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Channel: 観光列車から! 日々利用の乗り物まで
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暘谷駅 JR九州日豊本線

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暘谷駅(ようこくえき)は、JR化直前に設置された新しい駅です。大分県速見郡日出町字佐尾、日出町の中心近くにある、九州旅客鉄道(JR九州)日豊本線の駅です。駅周囲は造成中の区画を残す新しい住宅地で駅前は日出町の中心地で金融機関も概ね揃う。

相対式ホーム2面2線の設備を有する地上駅。立地に余裕がなく、下りホーム脇に小さな駅舎が建てられている。躯体をテント屋根のカーポートで覆ったような駅舎です。ホームは後発駅ゆえに幅が狭い。下りホームに青、上りホームにオレンジのテントのような上屋がかかっています。
JR九州鉄道営業が駅業務を行う業務委託駅。マルスは無いがPOS端末が設置されている。
ICカードSUGOCAは出入場とチャージのみ対応。

日出町が計画している都市整備事業(H23〜H27年)では、暘谷駅を東へ移動させ、南北自由通路を併設した駅舎を整備すること、また駅前広場、駅前駐車場などを整備することを予定している。暘谷城趾を中心とした海岸線の古い町並みや歴史的遺産等、風情ある空間が残存しており、歴史的街並みとの融和を図りながら、まちの玄関や顔としての JR 暘谷駅周辺の中心市街地の有効利用が必要日出町の新しい顔となる印象的な駅前空間をはじめとして、JR 暘谷駅を拠点に人々が交流する良好な市街地空間を図っていくとともに、歴史的街並みとの融和を図りながら、交流と活気及び地域住民に愛着と誇りを持てるまちづくりを目指す。駅前広場、自由通路、駅前駐車場等の交通結節点としての整備を行い、暘谷駅前の歩行者・自転車通行量の増加、車道停車数の減少、自由通路利用者数、暘谷駅乗降客数の増加を指標とした。

1987年(昭和62年)
3月9日 - 日本国有鉄道が開設。
4月1日 - 国鉄分割民営化により九州旅客鉄道が継承。
2012年(平成24年)12月1日 - ICカードSUGOCAの利用を開始。

電報略号 コク
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線


乗車人員
-統計年度- 772人/日(降車客含まず)
-2011年-
開業年月日 1987年(昭和62年)3月9日
備考 業務委託駅

 

 


粟井駅 JR四国 予讃線

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粟井駅は、愛媛県松山市苞木にある四国旅客鉄道(JR四国)予讃線の駅です。

駅周辺にはスーパーや銀行、医院、団地などがあります。駅前のスペースもありタクシーも常駐しています。

1番線が上下副本線、2番線が上下本線(制限速度100km/h)で、相対式ホーム2面2線の交換可能な地上駅です。

駅舎はレンガ造り風のコンクリート製です。あまり四国で見られないタイプの駅舎です。


営業窓口と駅事務室は閉鎖、無人駅ですが近距離用の自動券売機と木製の椅子が設置されています。

1927年(昭和2年)4月3日 予讃線の伊予北条〜松山間の開業と同時に駅が設置される。


1987年(昭和62年)4月1日 国鉄分割民営化により、JR四国の駅となる。

電報略号 アイ
駅構造 地上駅


ホーム 2面2線
開業年月日 1927年(昭和2年)4月3日
備考 無人駅(自動券売機 有)

 

柳原駅 JR四国 予讃線

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柳原駅は、愛媛県松山市府中にある四国旅客鉄道(JR四国)予讃線の駅である。柳原とは地域名とともに京都の公家柳原家に由来します。

旧国道と新国道バイパスとの間に駅があり周囲は農地と新興住宅地です。

駅舎はなくホーム上に待合スペースがあります。1面1線の地上駅で無人駅ですが、ホーム上の小屋の中に自動券売機が設置されています。

ホーム幅も狭く待合スペースにはFRP製の椅子が設置されています。
なお、当駅で発券される乗車券は、北上線の柳原駅と区別するため、「(讃)柳原」と表示されます。

自転車が多数あるのが目立っていました。駐輪場には屋根がありません。

1961年(昭和36年)6月1日 開業。
1987年(昭和62年)4月1日 国鉄分割民営化により、JR四国の駅となる。

電報略号 ヤナ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1961年(昭和36年)6月1日
備考 無人駅(自動券売機 有)

 

 

CL-03 巡視艇なだかぜ

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CL-04 ことかぜ
竣工:H03.03.15 造船所:横浜ヨット 管区:第五管区 配置:神戸

船主名 国土交通省海上保安
船籍港 東京 
●総トン数:19t/満載排水量:23t
●主要寸法:全長17.0m×幅4.0m×深さ2.0m
●エンジン:ディーゼル2基2軸 出力:1400PS
●速力:約29.0kt
●船質:高張力鋼
●航続距離:150浬
●乗員:5名
●主要装備:なし
●航行区域:沿海(制限付)

●老朽化した巡視艇の代替え」として計画されましたが、多様化する業務をこなすには船型が小型すぎたためか、少数の建造にとどまっています。海保で2隻。
●CL-01「いそかぜ」型の機関を900馬力から1400馬力に強化し、速力増大を意図した船型です。

吾桑駅 JR四国 土讃線

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吾桑駅は、高知県須崎市吾井郷甲にある四国旅客鉄道(JR四国)土讃線の駅です。集落を見下ろすような丘の上に駅があります。駅周囲は山深く、人家はあまりありません。駅の名前は所在地「吾井郷」と温泉のある「桑田山」を合成した開業当時の村名「吾桑村」に由来いたします。駅番号はK16。

相対式ホーム2面2線の交換可能駅である。きれいに改装され、茶色をモチーフした木造の駅舎が残り簡易委託駅となっています。

待合室は木製の長椅子が設置さています。
スプリングポイント(12番両開き)を使用しているので、通過列車も45km/h制限を受ける。

のりば
1 ■土讃線 (上り) 高知・土佐山田方面
2 ■土讃線 (下り) 須崎・窪川方面

かさ上げ工事されたホームは構内踏切で結ばれています。

下りホームには待合室が設置されています。


1924年(大正13年)3月30日 - 開業。
1969年(昭和44年)10月1日 - 配達の取扱を廃止。
1970年(昭和45年)10月1日 - 無人駅化(簡易委託駅化)。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、四国旅客鉄道の駅となる。

電報略号 ソオ←ソヲ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1924年(大正13年)3月30日
備考 簡易委託駅

 

VMFA(AW)-242 F/A-18D(ATARS) 米国 戦闘攻撃機

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F/A-18 は、アメリカ合衆国のマクドネル・ダグラス社が開発した戦闘攻撃機。アメリカの軍用機命名規則は記号の使用を禁じており、正式にはFA-18である。また採用国によっては防空任務が主な目的であることからF-18などと呼ばれることもあります。

スズメバチを意味するホーネット (Hornet) が愛称で、現在は発展型であるF/A-18E/F スーパーホーネットと区別する意味でレガシー(旧来の)ホーネットと記載・呼称されることがある。

1986年度会計で導入された機体から単座型はAからC、複座型はBからDへとアップグレードされた。F/A-18Cの初飛行は1987年9月3日。当初生産されたC/Dと在来型の相違点はコクピット後方の電子戦システムアンテナだけだった。ビューローナンバー161353以降の機体からストレーキ上部にLEXフェンスを追加している。この改修はそれ以前の機体に対しても行われています。ビューローナンバー163985から夜間攻撃能力を強化したC[N]/D[N]となっています。


ビューローナンバー164693以降の機体では新型の射出座席の搭載や燃料を消費状況に応じて移送し機体重心を安定する機能を装備しています。
ブロック36以降のD型の一部はATARS (新型戦術機上偵察システム) 搭載可能となっている。後に夜間攻撃型も開発され1988年5月6日に夜間攻撃型のF/A-18Dが初飛行している。AN/AVQ-28 ラスター・スキャン型HUD、AN/AAR-50TINS、カラー多機能表示ディスプレイ、カラー・デジタル自動移動地図などのシステムが装備されている。暗視ゴーグルの利用も可能となった。またレーダー目標指示/距離測定システムを持つ前方監視赤外線ポッドも装備され始め、レーダー誘導爆弾の投下能力、各兵器の精密誘導投下が可能となりました。
従来、複座型であるF/A-18B/Dは訓練用として使用されていたが、新型のF/A-18DはA-6Eの後継機として実戦部隊での攻撃任務のために配備されています。
2000年8月にアメリカ海兵隊に引き渡されたF/A-18Dを最後に生産を終了しています。

乗員
A/C:1名
B/D:2名
全長
17.07 m
全幅
11.43 m
全高
4.66 m
翼面積: 37.2
空虚重量
A/B:12,973 kg
C/D:10,810 kg
最大離陸重量
A/B:21,888 kg
C/D:23,542 kg
エンジン
A/B:GE製 F404-GE-400 ターボファン2基
C/D:GE製 F404-GE-402 2基
推力
A/B:7,258 kgf × 2
C/D:8,145 kgf × 2
最大速度
A/B:M 1.7+
C/D:M 1.8
航続距離
3,700km(フェリー)
C/D:戦闘行動時 290海里(約537km)
実用上昇限度
C/D:15240m
兵装 [編集]
固定武装
M61A1 20mmバルカン砲 ×1
空対空ミサイル
AIM-9 サイドワインダー
IRIS-T
AIM-7 スパロー
AIM-120 AMRAAM
AIM-132 ASRAAM
空対地ミサイル
AGM-65 マーベリック
AGM-84K SLAM-ER
AGM-154 JSOW
KEPD 350
空対艦ミサイル
AGM-84 ハープーン
対レーダーミサイル
AGM-88 HARM
対地爆弾
Mk82/83/84
CBU-87/89/97
GBU-10/12/16/24
GBU-39
JDAM
B61/83
など

 

斗賀野駅 JR四国)土讃線

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斗賀野駅(とがのえき)は高知県高岡郡佐川町東組、山間部の集落にある駅です。四国旅客鉄道(JR四国)土讃線の駅です。駅番号はK15。

かつては付近の大平山からの石灰石輸で賑わっていましたが今は見る影もありません。駅前はスペースがあり樹木が目立っています。

相対式ホーム2面2線を有する地上駅。駅舎は改築が施された古い木造駅舎です。

両開き分岐器を使用しているので、通過列車も50km/h制限を受ける。業務委託駅。待合室には近距離用の券売機が設置されています。

のりば
1 ■土讃線 (上り) 高知・土佐山田方面
2 ■土讃線 (下り) 須崎・窪川方面

下りホームには独特な大きな屋根をもつ待合所があります。

構内のホームは踏切で結ばれています。構内は石灰石鉱山への引き込み線があったためか広い。

1924年(大正13年)3月30日:国有鉄道の駅として開業。旅客・貨物営業を開始。
1942年(昭和17年):土佐石灰工業大平山鉱山専用線が運用開始。
1960年(昭和35年)6月28日:車扱貨物の取扱範囲を、専用線発着のものに限定。
1969年(昭和44年)10月1日:荷物(手荷物・小荷物)の配達の取扱いを廃止。


1970年(昭和45年)6月1日:小口扱貨物の取扱いを廃止。これにより、当駅で取扱うのは旅客・手荷物・小荷物と専用線発着の車扱貨物のみとなった。
1984年(昭和59年)2月1日:荷物の取扱いを廃止。
1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、JR四国と日本貨物鉄道(JR貨物)が継承。


1992年(平成4年)10月1日:JR貨物の駅(貨物の取扱)が廃止。
同時に土佐石灰工業専用線も廃止。この線から多ノ郷駅隣接の大阪セメント(現在の住友大阪セメント)高知工場へセメントの原料である石灰石を発送していた。廃線跡には構造物や線路跡の枕木、こぼれた石灰石などが現存する。


2010年(平成22年)10月1日:無人化。

キロ程 158.0km(多度津起点)
電報略号 トノ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1924年(大正13年)3月30日
備考 業務委託駅

 

襟野々駅 JR四国 土讃線

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戦後の昭和35年に設置された襟野々駅(えりののえき)は、高知県高岡郡佐川町永野にある四国旅客鉄道(JR四国)土讃線の駅です。佐川町の町外れにあり駅周囲には田園が広がっています。駅番号はK14。

単式1面1線の無人駅。簡易な片面ホームに短い上屋があるだけです。ホームへはバリアフリー対応のスロープで連絡します。窪川方面へ右に緩くカーブしています。戦後開業の駅の為、ホーム幅が狭く列車通過時は危険です。

ホーム待合所にはFRPの椅子が設置されています。

1960年(昭和35年)10月1日 - 日本国有鉄道の駅として開業。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、四国旅客鉄道の駅となる。

電報略号 エリ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1960年(昭和35年)10月1日
備考 無人駅

 


87式対戦車誘導弾 /陸上自衛隊

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87式対戦車誘導弾、型式名ATM-3は、陸上自衛隊で使用されている、第2.5世代の対戦車ミサイルです。

64式対戦車誘導弾の後継で、国産初のレーザー誘導方式を採用しています。防衛省は通称を「中MAT」、広報活動に使用する愛称を「タンクバスター」とし、隊員間では中MATの他に87ATMとも通称されています。

64式対戦車誘導弾(MAT)の後継として開発された国産の対戦車ミサイルで、1979年から川崎重工業による開発が始まり、1987年に制式化され、全国の普通科連隊の対戦車隊などに配備されています。


システム構成は発射機とレーザー照射機からなっており、ミサイルは発射筒に入れられている。セミアクティブ・レーザー・ホーミング(SALH)誘導方式の採用により誘導用ワイヤーが無くなったことで飛翔速度が速くなったほか、200メートル以内なら発射機とレーザー照射機を分散配置して射手の安全性を向上させられる。

発射機は73式小型トラックに搭載し使用される。


64式対戦車誘導弾に比べ小型軽量化され、ミサイル本体重量は12kgとなっている。このため、隊員による携帯が可能で、三脚架のほか、肩に担いで撃つこともできる。なお、ミサイル6発携行時のシステム重量は140kg。


平成17年度からの中期防衛力整備計画(平成17年度〜21年度)において、平成18年度をもって発射機の新規調達が終了した。

87式対戦車誘導弾(中MAT)および79式対舟艇対戦車誘導弾(重MAT)の後継として、高機動車の車体をベースに荷台部分へ発射機を搭載する中距離多目的誘導弾の開発が進められ、平成21年度から調達を開始しています。


設計 陸上自衛隊研究本部
製造 川崎重工業・三菱自動車工業
性能諸元
ミサイル直径 110mm
ミサイル全長 約1,000mm
ミサイル重量 約12kg
射程 約2,000m
誘導方式 セミアクティブ・レーザー・ホーミング(SALH)
飛翔速度 データなし

佐川駅 JR四国 土讃線

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佐川町の代表駅である佐川駅(さかわえき)は、高知県高岡郡佐川町甲にある四国旅客鉄道(JR四国)土讃線の駅です。

大正13年に開業しています。特急列車を含む全列車が停車する主要駅の一つでもあります。駅番号はK13


1989年頃まではホームは駅舎側の1面のみでした。現在は相対式ホーム2面2線の地上駅となっています。木造駅舎で特徴ある大きな吹き抜けの灯り取り窓が目につきます。

駅前広場は広く今は撤退してますが隣接してJRバスの営業所もありました。現在は黒岩観光(KKB)によるバスが運行されています。

構内の写真では一線スルーに見えるが、駅本屋側が上り本線、向かい側が下り本線として使い分けています。駅舎内には近距離の切符販売機と有人窓口があります。待合室には大きめのキオスクがあり長椅子も多数設置されています。ホームは構内踏切で結ばれており駅外には陸橋の自由通路があります。隣接して新しいトイレが造られています。

のりば
1 ■土讃線 (上り) 伊野・高知・阿波池田・高松・岡山方面
2 ■土讃線 (下り) 須崎・窪川・中村・宿毛方面

ホーム待合所は大き目なサイズです。

1924年(大正13年)10月25日 - 開業。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、四国旅客鉄道の駅となる

電報略号 サワ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1924年(大正13年)10月25日

大久野島 1 /幹部用防空壕

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大久野島 /幹部用防空壕

毒ガス資料館の近くの幹部用防空壕。コンクリートで作られて、その上には盛り土があり回りを石垣で築かれていました。この隣に製図場があって、機械製図、あるいは木工製図をやっていて誰でも入れたとのこと。入口が2つあり半地下で中は、高さ約2m・幅約2m・長さ約5mの広さでカマボコ型。他の防空壕と比べて、強固に造られています。

防空壕は、敵方の航空機の攻撃(空爆、機銃掃射)及びミサイル攻撃から避難するために地下に造られた施設。避難壕です。日本では第二次世界大戦中に、アメリカ軍をはじめとする連合国軍機による銃後への大規模空襲が現実のものとなり、空襲の危険から逃れるため、1944年頃から学校の校庭、強制疎開跡の空き地、個人宅内などに大量に作られるようになりました。空襲警報が鳴ると、身近なところに造られた防空壕に身を隠しました。

西佐川駅 JR四国 土讃線

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西佐川駅は、高知県高岡郡佐川町乙にある四国旅客鉄道(JR四国)土讃線の駅です。駅番号はK12。


西佐川駅はもともと改正鉄道敷設法別表102号にある「愛媛県松山附近ヨリ高知県越知ヲ経テ佐川ニ至ル鉄道」の分岐駅として作られました。ジェイアール四国バス松山高知急行線はこの構想を継いだものです。

特急停車駅を佐川駅と争ったが、敗れた上に無人化されてしまいました(現在は業務委託駅)。

2面3線の地上駅。大型の木造駅舎で駅前広場も広い。高知駅 - 窪川駅間のCTC化時に、一線スルー化されており、1番線より上り副本線、上下本線、下り副本線となっています。2番線が一線スルーの通過線(制限100km/h)となっています。

駅舎内には近距離用の券売機が設置されています。キオスクが撤退した待合室にはFRP製の長椅子が設置されています。
松山方面の分岐駅として計画されたので、1番線と2番線の間が広くとってあります。


番線の付け方は駅舎側から1番が振られるがこの駅はイレギュラーで駅舎側が3番となっている。ホームは屋根付きの跨線橋で結ばれています。島式ホームの待合室も駅舎同様に堂々とした作りです。

1924年(大正13年)3月30日 - 開業。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR四国の駅となる。
2010年(平成22年)9月1日 - 無人化。


電報略号 ニサ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
開業年月日 1924年(大正13年)3月30日
備考 業務委託駅

土佐加茂駅 JR四国 土讃線

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大正13年開業した土佐加茂駅(とさかもえき)は、日高村との境界付近に位置した高知県高岡郡佐川町加茂にある駅です。四国旅客鉄道(JR四国)土讃線の駅。小さな駅ですが、列車の行き違いが頻繁に行われます。駅番号はK11。

相対式ホーム2面2線を有する地上駅。配線は一線スルーではなく、分岐側を下り列車が使用する。なお、速度制限は下りが60km/h、上りは100km/hです。


駅舎は古い木造駅舎を縮小して作られた簡易なもので、その屋根はロールケーキのような曲線になっています。無人駅である。待合室には新旧の木造長椅子が設置されています。

のりば
1 ■土讃線 (下り) 須崎・窪川方面
2 ■土讃線 (上り) 高知・土佐山田方面
構内は踏切で結ばれています。

1924年(大正13年)3月30日 - 開業。
1969年(昭和44年)10月1日 - 配達の取扱を廃止。
1970年(昭和45年)10月1日 - 無人駅化。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR四国の駅となる。

電報略号 サモ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1924年(大正13年)3月30日
備考 無人駅

 

 

戸塚駅 R東日本)横浜市交通局)

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戸塚駅は、神奈川県横浜市戸塚区戸塚町にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・横浜市交通局(横浜市営地下鉄)の駅です。横浜市の代表駅で、私鉄4線、地下鉄との乗り換え駅です。JR東日本では「塚」を旧字体の「?」で表記する事がある。

横浜市営地下鉄の案内サインでは旧字体の「?」で表記している。近くに富塚八幡宮があり、富塚→戸塚に変わったとされている。

駅周辺は約50のバス路線が発着するバスターミナルを形成している。戸塚駅東口では、市街地再開発事業や横浜市営地下鉄1号線(ブルーライン)の開通により、駅前広場やバスターミナルが整備された。同西口においては、バスターミナルやタクシー乗降場のある第1交通広場が完成し利便性が向上した。
西口には古くから戸塚駅西口商店街や旭町通商店街が形成されており、1990年代に市街地再開発事業が計画されたが商店主などの反対が根強く、2006年7月まで事業計画が確定していなかった。そのため、2002年に完成していた店舗用のビルは一度も使われなかった。このうち、2005年にエスカレーターとエレベーターが開放された。その後再開発事業計画の確定により、2007年より再開発地域全体を封鎖する形で本格的な工事に着手し、同年6月1日には商店街で営業していた店舗群が仮入居するビル「戸塚ウエスト」がオープンした。この「戸塚ウエスト」も、2010年3月に閉鎖され、7月頃に解体された。4月には「戸塚ウエスト」に入居していた店舗群が移転し、商業施設トツカーナに出店した。


2012年度中の公共施設(戸塚ウエスト跡地)並びにタクシー・一般自動車の乗降場となる第2交通広場の完成をもって、再開発が完了する予定である。また、周辺では土地区画整理によるトンネル工事や、マンション、ビルなどの建設が行われている。
また、駅北側の国道1号が交差する東海道踏切(戸塚大踏切)は、「開かずの踏切」として有名である。特に平日の朝は東海道線と横須賀線の上下、貨物線を走るライナーと貨物列車で、ほとんど踏切の開く時間がなく、朝夕は渋滞を防ぐために車両通行止めになる。これについては戸塚道路も参照のこと。
横浜市では、当駅周辺地区を横浜市都市計画マスタープラン・戸塚区プランとして街づくりを考えている。
1981年に当駅周辺地区が副都心に指定されたことがあるが、現在では生活拠点という扱いに変わっている。

横浜市戸塚区の主要駅である当駅は、JR東日本の3路線(東海道線、湘南新宿ライン、横須賀・総武快速線)と、横浜市交通局の1路線(横浜市営地下鉄ブルーライン)の合計4路線が乗り入れる接続駅となっている。地下鉄ブルーラインの駅には「B06」の駅番号が与えられている。


JR東日本の駅に乗り入れる路線は、正式な線路名称では東海道本線のみであるが運転系統上(系統路線名)は、東海道本線大船駅以西に直通する系統と、同駅以東に直通する系統があり、旅客案内上は前者が「東海道線」、後者が「横須賀線」と呼ばれている。東海道線 、横須賀・総武快速線は、それぞれ専用の線路が割り当てられており、戸塚駅以北東の東京方面では、停車駅及び経路が異なっている。
また、東京駅を発着・経由する系統に加え、東海道線と高崎線間、横須賀線と東北本線間をそれぞれ相互直通運転する湘南新宿ラインも乗り入れている。当駅はこれら各系統同士の乗換駅としての役割を果たしている。当駅は、東海道本線において横浜市内の西限である。

 

島式ホーム2面4線を有する地上駅。1・2番線ホームの脇には東海道貨物線の線路があるが、ホームはない。東海道本線と横須賀線は方向別配線となっており、同一ホームで相互乗り換えができるが、終電同士以外では駅や指令から特別な指示がない限り必ず接続を取る事をしないため、どちらかの列車のドアが開くと同時にすぐ向かい側の列車のドアが閉まる事もある。ホームの大船寄りは柏尾川を跨いでいる。
改札口は橋上と地下の2ヶ所にあり、それぞれ東口・西口の両側への出入口へ通じている。

のりば
番線 路線 方向 行先 備考
1 ■横須賀・総武線(快速) 上り 横浜・東京・千葉方面 成田エクスプレス含む
■湘南新宿ライン 上り 渋谷・新宿・大宮方面 大宮駅から宇都宮線・高崎線直通
2 ■東海道線 上り 横浜・川崎・東京方面
3 ■東海道線 下り 大船・小田原・熱海方面
4 ■横須賀線 下り 大船・鎌倉・久里浜方面 成田エクスプレス含む
■湘南新宿ライン 下り 藤沢・平塚・小田原方面 大船駅から東海道線へ直通


湘南新宿ラインの東海道線直通列車と新宿方面発着の東海道線特急列車(当駅通過)は、大船方で東海道線に転線する。
2007年3月18日のダイヤ改正から東海道線の快速「アクティー」の全列車が当駅に停車するようになった。これにより、「湘南新宿ライン快速・特別快速は停車するのに快速アクティーは通過」という乗り慣れない乗客に混乱を招いていた事態が解消された。また、快速アクティーが停車するまでは、通過駅の中で唯一の乗り換え駅でもあった。なお、東海道線の通勤快速は引き続き通過する。
2001年12月1日のダイヤ改正から特急「成田エクスプレス」が当駅に停車するようになったが、それ以外の特急列車は当駅を通過している。ただし、臨時で運転される特急(特急日光など)は例外として当駅に停車することがある。
2000年前後に発車メロディが数回変更された。当初は1・2番線が「Gota del Vient」、3・4番線が「Cielo Estrellado」であったが、1999年6月14日に1番線が「ホリデイ」、2番線が「秋桜」に変更され、さらに同年7月7日に2番線が「Gota del Vient」に戻り、2000年6月6日に1・4番線が「ホリデイ」(音色違いバージョン)に、2001年3月7日に2・3番線がそれぞれの低音程バージョンに変更され、現在に至っている。


東海道線と横須賀線の分離運転(SM分離)以前は、現在の1・2番線ホームがなく、1番線(現:3番線)が東海道・横須賀上り線、2番線(現:4番線)が東海道・横須賀下り線であった。また、現在の貨物線がなく、現在の1・2番線ホームがあったところに旧貨物線があった。その後分離直前までには島式ホームが2つあり2番線を東海道・横須賀線上り、3番線を同・下りとして使用していた。1・4番線は線路が施設されていたが廃枕木等が載せられ長らく使用不可状態になっていた。
2012年3月頃に、全ホームのATOS放送装置が更新された。発車メロディ:1・4番線:ホリデイV2.2番線:Gota del Vient.3番線:Cielo Estrellado1・4番線のホリデイはそれぞれで音色は若干異なっている。駅弁:鯵の押寿し。
2014年度末東北縦貫線(上野東京ライン)が開業すると、宇都宮線・高崎線・常磐線と東海道線(東京・新橋・品川方面)は直通運転することになる。
ポケモンスタンプラリーのポケモンスタンプが2005年から2009年まで設置されたが、トツカーナが完成したからか2010年からスタンプが設置されなくなった。その代わりに保土ヶ谷駅にスタンプが設置されるようになった。


1887年(明治20年)7月11日 - 国鉄東海道本線横浜 - 国府津間開通と同時に開業。旅客・貨物の取り扱いを開始。横須賀線開業後は同線直通列車も停車。
東海道の宿場である戸塚の地に開設された。元々は旧宿場町側の西口が多く利用されたが、戸塚競馬の開催と共に東口も次第に賑わうようになった。
1930年(昭和5年)3月15日 - 横須賀線の電車化、東海道線は当駅を全列車通過となる。
1937年(昭和12年)- 東口を開設。
1954年(昭和25年)- 戸塚競馬場廃止。


1969年(昭和44年)3月26日 - 橋上駅が完成。
1970年(昭和45年)5月1日 - 貨物の取り扱いを廃止。
1971年(昭和46年)- 戸塚バスセンターが完成。
1979年(昭和54年)10月1日 - 東海道貨物線 鶴見 - 横浜羽沢 - 当駅間が開通。また、当駅 - 大船 - 小田原間の複々線化完成。
1980年(昭和55年)10月1日 - 東海道本線と横須賀線が複々線化され、東海道線普通列車の当駅停車が再開。また、現在のホーム配置となる(SM分離)。


1985年(昭和60年)3月14日 - 荷物取り扱いを廃止。
1986年(昭和61年)11月 - ラピス戸塚(戸塚駅東口駅前再開発ビル)オープン。
1987年(昭和62年)
4月1日 - 国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道の駅となる。
5月24日 - 横浜市営地下鉄の駅が仮設駅として開業。ホームが4両分しか設けられなかったため、後部2両の扉を閉鎖したまま停車した。
7月11日 - 開業100周年を迎える。


1989年(平成元年)8月27日 - 横浜市営地下鉄の駅が本設置となり、全車両の扉を使用するようになった。
1990年(平成2年)3月 - 戸塚駅東口地区第一種市街地再開発事業完了。
1999年(平成11年)8月29日 - 横浜市営地下鉄 当駅-湘南台間開業。中間駅となる。
2001年(平成13年)
11月18日 - JR東日本でICカードSuica供用開始。
12月1日 - 湘南新宿ライン運転開始。また、大船駅発着の特急成田エクスプレスの停車駅となる。
2004年(平成16年)10月16日 - 湘南新宿ラインの増発により新設された「特別快速」の停車駅となる。
2006年(平成18年)9月30日 - 丸井が閉店。


2007年(平成19年)
3月15日 - 旧丸井が戸塚モディとなり、開店。まるい食遊館、レストラン街、その他一部の店舗は継続して営業。
3月18日 - 東海道線の快速アクティーの停車駅となる。横浜市営地下鉄でICカードPASMO供用開始。
7月11日 - 開業120周年を迎える。
8月18日 - 横浜市営地下鉄でホームドアの使用開始。


2010年(平成22年)
3月 - 戸塚パルソオープン。
4月2日 - トツカーナ、第一交通広場供用開始。
2012年(平成24年)
4月10日 - docomo Wi-Fiによる、無線LANサービス開始。
2013年(平成25年)3月 - 公益施設と第二交通広場の供用開始。


電報略号 トツ
駅構造 地上駅(橋上駅)
ホーム 2面4線
乗車人員
-統計年度- 107,681人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1887年(明治20年)7月11日


乗入路線 3 路線
所属路線 ■東海道線*
所属路線 ■横須賀線*
■■湘南新宿ライン*
備考 みどりの窓口 有
浜 横浜市内駅
* いずれも正式な線路名称は東海道本線

 

漁業取締船みかげ(用船)水産庁

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平成21年3月に竣工。総トン数49トン、高速速力で漁業取締業務を行っている。
船質:軽合金  造船所:(株)沖新船舶工業 
瀬戸内海での漁業取締船は「みかげ」と「白鷺」の2隻のみ。

瀬戸内海漁業調整事務所(神戸市): 瀬戸内海全域、和歌山県、徳島県、愛媛県、高知県。
水産庁瀬戸内海漁業調整事務所漁業取締グループ:水産庁は、水産資源の適切な保存及び管理、水産物の安定供給の確保、水産業の発展並びに漁業者の福祉の増進を図ることを任務としており、瀬戸内海漁業調整事務所は、瀬戸内海海域に係る漁業の取締り、漁業調整及び水産資源の保護培養に関する事務等を担当している。 漁業取締グループは、調整課長以下、漁業取締係、漁業監督指導官、漁業取締船「白鷺」(官船)及び「みかげ」(用造配備船)で構成され、漁業秩序の維持に取り組んでいる。

現在の日本では原則として、都道府県知事が許可する知事許可漁業の漁業取締りは都道府県漁業取締船が行い、農林水産大臣が許可する大臣許可漁業の漁業取締りは水産庁漁業取締船が行うが、水産庁も司法警察権を行使し知事許可漁業への取締り権限を有する。また、水産庁取締船が外国漁船の違法操業に対しては拿捕などの主権行使を行っている。

遠洋への進出や、排他的経済水域での長期間にわたる監視活動のため、速力ではなく航続力を重視し、遠洋型の船舶を用いる。船舶には、煙突や船橋に水産庁の紋章が掲示されている。高速を出せる船の数は少ない。長期間にわたる監視活動の中で精神衛生を保つため、乗組員は勤務時間外に船内で一定量を飲酒することが認められている。全国で41隻体制を目指している。
基本的に、以下の装備が備えられている。水産庁が取締目的でチャーターしている船にも、同等の装備が艤装される。
放水砲(船首に砲塔があり、立ち入り検査時に甲板上にいる容疑者の抵抗阻止のために使用)
サーチライト
拡声器
電光掲示板
暗視装置つきビデオカメラ(一部が装備)
取締艇(船に搭載されている高速の複合艇。立ち入り検査時に使用)


甲南山手駅 JR西日本)東海道本線

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甲南山手駅は、兵庫県神戸市東灘区森北町一丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)東海道本線の駅です。平成8年、阪神大震災の翌年に設置された新しい駅で「JR神戸線」の愛称区間に含まれています。神戸市最東端の駅である。

内側線のみに島式ホーム1面2線が設けられた高架駅である。ホームは築堤上にありその下に駅舎があります。出口は北側にしかありません。複々線の内側線を走行する「普通」のみが停車する設定であったため、このような構造となった。12両分のホーム用地が用意されているが、実際に設置されているホーム有効長は8両である。分岐器や絶対信号機を持たないため、停留所に分類される。


当駅の事例にならって、これ以降に開設されたさくら夙川駅等のJR京都線・JR神戸線の複々線区間の新駅(いずれも「普通」のみ停車)は同様の構造となっている。
ホーム上の、階段付近の通行領域が狭いエリアにはホームセンサーが設けられており、そこでホームの端を歩くと警告アナウンスが流れるようになっている。


直営駅(三ノ宮駅の被管理駅)。アーバンネットワークエリアに属しており、ICOCA及び提携ICカード利用可能駅である。切符売場の券売機は3台。2010年1月30日をもってみどりの窓口が廃止された。代替として「みどりの券売機プラス」(みどりの券売機に、オペレーターによる遠隔管理発券機能を加えたもの。東日本旅客鉄道(JR東日本)で言うところの「もしもし券売機Kaeruくん」)が設けられているため、「JR時刻表」などでは引き続き「みどりの窓口設置駅」として扱われる。改札口の改札機は4台です。駅前にはの駐輪場が整備されています。


甲南山手駅プラットホーム
ホーム 路線 方向 行先
1 ■JR神戸線 上り 尼崎・大阪・北新地方面
2 ■JR神戸線 下り 三ノ宮・姫路方面

日中時間帯は1時間あたり8本が停車する。朝ラッシュ時の大阪方面は4分間隔で発車する。

駅名標のアルファベット表記は「甲南」と「山手」で区切られています。

1996年(平成8年)10月1日 - 西日本旅客鉄道(JR西日本)により、芦屋駅 - 摂津本山駅間に新設開業。
2003年(平成15年)11月1日 - ICカードICOCA供用開始。
2004年(平成16年) - 電光掲示板導入。
2006年(平成18年)3月26日 - 駅前広場「和ひろば」がオープンし、セレモニーが行われた。この広場には災害に備えてさまざまな施設が備えてあり、また発光ダイオードも夜になると点灯する。この広場は今後も、住民の憩いの広場として利用していく予定。
2010年(平成22年)1月30日 - みどりの窓口閉鎖、みどりの券売機プラスを設置。

電報略号 コナ
駅構造 高架駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度- 10,242人/日(降車客含まず)
-2010年-
開業年月日 1996年(平成8年)10月1日
備考 直営駅
みどりの窓口は遠隔管理券売機のみ
神 神戸市内駅

 

6月22日(日)のつぶやき

甲子園口駅 JR西日本)東海道本線

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甲子園口駅は、兵庫県西宮市甲子園口二丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)東海道本線の駅である。「JR神戸線」の愛称区間に含まれている。

吹田駅 - 須磨駅間での電気運転開始に伴い、塚本駅・立花駅などと同時に開設された。瓦木村の熱心な誘致運動が実ったものである。駅開設と同時に甲子園口土地区画整理組合が設置され、周辺の開発が推進されるようになった。
それに伴い駅の利用客も増加し、1941年(昭和16年)には隣の西ノ宮駅(2007年に西宮駅と改称)のそれを追い抜いたが、西宮駅の快速終日停車や駅周辺の開発進展などに伴い2005年(平成17年)に再逆転された。

駅名となっている「甲子園口」は、当駅東方で武庫川から南西方向に分岐していた枝川が武庫川の改修工事により埋め立てられ、その土地を入手した阪神電気鉄道が「甲子園」としてスポーツ・レクリエーション・郊外住宅地の開発を行ったことに由来する。駅名からは甲子園球場を連想させるが、近くにあるのは住宅地としての甲子園であり、甲子園球場までは南西方向に2km弱の距離がある。この駅から甲子園球場へは、駅の南側から出ている阪神バスの利用が一般的である。
「口」のつく駅名は「篠山口駅」(福知山線)・「川西能勢口駅」(阪急電鉄宝塚本線・能勢電鉄妙見線)などの類例が見られるように、「入り口」という意味である。
北側と南東側は閑静な高級住宅街となっており、南側は昭和レトロな商店街などもある。以前は映画館が3軒も営業していた。北側駅舎は昭和初期の木造洋館がそのまま用いられ、瀟洒な街並みにマッチしている。
駅所在地の現在の地名は西宮市甲子園口二丁目であるが、この地名をもとにして駅名が命名されたのではない。甲子園口一丁目 - 六丁目という町名は1950年になって駅名にちなんで名づけられたものであり、駅開業当時は武庫郡瓦木村下新田という地名だった。行政上の地名としての甲子園口は1950年以降の命名だが、新興住宅地として開発を進めるために周辺は新駅設置内定の頃から甲子園口と呼ばれてきた。

盛土上に島式ホーム2面4線を有する高架駅です。線路を挟んで南と北にそれぞれ駅舎があります。
開業当初は1番のりばが下り外側線、2番のりばが下り内側線だったが、1964年10月1日に駅構造が変更され、1番のりばが下り内側線、2番のりばが大阪方面への折り返し線となり、下り外側線は戦時中に建設された阪神武庫川線(阪神はこの駅の構内で武庫大橋駅方面に分岐していたが、阪神にはホームは設置されず)を転用して敷設されている。そのため下り外側線にはホームがない。なお、運転取扱上ではホームのない下り外側線を「1番線」とするため、1 - 4番のりばはそれぞれ2 - 5番線として扱われている。
上り外側線側(4番のりば)はステンレス製の柵で閉鎖されているが、ほぼ等間隔で取り外せるスペースが設けられており、団体列車や外側線列車が臨時停車する場合や緊急時に備えているが、高校野球応援団体臨時列車も含め実際に使用されたことはない。
折り返し線(2番のりば)は現在、朝晩に数往復のみ使用している。
両ホームともエレベーターが設置されている。エレベーター設置工事に伴い、ホームを東側に延長・移動させるため盛り土の掘削が必要であったことから、2007年8月27日から2009年3月13日まで、一時的に2番のりばの使用が停止され、当駅折り返しの列車は運転区間の変更を行っていた。工事完了に伴い2009年3月14日のダイヤ改正に合わせて2番のりばの使用、当駅折り返し列車の運行が復活した。
直営駅(芦屋駅の被管理駅)。アーバンネットワークエリアに属しており、ICOCA及び提携ICカード利用が可能である。南口切符売場には定期券発売機と指定席券売機、券売機3台を設置。南口改札、改札機は3台

甲子園口駅プラットホーム
ホーム 路線 方向 行先 備考
1 ■JR神戸線 下り(内側線) 三ノ宮・姫路方面
2 ■JR神戸線 上り(折返線) 尼崎・大阪・北新地方面 当駅始発専用
3 ■JR神戸線 上り(内側線) 尼崎・大阪・北新地方面
4 □JR神戸線 上り(外側線) (通過列車のみのため閉鎖)


日中時間帯は1時間あたり8本が停車する。朝ラッシュ時の大阪方面は4分間隔で発車する。
1986年10月31日までは、日中にも当駅折り返し電車があり、2番のりばが使用されていたが、翌11月1日の改正でこの時間帯は神戸駅発着に変更された。2011年3月12日現在、当駅折り返しの列車は朝晩の数往復のみとなっている(平日の出発は6時台に京都行き1本、到着は23時台に学研都市線から1本。土曜・休日の出発は6時台に京都行き1本と学研都市線方面2本、到着は6時台に京都駅から1本と6時台・23時台に学研都市線から計2本。一部の当駅発着は宮原総合運転所との回送扱い)。事故などでダイヤが乱れた場合は折り返しが設定されることがある。1988年3月12日までは夕方に折り返しが設定されていた。
阪神大震災直後の部分営業時には「普通」や新快速(大阪駅 - 当駅間は各駅に停車)の折り返しに頻繁に使用されていた。福知山線脱線事故後、JR宝塚線の列車運転再開までは暫定的に尼崎駅発着となっていたJR東西線の「快速」が、尼崎駅 - 当駅間は回送扱いで折り返しをしていた。

1934年(昭和9年)7月20日 - 国有鉄道東海道本線の神崎駅(現在の尼崎駅) - 西ノ宮駅(現在の西宮駅)間に新設開業(吹田駅 - 須磨駅間電気運転開始にと同時、隣の立花駅も同日に開業。)。旅客取扱のみ。
1978年(昭和53年)3月 - 現在の駅舎に改築(2代目)。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
2003年(平成15年)11月1日 - ICカードICOCA供用開始。

電報略号 コシ
駅構造 高架駅(盛土上)
ホーム 2面4線(乗降は2面3線のみ)
乗車人員
-統計年度- 19,147人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1934年(昭和9年)7月20日
備考 直営駅
みどりの窓口 有

6月23日(月)のつぶやき

西宮駅 JR西日本)東海道本線

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西宮駅は、兵庫県西宮市池田町にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)東海道本線の駅です。「JR神戸線」の愛称区間に含まれています。駅名は西宮ですが、西宮神社へは隣のさくら夙川駅の方が近い。バス停は、南口については全て駅ロータリー内にありますが、北口については1番・2番のりばはロータリー内、3番・4番のりばは道路上にあります。

江戸時代より西宮神社の門前町、西国街道・中国街道の宿場町、そして貿易港・漁港として栄えた西宮は人口も多かったため、鉄道黎明期より駅が置かれたが、東海道本線が阪神間を直線で結ぶルートを取ったために、駅は開業時市街地から離れた農村の中にあった。また線路が通過することで南北方向の交流が絶たれ、人の流れは東西方向が中心に変わったといわれている。その後、東海道本線に続いて明治 - 大正期に並行して阪神本線と阪急神戸本線が開通し、それぞれの路線に優等列車が停車する西宮駅と西宮北口駅が設けられたことで、客は主にこれら3駅に分散するようになった。そのような事情もあって、1934年に隣接して開業した甲子園口駅の乗降客数は当駅よりも多かった。


当駅は開業以来、駅名を「西ノ宮」としてきた。旧国鉄の前身にあたる工部省鉄道寮が「東京の人には読めないから」という理由で、同時に開業した三ノ宮駅とともに「ノ」を入れたとも言われる[要出典]が、これは所在地の地名表記とは異なるものであった。このため西宮市より駅名改称の要望が出されていたが、2007年3月18日のさくら夙川駅開業を機に、駅名を現在の「西宮」に改称した。三ノ宮駅に関しては、神戸市側から改称の要望も出ていないため、現状のままで推移するものとみられる。
現在はすべての快速列車が停車するが、以前は通過していた。1957年に東海道本線の快速停車駅を増やすことが検討され、隣の芦屋駅と当駅で新規停車駅をめぐって争いが繰り広げられ(鉄道と政治#停車駅争奪戦を参照)、この時は複々線の内側(電車線)を走る快速列車は芦屋駅、外側線(列車線)を走る快速は当駅に停車させることで決着を見た。2002年3月23日には内側線のホーム延長で朝晩の快速が停車するようになり、2003年12月1日の改正ですべての快速が停車するようになった。これに加えて駅周辺の開発が進んだことで、甲子園口駅との乗降客数の差は急速に縮み、2005年度には逆転した。


駅前の国道2号(阪神国道)上には1926年から1975年まで都市間路面電車である阪神国道電軌→阪神国道線(併用軌道線)が走っていた。同線の国鉄西ノ宮駅最寄り電停は「西宮駅前」で、国鉄駅と異なり「ノ」が入っておらず、また阪神電気鉄道の路線でありながら「西宮駅前」の電停を阪神西宮駅前ではなく当駅前としていた(なお、阪神西宮駅前には「西宮戎」電停があった)。この2つの電停は阪神国道線廃止後に阪神電鉄バス尼崎神戸線に引き継がれ、「西宮駅前」バス停については、当駅南口前にロータリーが完成した後に「国道JR西宮駅前」に改称され、これに加えてバスはロータリー内の「JR西宮駅前」バス停にも乗り入れるようになりました。なお、いずれのバス停も、当駅が「西ノ宮駅」と称していた当時から「西宮駅」と表記されていました。

 

島式ホーム2面4線(12両編成対応)を有する高架駅になっている。改札口は地上より一段下にあるため、地下改札の趣がある。南北双方から出入り可能。駅周辺にはコープデイズなどが入る複合商業施設が並んでいます。
直営駅(芦屋駅の被管理駅)。アーバンネットワークエリアに属しており、ICOCA・提携ICカード利用可能駅です。オープンカウンター式のみどりの窓口があり切符売場には指定席券売機と券売機は4台あります。改札口には改札機が6台設置されています。コンコースは半地下のような高さにあります。


西宮駅プラットホーム
ホーム 路線 方向(線路) 行先 備考
1 ■JR神戸線 下り(外側線) 三ノ宮・姫路方面 平日朝の快速の一部
2 ■JR神戸線 下り(内側線) 三ノ宮・姫路方面


3 ■JR神戸線 上り(内側線) 尼崎・大阪・京都方面
4 ■JR神戸線 上り(外側線) 尼崎・大阪・京都方面 朝の快速の一部
日中時間帯は1時間あたり快速が4本、各駅停車が8本停車する。平日朝ラッシュ時の大阪方面は外側快速が8分間隔、各駅停車が4分間隔で停車する。土休日朝は大阪方面の外側快速が2本停車する。ホーム上の待合室は冷暖房完備です。

 

当駅に停車しない特急・新快速・貨物列車は、1・4番のりばを通過していく。後述の列車を除き、停車列車は2・3番のりばに入るため、1・4番のりばは停車列車のない時間帯は列車通過用としてロープで閉鎖されている。事故などでダイヤが乱れている場合、ダイヤ調整のため内側線を走行する快速列車が外側線を走ることがある(特に大阪駅 - 芦屋駅間)。


1番のりばに停車する三ノ宮・姫路方面行きは、平日ダイヤで朝に運転される快速のみで、土曜・休日ダイヤで1番のりばに停車する列車はない。
4番のりばに停車する大阪方面行きは、平日ダイヤの朝ラッシュ時のすべての快速と、土曜・休日ダイヤの朝の大阪行きの快速のみである。
駅構内の両端(1番のりばの南側と4番のりばの北側)に待避線があり、待避する貨物列車など(不定期)がある。

1874年(明治7年)5月11日 - 官設鉄道の大阪駅 - 神戸駅間の開通と同時に西ノ宮駅として開業。客貨取扱を開始。
1895年(明治28年)4月1日 - 線路名称制定。東海道線(1909年より東海道本線)の所属となる。
1944年(昭和19年)11月15日 - 阪神武庫川線の当駅 - 洲先駅間の貨物線が開業(西ノ宮駅 - 甲子園口駅間は官設鉄道と阪神との並行区間)。
1949年(昭和24年) - 北出口開設。
1958年(昭和33年) - 阪神武庫川線の当駅 - 洲先駅間の貨物線休止(1970年廃止)。


1986年(昭和61年)11月1日 - 貨物取扱が廃止。
駅東側にあるアサヒビール西宮工場や、さらにその東にあった住友セメントのサービスステーションへの専用線があり、貨物輸送が行われていた。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
1998年(平成10年)3月14日 - 外側線の快速を全列車停車にする。
2002年(平成14年)3月23日 - 内側線の平日朝晩の快速が停車するようになる。
2003年(平成15年)
11月1日 - ICカードICOCA供用開始。
12月1日 - 快速が毎日全列車停車となる。
2007年(平成19年)3月18日 - 西宮駅に改称。

電報略号 ニシ
駅構造 高架駅(盛土上)
ホーム 2面4線
乗車人員
-統計年度- 19,736人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1874年(明治7年)5月11日
備考 直営駅
みどりの窓口 有
* 2007年に西ノ宮駅から改称。

 

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