀行港町支店
NHK福岡放送局


その他
仮称は「荒戸駅」であり、1号線では唯一仮称と異なる駅名となった。
2019年3月21日にリニューアルオープンするのを機に、副駅名として「福岡市美術館口」を設定する予定。

歴史
1981年(昭和56年)7月26日 - 開業。

 

大濠公園駅
おおほりこうえん
Ohorikoen(Ohori Park)
(福岡市美術館口 - Fukuoka Art Museum)
◄K05 唐人町 (0.8km)(1.1km) 赤坂 K07►
所在地 福岡市中央区大手門3丁目
北緯33度35分24.30秒
東経130度22分43.87秒
駅番号 ○K06
所属事業者 福岡市交通局
所属路線 空港線
キロ程 5.4km(姪浜起点)


駅構造 地下駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度- 11,186人/日(降車客含まず)
-2018年-
開業年月日 1981年(昭和56年)7月26日

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