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JR四国 保線車両

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保線は鉄道や軌道の線路の保守を行うことです。

鉄道(軌道も含む)の線路は、重量のある列車が走行するうちに寸法の狂い、磨耗が生じる。これを放置しておくと乗り心地や走行安定が悪くなり、酷くなると脱線の原因になるため、定期的に保守を行い、規定の状態を維持することで安全性を保つ。この一連の流れを保線という。なお、保線作業に用いる資材や車両を留置させておく基地を「保線基地」「保守基地」「基地線」といいいます。

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試験車(東日本旅客鉄道(JR東日本)のEast iなど)による計測データや、線路を歩いて見て検査点検し、不良箇所の判断判定を行って修繕計画を立てて、材料等を購入運搬し、修繕作業を行う。主な作業は、軌道の狂い(軌間・通り・高低・水準・平面性等)の修正、レールの交換、バラスト(砂利)の入れ替え、踏切の修繕、枕木の交換、犬釘やボルト、絶縁材などの交換などがあげられる。
広義には、直接の軌道設備以外にも、信号設備や架線など電車線路(電路)関係、トンネル壁面、橋梁の保守まで含まれる。
保線は重労働が多く、作業の様子から、日本国有鉄道(国鉄)は保線区の浴場を「鍛冶湯」と呼んでいた。現在でも重労働は残るが、以前と比較するとかなり機械化されてきている。

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軌道の高低を直す作業(むら直し)を例に挙げると、かつてはビーター(ツルハシの片方が平べったく、先が扇状になっている物)を用いて、枕木の周囲のバラストを掻き出した後、ビーターで枕木の下にバラストを詰め込むことで整正していた。今では電動式のタイタンパーの振動でバラストを枕木の下に詰め込むことで整正している。工事区間が長い場合は、大型重機にタイタンパーを取り付けた特殊車両や、マルチプルタイタンパーが出動する。ただしこれらを使用する際は保守用車・軌陸車の使用手続きと、その操縦者、場合によっては誘導員も手配する必要があるなど手間がかかるため、基本的にはタイタンパーを使用する例が多い。
レール交換など大規模な保線作業開始前には線路閉鎖等の手続きをとる。このため輸送指令などに保線作業実施についての報告・連絡などを行う線路閉鎖責任者が必要である。また線路閉鎖の手続きをしないで列車を運行しながら保線作業を実施する場合もあり、この場合は列車見張員を配置し作業員の安全を確保している。列車見張員はダイヤ確認と目視による現物確認を基本とするが、補助的に無線式列車接近警報装置を使う場合もある。また、カーブ等で見通しが悪く作業現場から接近する列車の目視確認が困難な場合は、中継の見張り員を配置して、列車接近時に安全な退避距離を確保することが求められている。
待避不良による運転支障事故や触車事故防止のため、列車が作業現場を通過する5分前もしくは列車接近時には、列車見張員の笛の吹鳴と警告歓呼により作業員は一斉に作業をやめ、安全地帯(建築限界外)に待避する。その際に線路内に作業道具など列車の運行に支障するものが残っていないか確認を行う。退避が完了すると見張り員は旗を掲げる、もしくは旗を振り(夜間の場合は照明を使用)、作業員は片手を水平(会社によっては斜め上)に伸ばしながら列車を注視する(列車を確認し、待避が完了していることを運転士に知らせるため)。通過する列車は、見張り員の退避完了の合図を確認した時点で、警笛を一声吹鳴する。列車の編成が完全に通過し、安全であることを確認した後、作業に戻る(見張り員の動作等は各鉄道会社により取扱が違う)。

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ちなみに列車見張員の資格は社内資格であるが、社内での試験内容等の扱いは会社によって異なる。しかし、請負業者社員等が列車見張員の資格を取る場合は日本鉄道施設協会による受講等を受けて合格をしなければならない。
大規模な作業の場合は線路閉鎖を行う関係から、終電から初電の深夜・未明に行う場合がほとんどであるが、路線によっては(並行する他社私鉄路線やバスによる振替輸送が可能な場合)「リフレッシュ工事」などと称して、朝ラッシュ終了後から夕刻時の日中に列車を運休して保線作業を行う場合がある。
またJR西日本においては月1回、「保線運休」と称して、保線作業のため日中運休とする路線も存在する。

 

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(株)大幸産商
住所
〒738-0205 広島県廿日市市玖島4444-3


西分駅(にしぶんえき)土佐くろしお鉄道阿佐線

西分駅(にしぶんえき)は、高知県安芸郡芸西村西分にある、土佐くろしお鉄道阿佐線(愛称:ごめん・なはり線)の駅。駅番号はGN32。

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駅北方は住宅街が広がっている。駅南方は松林をはさんで太平洋が広がっている。

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単式1面1線のホームを持つ駅員無配置の高架駅である。ホームは線路から見て北側(安芸方面に向かって左側)にある。ホームへは階段を利用するが屋根は設置されていません。駅前広場にはトイレが設置されています。

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イメージキャラクターの名称は「にしぶん つきこちゃん」。月をモチーフにした天使風のキャラクターである。
なお、このキャラクターのモニュメントは駅前駐輪場付近に設置されている。

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2002年(平成14年)7月1日 開業。
なお、1974年(昭和49年)3月31日まで、土佐電気鉄道安芸線に西分駅が存在したが同線の廃止により廃駅となっている。

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電報略号 ニン
駅構造 高架駅
ホーム 1面1線
開業年月日 2002年(平成14年)7月1日
備考 無人駅

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PC-85 巡視艇 はやぎり 23メートル型巡視艇「しまぎり」型

PC-85巡視艇「はやぎり」は尾道海上保安部に所属し瀬戸内海、備後の海を守っています。巡視艇「しまぎり」型は23m型とも呼ばれることがあります。

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同型船はPC83「しまぎり」 PC84「せとぎり→おきなみ」があります。巡視艇「はやぎり」は三菱重工下関造船所が造船所ですが「しまぎり」「せとぎり→おきなみ」は日立造船神奈川工場で造船されました。

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来島海峡など巨大船通過の際には安全確保策が求められ通過サポートを行い漁船や遊覧船等に警戒を呼びかけたりします。
昭和40年代後半に計画された「しきなみ」型よりも一段上の耐航性と高速を狙ったタイプで、設計に際しては同時期の30メートル型「むらくも」型を参考にしています。 船体は軽合金製で海上保安庁船艇として初めて全溶接構造が取り入れられました。 操舵室後方の露天甲板には見張り所が設けられ、指揮所としても使用されます。 当初3番艇は12.7ミリ単装機銃を備えていましたが、配置替えに伴い下ろされています。

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尾道海上保安部・福山海上保安署/HPhttp://www.kaiho.mlit.go.jp/06kanku/onomichi/
【住 所】 〒722-0002 広島県尾道市古浜町27-13 尾道地方合同庁舎4階

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PC-85 巡視艇 はやぎり
●船舶番号 128136
●信号符字 JG4434
●船籍港 東京
●船主名 国土交通省海上保安庁
●竣工年月 1985年2月
●第六管区海上保安本部:尾道海上保安部
●総トン数:40.0t(旧)
●満載排水量:50.0t
●寸法:登録長24.7m×型幅5.60m×型深さ2.84m
●エンジン:ディーゼル2基2軸 出力:3000PS
●速力:約30.0kt
●船質:軽合金
●航続距離:250浬
●乗員:10名
●主要装備:なし
●航行区域:沿海

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林野駅 JR西日本)姫新線

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林野駅(はやしのえき)は、岡山県美作市栄町にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)姫新線の駅です。美作市の代表駅で、美作三湯のひとつ湯郷温泉の玄関口駅でもあります。

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かつて主要駅だったが高速道路の開通により、駅はあまり活気がなくなってしまっています。

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津山方面に向かって左側に単式ホーム1面1線を持つ古い木造の大型駅舎の地上駅(停留所)です。かつては、島式ホーム1面2線をもつ構造であったが、片側が撤去された(その線路スペースは沿線のアパートの敷地になっている)。

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そのため、ホームと駅舎がかなり離れている。現在は津山方面行きと佐用方面行きの双方が同じホームに発着する。

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駅舎には旅行代理店が入居しており、簡易委託駅(津山駅管理)としてPOS端末による出札業務も行われている。なお、夜間には駅舎が閉鎖されるため、その裏側の勝手口からホームに直接入ることになる。2014年3月末までは近郊区間用の軟式常備乗車券を窓口販売していた。

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待合室は広くFRP製の椅子と自動販売機が設置されています。駅前にはタクシーや路線バスが乗り入れている他、旅館の送迎車両も待機しています。

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太平洋戦争中に徴兵にとられた地元の人々はこの林野駅の「林野」が「早や死の(=早く死ぬ)」に通じるためこれをさけ、勝という縁起のよい字の入った隣の勝間田駅から出征していったという。

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1947年(昭和22年)12月11日、当駅から東京駅までお召し列車が運転されたが、お召し列車としては唯一の夜行列車となった。

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天皇が御料車に宿泊したのは、この件を含めても2件だけである(もう1件は1946年、総武本線の銚子駅でのこと)。

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1934年(昭和9年)11月28日 - 姫津西線として東津山 - 美作江見間が開通した際に開業。
1936年(昭和11年)
4月8日 - 姫路 - 東津山間が全通したため姫津西線が姫津線の一部となり、当駅もその所属となる。
10月10日 - 姫津線が姫新線の一部となり、当駅もその所属となる。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道の駅となる。

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電報略号 ハノ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線

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乗車人員
-統計年度- 151人/日(降車客含まず)
-2013年-
開業年月日 1934年(昭和9年)11月28日
備考 簡易委託駅
POS端末設置

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楢原駅 JR西日本)姫新線

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楢原駅(ならはらえき)は、岡山県美作市楢原上にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)姫新線の駅です。

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国道脇の駅で駅周囲には人家は少ないが、駅と隣接して大きな工場があります。駅の左右には池(古池・音田池)が広がっています。

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津山方面に向かって右側に単式ホーム1面1線をもつ地上駅(停留所)である。

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戦後に設置された無人駅で駅舎は設けられておらず、直接ホームに入る形になっている。ホームには階段で連絡します。

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津山駅が管理の無人駅。かつては駅前商店にて乗車券(常備券)を発売する簡易委託駅であったが、2011年4月に簡易委託が廃止された。

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ホーム待合所には造り付けの長椅子が設置されています。自動券売機は設置されていない。
駅前の国道向かい側にトイレと大きめの自転車置場があります。

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1954年(昭和29年)10月1日 - 姫新線の美作江見〜林野間に新設開業。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道の駅となる。
2011年(平成23年)4月1日 - 簡易委託を廃止。

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電報略号 ナハ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線

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乗車人員
-統計年度- 29人/日(降車客含まず)
-2013年-
開業年月日 1954年(昭和29年)10月1日
備考 無人駅

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アニメ「たまゆら」第五さんよう フェリー/山陽商船

広島県の竹原から垂水を結ぶ。アニメ「たまゆら」のキャラクターが描かれたたまゆらっぴんぐフェリー。右舷には「沢渡楓」「塙かおる」ぽってとかおたんのラッピング、左舷には「桜田麻音」「岡崎のりえ」麻音ちゃんとのりえちゃんが描かれています。土・日・祝日には船内で女性声優、儀式ゆう子による船内アナウンスとビデオが流れる。儀式ゆう子はアニメ「たまゆら」の桜田麻音役です。また、たまゆらOVA発売記念乗船券が発売されたことがあります。

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竹原〜大崎上島航路
大崎汽船との共同運航。竹原港(竹原市)〜垂水港(大崎上島町)間にカーフェリーを17便、竹原港〜白水港(大崎上島町)間にフェリーを15便運航している。白水→竹原便のうち2便は垂水港にも寄港する(垂水港に寄港する竹原→白水便はない)。乗船券や領収書にはフェリー会社名ではなく「大崎フェリー同盟」と表示される。

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山陽商船は、広島県竹原市に本社を置き、本州本土(竹原市)と芸予諸島(呉市・大崎上島町)の間を結ぶ航路を運航する海運会社である。瀬戸内海汽船グループ傘下。兵庫県神戸市に本社がある山陽電気鉄道の子会社である山商株式会社とは無関係である。

山陽商船の使用船は「第五さんよう」と「第七さんよう」(船名中の番号は漢数字)。稀に、1隻が入渠中には予備船の「シーフレンド」が入ることも。いずれも内海造船(生口島・因島)で1990年代半ばに建造された同型船です。

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主要諸元 第五さんよう
進水年月:平成6年1月
竣工年月 :平成6年3月
総トン数 :291トン
全長 :49.9m
全幅 :11.0m
主機最大出力: 1,400PS
航海速力 :11.5ノット
旅客定員 :250名

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廃止航路/2004年(平成16年)5月31日もって、今治港(今治市)〜岡村港(今治市)〜大長港(呉市)高速船航路廃止。
2006年(平成18年)8月31日をもって、今治港(今治市)〜岡村港(今治市)〜小長港(呉市)〜明石港(大崎上島町)フェリー航路のうち、今治港(今治市)〜岡村港(今治市)〜小長港(呉市)を廃止。(小長港(呉市)〜明石港(大崎上島町)は存続)
2007年(平成19年)6月30日をもって、仁方港(呉市)〜大長港高速船航路廃止。 
2008年(平成20年)1月31日をもって、三原港(三原市)〜大長港高速船航路廃止。かつては国鉄・JRの周遊指定航路であったが、末期は1日2便だった。大久野島にも寄港していた。
2008年11月18日をもって、大浦港(呉市蒲刈町)〜豊島港(呉市豊浜町小野浦)〜立花港(呉市豊浜町立花)フェリー航路廃止。安芸灘諸島連絡架橋3号橋の豊島大橋開通に伴うもの。
2009年(平成21年)3月31日をもって、竹原港(竹原市)〜大長港高速船航路廃止。4月1日から、しまなみ海運が航路を引き継いだ。
2009年(平成21年)10月31日をもって、明石港(大崎上島町)〜小長港(呉市)フェリー航路廃止。11月1日から、しまなみ海運が航路を引き継いだ。

山田西町駅 JR四国 土讃線

山田西町駅は、高知県香美市土佐山田町栄町にある四国旅客鉄道(JR四国)土讃線の駅である。駅番号はD38。旧所在地は香美郡土佐山田町で、平成18(2006)年3月に合併により香美市となりました。周囲には工場や住宅があります。戦後に設置された無人駅です。

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国鉄末期までは少数の列車が停車するのみでしたが、現在は全列車が停車し、土佐山田駅から徒歩で10分程度1km足らずの道のりですが、住宅地の近くにあること、高知へ行くにはこの駅からの方が運賃が安く上がることから、利用者は比較的多い。

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単式ホーム1面1線を有する地上駅。短いホームの中央に待合所が設置されているだけの簡便なつくりとなっており、駅舎はない。待合所には簡易型の券売機が設置されています。椅子はFRPです。駅に面して駅駐輪場のようなものと簡易のトイレがあります。駅は無人駅となっています。ホームは窪川方面、左にカーブしています。ホームへはスロープで入場致します。

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1952年(昭和27年)1月27日 - 日本国有鉄道の駅として開業。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により四国旅客鉄道に承継。

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電報略号 ヤニ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1952年(昭和27年)1月27日
備考 無人駅

 

 

PC-55 ふどう 35メートル型巡視艇・PC「よど」型

よど型巡視艇(よどがたじゅんしてい)は海上保安庁の巡視艇である。分類上は、Patrol Craftを略したPC型で、公称船型は35メートル型

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消防巡視艇と呼ばれ、はまぐも型巡視艇の消防能力を更に向上させている。本型の毎分16800リットルという消防能力は、純粋な消防艇であるぬのびき型消防艇の毎分14000リットルをも上回っている。

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平成12年補正予算と平成13年度第2次補正予算で4隻が予算化され、東日本大震災を受けて平成23年度第3次補正予算で10年ぶりに6隻が予算化された。2013年に平成23年度第3次補正予算分の6隻が就役することによって、老朽化が進んでいたひりゆう型消防船とぬのびき型消防艇を置き換えている。

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 PC-55 ふどう 「消防機能強化型巡視艇」
竣工:H25.01.28 造船所:隅田川造船 管区:第五管区 配置:神戸

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●総トン数:125t
●主要寸法:全長37.0m×幅6.7m×深さ3.4m
●エンジン:ディーゼル2基ウォータージェット2基 出力:5200PS
●速力:約25kt
●船質:鋼
●主要装備:なし
●航行区域:沿海

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●放水銃の放水方向や距離は、操舵室上の赤外線カメラと連動させつつコンピューターで自動調整され、マスト上の2基の放水銃は油圧駆動により水面から17メートルの高さまで延ばすことが出来ます。


土佐山田駅 JR四国土讃線

土佐山田駅は、香美市の代表駅で高知県香美市土佐山田町東本町一丁目にある四国旅客鉄道(JR四国)土讃線の駅です。スイッチバック秘境駅の新改駅の隣駅でもあります。特急を含む全列車が停車するとともに、高知都市圏の東端に位置するため、半数以上の列車がこの土佐山田駅で折り返しとなる運行上の拠点駅です。駅案内パネルのコメントが「龍河洞とアンパンマンの駅」とあるように日本三大鍾乳洞の一つ龍河洞とアンパンマンミュジーアムの下車駅です。駅番号はD37。

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島式・単式複合型の、交換及び待避設備を備えた2面3線の地上駅であり、且つ社員配置(駅長配置)駅。瓦屋根の木造駅舎は駅の南側にあり、駅舎側の単式ホームが1番線、跨線橋を渡った先の島式ホームが2,3番線となっている。駅舎の左辺には2階建ての乗務員詰所があります。駅舎前には龍河洞神の壺(天然の鍾乳石ではない)のオブジェがあります。また商店や民家が並ぶ駅前通りがあります。
構内配線は、1番線が上下副本線、2番線が上下本線(一線スルー)、3番線が上下副本線となっていてホームを使い分けています。なお、一線スルー化が完成した後のダイヤ改正で、定期列車の通過列車はなくなった。
3番線の北側には留置線があり、当駅止まりの列車が折り返すまでの間に留置されている。以前は駅北側から延びる貨物列車用の引き込み線が存在したが、現在は一部にその痕跡を残すのみである。
駅舎内にはベーカリーショップ「ウィリーウィンキー」が入居していたが、2011年2月28日を以て廃業、現在は駅コンビニ「BIG KIOSK」となっている。切符の券売機は2台。みどりの窓口も営業しています。

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窪川方面行きの列車が主に1番線、多度津方面行きの列車が主に2番線(普通列車の一部は1番線発着あり)を使用する。3番線は当駅止まりの列車や、2番線に特急列車が入線する場合の待避に用いられる。

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1 ■土讃線(下り) 後免・高知・須崎方面
■特急「南風」(下り)
■特急「しまんと」(下り) 高知・中村・宿毛方面
■土讃線(上り) 大歩危・阿波池田方面(普通列車のみ)

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2 ■土讃線(上り) 大歩危・阿波池田方面
■特急「南風」(上り) 阿波池田・琴平・岡山方面
■特急「しまんと」(上り) 阿波池田・琴平・高松方面
3 ■土讃線(下り) 後免・高知・須崎方面(普通列車)
■土讃線(上り) 大歩危・阿波池田方面(普通列車)
ホームには「轟の滝・龍河洞・別府(べふ)峡」の立て看板があります。

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駅前にはバスステーションがある。*長岡・南国バイパス・はりまや橋経由桟橋車庫・県庁前(土佐電気鉄道バス)
*高知工科大学・龍河洞(土佐電気鉄道バス)*大栃・アンパンマンミュージアム(JR四国バス大栃線)
*繁藤駅・平山(香美市営バス不寒冬・西又線) ※2009年4月より試験運行中(平日のみ)
*立石・神通寺・中野循環(香美市営バス岩村線) ※2009年4月より試験運行中(月・木曜日のみ)
*町田橋・神母ノ木(香美市営バス町田線) ※2009年4月より試験運行中(火・金曜日のみ)

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1925年(大正14年)12月5日 - 開業。
1935年(昭和10年)1月25日 - 大栃線(自動車線)開業。
1984年(昭和59年)2月1日 - 貨物取扱廃止。一般駅から旅客駅に変更。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により四国旅客鉄道の駅となる。

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電報略号 ヤマ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
開業年月日 1925年(大正14年)12月5日
備考 駅長配置駅
みどりの窓口 有

木葉駅 JR九州)鹿児島本線

木葉駅(このはえき)は南北に細長い玉東町の中心部,
熊本県玉名郡玉東町大字木葉にある、九州旅客鉄道(JR九州)鹿児島本線の駅です。駅周辺は小さな集落を形成し駅裏には農地が広がっていたが、現在は宅地開発が進められています。

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駅名は玉東町の前身である木葉村(1955年合併により玉東町となった)に因む。
「木葉」の地名は玉東町の北方にある木葉山が由来である。

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単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを持つ地上駅。互いのホームは跨線橋で連絡している。当駅で普通列車が特急列車などの待避をする事がある。

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かつては蔵を模した木造駅本屋が存在したが1997年(平成9年)に放火により焼失し2008年(平成20年)までは2畳分程のプレハブ仮駅舎で業務が行われていた。現在は「交流サロンこのは」という町のコミュニティ施設が建設され木製の大きな机と椅子が設置、町の資料が展示されています(土足禁止)。

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建物端に設けられたスペースで駅業務が行われています。また、出入り口は北側にあるが自由通路があり南北を行き来できる。駅前には車寄せの場所も確保されています。

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玉東町商工会が駅業務を行う簡易委託駅。マルス及びPOS端末の設備は無い。近距離きっぷの自動券売機が設置されている。

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のりば
1 ■鹿児島本線(下り) 熊本・八代方面
2 使用停止
3 ■鹿児島本線(上り) 大牟田・鳥栖方面
下りホームに待合所がありFRP製の机と椅子が設置されています。

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1892年(明治25年)4月1日 - 九州鉄道(初代)が開設。
1907年(明治40年)7月1日 - 九州鉄道(初代)が国有化され帝国鉄道庁が所管。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により九州旅客鉄道が継承。
1997年(平成9年)
3月18日 - 放火により駅舎全焼。
8月 - 仮駅舎設置。
2008年(平成20年)4月10日 - 駅舎再建(「交流サロンこのは」に併設)。
2012年(平成24年)12月1日 - 交通系ICカードSUGOCA対応。

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電報略号 コノ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
開業年月日 1892年(明治25年)4月1日
備考 簡易委託駅

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繁藤駅 JR四国 土讃線

繁藤駅(しげとうえき)は、高知県香美市土佐山田町繁藤にある四国旅客鉄道(JR四国)土讃線の駅。駅番号はD35。JR四国の駅の中で最も高い標高347mに位置し、ここから高知方面に向けて一気に下っていく。昭和38年に天坪駅から繁藤駅に名称変更されました。天坪は「あまつぼ」と読む。“雨”坪と言われるほど雨が良く降る場所で、高知県で大雨が降ると降水量の上位に頻繁に挙げられている。また、かつて当駅から石原満俺軌道という鉄道が、マンガンを採掘していた黒滝鉱山(現在は穴内ダムの湖底に沈んでいる)に向かって敷設されていた。1952年ごろに撤去されたようだが、現在でも土讃線を跨いでいた橋梁の橋台や当時使っていたと思われるレールなどの残骸が残っている。

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ホームは2面3線。改札口側に単式ホーム1線、屋根無しの跨線橋を渡ると島式ホーム2線があり、待避や行き違いが可能である。少し変わったトンガリ瓦屋根とトンガリ庇の窓が特徴な駅舎は木造です。また駅名表示も緑色で変わっています。

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待合室には木製の長椅子が設置されています。駅前広場はなく、直接国道に面しています。2009年春に長年続けられていた簡易委託による乗車券発売が終了し、現在は完全に無人駅化されている。
特急通過駅ながら、特急列車同士の行き違いのための運転停車のほか、普通列車は追い越しの通過待ちも多い。

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駅舎側から、
1 ■土讃線 (上り) 大歩危・阿波池田方面
2 ■土讃線 (下り) 土佐山田・後免・高知方面
3 ■土讃線 (上り/下り) 大歩危・阿波池田方面 (特急の待避)
土佐山田・後免・高知方面 (特急の待避)
駅舎脇にホーム跡のある留置線が保線用としてに使用されています。

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繁藤災害:1972年(昭和47年)7月4日から5日にかけて、暖かく湿った空気が舌状に大量に流れ込むことで大雨をもたらし“姿なき台風”とも呼ばれる「湿舌」が四国山地にぶつかったことにより、土佐山田町繁藤では1時間降雨量95.5mm(5日6時)、24時間の降雨量が742mm(4日9時~5日9時)という激しい集中豪雨に見舞われた。平年の3か月分という大量の雨が一気に降った影響で地盤が緩み、至る所で小規模な土砂崩壊が発生していた。
降り始めからの雨量が600mm近くに達した5日午前6時45分、駅前にそびえる追廻山(550m)の駅付近の山腹が高さ20m・幅10mにわたって小崩壊し、人家の裏で流出していた土砂を除去していた消防団員1名が崩れ落ちてきた土砂200m³に埋もれて行方不明となった。早速、町職員や消防関係者が招集され、約120名が降りしきる雨の中、重機を使用した捜索活動が行われた。
前日からの激しい雨はさらに降り続き、降り始めからの雨量が780mmに達した午前10時50分頃、小崩壊を起こした山腹が、いくつかの雷が一度に落ちたような大きな音と共に幅170m、長さ150m、高さ80mにわたって大崩壊を起こし、10万m³もの大量の土砂が駅周辺の民家のほか、駅および駅構内3番線に停車中だった高知発高松行き224列車(DF50 45号機牽引、客車4両)を直撃した。突如発生した大崩壊による土石流は、家屋12棟や機関車1両と客車1両を一気に飲み込み、現場付近で救助活動を行っていた町職員や消防団員、その活動を見守っていた周辺住民や列車の乗務員、乗客らを巻き込んだ後、駅背後を流れる20m下の穴内川まで流れ落ち川を埋め尽くした。中でも機関車は川の対岸まで飛ばされるほどに土砂に押し流され、1両目の客車が機関車の上に乗りかかるように埋没、2両目が崩れ残った路盤に宙吊りとなり、辛うじて3両目と4両目の客車が被災を免れた。
自衛隊や機動隊、消防等関係者ら1,300人体制による捜索・救出活動(および遺体収容作業)は約1ヶ月間続き、延べ約2万人が従事したが、最終的に死者60名(大崩壊による死者は59名)、負傷者8名、家屋全壊10棟、半壊3棟の被害を出すに至った。駅構内の半分を土砂に飲み込まれたほか、一部の路盤を失って不通となった土讃本線は、復旧までに23日を要している。
災害発生の原因となった追廻山の山腹は、元々破砕帯が露出した比較的脆弱な岩盤構造となっており、折からの大雨で土中に多量の水分を含んでいたため、崩壊が起こりやすくなっていた(最初の小崩壊に巻き込まれた消防団員は、現場付近で小規模に崩落した土砂の除去にあたっていた)。小崩壊が起こったことによって、それよりも上部の破砕帯は地下水の流出経路を失い、土中にさらに多くの地下水が貯留され、それが過飽和になった時点で大崩落が発生したと推測されている。
この災害は、最初の小崩壊によって生き埋めになった消防団員の捜索、救出活動を行っている真っ最中に起こった「二次災害」といえるものであったため、その後に被害者遺族が起こした訴訟では、「怠慢による不作為」という行政の責任が問われることとなった。災害発生当時、降り続く雨によって災害現場の地盤が非常に不安定であり、なおかつ落石等で頻繁に救出作業が中断されていたという当時の現場状況において、作業に従事していた消防団員が大規模崩壊を予測できたか否か、自然災害における行政の責任を問う全国初の裁判となったのである。一審の高知地裁では、「消防団幹部が崩壊の予兆を見逃す『不法行為』をし、そのために大勢の死者が出た人災」と判決され原告が勝訴した。しかし、控訴審の高松高裁では一転して予測不可能な「天災」と判決された後、19年後の1991年9月に最高裁で和解が成立した。
この災害の教訓から高知県の防災行政が見直されたほか、消防団員の研修内容に「現場の状況から危険を察知し避難する判断力の重視」という新たな項目が加わった。なお、本災害は繁藤災害として知られている。また、駅から国道32号線を高松方向に数百m進んだ地点には、本災害の慰霊碑やモニュメントを設けた広場があり毎年、慰霊祭が行われている。この慰霊碑は列車の窓からも見ることができる。

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1930年(昭和5年)6月21日 - 土佐山田駅 - 角茂谷駅間が開業。天坪駅として開業。
1963年(昭和38年)10月1日 - 繁藤駅に名称変更。
1969年(昭和44年)10月1日 - 配達の取扱を廃止。
1970年(昭和45年)10月1日 - 無人駅化。
1972年(昭和47年)7月5日 - 大雨の影響で駅前の山が地すべり性崩壊を起こし、死者60名の被害を出す(繁藤災害)。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR四国の駅となる。

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電報略号 シケ
アマ(天坪駅時代)
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
開業年月日 1930年(昭和5年)6月21日
備考 無人駅

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佐田岬砲台

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豊予要塞の一部として、4つの砲台が設置されたが現在では砲台を見学することが出来ず、佐田岬灯台の北側の岸壁と、大島の東側の岸壁に2ヵ所づつトンネル式の砲座が築かれている。

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佐田岬第1砲台:大正13年(1924年)9月起工、昭和元年(1926年)11月竣工、スカ式12cm速射カノン砲4門(対馬要塞大平高砲台から移設)守備は豊予要塞重砲兵連隊第五中隊。 ・佐田岬第2砲台:昭和元年11月起工、昭和2年10月竣工、15cm速射カノン砲4門・佐田岬第3砲台:昭和5年(1930年)竣工、30cm長榴弾砲4門・佐田岬第4砲台:昭和5年(1930年)竣工、30cm長榴弾砲4門・新砲台:昭和20年7月頃、12cm榴弾砲4門

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1945(昭和20)年に6ケ月間の突貫工事で急造された砲台で、佐田岬灯台直下に2門と当時離島だった大島(御籠島=みかごじま)。現在はコンクリートで繋がれ、出荷調整のための三崎漁協の天然の「いけす」《畜養池》になっている)2門、38式12cm榴弾砲が据え付けられた(この工事で、4人が死亡している。洞窟内でダイナマイトを仕掛けている最中に突然スイッチが入れられ爆発したのである)。
配置兵員数も約1000名を超え、要塞の強化がはかられ、正野地区約3キロ以内は一大軍事基地となっていたが、交戦することなしに敗戦(無条件降伏)に至った。

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戦時中、現地司令部、炊事場や医療現場として利用された壕には、ディーゼル発電機を据え付けた跡が残っている。

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ピークを一つ挟んで東側のキャンプ場が砲台施設跡で、西面には地下式発電所跡がある。現在はキャンプ場の倉庫になっている。

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このキャンプ場周辺には井戸や貯水槽、船着場などの施設跡が点在している。

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探照灯格納庫には迷彩塗装が施されていた。

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環状路には100m程レールが敷かれ探照灯を移動させていたが、現在は観光用の散策路として舗装されている。

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第一砲台観測所・測距儀の基礎と観測窓・地下式で、内部は東側に測距儀の置かれていた半円形の部屋と、その西には四分の一円の副観測所らしきものがある。

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それぞれ南側に鉄枠の観測用のスリットが開けられている。

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春日駅 JR九州 鹿児島本線

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春日駅は、福岡県春日市春日原北町五丁目にある、九州旅客鉄道(JR九州)鹿児島本線の駅でJR転換後の新設駅となります。春日市の代表駅は少し離れた西鉄・春日原駅になります。

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春日市の北東部にある。駅から春日市役所まで250m程度の距離で、駅周辺には住宅が多く建ち、クローバープラザや春日公園などの公共施設があるが、商業施設は500mほど離れた西鉄春日原駅周辺地域に多く立地している。

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県道56号が線路を跨ぐ形で立体交差している。駅出入口はこの県道56号に直結している。県道56号線上に停留所がある。

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相対式ホーム2面2線と橋上駅舎の設備を有する地上駅です。上りホームの鹿児島側に交交セクションが存在する。駅入口は県道の跨線橋に面して跨線橋の歩道のような場所ですが、大きなキャノピーがかかりスペースも広く取られています。

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JR九州鉄道営業が駅業務を行う業務委託駅で、みどりの窓口と券売機は2台設置されている。駅舎外にトイレがあります。

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のりば
1 ■鹿児島本線(下り) 二日市・久留米・大牟田方面
2 ■鹿児島本線(上り) 博多・赤間・小倉方面
簡易構造のホームです。

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1989年(平成元年)3月11日 - 開業。当初は無人駅であった。
2003年(平成15年)3月15日 - 駅舎改築工事で橋上駅化、同時に多目的トイレ・エレベータ設置によりバリアフリー化。
2009年(平成21年)3月1日 - ICカードSUGOCAの利用を開始。

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電報略号 カス
駅構造 地上駅(橋上駅)
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度- 3,459人/日(降車客含まず)
-2005年-
開業年月日 1989年(平成元年)3月11日
備考 業務委託駅
みどりの窓口 有

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桜本町駅 名古屋市営地下鉄桜通線

桜本町駅(さくらほんまちえき)は、愛知県名古屋市南区桜台一丁目にある、名古屋市営地下鉄桜通線の駅。駅番号はS15。南西300mには名鉄桜駅があり乗換客があります。

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桜通線駅務区桜本町管区を管轄する管区駅であり、吹上駅から徳重駅までの各駅(新瑞橋駅を除く)を管理している。

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島式1面2線のホームを持つ地下駅で、可動式ホーム柵が設置されている。

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アクセントカラーは紫色。ホームは20m車8両編成まで対応している。新瑞橋寄りに非常用の片渡り線がある。

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エレベータは改札口至近の1番出入口にあります。改札口に改札機は3台。切符売場には券売機が2台とICカードチャージ機が1台が設置されています。

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のりば
1 ■桜通線 徳重方面
2 ■桜通線 今池・名古屋・中村区役所方面

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1994年(平成6年)3月30日 - 開業。
2011年(平成23年)7月9日 - 可動式ホーム柵使用開始。

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所属路線 桜通線
キロ程 12.9km(中村区役所起点)
駅構造 地下駅
ホーム 1面2線

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乗車人員
-統計年度- 3,875人/日(降車客含まず)
-2013年-
開業年月日 1994年(平成6年)3月30日

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府中駅 JR四国)徳島線

府中駅(こうえき)は、1899年に徳島鉄道として開業し、1907年に国有化された徳島県徳島市国府町府中にある、四国旅客鉄道(JR四国)徳島線の駅です。

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駅番号はB04。駅名は「こう」と読み、難読駅としても有名です。

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元名東郡国府町の中心駅だが、駅前の道路は狭く集落も雑然としており、国道192号沿いにコンビニや銀行など一通りそろっているのと対照的。住宅地の駅、といった感じである。

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地名の通り、古代には阿波国国府があったと推定される。なお「府中」と書いて「こう」と読むのは、江戸時代に「府中=不忠」に通じるのを嫌った徳島藩が、「国府」にかけ、かつ「孝」に通じるよう読ませたため、と言われている。

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相対式ホーム2面2線を有する地上駅。瓦葺きのモルタル木造駅舎です。互いのホームは屋根なしの跨線橋で連絡しています。 便所は改札内にあり、男女共用の汲み取り式。

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かつては平日午前中のみ駅員が配置されていたが、2010年9月1日に完全な無人駅となった。自動券売機が設置されている。しかしながら、通勤通学ラッシュの時間帯には管理駅である徳島駅より係員が派遣されている日もある。

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待合室の中央には四角い椅子、壁側には木造長椅子が設置されています。

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のりば 路線 行先
1 ■徳島線 阿波池田・穴吹方面
徳島方面
2 ■徳島線 徳島方面(上下行き違い列車がある場合のみ)
1番のりばが一線スルー化されていて上下本線となっている(制限速度100km/h)。当駅を通過する特急はいずれも上下本線を通過する。
駅舎の反対側ホームの上屋下には多数のFRP製の椅子が設置されています。

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1899年(明治32年)2月16日 - 開業。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化に伴い、四国旅客鉄道に承継。
2010年(平成22年)9月1日 - 無人化

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電報略号 コウ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度- 487人/日(降車客含まず)
-2010年-

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開業年月日 1899年(明治32年)2月16日
備考 無人駅(自動券売機 有)

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60式自走無反動砲 陸上自衛隊

60式自走無反動砲は、陸上自衛隊の普通科部隊が運用していた自走無反動砲。正式名称は60式自走106mm無反動砲。1979年の生産終了までに総計253両が製造され、2008年に全車が退役した。

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1960年(昭和35年)に第二次世界大戦後初の国産装軌式装甲戦闘車両として制式化され、2008年に全車が退役するまで半世紀にわたり使用が続けられた。61式戦車や60式装甲車など、1950年代より開発が進められた国産兵器の一つ。待ち伏せによる対戦車攻撃を主任務とする。隊員間では「106SP」と呼称されていた。また、戦前から歩兵直協用の極小型戦車は豆戦車と呼ばれており、60式にも「マメタン」の通称があった。

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対戦車誘導弾が開発される以前は師団対戦車隊のジープ搭載型無反動砲を入れ替える形で4個対戦車小隊に完全配備、64式対戦車誘導弾が配備され始めると次第に運用は師団対戦車隊の4個小隊中2個対戦車小隊→普通科連隊普通科中隊の対戦車小隊無反動分隊→末期には対戦車小隊の隷下2個対戦車分隊のうち1個分隊に配備され、主に対機甲戦闘の他に遠距離からの陣地攻撃などに用いられていた。
ジープなどの非装甲車両に無反動砲を搭載した対戦車車両も存在するが、装甲車両としての自走無反動砲は、60式とアメリカのM50オントス自走無反動砲(無反動砲6門搭載)しかない。
2008年3月31日に北海道の真駒内駐屯地に配備されていた車輌の退役をもって、全車が退役した。
個人携行型の対戦車兵器が登場したことで後継となる車両は開発されなかったが、それらの火器が自衛隊内に広く普及するまでの長期間運用となった。

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60式自走106mm無反動砲の開発は、1955年に自衛隊装備の調達に対する予算執行の際にクレームがついた事に端を発する。この時、再度予算の振り分けが行われることとなり、防衛庁技術研究所(当時)が1954年から開発が行われていた無反動砲(後の60式106mm無反動砲)を搭載する自走式無反動砲の開発を計画し、三菱重工業と小松製作所に打診を行った。

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二社による競争試作が行われ、小松製作所製試作車「SS-1」と三菱重工業製試作車「SS-2」が静岡県の陸上自衛隊富士学校にて評価試験を行った。開発計画が同時にスタートした61式戦車の開発が本格化したため、三菱重工業はそちらに本腰を入れると共に、小松製作所の「SS-1」が支持を集めた事から、第2次試作車の開発を小松製作所が単独で行う事となった。
三菱重工業側の研究成果の一部を取り入れた第2次試作車「SS-3」、M50オントス自走無反動砲を参考に無反動砲を4門搭載した「SS-1(改)」の開発の後、最終試作車「SS-4」が製作され、1960年に「60式自走106mm無反動砲」として制式採用された。

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車体は1.38mと車高が低く、60式106mm無反動砲が車体の右側に2門搭載される。乗員は車長、操縦士、装填手の三名で、装填手は専用の席が存在しなかったために車体後部に後ろ向きに乗車する。操縦方法に熟練した技術が必要とされ、末期にはこの車両を扱える人材不足もあり、古株の准尉・曹長などが若手を差し置いて自ら操縦することが多かった車両でもある。
装甲はきわめて薄いアルミ合金製で、敵戦車の反撃には耐えられない。このため、連続発射で確実に敵戦車を破壊するため主砲を2門装備した。主砲に並行して装着された12.7mmスポットライフルで目標を射撃し、曳光弾の光跡を目視で確認することで照準を行う。スポットライフルが目標に命中すれば直ちに主砲を発砲する。無反動砲の射程が約7,000mであるのに対し、スポットライフルの有効射程が1,000m前後である事から、遠距離の目標に対する試射は不可能だった。自動装填装置などは備えておらず、砲弾の再装填には、乗員が車外に出る必要がある。

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2門の砲は垂直に昇降する機能があり、待ち伏せ攻撃時に遮蔽物から砲だけを覗かせて射撃できる。無反動砲であるため、発砲時には激しい後方爆風(バックブラスト)が発生して砂煙を巻き上げ、発砲音も大きいことから、一度攻撃すると敵に発見される可能性が大きいと考えられた。そのため、発砲後は直ちに後退して陣地変換を行うことになっていた。戦闘時の配置も、後方爆風が味方に危害を与えない場所が選ばれる。配備部隊では、非装甲目標を直接照準で攻撃する運用法も考えられていたとされる。
ちなみに、本車と同一の車体に64式対戦車誘導弾を搭載した戦車駆逐車も試作されたが、命中まで時間がかかる誘導弾は待ち伏せに不利とされ不採用となった。
また、空砲の射撃ができたことから部隊での運用方法の一環として退役間近の時点で敵戦車役として運用される例もあった。

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SS-1
小松製作所が設計した第1次試作車。エンジンを車体前部に、変速操向装置を後部に配置する。
SS-1(改)
SS-1の無反動砲を4連装化したもので、現在は東千歳駐屯地で展示されている。
SS-2
三菱重工業が設計した第1次試作車。エンジンを車体後部に、変速操向装置を前部に配置する。
SS-3
三菱重工業が設計した第2次試作車で、転輪が1個増加し片側5個になった。
SS-4
最終試作型
A型
初期生産型
B型
1967年から量産が開始され、三次防型とも呼ばれる。車体の各部が補強されている。
C型
1975年以降の生産型で、液冷エンジンに変更されている。

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全長 4.3m
全幅 2.23m
全高 1.38m
重量 8t
乗員数 3名
装甲・武装
装甲 アルミ合金
主武装 60式26口径106mm無反動砲×2
副武装 60式12.7mmスポットライフル
機動力
速度 55km/h
エンジン 小松SA4D105
水冷4ストローク直列4気筒ターボチャージド・ディーゼル
150ps/2800rpm
行動距離 140km

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陣原駅 JR九州 鹿児島本線

陣原駅(じんのはるえき)は、福岡県北九州市八幡西区陣原一丁目にある、九州旅客鉄道(JR九州)鹿児島本線の駅です。

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並走する西鉄北九州線廃止の代替として国鉄時代の東折尾貨物駅跡地に2000年、設置された新しい駅です。
福北ゆたか線の愛称の区間にも含まれ、当該列車の利用が可能。駅周辺は再開発が進んでおりスーパー銭湯もあります。

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駅名は設置された場所から名付けられました。陣原(陣の原)の地名の由来は「応神天皇より筑紫一帯の人民視察を命ぜられた武内宿祢が洞の海を過ぎるとき、西北の方から怪しい声がしたためにこの地に陣を構えて警戒した」と言う伝説にちなむ。

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単式ホーム1面1線と島式ホーム2面4線、計3面5線のホームを有する地上駅で橋上駅舎を備える。橋上駅舎のデザインは横スリットの装飾で覆われモダンです。

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JR九州鉄道営業が駅業務を行う業務委託駅で、ICカード対応のタッチパネル式の券売機を含め合計券売機2台設置されています。みどりの窓口もあります。改札脇に小さな待合室が設置されています。

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駅舎入口には屋外で完全雨ざらしのエスカレーターがあります。

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北口側には公道を跨ぐエレベーター付きの歩道橋が整備されています。

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のりば
1 ■福北ゆたか線(下り) 直方・飯塚・博多方面
2 ■福北ゆたか線(上り) 黒崎行
3 ■鹿児島本線 (待避線)
4 ■鹿児島本線(下り) 赤間・博多・大牟田方面
5 ■鹿児島本線(上り) 小倉・門司港・中津・大分方面

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国鉄時代の1961~84年の間、当地に貨物駅の東折尾駅(廃止後は東折尾信号場)があったが、旅客扱駅は存在しなかった。この遊休地を利用したまちづくりの検討が1988年(昭和63年)から行われた。1989年(平成元年)には、当地へのJR駅新設を含めた土地利用計画がまとめられ、北九州市の「北九州市ルネッサンス構想」の主要事業として位置づけられた。

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これを踏まえ、1994年(平成6年)には「陣原JR新駅建設期成会」が設立され、早期の駅建設が求められるようになった。

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かつては少し南を西鉄北九州線が走っており、同線に「陣の原」(こちらは「の」が入る)電停が存在した。同線は2000年11月26日に廃止、陣の原電停も廃止となったため、その代替駅として当駅が設置された。設置から11月25日までの5日間だけ、2ヶ所の「じんのはる駅(電停)」が並存していた事になる。
2000年(平成12年)11月21日 - 開業。
2009年(平成21年)3月1日 - ICカードSUGOCAの利用を開始。

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電報略号 シハ
駅構造 地上駅(橋上駅)
ホーム 3面5線
乗車人員
-統計年度- 2,371人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 2000年(平成12年)11月21日

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備考 業務委託駅
みどりの窓口 有
九 北九州市内駅
* 黒崎駅 - 折尾駅 - 筑豊本線・篠栗線経由 - 博多駅間は「福北ゆたか線」の愛称あり。
** この間に東折尾信号場有り(当駅から0.3km先)。

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コキ100系貨車

コキ100系貨車は、日本貨物鉄道(JR貨物)が1987年(昭和62年)度から製作する貨車(コンテナ車)です。

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コンテナ輸送の競争力を向上するため、速度や輸送力向上の対策は日本国有鉄道(国鉄)末期から進められてきた。輸送体系の主幹をなす主要拠点間の輸送においては、輸送効率に難があり高速走行ができないコキ5500形(最高速度 85 km/h)や、100 km/hで走行可能なものの輸送効率と整備性に難のあるコキ10000系に代わり、コキ50000形(最高速度 95 km/h)やその改造車で対応されてきたが、生活関連物資輸送などの特に速達性の要請が強い分野でトラック輸送に対抗することと、将来想定される輸送分野に対応できるよう、高速走行と汎用的な積載能力を兼ね備えた新型車両の開発が1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化直後から開始され、同年に製作されたコキ100形の試作車4両(1 - 4)が各種試験に供された。
この成果を基に1988年(昭和63年)から量産された車両が、本系列の嚆矢となるコキ100形・コキ101形である。海上コンテナ輸送のための低床車体、拠点間輸送に適応した4両ユニット方式、コストを抑えるためユニット単位での集中搭載とした電磁ブレーキ装置などの新機軸が盛り込まれた。
1988年3月のダイヤ改正で設定された最高速度 110 km/h のコンテナ列車「スーパーライナー」に暫定使用されていたコキ50000形350000番代を置き換えたほか、拠点間の主要列車に重点的に投入された。
本系列はその後、従来のコンテナ車置き換えや、海上コンテナ輸送への対応など輸送の実態に合わせた仕様の変更を重ね、複数の派生形式が開発され、製作が続いている。現在までに総数は4000両を超え、コキ50000系とともに広汎に使用されている。
製造メーカーは川崎重工業、日本車輌製造の2社であるが、試作車の1両(コキ100-2)のみは、JR貨物新小岩車両所で製作されている。

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台枠は従来のコンテナ車と同様な魚腹形側梁であるが、海上コンテナなどで一般的な高さ 8 ft 6 in のコンテナを積載できるよう床面高さを従来車より 100 mm 下げ、1,000 mm とした。このため台車周辺の台枠寸法が変更されている。車体長はコキ50000系と同一の 19,600 mm を基本とする。
車体の一端に手すりとデッキ、昇降用ステップを有する。「突放禁止」扱いとされたため手ブレーキは留置専用とされ、操作ハンドルは側梁側面に移設された。外部塗色はコンテナブルー(明るい青)、台車は灰色である。ユニットで運用される形式の中間車は手すりとデッキを廃止し、車体長が短くなったものもある。
台枠上のコンテナ緊締装置は 5 t コンテナ (10 ft , 12 ft) 用を左右5組、 20 ft コンテナ用を左右3組装備するほか、着脱式のインターボックスコネクタ(IBC、海上コンテナ用緊締装置)により各種の海上コンテナを積載できる構造である。荷重は 40.5 t で設計され、総重量 20 t の海上コンテナを2個積載可能とした。
台車はコキ50000形のTR223形を基に開発されたFT1系列である。枕バネ配列の変更や左右動ダンパの取付、軸受の軸ゴム追加などが施された。
ブレーキ装置はコキ10000系と同様な CLE 方式(応荷重装置付電磁自動空気ブレーキ)を装備する。ただし、ユニットで運用される形式では電磁弁をユニット中の一部車両のみに搭載し、ここからユニット内他車の CL 方式(応荷重装置付自動空気ブレーキ)ブレーキ装置を集中制御する。最高速度は 110 km/h である。

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コキ106形
海上コンテナの積載に適応する車両として開発された汎用コンテナ車である。1997年(平成9年)から2007年(平成19年)までに1162両 (1 - 1162) が製作[1]されている。外部塗色は当初コンテナブルーで落成したが、製作途中から灰色に変更され、初期車も全般検査の機会に灰色へ変更された。
従来のコキ100系では海上コンテナ積載に着脱式の IBC を使用したが、着脱の煩雑さを解消するため 20 ft 海上コンテナの積載位置を JR 20 ft コンテナと同一とし、さらに総重量 24 t の海上コンテナも1個を積載できる構造とした。このため、荷重増の必要をも考慮して台枠強度が見直され、台枠形状は従来型から大幅に変更された。荷重は 40.7 t である。

積載設備は 20 ft ・ 40 ft コンテナ用緊締装置をツイストロック式に変更している。台車は軸箱支持を軸ゴム+シェブロンゴムとした FT2 形とされた。ブレーキ装置は電磁弁をもつ CLE 方式で、1両単位での運用ができる。
1999年(平成11年)製以降 (405 - ) は識別のため、当初から車体色を灰色として落成した。同年製の最初の2両 (405, 406) は、試験的に貨車用フラット防止装置を取り付けていた。電源の車軸発電機と一体化した滑走検知用の速度検出器を車軸に取り付けている。採取したデータは機器箱内部に設置した携帯電話によって随時送信できる構造になっている。
2003年(平成15年)度製以降 (601 - ) は、留置ブレーキ動作時に車側に表示板が突き出す「手ブレーキ緊解表示装置」が設置された。2004年(平成16年)度製以降 (713 - ) は、応荷重ブレーキ装置の測重機構を従来の油圧式からコキ200形同等の空圧式に変更した。

 

宇佐駅 JR九州 日豊本線

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宇佐駅(うさえき)は、大分県宇佐市大字岩崎にある、九州旅客鉄道(JR九州)日豊本線の駅で宇佐市の代表駅です。

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当駅と西屋敷駅の間が旧豊前国と旧豊後国の境界に当たり、列車の運転系統上でも小倉方面からの普通列車のほとんどは当駅で折返す。特急列車は約半数が当駅に停車する。

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駅周辺は宇佐町(市制施行前)時代からの商業地域だが、宇佐市の外れに位置し、現在の宇佐市の中心市街地域(四日市・長洲地区)や官公庁地域(駅川地区)へは若干遠い(柳ヶ浦駅の方が近い)。ただし駅前は国道10号線に面するため、交通量は多い。

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西に約4km離れた場所に宇佐神宮が存在し、北に約4kmの位置に「昭和レトロの町」として脚光を浴びる豊後高田市の中心市街地がある。

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以前は当駅を挟んで、神宮と豊後高田の間を宇佐参宮鉄道が走っていた(現在は廃線され、使用されていたSLが宇佐神宮に保存されている)。

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現在は参宮タクシーや大交北部バスの路線バスが代わりを務めている。このため、鉄道が廃線になった現在でも当駅の構内に「のりかえ 宇佐八幡 豊後高田方面」と書かれた乗場案内標が残されている。

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典型的な駅前旅館として、宇佐屋旅館がある。

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「宇佐」の名を冠するが故に宇佐市の代表駅として位置づけられているが、後述のように宇佐市の中心的な機能を有する地区からは離れている。

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このため当駅の機能は宇佐市の中心駅というよりも、宇佐神宮の最寄駅・「昭和レトロの町」の豊後高田市の玄関駅として、観光拠点基地の色彩が濃い。よって地元用務客の他、観光客の利用も目立つ。

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2009年(平成21年)3月14日のダイヤ改正により、中津駅 - 当駅間を毎時1往復のワンマン運転が昼間運用として開始され、(ピストン運行)快速列車が当駅まで運行開始となった。また、大分方面の普通列車も上下4本増発され、利便性が向上されている。

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単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを持つ地上駅。駅舎は宇佐神宮を模した色使いの平屋作りの鉄筋コンクリート造駅舎です。駅名表示なども寺社風和装のデザインです。1番線が上り本線、2番線が待避線、3番線が下り本線です。

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互いのホームは跨線橋で連絡しています。

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上屋の柱は神宮を模して朱く塗られています。

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JR九州鉄道営業が駅業務を行う業務委託駅であり、みどりの窓口が設置されている。切符売場には券売機が1台設置。待合室は広く椅子も多数設置されています。
ICカードSUGOCAの発売も行っている。

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のりば
1 ■日豊本線(上り) 中津・行橋・小倉方面
2 ■日豊本線 (待避線)
3 ■日豊本線(下り) 別府・大分方面
構内裏手には鉄道輸送の痕跡が残っています。

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駅名標のバリエーションは豊富です。

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1909年(明治42年)12月21日 - 鉄道院が開設。
当駅開設前は現在の柳ヶ浦駅が宇佐駅を称した。
1916年(大正5年)3月1日 - 宇佐参宮鉄道全線開業。
1945年(昭和20年)4月20日 - 宇佐参宮鉄道が8社(後2社は自動車関係)と大合併し大分交通宇佐参宮線が継承。

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1965年(昭和40年)8月21日 - 大分交通宇佐参宮線全線廃止。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により九州旅客鉄道が継承。
2012年(平成24年)12月1日 - ICカードSUGOCAの利用を開始。

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電報略号 ウサ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
乗車人員
-統計年度- 467人/日(降車客含まず)
-2011年-
開業年月日 1909年(明治42年)12月21日
備考 業務委託駅
みどりの窓口 有

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西屋敷駅 JR九州 日豊本線

西屋敷駅は、大分県宇佐市大字西屋敷字宮ノ浦にある、九州旅客鉄道(JR九州)日豊本線の駅です。

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駅の裏手を国道10号が通っている。駅周辺は田畑とわずかな民家があるのみで、大きな集落はなく閑散としています。当駅から下り側約700mの場所で上下線が分かれており、立石駅で再び収束する。大分・宮崎方面の下り線には延長3,640mの立石トンネルがある。駅周辺は宇佐市と杵築市の市境であり、西屋敷駅側は宇佐市で、道を挟んだ反対側にあるローソン側は杵築市である。そのため、中央を通る国道10号線が市境を示しているといえる。
また、当駅と宇佐駅の間は当駅寄り約3分の2の区間は日豊本線内で唯一、下り線が上り線より一段高い位置にあり、15パーミルの勾配区間(下り列車は上り勾配、上り列車は下り勾配)である。

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相対式ホーム2面2線を有する地上駅です。駅舎はなく、簡素な小屋のような待合室が設置されています。その待合室には造り付けの木製長椅子が設置されています。下り線は上り線よりもやや高い位置に敷設されており、2本のホームの間はやや離れている。

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また、上下線とも、ホームは下り方向に向かって右側に設けられている。下りホームと上りホームとは地下道を通ってのアクセスとなります。無人駅で、ホームと地下道および待合所のみの設備。

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列車が接近する際に三回放送がある。当駅で使用される接近メロディーはかつて山陽本線の一部の駅で使われていた接近メロディーと同じである。上り線には、手動ベルスイッチがあるが、鳴るかどうかは分からないとのこと。
ICカードSUGOCAは出入場のみ対応し、当駅でチャージや購入はできない。

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1926年(大正15年)9月1日 - 西屋敷信号場として鉄道省が開設。
1945年(昭和20年)3月1日 - 西屋敷駅として旅客営業取扱開始。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄の分割民営化により九州旅客鉄道の駅となる。
2012年(平成24年)12月1日 - ICカードSUGOCAの利用を開始。

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電報略号 ニキ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度- 14人/日(降車客含まず)
-2011年-
開業年月日 1945年(昭和20年)3月1日
備考 無人駅

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