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今治駅 JR四国 予讃線

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今治駅(いまばりえき)は、今治市の代表駅の1つで、全ての特急列車、普通列車が停車しています。市の中心部に立地している他、島しょ部や市内各地を結ぶ路線バスや高速バスなどが発着するバス乗り場が立地しています。

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タオルと造船の街として知られる愛媛県第2の都市、愛媛県今治市北宝来町一丁目にある、四国旅客鉄道(JR四国)予讃線の駅です。「しまなみ海道」尾道今治ルート開業後は、四国の玄関口の一つとしての駅になっています。

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西側は今治駅の高架化とともに再開発され市立図書館や公園などが整備されています。駅の西側は交通が便利なことや高等学校や病院などが近いことから市営住宅やマンション、アパートが密集しています。東側はホテルやオフィスビルなどが複数立地しています。

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単式・島式複合型2面3線で、2・3番ホームが島式。駅前後の踏切渋滞解消のため高架化されています。

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単線区間にもかかわらず大きな庇を持つ、ガラス張りの高架駅(平成4年竣工)です。駅舎前には槍の穂先のようなオブジェが並んでいます。

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入線メロディーは瀬戸の花嫁。乗車人員は愛媛県のJRの駅では松山駅に次いで2番目、JR四国では7番目に多い駅です。きっぷ売り場に券売機は3台設置されています。

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改札口には今治の特産品タオル製のタオル提灯があります。オープンカウンター式のみどりの窓口があり横には旅行センターも併設されています。

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待合には観光案内所があり横にはビッグキヨスクもあります。さらに駅弁屋とうどん屋も営業しています。

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のりば
1 ■予讃線(上り)壬生川・伊予西条・新居浜・丸亀・高松・岡山方面 (特急を含む)

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2 ■予讃線(下り)伊予北条・松山・伊予市・八幡浜・宇和島方面 (特急を含む)
3 ■予讃線(下り)伊予北条・松山・伊予市方面
        (上り)壬生川・伊予西条方面 (6:07発の普通のみ)

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駅の近くにある眼科医院の時計には視力測定のランドルト環がついていて、1番ホームより視力が測れるようになっています。

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中心部を分けるように立地している踏み切りや駅西の道路の通行量増大、道路が狭隘であったことから渋滞が深刻化していました。また、西側は学校や住宅、商店が集中しながらも道路や公園の整備なども遅れていました。そのため1987年から2005年にかけて駅の高架や駅西側の土地区画整理事業が行われました。
不十分だった道路や公園、文化施設等の整備も行われました。また今治市立図書館(現:今治市立中央図書館)の移転や再開発住宅も整備なども行われました。再開発後は、駅の西側にマンションやアパートが多数建設されています。

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1924年(大正13年)2月11日 - 国鉄讃予線(現:予讃線)伊予桜井 - 今治間が開通し今治駅が開業。
1924年(大正13年)12月1日 - 国鉄讃予線(現:予讃線)の今治 - 伊予大井(現:大西)間が開通。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、四国旅客鉄道の駅となる。
1990年(平成2年)10月30日 - 駅周辺を高架化。
1991年(平成3年) - 新駅舎が完成する。
1992年(平成4年)7月23日 - 今治 - 伊予北条間が電化される。

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電報略号 イマ
駅構造 高架駅
ホーム 2面3線
乗車人員
-統計年度- 2,317人/日(降車客含まず)
-2010年-
開業年月日 1924年(大正13年)2月11日
備考 みどりの窓口 有
1993年(平成5年)3月18日 - 新居浜 - 今治間が電化される。
2009年(平成21年) - エレベーターが設置される。

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海軍三年式8糎高角砲

日本海軍の開発した高角砲。通称8センチ高角砲。55,000t級軽巡に搭載されていた旧式高角砲。
艦艇以外には、海軍陸戦隊や南方根拠地隊の防衛用として使用された。

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元は「四〇口径四一式八糎平射砲」を75度まで仰角を増した三吋大仰角砲(3インチだいぎょうかくほう)として1916年(大正5年)2月に正式化されたもの。その後四〇口径八糎高角砲と改称し、更に1922年(大正11年)3月に四〇口径三年式八糎高角砲と改称された。
操作は人力で行い、閉鎖機は斜鎖式尾栓だった。
大正期の代表的高角砲として5500トン型軽巡洋艦や扶桑型戦艦、伊勢型戦艦、空母鳳翔などに搭載された。昭和期に入り徐々に他の対空兵装に置き換わっていき、太平洋戦争時には旧式砲となっていた。しかし砲艦などの小艦艇や特設艦船などにはまだ搭載されていた。また南方各地の防空砲としても使用されている。

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口径 7.62mm
砲身長 3m(40口径)
最大俯仰角 -5~+75°
方向射界  
全重量 2.6t
弾丸重量 6kg
初速 670m/sec
最大射距離  
最大射角 約7,000m
動力 人力
発射速度 13発/分

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搭載艦船
戦艦:扶桑型 - 伊勢型
航空母艦:鳳翔
重巡洋艦:古鷹型
軽巡洋艦:天龍型 - 球磨型 - 長良型 - 川内型
防護巡洋艦:筑摩型
水上機母艦:若宮 - 能登呂 - 神威
潜水母艦:迅鯨型
敷設艦:厳島 - 若鷹
砲艦:嵯峨 - 安宅 - 鳥羽 - 勢多型
駆潜艇:第13号型
敷設特務艇:第1号型
電纜敷設艇:初島型
給油艦:隠戸型
など

西牟田駅 JR九州)鹿児島本線

西牟田駅(にしむたえき)は、福岡県筑後市西牟田にある、九州旅客鉄道(JR九州)鹿児島本線の駅です。

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筑後市の北端部にあたり、駅前周辺は久留米市となっている。駅は西牟田地区の中心部から遠く離れており、駅周辺は民家が数軒建つのみの閑静な場所です。利用者は通勤・通学客が多く、朝の上り快速が停車していた時期がある。

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開業当時の地名(三潴郡西牟田村)が由来。西牟田村はのちに筑後市と三潴町に分かれ、三潴町は町村合併し、現在は久留米市となっている。
「西牟田」の「牟田」とは「湿地を開墾した土地」で、文字通り「湿地を開墾した土地の西側の集落」という意味。大牟田にも見られるように、九州は湿地帯の多い土地柄のため「牟田」と付く地名が多い。

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相対式ホーム2面2線を有する地上駅。1970年代に無人化されていたが、1996年(平成8年)に再び有人化されました。有人化の際、無人駅当時に設けられた統一規格のプレハブ風簡易駅舎を改造して駅事務室を設けている。
JR九州鉄道営業が駅業務を行う業務委託駅で、マルスは無いがPOS端末が設置されています。近距離きっぷの自動券売機、簡易型自動改札機、FRP製の椅子が設置されています。SUGOCAの利用が可能であるが、カード販売は行わずチャージのみ取り扱いを行う。

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のりば
1 ■鹿児島本線 (上り) 久留米・鳥栖方面
2 ■鹿児島本線 (下り) 羽犬塚・荒尾方面

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1937年(昭和12年)5月17日 - 鉄道省が開設。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により九州旅客鉄道が継承。
2009年(平成21年)3月1日 - ICカードSUGOCAの利用を開始。

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電報略号 ニム
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度- 461人/日(降車客含まず)
-2010年-
開業年月日 1937年(昭和12年)5月17日
備考 業務委託駅

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中山香駅 JR九州 日豊本線

中山香駅(なかやまがえき)は、大分県杵築市山香町大字野原字宮ノ原にある、九州旅客鉄道(JR九州)日豊本線の駅である。旧山香町の中心部にあたる。

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駅前を県道42号線が通り、駅の裏手を国道10号が日豊本線に並行する形で通っている。

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駅前には商店や旅館等が並び、駅の利用客も多い様子です
当駅から隣の杵築駅までは複線である。

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駅舎は2007年に改築された和装の鉄骨造の駅舎です。単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを持つ地上駅。隣の立石駅との間が単線であるため、普通列車の特急退避が多く行われます。

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旧駅舎で使用されていた木製の駅名看板はそのまま引き継がれています。

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互いのホームは屋根なしの跨線橋で連絡しています。島式ホーム上屋下にはFRP製の椅子が設置されています。下り側に向かって右側に駅舎がある。木造の駅舎は2007年(平成19年)3月に解体され、同年9月に新駅舎での営業を開始している。
JR九州鉄道営業が駅業務を受託する業務委託駅。マルスは無いがPOS端末の設備があり、また近距離きっぷの自動券売機が設置されている。 ICカードSUGOCAは出入場とチャージのみ対応。

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大分駅方面から折り返しの列車が、4本設定されている。大分からの上り最終の普通列車が当駅止まりで到着時刻が0時12分であり、大分駅・柳ヶ浦駅・佐伯駅とともに大分県内の駅で普通列車の終電が日付を超える駅である。
夜間停泊がある。

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当駅と杵築の間は、二ノ尾トンネル付近は下り線が単線時代以来の急曲線で、上り線が複線化に伴う同トンネルによる直線のため、ダイヤ上、同区間の普通電車は上りの方が下りより1分速い。しかし、特急「ソニック」の場合は、西屋敷 - 立石間の新立石トンネルの影響で下りが速くなるため、上りも下りも宇佐 - 杵築間、あるいは中津 - 別府間の所要時間を見ても上りと下りに差がない。

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電報略号 ヤカ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
乗車人員
-統計年度- 293人/日(降車客含まず)
-2011年-
開業年月日 1910年(明治43年)12月15日
備考 業務委託駅

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1910年(明治43年)12月15日 - 鉄道院が開設。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により九州旅客鉄道が継承。
2012年(平成24年)12月1日 - ICカードSUGOCAの利用を開始。

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LM-208 灯台見回り船こううん 23メートル型灯台見回り船「はくうん」型

LM-208 こううん
離島、沿岸海域を担当する、中型の灯台見回り船。昭和52年度計画でネームシップが建造された灯台見回り船である。V型半滑走船型で船質は高張力鋼を採用している。
沿岸海域における業務に当たるために建造された。
灯台や、灯浮標などを巡り、整備点検にあたる、灯台見回り船。
船体後部両舷には、灯浮標に接舷して作業するため、防舷材が取り付けられている。
20年を超えて同型船が建造されているため、順次改良が加えられている。特にキャビン形状はかなり変わっています。平甲板型。
船名は、「青雲」など、「雲」に因んで命名されている。

竣工:H13.03.16 造船所:隅田川造船 管区:第五管区 配置:神戸

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●総トン数:50t/
●主要寸法:全長23.5m×幅6.0m×深さ2.8m
●エンジン:ディーゼル2基2軸 出力:1080PS
●速力:約15.2kt
●船質:高張力鋼
●航続距離:
●乗員:10名
●主要装備:なし
●航行区域:沿海


●離島など沿海域を担当する中型の灯台見回り船です。
●1番船就役後、数年置きに「同型船」が建造されているため、すでに1~3番船はリタイアしており。最新船「こううん」は11番船になります。

多ノ郷駅  JR四国 土讃線

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多ノ郷駅の所在地である高知県須崎市妙見町は須崎市街地に比較的近い場所です。四国旅客鉄道(JR四国)土讃線の駅です。駅番号はK17。昭和17年開業です。開業当初は信号場で、いったん廃止された後に復活して、その後の昭和22年に駅に昇格しました。

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特急列車は「南風」(6・17号)、「あしずり」(4・7号)の合計2往復が停車いたします。専用線によるセメント工場への石灰石輸送が廃止になって以前より閑散とした駅になっています。学生が主体のお客になっている様子です。

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相対式ホーム2面2線を有する地上駅。木造駅舎で駅本屋は曲線状の庇屋根を持っています。業務委託駅だったが、2010年9月に無人駅になった。

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待合室には木製長椅子が多数設置されています。駅正面には現役の丸ポストがあります。配線は一線スルー構造のようですが、信号設備を上下で使い分けているので、下り通過列車は分岐側を通過いたします。速度制限は下りが60km/h、上りが100km/hです。ホームと駅舎は構内踏切でつながっています。

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かつて定期運行の特急列車は全て通過していたが、2013年3月16日のダイヤ改正で下り夕方、上り朝方にそれぞれ2本ずつ特急が臨時停車するようになっています。また、2009年3月までは臨時特急「ウィークエンドエクスプレス高知」(下り1本)が停車する時期がありました。
かつては大阪セメント高知工場の専用線が延びており、セメントの原料である石灰石が斗賀野駅から輸送されてきていました。

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のりば
1 ■土讃線 (上り) 高知・土佐山田方面
2 ■土讃線 (下り) 須崎・窪川方面

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1942年(昭和17年)6月20日 - 多ノ郷信号場として開設。
1945年(昭和20年)9月1日 - 廃止。
1946年(昭和21年)7月10日 - 再び多ノ郷信号場として開設。
1947年(昭和22年)6月1日 - 駅に昇格し、多ノ郷駅となる。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により四国旅客鉄道・日本貨物鉄道の駅となる。
1992年(平成4年)10月1日 - JR貨物の駅(貨物の取扱)が廃止。同時に大阪セメント高知工場の専用線が運用終了。
2010年(平成22年)9月1日 - 無人化。
2013年(平成25年)3月16日 - 朝夕の通勤通学時に「南風」、「あしずり」上下4本が臨時停車。

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キロ程 166.1km(多度津起点)
電報略号 オコ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1947年(昭和22年)6月1日
備考 無人駅

 

鶴里駅 名古屋市営地下鉄桜通線

鶴里駅(つるさとえき)は、愛知県名古屋市南区鯛取通三丁目にある、名古屋市営地下鉄桜通線の駅。
駅番号はS16。ステーションカラーであるグリーンが配されています。

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周囲は住宅地で、目立った集客施設はありません。

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島式ホーム1面2線を有する地下駅で、可動式ホーム柵が設置されている。ホームは20m車8両編成まで対応している。

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野並側のトンネルは名古屋市営地下鉄では唯一の複線シールド構造となっており、タイミングが良ければ両方向の電車が至近ですれ違う様子を見ることができる。改札内には、精算機とICカードチャージ機が設置されています。

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改札口に改札機は3台、切符売場には券売機が2台とICカードチャージ機が1台設置されています。

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のりば
1 ■桜通線 徳重方面
2 ■桜通線 今池・名古屋・中村区役所方面

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桜通線の駅の中では最も利用客が少なく(2011年以降は神沢駅に次いで2番目)、名古屋市営地下鉄の駅としても、妙音通駅、上飯田駅、神沢駅に次いで4番目に乗車人員が少ない。

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所属路線 桜通線
キロ程 13.8km(中村区役所起点)
駅構造 地下駅

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ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度- 2,821人/日(降車客含まず)
-2013年-
開業年月日 1994年(平成6年)3月30日

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海上自衛隊第1術科学校 伝声管 「艦これ」

「艦これ」の1シーンでも出た伝声管(でんせいかん)は、金属管などを用いた通信装置。船舶や建築物などで利用された。今日では音波の原理を学ぶ教材として科学館などに設置されている。また、シークレットサービスの無線イヤホン(「アコースティック・チューブ」と呼ばれる)は伝声管の仕組みを利用したイヤホンである(機構が耳の部分にないため目立たなくなっている)。

直径の小さい管の中では音波は平面波のような状態で伝搬し減衰が少なくなるという原理を利用する。

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映画などの船内の場面で,乗組員が壁に取り付けたラッパのようなものに向かって大声で話しているのを見たことがある方も多いことでしょう。あれは,今風に考えると電気を使ったインターホンのように見えるかもしれませんが,伝声管と呼ばれ,電気を用いず管を通して声を伝えるしくみになっています。昔は,中華料理屋なんかにもあって,1 階の調理場と 2 階のホールが伝声管でつながっており,注文のやり取りをしている店もありました。そのほかにも,児童公園に,例えばウサギの形をした遊具があって耳のところに開いている穴から話すと,離れたところにあるもう一つのウサギの耳から声が聞こえて,会話ができるようになっているものが比較的よく見られます。公園によってはウサギではなく,タヌキだったりキツネだったり…いずれにせよ遊具としては耳が目立たないとダメですね。音波の波長に比べて直径が十分小さい管の中では,音の波面は自由空間中の球面波のように広がることができず,平面波のような状態で伝搬します。これを利用して管内で平面波音場をつくり,平面波垂直入射に対する吸音率などを測定する装置もあります。平面波は減衰が少なく遠くまで伝わります。このことは,空調ダクトなどでは騒音が伝わり易い原因となるのですが,逆にこれを利用した「通信装置」が伝声管です。
この伝声管も音の伝わる様子を体感させる展示として,各地の科学博物館に見られます。なにぶん管の両端にラッパ状の「受話器」をつけただけの簡単な構造のものですから,どこの展示でも管の長さや形状などにいろいろな工夫がなされています。


西勝間駅

西勝間田駅(にしかつまだえき)は、岡山県勝田郡勝央町黒坂にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)姫新線の駅。1963年生まれの姫新線内で最も新しい駅です。

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津山方面に向かって左側に単式1面1線のホームを持つ地上駅(停留所)である。棒線駅のため、津山方面行きと佐用方面行きの双方が同一ホームに発着する。

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津山駅管理の無人駅で、駅舎といえるものはなく、ホームに待合所が設置されています。ホーム待合所はブロック造りで中に造り付けの長椅子が設置されています。ホームは狭くカーブしています。

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車道跨線橋の駐輪場脇の坂から降りる形で、直接ホームに入ることになっています。自動券売機も設置されていない。駅周囲は地区の中心ではなく、小さな集落を形成しています。

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駅入口には自転車置場があります。
2008年(平成20年)に、駅待合室の座面および運賃表に放火される事件が発生している。

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1963年(昭和38年)10月1日 - 国鉄姫新線の勝間田 - 美作大崎間に新設開業。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道の駅となる。

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電報略号 ニマ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
乗車人員
-統計年度- 13人/日(降車客含まず)
-2013年-
開業年月日 1963年(昭和38年)10月1日
備考 無人駅

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土佐長岡駅 JR四国 土讃線

土佐長岡駅は、高知県南国市西山にある四国旅客鉄道(JR四国)土讃線の駅である。駅番号はD39。普通列車のうち朝の上り1本は当駅を通過する。

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国道195号沿い。駅の北側には田園風景が広がります。

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単式ホーム1面1線を有する地上駅。駅舎のない無人駅で、細く狭いホームに短い上屋が設置されただけの簡単な構造です。

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ホームからスロープにかけて白線が連続して引かれています。 設置されている案内用のスピーカーは列車接近を知らせるものではなく、ダイヤの遅れなどを放送するために使われる。駅入口には駅駐輪場が設置されています。

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ホームには簡易型の券売機が設置されています。またFRPの椅子が4つあります。

1952年(昭和27年)5月1日 - 日本国有鉄道の駅として開業。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により四国旅客鉄道に承継。

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電報略号 ナオ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1952年(昭和27年)5月1日
備考 無人駅

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CL-71巡視艇 あだん→からたち 20メートル型(汎用)巡視艇「ひめぎく」型

1番艇の艇名変更に伴い、現在ではひめぎく型とも呼ばれる「すずかぜ型巡視艇」は、海上保安庁の巡視艇である。分類上はCL型巡視艇で、艇種は20メートル型。

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本型は当初、1968年から76年にかけて96隻が建造された海上保安庁の量産記録を樹立したちよかぜ型の後継として開発された。また、ちよかぜ型の退役完了後も、やまゆり型の更新用としても建造が続行され、160隻以上の建造によりやまゆり型の全船を代替した。
このように極めて多数が建造されたことから、原型のほか、船幅を20センチ大きくして定員を6名に増やした幅広型、これをウォータージェット推進化した浅海域対応型、放水銃の廃止を代償に防弾性を強化した警備機能強化型と順次に改良が加えられている。また、配備先に応じて、暖房ないし冷房を強化していることから、北方型と南方型に分類されることもある。なお、航行区域については、就役当初は沿海とされていたが、海洋法に関する国際連合条約の発効に伴い、「おいつかぜ」(CL-94)以降の艇では近海に変更された。船体は高張力鋼製とされている。操舵室には、全乗員分のダンパー付き椅子が配置されており、また居住区にはベッド兼用の長椅子があるほか、CLとしては初となる簡易シャワー設備が備えられている。主機関としてはV型12気筒4サイクルディーゼルエンジンが搭載されており、MAN D2842LYEあるいはMTU 12V183TE92型(910ps/2230rpm)を2基搭載している。

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本型をもとにした灯台見回り船として、LS-231「ひめひかり」型2隻が建造されていたが、警備・救難用船艇の需要増大を受けて、2008年4月1日付けで巡視艇に種別変更され、CL-05「しらうめ」型巡視艇として再就役している。主要目は、本型の幅広型とほぼ同等であるが、防舷材の位置など、細部に差異がある。また、原子力船寄港時に放射能漏れなどを検査するための放射能調査艇として「かつれん」(MS-03)が建造されているが、これは本型の浅海型に放射能測定装置を搭載したものであり、性能的にもこれとまったく同等であることから、放射能調査時以外には、本型と同様の警備救難業務を行なっている。

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巡視艇「からたち」は主に尾道港周辺で活躍しています。竣工時は「あだん」として11管区の石垣海上保安部で活躍。2009年3月24日、第六管区尾道へ転属となった巡視艇で瀬戸内海初のウォータージェット推進式です。 2009年9月2日「からたち」は地震災害対策訓練に参加した職員を本土側に運ぶため向島側のドック桟橋へ向けて航行中、ドック桟橋約250メートル手前で尾道市の釣り船「清雲丸」と衝突した。

 

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船型:20メートル型巡視艇
船型番号:CL71
エンジン:ディーゼル2基2軸
ウォータージェット2基) 出力:1820PS
速力: 30ノット
総トン数:26トン
全長:20.0メートル
最大幅 :4.5m
  深さ: 2.3m
造船所:墨田川造船
管区:第六管区
配置:尾道
竣工日 :1995(平成7).11.13
船質: 高張力鋼
最大搭載人員: 6名

香我美駅 土佐くろしお鉄道阿佐線

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香我美駅は、高知県香南市香我美町岸本字ルノ丸329-1にある土佐くろしお鉄道阿佐線(愛称:ごめん・なはり線)の駅である。駅番号はGN34。駅の北方を国道55号が走っており南方から太平洋を見渡すこともできる。駅から3kmほど離れた所に香南市香我美庁舎(旧・香我美町役場)があります。1974年に廃止された土佐電気鉄道安芸線の跡地に設置されている。安芸線時代は近くに岸本駅がありました。仮称は岸本駅でした。

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単式1面1線のホームを持つ駅員無配置の高架駅である。ホームは線路から見て南側にある。ホームには木をふんだんに利用した待合室があり室内には木製長椅子が設置されています。

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ホームへのアプローチ階段は途中折れ曲がり、屋根がありません。

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駅入口には立派なトイレ、自販機、公衆電話があります。

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駅前には無人島長平(野村長平)の銅像があります。

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イメージキャラクターの名称は「かがみ みかんちゃん」。山北のみかんをモチーフにしたキャラクターです。このキャラクターのモニュメントはホーム入口前方付近に設置されています。

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2002年7月1日 開業。
2005年3月10日ダイヤ改正により快速全列車通過となる。

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電報略号 カカ
駅構造 高架駅

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ホーム 単式 1面1線
開業年月日 2002年(平成14年)7月1日
備考 無人駅

 

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下曽根駅 JR九州日豊本線

明治28年開業の下曽根駅は、福岡県北九州市小倉南区下曽根一丁目にある、九州旅客鉄道(JR九州)日豊本線の駅です。駅周辺は北九州市郊外の住宅地です。

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南口側は土地区画整理が行われたため、周辺は市街地を形成しており、商業施設なども多い。平成18年3月までは旧北九州空港への最寄り駅でした。

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1962年(昭和37年)、鉄道敷設法の別表に「福岡県田野浦附近ヨリ曽根ニ至ル鉄道」が追加されました。これは北九州市門司区田野浦から当駅までを結ぶ計画で、現在休止中の田野浦公共臨港鉄道に接続するものであったと思われる。しかし、実際には工事に着工することもなく幻の計画となりました。

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島式ホーム1面2線を有する地上駅で国鉄時代からの橋上駅舎を備えています。駅前広場も整備されています。

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直営駅で、みどりの窓口があります。自動改札機が設置されておりワイワイカードおよびSUGOCAが使用可能。JRの特定都区市内制度における「北九州市内」の駅です。駅舎内2階コンコースにはコンビニがあります。コンコースは自由通路にもなっているので、昼間は、多く買い物客などが利用しています。

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のりば
1 ■日豊本線(下り) 行橋・中津・大分方面
2 ■日豊本線(上り) 小倉・門司港・下関方面

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ホームは長い上屋がかかり、また幅もゆったりと取られています。ホーム南端には保線用の引き込み線があります。特急「ソニック」は下りは19 - 23時台に各1本、上りは6 - 7時台に3本の計8本停車する。柳ヶ浦駅発着列車はすべて停車する。また、快速列車はすべて当駅を通過する千鳥停車を実施しており、当駅は「特急が停車するのに快速が停車しない」という駅になっている。これは、東日本旅客鉄道の通勤特快が三鷹駅・吉祥寺駅を通過、京葉線の通勤快速は海浜幕張駅を通過、特急「成田エクスプレス」「わかしお」「さざなみ」の一部は停車するのと同様(なお国鉄時代の快速は当駅に停車していた)これは都心の中小都市代表駅に稀にある傾向です。

戦時中、下曽根駅から陸軍航空本部福岡支所(当時の支所の住所地は「小倉市大字曽根町大字横沼」)までの1,400mの区間に、火薬類などを運び入れる専用線があった。戦後の1946年(昭和21年)5月4日午前10時30分頃、この支所に集積してあった爆弾が突然爆発し、約一昼夜に亙って爆発が繰り返され1人が即死、6人が行方不明、16人が重軽傷を負ったほか、家屋6戸が焼失、6戸が全半壊、約1,000戸もの窓ガラスが割れるなどの大惨事となった。その爆発音は筑豊地区まで届いたという。この爆発により、駅も爆発物の破片によって窓ガラスはすべて割れ建物の壁は崩れ落ちるという大損害を受けた。幸いこの爆発の際には火薬を載せた貨物列車や旅客列車をすぐ避難させたため、駅での負傷者は出なかったという。しかしながら専用線はレールがぐにゃぐにゃに曲がり、停まっていたはずの貨車3両は跡形もなく消し飛んでいたらしい。この爆発事故については未だ事故原因が不明だが、近年では爆弾の集積所近くで子供の遺体が見つかったことから、打ち上げるとパラシュートが開きその風圧で信管が爆発するタイプの高射砲弾で子供たちが遊んでいたときに誤って爆発し、それが他の爆弾を誘発したものだとみられている。この専用線はその後1951年(昭和26年)に廃止され、この支所地も後に日本化薬の倉庫となるものの1977年(昭和52年)に廃止されて北九州市に売却され、現在は文化記念公園や小倉東高校になっている。

1895年(明治28年)10月25日 - 曽根駅(そねえき)として九州鉄道(初代) が開設。
1907年(明治40年)7月1日 - 九州鉄道が国有化され帝国鉄道庁が所管。
1945年(昭和20年)5月1日 - 下曽根駅に駅名変更。
1946年(昭和21年)5月4日 - 元陸軍航空本部福岡支所にて爆発事故、駅舎がほぼ全壊(後述)。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により九州旅客鉄道が継承。
2009年(平成21年)3月1日 - ICカードSUGOCAの利用を開始。

電報略号 シソ
駅構造 地上駅(橋上駅)
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度- 6,231人/日(降車客含まず)
-2011年-
開業年月日 1895年(明治28年)10月25日
備考 直営駅
みどりの窓口 有
北九州市内駅
* 1945年に曽根駅から改称。

 

 

九六式15糎榴弾砲

野戦重砲兵第1連隊第2大隊第4中隊

九六式十五糎榴弾砲は、1930年代中期に開発・採用された大日本帝国陸軍の榴弾砲。

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日中戦争(支那事変)後半・ノモンハン事件・第二次世界大戦(太平洋戦争/大東亜戦争)における帝国陸軍の主力重榴弾砲(野戦重砲)として、主に軍司令部直轄(「軍砲兵」)の「野戦重砲兵(軍隊符号:SA)」が運用した。単一砲車自動車牽引式の野戦榴弾砲。昭和13年5月制式制定。

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本砲(九六式十五糎榴弾砲)の開発は1920年(大正9年)7月20日付の「参第398号」研究方針を基にする、1926年(大正15年)2月25日付の「陸普第644号」改定によって設定された新榴弾砲の仕様による。この仕様は第一次世界大戦の欧州戦場での戦訓に基づき、シベリア出兵に伴う戦訓を加味した改定が加わったものである。主な要求として以下の点が挙げられた。
最大射程 約12,000m
高低射界 -5°ないし+65°
方向射界 約30°
運動性は4馬繋駕を以ってする単一砲車とし、自動車牽引も行い得る如くす。
既存の四年式十五糎榴弾砲に対して飛躍的な近代火砲の要望であり、単なる延命策でしかない改造四年式十五糎榴弾砲の計画とは、時系列的にも目指す機能性能の面でも直接の関連は全くない。しかしながら、大正期の宇垣軍縮の影響等で本砲の試作着手は大幅に遅れ、ようやく1934年(昭和9年)1月から設計に着手した。この間の状況の変化により、繋駕による輓曳牽引を中止し、自動車(牽引車)牽引のみによるものと改められた(のちの実戦では6tクラスの九八式六屯牽引車 ロケが使用された)。翌1935年(昭和10年)9月に試製砲を完成、性能試験と不具合箇所の修正を繰り返し行った。そして3年目の1937年(昭和12年)に九六式十五糎榴弾砲として仮制式制定された。
自己緊縮砲身の採用やリーフスプリングを用いたサスペンションシステムなど、四年式十五糎榴弾砲と比べ進歩した技術が多く使われており、迅速な放列布置が可能であるなど性能のみならず運用性や、砲自体の操作性も改善されている。一方、車輪は従来通りソリッド・ゴム装着の木製(ごく一部で空気入りゴムタイヤ)で、巡航速度は24km/hと、本砲と同世代同クラスの自動車牽引重砲であるアメリカ陸軍・イギリス陸軍・ソ連赤軍の新式榴弾砲と比較して機動性に劣る。

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制式採用上申の直前に盧溝橋事件が勃発し、完成していた九六式十五糎榴弾砲8門すべてを実戦試験を兼ねて北支の支那駐屯砲兵連隊に急送した。本砲を装備した第2大隊は1937年(昭和12年)10月の国民革命軍の正定城攻撃に際し、攻城砲として攻撃短延期信管と瞬発信管を混用して城壁を破壊し突撃路を開くなど大成果を収めた。期待通りの成績を上げた本砲は砲兵部隊の絶賛を博し、1938年(昭和13年)5月に制式制定、陸軍造兵廠大阪工廠において量産体制に入った。

装甲貫徹力であるが、1945年(昭和20年)8月のアメリカ旧陸軍省の情報資料によれば、鹵獲した九六式十五糎榴弾砲の装甲貫徹能力の数値は一式徹甲弾を使用し、弾着角90度で命中した場合は射距離1,000yd(約914.4m)/4.0in(約101mm)、750yd(約685.8m)/4.4in(約111mm)、500yd(約457.2m)/4.7in(約119mm)、250yd(約228.6m)/4.9in(約124mm)となっている。

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太平洋戦争では、南方作戦におけるフィリピン作戦の第二次バターン半島・コレヒドール島砲撃戦に本砲24門を擁する野戦重砲兵第1連隊が投入され、集成重砲兵部隊たる第14軍第1砲兵隊(本砲を主力に、九六式二十四糎榴弾砲・四五式二十四糎榴弾砲・九六式十五糎加農・八九式十五糎加農・九二式十糎加農・九八式臼砲などを装備)隷下として従軍した。1942年(昭和17年)4月14日よりバターン半島南端の砲列から海を挟んで約10,000m先のコレヒドール島アメリカ極東陸軍要塞やフライレ島などに対し連日砲撃を実施し、対するアメリカ軍の30cmクラス大口径要塞砲(海岸砲)との間で砲撃戦が行われたが、同月19日に24cm砲弾のコレヒドール要塞弾薬庫への命中、36cm砲の撃破などによりこの砲撃戦に勝利、フィリピン作戦の勝利に寄与した。
以降、本砲はガダルカナル島の戦いなど各戦線で加農(カノン砲)たる九二式十糎加農とともに野戦重砲兵連隊の主力火砲として使用され、巧みに隠蔽された砲陣地と不規則的な攻撃により散発的な戦果をあげ、海兵隊に「ピストルピート」のあだ名をつけられた。野戦重砲兵と同じ軍砲兵たる「独立重砲兵(Fes)」が運用する八九式十五糎加農とともに、帝国陸軍の主力重砲として一貫して運用された。
最後に九六式十五糎榴弾砲が活躍したのは1945年(昭和20年)の沖縄戦であった。第32軍第5砲兵司令部隷下としてまたも野戦重砲兵第1連隊(連隊長・山根忠陸軍大佐)が投入され、同じく第5砲兵司令部隷下たる野戦重砲兵第23連隊(九六式十五糎榴弾砲)や独立重砲兵第100大隊(八九式十五糎加農)などとともに沖縄防衛軍の主力重砲部隊として従軍。全ての弾薬を撃ちつくし砲が撃破されるまで奮戦し、以下の将兵は最終的に歩兵として6月22日に挺身斬込を敢行し玉砕している。
なお同戦では、喜屋武半島真栄里の高台にて第8海兵連隊を視察中の沖縄方面アメリカ軍最高司令官・サイモン・B・バックナー・ジュニア陸軍中将が、本砲(野戦重砲兵第1連隊第2大隊所属)の攻撃により戦死している。これはアメリカ軍史上(2012年現在に至るまで)最高位の階級(中将)で戦死した唯一の軍人であると同時に、将官クラスの敵軍部隊最高指揮官を戦闘行為にて討ち取った大戦果となる。
終戦までの総生産数は440門以上。

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重量 4,140kg
口径 149.1mm
砲身長 3,523mm(23.6口径)
初速 540m/s
最大射程 11,900m
高低射界 -5°~+65°
水平射界 左右15°
使用弾種 九二式榴弾
九五式破甲榴弾等

 

 

日出駅 JR九州日豊本線

明治44年開業の日出駅(ひじえき)は、大分県速見郡日出町大字川崎にあります。九州旅客鉄道(JR九州)日豊本線の駅です。
当駅から大分駅までは複線である。日出町の中心市街地から1kmほど東に外れて駅周辺は住宅地です。町役場や小中学校、金融機関などの日出町の中心的施設はほとんど暘谷駅付近にある。別府湾が一望できます。

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島式ホーム1面2線の設備を有する地上駅で、以前は築堤下に駅本屋がありましたが、現在は地下道から階段をのぼったホームと同じ高さの場所に移転しています。駅舎は軽量鉄骨造。

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ホームへの地下道は南北を結ぶ自由通路としても利用されて、駅反対側にも抜けられます。

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1番のりばを下り別府・大分方面
2番のりばを上り杵築・中津方面
としている。しかし、ホームには看板等はないが、時刻表を見ると、昼の大分方面からの折り返し列車のみ2番のりばから発着する。この列車の時刻に②と注記されている。ホームには短い上屋と駅舎に待合機能がないため大きめの待合室が設置されています。

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国鉄時代は貨物の取扱いを行っており、築堤下の地平まで貨物側線が降りてきていた他、日出港への臨港貨物線も設けられていた。貨物取扱いは1982年(昭和57年)頃に廃止となり、後にこれらの築堤下の側線も撤去された。

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JR九州鉄道営業が駅業務を行う業務委託駅で、マルスは無いがPOS端末が設置されている。
ICカードSUGOCAは出入場とチャージのみ対応。

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大分駅方面から折り返しの列車が4本設定されている。 23時台にも設定されているが、夜間滞泊せず、当駅からの下りの最終列車として大分行になる。 2011年3月のダイヤ改正までは、当駅到着後は回送で大分に戻っていた。

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1911年(明治44年)3月22日 - 鉄道院が開設。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により九州旅客鉄道が継承。

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2012年(平成24年)12月1日 - ICカードSUGOCAの利用を開始。

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電報略号 ヒチ
駅構造 地上駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度- 558人/日(降車客含まず)
-2011年-
開業年月日 1911年(明治44年)3月22日
備考 業務委託駅

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大神駅  JR九州日豊本線


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大神駅(おおがえき)は大分県速見郡日出町大字大神、丘の上にある駅です。九州旅客鉄道(JR九州)日豊本線の駅。周囲はそれほど人家は多くありませんが、駅の近くにある大分県立日出暘谷高等学校、大分県立日出総合高等学校への通学客とソニー系工場(ソニー太陽)の通勤客で朝夕は駅が賑わいます。

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島式ホーム1面2線を有する地上駅。駅舎はピンク色の躯体の木造駅舎です。駅前には大きな木と蘇鉄の植栽帯の小さなロータリーがあります。

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ホームへの行き来は駅舎から線路を横切って渡る構内通路となっています。そのため、電車が構内に入ってくると、駅舎側に設置している踏切が降りてきて渡れないようになる。

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一時期は無人駅となっていましたがJR九州鉄道営業が駅業務を受託する業務委託駅です。
マルスは無いがPOS端末が設置されています。近距離きっぷの自動券売機が設置されている。
ICカードSUGOCAは出入場とチャージのみ対応。

コンパクトな駅舎ですが左には独立した待合室が設置されています。

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駅名標は純木製の古いものです。

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大分駅方面から折り返しの列車が日中に数本が設定されている。 折り返しの列車は、すべて1番のりばに発着する。

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また、離合がない場合は基本的に2番のりばを使用するが、ある場合は上りの列車は1番のりば、下りの列車は2番のりばを使用する 。よって一線スルー構造となっている。

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ホームには待合室はありませんが小さな上屋があり、ベンチがあります。

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1952年(昭和27年)6月1日 - 日本国有鉄道が開設。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により九州旅客鉄道が継承。
2012年(平成24年)12月1日 - ICカードSUGOCAの利用を開始。

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電報略号 オオ
駅構造 地上駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度- 397人/日(降車客含まず)
-2011年-
開業年月日 1952年(昭和27年)6月1日
備考 業務委託駅

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特別急行列車(エル特急) しらさぎ

しらさぎは、西日本旅客鉄道(JR西日本)および東海旅客鉄道(JR東海)が名古屋駅・米原駅 - 金沢駅・富山駅・和倉温泉駅間を東海道本線・北陸本線・七尾線経由で運行する特別急行列車(エル特急)です。

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1964年10月1日に東海道新幹線の開業に合わせて、名古屋駅 - 富山駅間の特急列車として運転を開始した。しかし、481系車両の落成が間に合わず、運転開始は12月25日にずれ込むことになった。運転開始当初から一等車と食堂車を含む11両編成で運行された。
「しらさぎ」と運行経路が重複する「きらめき」「加越」などが後から運転開始されたが、のちにこれらを統合している。2003年3月から683系の投入が始まり、同年7月には683系に統一されることになった。
なお、2014年度末に予定されている北陸新幹線の開業により、北陸新幹線と重複する金沢駅以東は廃止される予定であるが、七尾線に乗り入れる特急の存続にはJRは前向きな姿勢を示している。
列車名は山中温泉の開湯伝説に登場する白鷺が由来となっている。

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定期列車は名古屋駅 - 富山駅間で7往復、名古屋駅 - 和倉温泉駅間で1往復、米原駅 - 金沢駅間で8往復の計16往復が運転されている。このほか、臨時列車として米原駅 - 金沢駅間で3往復のダイヤが用意されており、多客期に運転されている。米原駅では東海道新幹線との接続が考慮されており、日中は「ひかり」(東京駅・新大阪駅発着列車)と9 - 10分で接続する。
2008年3月14日まで、通勤・通学輸送の関係で平日のみ泊駅始発の「しらさぎ」が運転されていたが、同月15日のダイヤ改正で「おはようエクスプレス」に系統分割された。
列車番号は、名古屋駅発着の列車は号数にM、米原駅発着の列車は号数+5000にMである。また、3・12号は金沢駅 - 和倉温泉駅間は号数+3050にM、前述どおり臨時列車扱いの金沢駅 - 富山駅間は号数+9000にMとなる。
車内販売は北陸トラベルサービスと、米原駅を中心とする駅弁業者の井筒屋の2社が担当するが、列車や区間によっては行われない。 また、JR東海区間では車内販売を実施していない。

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金沢総合車両所に所属する683系2000番台のうち、基本的には側面に青とオレンジ色の帯が入った専用車両が使用されている。名古屋駅発着列車は8両編成、米原駅発着列車は5両編成で運転されているが、多客期には3両増結される場合がある(名古屋駅発着列車は米原駅 - 富山駅間で増結)。和倉温泉駅発着の列車は、1 - 5号車を金沢駅で増解結する。
1964年に運転を開始してから2003年までは481・485・489系が使用されており、2001年からは専用カラーのリニューアル車(旧「スーパー雷鳥」仕様車)が投入されていた。その後、臨時列車などで2006年まで使用されていた。
また、1972年3月15日から1978年10月2日のダイヤ改正まで、寝台特急「金星」の間合い運用により581・583系も使用されていた。さらに、「サンダーバード」用の683系4000番台が米原駅発着の列車を中心に異常時の代走に運用されることや、同じ「サンダーバード」用の681系・683系のいずれも0番台が使用されることもあった。

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東海旅客鉄道(JR東海)とJR西日本がそれぞれ自社線内を担当し、名古屋駅発着の列車は米原駅で交代する。なお、2004年3月ダイヤ改正までは運転士のみ交代し、車掌は両社ともに終着駅まで乗務していた。2013年3月16日のダイヤ改正で、名古屋駅発着の列車の担当も、JR西日本に変更された。

特別急行列車(エル特急)
運行区間 名古屋駅・米原駅 - 金沢駅・富山駅・和倉温泉駅
経由線区 東海道本線・北陸本線・七尾線
使用車両
(所属区所) 683系2000番台電車
(JR西日本金沢総合車両所)
運行開始日 1964年10月1日

 

 

玉名駅 JR九州)鹿児島本線

玉名駅(たまなえき)は、熊本県北部の主要都市の熊本県玉名市中にあります。九州旅客鉄道(JR九州)鹿児島本線の駅です。
全定期旅客列車が停車する。1日に数本始発・終着列車が設定されている。
玉名市の中心駅であるが、九州新幹線(鹿児島ルート)の開通により広域輸送の役割は新玉名駅に移行したため、現在当駅を発着する優等列車はない。

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当駅は玉名市中心部に位置し、全国有数のラジウム泉である玉名温泉や、夏目漱石の草枕に登場する那古井温泉のモデルとなった小天温泉などの温泉で知られています。駅周辺にはビジネスホテルやオフィス、商店が点在する。また駅前には蓮華院誕生寺にある世界一大きい大梵鐘「飛龍の鐘」のレプリカが設置され産交バス玉名駅前バスのりばがあり、市内各方面や熊本交通センター方面などの路線が利用できます。玉名市内には多くの学校があるために、朝・夕の通学時間帯は多くの学生が玉名駅で乗降している。

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単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを持つ地上駅。平屋のコンクリート造駅舎です。互いのホームは跨線橋で連絡しています。現駅舎は2代目で1960年(昭和35年)10月築です。

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みどりの窓口が設置されている直営駅で切符売場にはタッチパネル式の券売機が2台設置されています。 2012年12月1日よりSUGOCAが利用可能となったが、自動改札機の設置は行われず ICの読み取り機のみ設置している。

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のりば
1 ■鹿児島本線(下り)熊本・八代方面
2 ■鹿児島本線(上り)大牟田・鳥栖・博多方面
(下り)熊本・八代方面
3 ■鹿児島本線(上り)大牟田・鳥栖・博多方面
主要駅らしく上屋は長く立派な作りです。

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快速・当駅始発・終着発車のりば
・快速「くまもとライナー」大牟田・銀水・鳥栖2・3昼を中心に運行
・快速「くまもとライナー」熊本・八代1・2 昼を中心に運行
・玉名終着の列車 当駅 2
・玉名始発の列車 熊本・八代など 2一部の列車は、2+2両を分割して始発列車するものも有り。

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駅舎には主要駅らしく大きな待合室あり隣接してコンビニ型のキオスクが営業しています。


1891年(明治24年)4月1日 - 現在の久留米駅から高瀬駅が開業。
1891年(明治24年)4月1日 - 高瀬駅として九州鉄道(初代)が開設。
1891年(明治24年)7月1日 - 高瀬駅から熊本駅まで開業。
1907年(明治40年)7月1日 - 九州鉄道(初代)が国有化され帝国鉄道庁が所管。
1956年(昭和31年)4月10日 - 玉名駅に駅名改称。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により九州旅客鉄道が継承。
2012年(平成24年)12月1日 - 交通系ICカードSUGOCA対応。

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電報略号 タマ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
乗降人員
-統計年度- 6,676人/日
-2010年度-
開業年月日 1891年(明治24年)4月1日
備考 直営駅
みどりの窓口 有
* 1956年に高瀬駅から改称。

零戦五二型(A6M5)零式艦上戦闘機

零式艦上戦闘機は第二次世界大戦期における大日本帝国海軍の主力艦上戦闘機。零戦(ぜろせん、れいせん。“ゼロ戦”とも)の略称で知られている。海軍の艦上戦闘機としては実質的に最終型式で、日中戦争の半ばから太平洋戦争の終戦まで前線で運用された。

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零戦は太平洋戦争初期、2200kmに達する長大な航続距離・20mm機関砲2門の重武装・優れた格闘性能を生かして米英の戦闘機に圧勝し、太平洋戦線の占領地域拡大に寄与した。このため零戦は米英パイロットから「ゼロファイター」の名で恐れられた。しかし大戦中期以降には、アメリカ陸海軍の対零戦戦法の確立やF4UコルセアやF6Fヘルキャットなど新鋭戦闘機の大量投入、日本側の多数の熟練搭乗員の戦死、後継機の開発の遅れによって、零戦に頼る日本海軍航空隊は劣勢に追い込まれた。零戦は大戦末期には爆戦化され特攻や本土防空にも使用され、終戦まで日本海軍航空隊の主力戦闘機として運用が継続された。
零戦の開発元は三菱重工業(以下「三菱」という)であるが、三菱のみならず中島飛行機でもライセンス生産され、総生産数の半数以上は中島製である。零戦はアメリカ陸軍のP-51マスタング、ドイツ空軍のメッサーシュミット Bf109、イギリス空軍のスピットファイアなどとともに、第二次世界大戦期の代表的な戦闘機として知られている。

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遊就館に展示されている零戦五二型 河口湖自動車博物館によって復元された五二型の内の1機(尾翼番号81-161)
五二型は二二型の発展型で、折り畳み機構を廃して翼幅を三二型と同じ11mに短縮したものの、二一型や二二型のように円形に整形された翼端を持つ主翼と、エンジン排気による空気の整流・推力増強を狙い排気管を分割して機首部の外形に沿って配置する推力式単排気管が外見上の特徴である。なお五二型は三二型と同一エンジン装備で正規全備重量で200kg近く増加しているにも関わらず、最高速度は約20km/h、上昇力も向上しており、推力式単排気管の効果を垣間見ることができる。ただし極初期生産型には推力式単排気管が間に合わず、二二型同様の集合排気管を装備している。単排気管装備後に排気管からの高熱の排気がタイヤや機体外板を痛めることが判明したため、最下部の排気管を切り詰め、残りの排気管口付近に耐熱板を貼り付けるといった対策が施されている。なお、後期生産型では無線機が新型の三式空一号に換装された他、翼内燃料タンクに自動消火装置を装備して防御力を高めている。
三菱では1943年8月から生産が行われ、中島でも1943年12月から転換生産が行われている。武装強化型の甲・乙・丙型を含めて終戦までに零戦各型でも最多となる約6,000機が生産され、レイテ沖海戦以降、特攻機としても使用された。

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型名       零戦五二型     零戦五二甲型     零戦五二乙型     零戦五二丙型
機体略号     A6M5         A6M5a         A6M5b         A6M5c
全幅        11.0m
全長        9.121m
全高        3.57m
翼面積      21.30m²
自重        1,876kg       1,894kg        1,912kg        1,970kg
正規全備重量  2,733kg       2,743kg        2,765kg        2,955kg
発動機 栄二一型(離昇1,130hp)
プロペラ ハミルトン定速3翅 直径3.05m
最高速度     564.9km/h     559.3km/h      554.7km/h      544.5km/h
上昇力      6,000mまで7分1秒                            5,000mまで5分40秒
実用上昇限度 11,740m 10,200m
降下制限速度  666.7km/h     740.8km/h      740.8km/h      740.8km/h
航続距離    1,920km(正規)
/全速30分+2,560km(増槽あり)

武装:

九九式二号20mm機銃2挺(翼内) 九式二号20mm機銃2挺(翼内) 九式二号20mm機銃2挺(翼内)

九七式7.7mm機銃2挺(機首) 三式13.2mm機銃1挺(機首右舷)  三式13.2mm機銃1挺(機首右舷)
                    九七式7.7mm機銃1挺(機首左舷)
爆装 :30kg爆弾2発又は60kg爆弾2発 30kg爆弾2発
                                             60kg爆弾2発
                                             30kg小型ロケット弾4発
                                             以上より選択

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当時の日本の軍用機は、採用年次の皇紀下2桁を名称に冠する規定になっていた。零戦の「零式」との名称は、制式採用された1940年(昭和15年)は皇紀2600年にあたり、その下2桁が「00」であるためである。
「(戦時中、英語は敵性語として使用を制限されていたから、)『零戦』を『ぜろせん』と読むのは誤り」と言う者もあり、一時は定説のように思われていた。しかし、戦時中の新聞報道に「兵士たちにはゼロセンと呼ばれており……」という記述があることからも、「ぜろせん」「れいせん」の両方が使われていたと考えられるばかりか、そのまま報道もされていた。渡辺洋二の著書や坂井三郎を始めとする関係者の話からも、「ぜろせん」という言葉は当時から一般的であり、中央から現場(実戦部隊)にいくにつれて「れいせん」より「ぜろせん」、時代が下るにつれて「れいせん」より「ぜろせん」と呼ばれる傾向が読み取れる。1942年(昭和17年)後半以降は部隊では「ぜろせん」であったらしく、1944年(昭和19年)11月23日付の朝日新聞で初めて零戦の存在が公開された際も「荒鷲などからは零戦(ゼロセン)と呼び親しまれ」とルビ付きで紹介されている。これに対し、“ゼロファイター”の和訳が戦後一般化したという一見それらしく思われる説には、根拠が存在しない。
連合軍が零戦に付けたコードネームはZeke(ジーク)。だが米軍側の将兵もZero(ゼロ)と呼ぶことが多かった。ただし三二型は出現当初、それまでの二一型とは異なり翼端が角張っていたためか別機種と判断され、Hamp(当初はHap)というコードネームがつけられた。

 

肥後伊倉駅 JR九州)鹿児島本線

肥後伊倉駅(ひごいくらえき)は、熊本県玉名市伊倉北方にある、九州旅客鉄道(JR九州)鹿児島本線の駅です。駅前ロータリー起点の道路が熊本県道167号肥後伊倉停車場線となります。

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開業時の地名(玉名郡伊倉町)が由来。「伊倉駅」は他にはないが、この駅の開業時に伯備線に同じ読みの井倉駅があった事から「肥後伊倉駅」と命名された。
「伊倉(いくら)」の「イ」は湧水、「クラ」は「岩場」を表し、「岩場のある川港」と言う意味である。古くから菊池川や木葉川に面した水の豊富な土地で、中世にはこの地の川港が他国との貿易で栄え、特に中国からの貿易船がこの地に頻繁に訪れたことから「唐人町」や「唐の平」と言う地名が残っている。
加藤清正が菊池川の河川を切り替えて広く干拓するまでは、「伊倉の川港」は菊池川港の一つであったと言う。往時の面影は舟を繋いでいた銀杏の古木に残るのみとなっています。

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相対式ホーム2面2線を有する地上駅で、1942年建築の木造駅舎があったが、2012年3月に旧駅舎の隣に新駅舎が完成した。駅舎前軒下には木製の長椅子が設置されています。互いのホームは跨線橋で連絡している。新駅舎は駅出口が旧駅舎から90度大牟田方向に変更になり旧駅舎のあったところは駐車スペースになっています。

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2010年4月1日から簡易委託駅となりました。それ以前は九州交通企画が駅業務を行う業務委託駅であり、POS端末が設置されていた。

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近距離きっぷの自動券売機が設置されている。オープン構造の待合室には雰囲気にマッチングした造り付けの木製長椅子があります。

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のりば
(駅舎側) ■鹿児島本線(上り) 大牟田・博多方面
(反対側) ■鹿児島本線(下り) 熊本・八代方面
下りホーム跨線橋に隣接して、小さな待合所が設置されています。

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1935年(昭和10年)4月3日 - 鉄道省が開設。開設当初の駅本屋は現在の熊本側端部に存在した。現在の駅本屋は2代目である。
1982年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により九州旅客鉄道が継承。
2010年(平成22年)4月1日 - 簡易委託化。
2012年(平成24年)3月 - 新駅舎落成。
2012年(平成24年)12月1日 - 交通系ICカードSUGOCA対応。

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電報略号 クラ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1935年(昭和10年)4月3日
備考 簡易委託駅

 

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