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Channel: 観光列車から! 日々利用の乗り物まで
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警戒艇 "うるめ" 海上保安庁

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うるめは海上保安庁 海上保安大学の警戒船です。
警戒船は工事海域ないしは作業における警戒作業にあたる船で工事海域にいて他の船が入ってきたり、作業員が事故に巻き込まれないように警戒する監視艇の事であり、警戒(資格をもった警戒員が必ず乗っています)。
警戒業務管理者は、警戒業務全般を統括する管理者です。
全般を統括するには、現場で警戒業務に当たる専従警戒要員の業務内容を把握している必要があるので、「専従警戒要員の業務内容を十分理解していること。」が要件の一つになっています。
また小型船舶一級: 無線従事者 第一級海上特殊無線技士を必要とします。

海上保安庁交通部安全課より
平成25年4月1日から海上における工事作業等の警戒船の配備等に関する指針を施行します。
警戒船の配備
工事作業等の施工者等は、次に掲げる工事作業等を行う場合、関係船舶及
び実施海域付近を航行する船舶の安全を確保する観点から、警戒船を配備す
ること。
(1)告示又は公示による交通制限が必要な工事作業等
(2)船舶交通が特にふくそうする航路及びその周辺海域における工事作業等
(航行船舶の進路を避けることが容易な方法で行われる工事作業等を除
く。)
(3)爆破作業、危険度の高い潜水作業などの工事作業等
(4)航行船舶の可航水域が狭められる工事作業等
(5)前記2(2)②で規定する許可に係るえい航作業
(6)(1)から(5)に掲げるもののほか、船舶交通の危険又は混雑が生ず
るおそれのある工事作業等

警戒船の性能、設備等
警戒船に必要とされる性能、設備等は、次のとおりとする。
(1)堪航性
工事作業等の実施海域付近の気象・海象条件において、警戒業務を適切に実施することが可能であること。
(2)速力
工事作業等の実施海域付近を航行する船舶の速力を船舶自動識別装置
(以下「AIS」という。)等を活用して把握することに努め、それらの状況を勘案し、警戒業務が適切に実施できる速力(目安として航行船舶の平均速力以上)を有すること。
(3)設備等
次に掲げる設備等を装備すること。
設備等の種類は全ての警戒船が装備するものと工事作業等の実施海域等状況を踏まえ装備するものがあります。連絡設備は他の警戒船、工事作業等の現場、警戒業務管理者及び関係海上保安 又は船舶電話
官署と連絡が可能な無線設備又は携帯電話 ・超短波無線電話(国際VHF)

監視機材は双眼鏡・レーダー又はAIS送受信機
注意喚起器材は 拡声器、手旗、赤旗(1m×1m)及び信号灯又は探照灯 旗・ 探照灯、サイレン又は国際信号旗
表示器材は警戒船であることが容易に識別可能な横断幕又は表示板及び特別灯火(青色閃光灯又は青と白の閃互光灯)・ 電光表示板
その他 関係する海域の海図、海事法令集 消火ポンプ
関係する水路通報、航行警報等


伊予西条駅 JR四国)予讃線

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伊予西条駅(いよさいじょうえき)は、東予地区を代表する都市の一つである愛媛県西条市大町にある駅です。四国旅客鉄道(JR四国)予讃線の駅です。

四国最高峰石鎚山の玄関口であるとともに、水の町を謳っており、駅前やホームにも湧水があります。駅は西条市の中心からは若干外れています。

駅前広場にはバス乗り場とタクシー乗り場が設けられている。なお、かつては駐車場が設けられていたが、駅前再整備に伴い営業を休止した。
バス乗り場には、主にせとうちバスの各路線が乗り入れている。特に、石鎚ロープウェイ線(石鎚登山ロープウェイのりば方面)は当駅を起終点としており、お山開きの時には臨時バスも運行される。このほか、伊予鉄道との共同運行による特急バス「新居浜〜松山線」や、阪神バスとの共同運行による高速バス「いしづちライナー」も乗り入れている。なお、東京行き夜行高速バス「パイレーツ号」は当駅を経由しない。

西条市や市域の海岸沿いに立地する工業地帯および、石鎚山への玄関口となっている。西条市役所などが立地する街の中心は北に1kmほど離れており、市の規模に比して駅前はやや閑散とした雰囲気である。


駅前には1967年にロータリーなどが設置されたが、歩道などの老朽化が進んでいたことから、都市再生のための整備の一環として、駅東側にある鉄道歴史パーク in SAIJOなどとあわせ、交通結節点としてだけではなく市域の特色に相応する駅前として再整備がなされた。なお、一連の整備は住民代表や商工業団体のほか、JR四国および日本ナショナルトラストなどを交えて計画が策定された。


鉄道歴史パーク in SAIJO - 全ての施設は西条市が管理・運営している。なお、駅構内には大正時代の給水塔やカーバイド倉庫などの近代化遺産もあり、これらの広報の場としても利用方策が検討されている。


四国鉄道文化館 - 日本ナショナルトラストのヘリテイジセンターとして建設された。JR四国が保管していた車両などを展示。
十河信二記念館 - 西条高校出身の十河信二(第4代国鉄総裁)の遺品等を展示。


観光交流センター
ぽっぽ橋 上記の十河信二記念館と駅建物の間に平成24年10月に架設された、JRを跨ぐ人道橋。自転車も積載可能なエレベーターが設置され、これにより線路で分断されていた駅南方面が繋がり迂回することなく便利になった。また駅南地区の再開発も進んでいる。

西条市の代表駅であるとともに、普通列車の大部分の運転系統が当駅で分断されるほか当駅を始終着とする特急が設定されているなど、運転上の拠点駅にもなっている。また、夜間帯は早朝・深夜に発着する列車が駅構内に留置されるほか、駅舎にある乗務員宿泊施設にはこれらの列車を担当する乗務員が宿泊している。


駅全体を見ると、電留線や乗務員宿泊施設などもあり相応の規模をもつが、みどりの窓口や待合所など旅客施設は、駅の規模から比較すると比較的こぢんまりとした印象となっている。また、発車案内は設置されてなく発車標は改札中の列車種別を示す行灯式のものが設置されているのみである。

島式・単式2面3線ホームの地上駅。駅舎は三階建てコンクリート造りです。互いのホームは跨線橋で結ばれている。島式ホームと駅前広場に湧き水がある。
改札前の1番乗り場は上り方面にしか出発信号がなく下り列車は入線しない。


みどりの窓口があり切符売場にはタッチパネル式の券売機が1台設置。旅行センターも併設されています。駅舎の待合室には木製の長椅子が設置されコンビニ型のキオスクが営業しています。

のりば
1■予讃線(上り)新居浜・川之江・観音寺・丸亀・高松・岡山方面
(特急の全てを含む)


2■予讃線(下り)今治・伊予北条・松山・八幡浜・宇和島方面
(特急の全てを含む)
3■予讃線(上り)新居浜・川之江・観音寺方面(快速・普通のみ)
(下り) 今治・伊予北条・松山方面(快速・普通のみ)

当駅が始発となる特急列車は、それぞれ早朝に駅を発つ岡山行き「しおかぜ」と高松行き「いしづち」である。また、当駅が終着となる特急は、深夜帯に運転される高松発の特急「ミッドナイトエクスプレス高松」である。なお、2駅先の新居浜駅が終着となっている「ミッドナイトエクスプレス松山」は、以前は当駅が終着となっていたほか、現在も同列車は運転終了後に当駅まで回送され車内整備ののち翌朝まで留置される。

1921年(大正10年)6月21日 - 開業。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、四国旅客鉄道の駅となる。

電報略号 サイ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線


乗車人員
-統計年度- 1,512人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1921年(大正10年)6月21日
備考 みどりの窓口 有

大多羅駅 JR西日本)赤穂線

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大多羅駅(おおだらえき)は、岡山県岡山市東区大多羅町にある西日本旅客鉄道(JR西日本)赤穂線の駅。周辺に住宅や学校があり利用客は多い。

単式1面1線のホーム(停留所構造)は崖に沿って2階程度の小高い場所にあり、改札からは階段やスロープで上ることになる。階段と。スロープは無人駅とは思えない大掛かりな作りです。

小さな駅舎には簡易型自動改札機と自動券売機(ICOCAチャージ機能対応)が設置されている。岡山方面行きと播州赤穂方面行きの上下線が同一ホームから発車する。


ICOCA利用可能駅で簡易自動改札を設置している無人駅(東岡山駅管理)であるが、係員が派遣されて特別改札が行われる時もある。


2009年(平成21年)1月22日、ホームや改札付近の拡幅などを改修し、簡易型自動改札機も1台増設した。


ホームは東岡山方面、右にカーブしています。ホーム上にはブロック造りの簡素な待合所が設置されています。

駅横の自転車置場は2階建ての大変立派な作りで管理がいる。駅周辺には学校が複数あります。

1962年(昭和37年)9月1日 - 赤穂線伊部 - 東岡山間延伸開業に伴い設置された。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道へ移管。
2001年(平成13年)5月15日 - 駅前に「大多羅駅前自転車等駐車場」がオープン(岡山市設置、有料)
2007年(平成19年) - 自動券売機が自動改札対応機に交換された。それに伴い、出入口付近に移設された。
7月27日 - ICOCA対応の簡易型自動改札機設置(同年9月1日、ICOCA導入)。

電報略号 タラ
駅構造 地上駅(盛土上)


ホーム 1面1線
乗車人員
-統計年度- 1,253人/日(降車客含まず)
-2011年-
開業年月日 1962年(昭和37年)9月1日
備考 無人駅(自動券売機 有)

開運!なんでも鑑定団 で写真が

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10月4日放送の開運!なんでも鑑定団でこのブログの写真が使用されます。 2014年12月24日のブログ写真の様子です。今まで雑誌、書籍、WEB3素材、電波ではNHKなどで使用された事はあったのですが民放は初めてです。放送ではほんの一瞬だと思います。

 


 

CH-101二代目しらせ艦載機/MCH-10掃海・輸送ヘリコプター海上自衛隊

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三代目南極観測船「初代しらせ」艦載機のS-61A-1の後継として、四代目南極観測船「二代目しらせ」用にCH-101が文部科学省予算で調達され、海上自衛隊によって運用されている。

CH-101はその任務上極寒冷地対応とされており、所定の追加装備が施されているが、外観上の変化は僅かである。

平成16年度と平成17年度に各1機、平成24年度補正予算で1機の計3機が調達された。

2007年5月にCH-101初号機がライセンス生産により川崎重工業から「しらせ飛行科」へ納入され、岩国基地の第111航空隊支援の下で試験と訓練を経て、2009年10月に「二代目しらせ」に搭載された。

しらせ配備機は、部品調達の関係から今後も第111航空隊の支援を受ける。

海上自衛隊では、AW101を掃海・輸送ヘリコプターMCH-101と呼称し、掃海機および輸送機として運用する。2014年3月末時点のMCH-101の保有数は5機。
ローターと尾部に自動折り畳み機能を持ち、艦載機としての運用性を持たせている。また、自動飛行制御装置(AFCS)、能動制振装置(ACSR)といった電子機器を搭載しており、飛行性の向上と機体への負担を軽減している。


海上自衛隊では、掃海機MH-53Eの減勢にともなう後継機として、護衛艦へ発着可能で掃海具の小型化に対応した新型ヘリコプターを必要とし、2003年(平成15年)予算で新掃海・輸送ヘリコプターとして初めて1機が取得された。MCH-101の初号機は完成品輸入として2006年(平成18年)に納入された。2号機は川崎重工業によりノックダウン生産、3号機以降はライセンス生産が行われる。2003年の防衛力整備では、MH-53Eの事故による損耗分を含めた11機の取得が必要だと予算要求された。
MCH-101は平成16年度防衛白書において、ひゅうが型ヘリコプター護衛艦に輸送ヘリとして搭載、運用することが示唆されている。2012年にはノースロップ・グラマンが開発したポッド式LIDAR装置である空中レーザー機雷探知システム(AN/AES-1 ALMDS)を導入すると発表された。ALMDSはアメリカ海軍ではMH-60Sで運用される予定で、低率初期生産が開始されたばかりである。


自衛隊ではMCH-101と呼ばれているアグスタウェストランド AW101は、イギリスのウエストランド社とイタリアのアグスタ社が共同開発した汎用ヘリコプターである。両社は2000年に合併し、現在はアグスタウェストランド社が販売と製造を請け負っている。
イギリスにおける愛称は、コチョウゲンボウを意味するマーリン(Merlin)ポルトガルとデンマークでもこの愛称が採用されている。

シーキングの後継機として開発されたため、機体の寸法・重量はシーキングに合わせて設計されている。大量の機材と長大な航続距離を求めた結果、3発のエンジンと巨大な床下燃料タンクを搭載する大型機となったが、オプションのテール及びローター折り畳み機構によって艦載機としての運用を可能としている。
巨大な機内空間は左舷にステップ付きドア、右舷にスライド式カーゴドア、後部にランプ・ドアを備え、民間輸送型で30人を乗せる事ができる。
5枚のメインローターはウエストランド社がリンクスで取り組んだBERPブレードを採用し、特徴的な外見を備えている。

 

西大寺駅 JR西日本)赤穂線

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西大寺駅(さいだいじえき)は、岡山県岡山市東区西大寺上二丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)赤穂線の駅。


岡山市東区西大寺地区(旧・西大寺市)の中心駅です。昭和37年に赤穂線延伸開業の際に設置された駅。それまでは東岡山駅が西大寺駅と名乗っていました。この開業で西大寺鉄道が廃止されました。同じ岡山市内の岡山電気軌道には西大寺町停留場と新西大寺町筋停留場があるが、これらとは全く関係がない。

駅前広場は整備されロータリーと裸祭りの像、噴水があります。タクシーの待ち合いもあります。住宅、農地、工場などがある。駅直結のバスセンターは存在せず、西大寺バスセンターとの約1kmが空白路線となっています。

単式・島式の複合型2面3線のホームを持ち、列車交換や折り返しが可能な地上駅。駅舎は横に長い平屋のコンクリート造駅舎です。

北側(2・3番のりば)が島式である。ホームには跨線橋に繋がるエレベーターも設置され、車椅子でも利用可能。ICOCA利用可能駅。岡山地区の赤穂線単独のICOCA導入駅では唯一、開閉式の自動改札機設置駅である。

みどりの窓口も設置され指定席券売機も設置されています。また播州赤穂駅と並び、赤穂線内では数少ない直営駅となっている。1990年代までは、管理駅だったが、現在は東岡山駅が当駅を管理し、地区駅として位置付けられている。待合室には造り付けの木造長椅子が設置されてキオスクが営業しています。


トイレは改札内に男女別の水洗式がある。かつては改札外にも男女別の水洗式便所があった。2003年(平成15年)に車椅子対応の多目的トイレも新設された。
下り本線は1番のりば、上り本線は2番のりばであり、通常はこの2線に列車が発着する。上下副本線である3番のりばは岡山方面からの当駅折り返し列車が停車する(播州赤穂方面からの折り返しも構造上可能であるが、現在のところ播州赤穂方面から当駅折り返しの設定がない)。全国的に知られる奇祭「西大寺会陽(はだか祭り)」の日(毎年2月の第3土曜日に開催)は岡山駅 - 当駅間の臨時列車が運転される。西大寺観音院へは約1キロ(西大寺駅から西大寺観音院まで車で約5分、歩けば25分ほどです)。

西大寺駅プラットホーム
ホーム 路線 方向 行先 備考
1 ■赤穂線 下り 岡山・福山・新見方面


2 ■赤穂線 上り 播州赤穂方面
3 ■赤穂線 下り 岡山・福山・新見方面 当駅始発のみ
ホームは古い跨線橋で結ばれています。外側 には留置線もあります。

1962年(昭和37年)9月1日 - 赤穂線伊部駅 - 東岡山駅間延伸時に開業。前年までは現在の東岡山駅が「西大寺駅」の名称であった。
1969年(昭和44年)10月1日 - 赤穂線が直流電化される。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道へ移管。
2007年(平成19年)7月22日 - ICOCA対応の自動改札機設置(同年9月1日、ICOCA導入)。


電報略号 サシ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線


乗車人員
-統計年度- 3,074人/日(降車客含まず)
-2011年-
開業年月日 1962年(昭和37年)9月1日
備考 直営駅
みどりの窓口 有

大富駅 JR西日本)赤穂線の駅

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大富駅(おおどみえき)は、岡山県瀬戸内市邑久町大富にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)赤穂線の駅。

駅周辺は畑が中心で、民家は少なく散在しています。又、お店や飲食店は皆無。改札を出て右手に無料の駐輪場があります。国の重要文化財に指定されている「上寺山餘慶寺(よけいじ)」へは徒歩20分。

単式1面1線のホームが線路南側(岡山方面に向かって左側)に設けられた地上駅(停留所)です。改札は1ヶ所。駅舎はなくホーム入口に屋根つきのゲートがあるだけの小さな駅です。

ICOCA利用可能駅で簡易自動改札が設置されている無人駅(東岡山駅管理)。 入口に簡易型自動改札機と、自動券売機1台(ICOCAチャージ機能付)が設けられている。

棒線駅のため、岡山方面行きと播州赤穂方面行きの双方が同一ホームより発着する。
ホームは1面1線。幅は非常に狭くなっています。ホーム待合所には造り付けの長椅子が設置されています。

1962年(昭和37年)9月1日 - 赤穂線の伊部 - 東岡山間延伸時に開業。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道へ移管。


2007年(平成19年)7月27日 - ICOCA対応の簡易型自動改札機設置(同年9月1日よりICOCA導入)。

電報略号 オト
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
乗車人員
-統計年度- 182人/日(降車客含まず)
-2011年-
開業年月日 1962年(昭和37年)9月1日
備考 無人駅(自動券売機 有)

軌道陸上兼用作業車スーパーライナー「PC58UUT」

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軌道工事向けの軌道陸上兼用作業車スーパーライナー「PC58UUT」は2008年9月15日にコマツから販売されている。

コマツのスーパーライナーシリーズは、鉄道保線作業などの軌道工事の機械化・効率化を目指して開発され、その長年にわたる実績が鉄道工事に携わるユーザーを中心に高い評価されている。2008年9月のフルモデルチェンジでは、スーパーライナーシリーズの優れた軌道仕様車としての特長を継承しつつ、安全性能、環境性能をさらに磨き、完成度を一段と高められている。

最新の排出ガス規制に対応するとともに、GPS(全地球測位システム)などITを駆使した車両遠隔管理システム「KOMTRAX(コムトラックス)」を軌道陸上兼用作業車に初めて標準搭載。「KOMTRAX」を装備することで車両の位置や稼働状況をいつでも把握でき、保守管理業務の効率化に貢献している。


特長
1.情報発信ミニショベル
・軌道陸上兼用作業車として初めて車両遠隔管理システム「KOMTRAX(コムトラックス)を標準装備。位置情報、サービスメーター情報などをコマツ会員制ホームページ「E-KOMATSU NET(イーコマツネット)」から確認でき車両管理業務の効率化に貢献。また、盗難など万一の事態に備えて遠隔地エンジン始動ロック機能も搭載(遠隔地エンジン始動ロックは別途申込みが必要)。

2.高い汎用性と基本性能 
・左右の溝掘削が自由自在なオフセット式ブームにより、正面を向いたままで、無理なくラクに左右の側溝掘りが可能。位置決めがしやすく、簡単に直線に掘ることができ、軌道工事に最適化されている。

3.確かな耐久性と信頼性 
・作業機油圧ホースを内蔵し、障害物への接触から油圧ホースをガード。(アタッチメントホースは除く)
・ハロゲン作業灯を作業機の内側に設置し、接触から保護。軌道工事で多い夜間作業でも視界を明るく確保されている。

4.容易な整備性 
・フルオープン式サイドボンネットで日常点検が楽に行える。

5.優れた快適性と環境性能 
・特定特殊自動車排出ガス規制対応
・国土交通省低騒音型建設機械
・オペレーション姿勢が自在に設定できるリクライニング式シートを装備。また、シートは縫い目がなく防水性に優れた一体発泡成形。水洗いができるので、いつでも気持良く作業ができる。

6. 実績と信頼の鉄道仕様 
・速い走行速度と高い走行能力により現場間の移動時間を短縮。オンレール時最高速度30km/h(クラス最高速)。
・本体、作業機とも旋回半径が極めて小さく駅のホーム内旋回が可能。
・緊急用補助エンジン、絶縁ゴム履帯などを初めとした軌道工事に不可欠な装備品を標準装備。万一、主エンジンに故障が生じても補助エンジンで全ての操作が可能。
・高さ自動停止システム等の軌道作業を円滑にすすめる先進機能を備えており、安心して作業が行える。
・マクラギグリッパ、4頭式スーパータイタンパの軌道用アタッチメントオプションを用意。

仕様
PC58UU-5W(標準・狭軌両用仕様)/ PC58UU-5W(狭軌専用仕様)

機械質量kg 6960
定格出力 ネット(JIS D0006-1)
kW〔PS〕/rpm 28.0〔38.1〕/2400
エンジン名称 コマツ4D88E-6
標準バケット容量(新JIS) m3 0.22
最大掘削力 kN〔kgf〕39.2〔4000〕
最大掘削深さmm 4000
最大掘削半径mm 5660
走行速度(車輪走行時)km/h 30

公表価格工場裸渡し消費税抜き 
PC58UUT-5W 標準・狭軌両用仕様: 1860万円
PC58UUT-5  狭軌専用仕様   : 1670万円


神沢駅 名古屋市営地下鉄桜通線

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神沢駅(かみさわえき)は、愛知県名古屋市緑区神沢1丁目にある名古屋市営地下鉄桜通線の駅である。駅番号はS20。開業後の新設駅。

桜通線の駅では、最も利用客が少ない。名古屋市営地下鉄全体でも、妙音通駅に次いで少ない。

島式ホーム1面2線を有する地下駅で、可動式ホーム柵が設置されている。ホームは20m車6両編成まで対応している。

名古屋市営地下鉄で初めて駅のイメージカラーが設定され、その色は黄櫨染である。出入口は2箇所あり、いずれもエレベーターが設置されている。


切符売場に券売機は2台。LED式の発車案内が設置されている改札口に改札機は3台。
駅業務は日本通運に委託されている。


のりば
1 ■桜通線 徳重ゆき
2 ■桜通線 今池・名古屋・中村区役所方面
ホームは緩く左にカーブしています。

2010年5月20日 : 駅名を決定する。
2011年3月27日 : 開業する。

所属路線 桜通線
キロ程 18.3km(中村区役所起点)
駅構造 地下駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度- 2,586人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 2011年(平成23年)3月27日

PC-52 巡視艇ことびき/よど型巡視艇 海上保安庁

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PC-52 巡視艇ことびき/よど型巡視艇(よどがたじゅんしてい)は海上保安庁の巡視艇である。分類上は、Patrol Craftを略したPC型で、公称船型は35メートル型。

本型は「消防機能強化型巡視艇」と呼ばれ、はまぐも型巡視艇の消防能力を更に向上させている。本型の毎分16800リットルという消防能力は、純粋な消防艇であるぬのびき型消防艇の毎分14000リットルをも上回っている。


平成12年補正予算と平成13年度第2次補正予算で4隻が予算化された。その後、東日本大震災を受けて平成23年度第3次補正予算で10年ぶりに6隻が予算化された。2013年に平成23年度第3次補正予算分の6隻が就役することによって、老朽化が進んでいたひりゆう型消防船とぬのびき型消防艇を置き換えている。4番艇と5番艇の就役の間隔が約10年あります

放水銃の放水方向や距離は、操舵室上の赤外線カメラと連動させつつコンピューターで自動調整され、マスト上の2基の放水銃は油圧駆動により水面から17メートルの高さまで延ばすことが出来ます。

番号 船名 竣工 所属
PC51 よど2002年(平成14年)3月29日 鹿島(第三管区)
PC52 ことびき 2003年(平成15年)3月27日岩国(第六管区)
PC53 なち→ りゅうおう 2003年(平成15年)3月27日徳山(第六管区)→ 水島(第六管区)
PC54 ぬのびき 2003年(平成15年)3月27日姫路(第五管区)
PC55 ふどう 2013年(平成25年)1月28日 神戸(第五管区)
PC56 りゅうせい 2013年(平成25年)2月14日室蘭(第一管区)
PC57 たかたき 2013年(平成25年)2月15日千葉(第三管区)
PC58 あおたき 2013年(平成25年)3月21日四日市(第四管区)
PC59 なち 2013年(平成25年)3月29日徳山(第六管区)
PC60 みのお 2013年(平成25年)3月29日堺(第五管区)

種別 35メートル型巡視艇
命名基準 滝の名前
就役期間 2002年 - 現在
前級 はまぐも型巡視艇 ぬのびき型消防艇
要目
総トン数 125トン
全長 37.0m
全幅 6.7m
深さ 3.4m
主機 ディーゼルエンジン×2基
推進 ウォータージェット推進器×2基 出力:5200PS
速力 25ノット以上
船質:鋼
航行区域:沿海

美作江見駅 JR西日本)姫新線

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美作江見駅(みまさかえみえき)は、岡山県美作市川北にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)姫新線の駅です。


旧作東町の代表駅で、全ての快速列車が停車するほか、津山方面からの折返し列車も設定されている。地区の中心は川の対岸になります。

相対式ホーム2面2線を持ち、列車交換が可能な地上駅。

かなり痛んだ古い木造の駅舎です。

駅舎側のホームが2番線となっており、1番線は駅舎の反対側のホームである。互いのホームは佐用寄りの構内踏切で連絡しています。


津山駅管理の簡易委託駅であり、窓口では簡易発券機による乗車券を発券している。

立派な造りの改札口にコンクリート製のラッチが残っています。

待合室にはFRP製の椅子が設置されていますが壁際には作り付けの古いベンチも残っています。

美作江見駅プラットホーム
ホーム 路線 方向 行先 備考
1 ■姫新線 下り 津山方面 ただし当駅始発は2番のりば


2 ■姫新線 上り 佐用・姫路方面


下りホームには木造の待合所が設置されています。

2008年(平成20年)放送のドラマ「バッテリー」(NHK)で新田(にった)駅として使用された。


2012年(平成24年)放送の「第一生命」のTVCM「知っておいていただきたいこと・風景」篇で、「誰もが抱く大切な風景としてピッタリだった」として撮影に使用(「美作江見駅」のままで使用)された。

1934年(昭和9年)11月28日 - 姫津西線(当時)の東の終着駅として開業。
1936年(昭和11年)
4月8日 - 当駅から姫津東線佐用駅までの区間が開業(現在の姫新線にあたる路線が全通)。姫津西線は姫津線の一部となり、当駅もその所属となる。 同時に途中駅となる。
10月10日 - 姫津線が姫新線の一部となり、当駅もその所属となる。


1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化で西日本旅客鉄道の駅になる。
日付不明 - 簡易委託駅に変更。


2009年(平成21年)
8月10日 - 台風9号による被害で当駅から佐用方が不通となり、津山方面からの列車がこの駅で折り返すことになる。8月12日より佐用方面はバス代行開始。
10月5日 - 台風9号により不通となっていた佐用方面への運転が再開された。これによりバス代行は終了。

電報略号 ミエ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線


乗車人員
-統計年度- 68人/日(降車客含まず)
-2013年-
開業年月日 1934年(昭和9年)11月28日
備考 簡易委託駅

東鷲宮駅 JR東日本)東北本線

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東鷲宮駅(ひがしわしのみやえき)は、埼玉県久喜市西大輪にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)東北本線の駅で下りホームが地上で上りホームが高架という珍駅です。


「宇都宮線」の愛称区間に含まれており、上野駅発着系統と、新宿駅経由で横須賀線に直通する湘南新宿ライン、上野駅・東京駅経由で東海道線に直通する上野東京ラインが停車する。

駅舎は平屋のコンクリート造駅舎です。上下線いずれも線路西側に配置された単式ホーム2面2線を有する。ただし、下り線が地上ホーム1面1線、上り線が高架ホーム1面1線の特殊な構造である。みどりの窓口(営業時間 午前7時 - 午後6時)。改札口にはSuica対応自動改札機があり天井が高く明るい。切符売場には券売機は3台、指定席券売機が設置されている。


2009年3月25日に多機能トイレの供用を開始し、2010年3月20日にはエレベーターとエスカレーターの供用を開始した。
この地に、貨物駅と東北新幹線の保線基地を設置するために設置された。旅客駅、貨物駅、保線基地が併設され、下り本線から分岐する貨物線が上り本線に支障しないように、上り本線だけが高架となったため、このような特殊な構造になっている。停車場ではあるが、上りも本線と貨物線(引き上げ線)の分岐(第3場内信号機)が東京側にあるため、高架ホーム(上り)の停車列車は出発信号機ではなく、第2場内信号機の信号現示を確認して発車する。上りの出発信号機は分岐を過ぎた後に一つある。
その後、貨物駅は国鉄改革に伴って開業わずか5年で廃止、広大な貨物駅用地は長い間荒廃するに任せた状況であったが、最終的には売却され、駅前ロータリーと住宅地に転用・再整備されたが、上り高架線の地平移設は多大な費用がかかるため見送られた。東北新幹線の保線基地は貨物駅用地の売却に併せて移転と再整備を受け存続しているが、敷地縮小のため、東北新幹線本線(鷲宮信号場)からの進入には久喜駅との間に設けられた標準軌の引き上げ線(狭軌線からの荷物引渡線)、および当駅に隣接した高架橋上で2回のスイッチバックが必要である。


保線基地(貨物ヤード)は2003年9月までは、東武鉄道の貨物授受および東武鉄道(一部帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄)を含む)向け甲種輸送の搬入があったが、東武鉄道の貨物輸送が廃止されてからは工事列車がごくまれに入線する程度である。東武鉄道の貨物廃止後は東武久喜駅との連絡線が撤去され、甲種輸送については東上線同様熊谷貨物ターミナル駅からの搬入となり、秩父鉄道経由で羽生駅から搬入する(東上線は熊谷貨物ターミナル駅から秩父鉄道経由で寄居駅から搬入する)。なお、営団日比谷線向けの車両搬入は東武鉄道の越谷市内の高架化の関係で早期に打ち切られている。
上りの高架線路下脇には、新幹線用と在来線用の保線基地がある(新幹線用と在来線用の架線柱・無電架線・線路も備えての設置がある)。旅客営業開始当初は停車する列車が少なかった。駅舎の側面の出口の前に地下道があり、東側に行くことができます。

のりば
番線 路線 方向 行先
1 ■宇都宮線(東北線) 下り 小山・宇都宮・黒磯方面
2 上り 大宮・東京・新宿・横浜・大船方面
(■湘南新宿ライン・■上野東京ライン含む)
湘南新宿ラインの列車は前述のように横須賀線へ直通する。本項では湘南新宿ラインのラインカラーを■青、上野東京ラインのラインカラーを■紫で示すが、実際のホーム案内はすべて■オレンジで案内されている。

 

2010年(平成22年)3月22日までは旧・鷲宮町に立地していた。「鷲宮」の行政上の町名は「わしみや」と読んでいたが、当駅名は「わしのみや」と読んでいた(東武伊勢崎線鷲宮駅も同様)。
1981年(昭和56年)4月15日 - 周辺4駅の貨物取扱を集約し、日本国有鉄道(国鉄)の貨物駅として開業。
1982年(昭和57年)6月23日 - 旅客営業開始、一般駅となる。開業当時は朝の上り数本と夕の下り数本しか列車が停車しなかったが、この状態は同年の1982年11月15日国鉄ダイヤ改正で解消した。
1986年(昭和61年)11月1日 - 貨物営業廃止、旅客駅となる。


1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR東日本の駅となる。
2001年(平成13年)11月18日 - ICカードSuica供用開始。

電報略号 ワミ
駅構造 地上駅・高架駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度- 10,723人/日(降車客含まず)
-2013年-
開業年月日 1981年(昭和56年)4月15日
備考 みどりの窓口 有

 

百葉箱 第1術科学校

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百葉箱は、温度計や湿度計を入れ、正確な気温を計測するために設置された(屋根付きの)箱の事である。気温は世界共通の条件の下で計測されるためこの条件を満たすために作られた。

呼称については現在においては「ひゃくようばこ」の読みが定着しているが、本来は「百葉窓」であって「ひゃくようそう」と読むのが正しいともいわれ、呼称は統一されていない。百葉箱や雨量計などを設置した気象観測のための場所を「露場」と言う。

海上自衛隊の艦艇にも百葉箱1型と百葉箱1型改1の2種類が旗甲板に装備されている。(写真はしらせ)

野並駅 名古屋市営地下鉄)桜通線

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野並駅(のなみえき)は、愛知県名古屋市天白区古川町にある、名古屋市交通局(名古屋市営地下鉄)桜通線の駅。

2011年3月までは桜通線の終着駅だった。駅番号はS17。

駅は天白区に位置するが、駅南部を流れる川から南側(ヤマダ電機など)は緑区に属する。

島式ホーム1面2線を有する地下駅で、可動式ホーム柵が設置されている。ホームは20m車8両編成まで対応している。
2011年3月の徳重駅開業までは、主に2番ホームを使用し、1番ホームはラッシュ時に使用していた。また、開業時より将来の延伸に備えて終端側にも線路が多少延びており、営業終了後の留置線として使用されていた(延伸開業後は、この線路は本線となっているため留置は不可能である)。引き上げ線はないが、中村区役所発の終電1本前は当駅止まりであり、到着後に留置される。

改札口には改札機は3台、側面にも別に改札機が3台設置されています。切符売場には券売機は4台あります。
駅構内に、セブン-イレブン名古屋地下鉄野並駅店が入居している。
のりば
1 ■桜通線 徳重方面
2 ■桜通線 今池・名古屋・中村区役所方面

利用乗車人員は、2010年度までは桜通線の中では名古屋・久屋大通・今池に次いで4番目に多く、他線との接続がない桜通線単独の駅としては最多であったが、2011年3月に野並 - 徳重間が延伸開業したことによりバス路線の多くが廃止となり、当駅を通過する客が大幅に増えたため、同年度から急激に落ち込んでいる。なおこれにより、桜通線単独の駅で最も利用者数の多い駅は桜山駅となった。


1994年(平成6年)3月30日 - 開業する。
2000年(平成12年)9月11日 - 東海豪雨による水害により、駅構内が浸水する。
2011年(平成23年)
3月27日 - 当駅と徳重駅間 (4.2km) が開業し、中間駅となる。
7月23日 - ホームドアの供用を開始する

所属路線 桜通線
キロ程 14.9km(中村区役所起点)
駅構造 地下駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度- 6,736人/日(降車客含まず)
-2013年-
開業年月日 1994年(平成6年)3月30日

久喜駅 JR東日本)東北本線 /東武鉄道)伊勢崎線

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久喜駅(くきえき)は、埼玉県久喜市久喜中央二丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東武鉄道の駅である。東武鉄道の駅には「TI 02」の駅番号が付与されている。


JR東日本の東北本線と、東武鉄道の伊勢崎線の2路線が乗り入れ、接続駅となっている。東北本線は旅客案内上の愛称「宇都宮線」の設定区間に含まれており、上野駅発着系統と、新宿駅経由で横須賀線に直通する湘南新宿ライン、上野駅・東京駅経由で東海道線に直通する上野東京ラインが停車する。駅前広場は整備され、ペデストリアンデッキが設置されています。

JR・東武とも地上駅で、両者のホームは隣接している。ホームをまたいで自由通路兼橋上駅舎があり、改札口はJR・東武とも自由通路に面している。この東西を結ぶ自由通路には、ファーストフード店などが並んでいます。

また、現行の駅舎は1970年に完成したものであり、埼玉県の橋上駅舎としては古い部類に入るが、東武は2005年から2006年にかけて、JRは2010年から2012年にかけてそれぞれ増床・改修が行われたため当初の面影が消えつつある。JRと東武駅舎は乗り換え専用改札を境に隣接している。西口と東口にエレベーターと時間によって上り/下りが変わるエスカレーターが、それぞれ設置されている。また、当駅舎の直上に東北新幹線の高架橋が通っている。

JR東日本
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、計2面3線のホームを有する地上駅。
みどりの窓口(営業時間 7:00 - 19:00)があり、改札口にはSuica対応自動改札機があります。切符売場には券売機が6台と指定席券売機が設置されています。
2011年3月に多機能トイレが新設され、旅客トイレもリニューアルされたほか、上り・下りホームにエレベーターや上りホームのエスカレーターが、2011年11月11日に下りホームのエスカレーターが供用開始となった。
2012年11月現在、下りホーム1・2番線においてホーム改良工事を行っている。


のりば
番線 路線 方向 行先 備考
1・2 ■宇都宮線(東北線) 下り 小山・宇都宮・黒磯方面 1番線は待避線
3 上り 大宮・東京・新宿・横浜・大船方面
(■湘南新宿ライン・■上野東京ライン含む)
湘南新宿ラインの列車は前述のように横須賀線へ直通する。本項では湘南新宿ラインのラインカラーを■青、上野東京ラインのラインカラーを■紫で示すが、実際のホーム案内はすべて■オレンジで案内されている。
2・3番線が主本線となっている。下り方面の快速、快速「ラビット」、通勤快速、特急の前を走っていた普通列車は待避線である1番線に入り、これらの列車の待ち合わせをする場合が多い。一部列車は快速の後に東武日光線直通特急を待避する場合もある。
2番線と3番線の間には中線がある。

 

1885年(明治18年)7月16日 - 日本鉄道(現在の東北本線)の駅として開業。
1899年(明治32年)8月27日 - 北千住駅 - 当駅間に東武鉄道が開業。
1906年(明治39年)11月1日 - 日本鉄道が国有化され、国有鉄道と東武鉄道の駅となる。
1936年(昭和11年)2月29日 - 2代目駅舎使用開始。
1970年(昭和45年)11月 - 3代目橋上駅舎に改築とともに、駅東口開設。
1972年(昭和47年)10月 - 東北本線の急行列車の一部が停車開始。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道(JR東日本)と東武鉄道の駅となる。
2001年(平成13年)11月18日 - JR東日本でICカードSuica供用開始。
2003年(平成15年)9月30日 - 東武鉄道の貨物列車が廃止になる。
2006年(平成18年)3月18日 - 東武伊勢崎線、東京地下鉄(東京メトロ)半蔵門線・東急田園都市線直通列車が当駅まで運転開始。特急「りょうもう」の一部列車が停車開始。
2012年(平成24年)3月17日 - 東武鉄道の駅にTI 02の駅ナンバリングを導入

電報略号 クキ
駅構造 地上駅(橋上駅)
ホーム 2面3線
乗車人員
-統計年度- 36,603人/日(降車客含まず)
-2013年-
開業年月日 1885年(明治18年)7月16日
備考 みどりの窓口 有


特殊潜航艇「甲標的」気蓄器 海上自衛隊第1術科学校

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この気蓄器は海上自衛隊第1術科学校教育参考館の隣に展示してある特殊潜航艇「甲標的」の前にあります。

説明版より

この気蓄器(空気ボンベ)は、特殊潜航艇「甲標的」の舵を駆動する空気圧式操舵装置に空気を供給するために艦首部分に装備されていたものである。
艦船の操舵装置は油圧式が一般的であり、潜水艦の旋回を担う縦舵及び仰角を担う横舵の操舵装置も同様であるが、「甲標的」は船体を小さくするための工夫の一つとして、操舵装置を簡素で小型な空気圧式とし、操舵用に気蓄器2基が装備された
しかし、空気式操舵装置は、気蓄器の空気が尽きれば、舵が使用できなくなるという弱点があり、舵を頻繁に使用することが予想された真珠湾攻撃に参加した「甲標的」には推進動力用電池の一部を降ろして操舵用気蓄器5基が増設された。
真珠湾攻撃後、「甲標的」は、行動時間延長のための改良が加えられ、その一つとして、小型ディーゼル・エンジン式発動機の開発、装備に伴い、縦舵の操舵装置のみ(横舵はそのまま)は、空気圧式から電動ポンプ油圧式に変更された。

情勢の変化に適応できた特殊潜航艇(甲標的)
-攻撃兵器から防御兵器へ-中 村 秀 樹

おわりに から

日本海軍は漸減邀撃艦隊決戦構想に基づき、兵力整備(軍備)と訓練を重ねて大東亜戦争を迎えた。しかし、戦争の実態はことごとに戦前の予想を裏切るものとなった。短期決戦を企図したが長期戦となったため、艦隊同士の戦闘だけでなく、国家の継戦能力に関わる交通破壊戦や戦略爆撃が大きな意味をもつようになった。海上作戦そのものも、1 度の決戦で勝敗を決することはなく、島嶼争奪に伴う戦闘が連続した。その戦闘は航空兵力、特に空母機動部隊が重要な役割を果たした。しかし日本海軍は、主兵力として整備した戦艦、重巡洋艦を空母護衛等に活用することなく遊兵化させ、無理な作戦を続けた航空部隊と潜水艦部隊は、消耗を重ねる結果を招く。
甲標的も、艦隊決戦兵力として整備されていたが、作戦の実効性に疑問が呈され、開戦前に洋上襲撃から敵根拠地攻撃に用法が転換された。その着想は悪くはなかったが、甲標的の性能と搭乗員の練度が不充分なまま強行した真珠湾(第一次攻撃)では成果なく、改修と事前訓練に努めたディエゴ・スワレス(第二次攻撃)でやっと戦艦撃破他の戦果を挙げることができた。しかし、甲標的の性能上無理な作戦で生還者を得られなかった。狭隘な水道通過の必要がなく、近傍に味方拠点のあるガダルカナルの作戦ではやっと攻撃後の生還者を得た。フィリピン以降は航続力が増大した丙型を使用して自立作戦が可能となる。艇ごと生還できるようになったのである。フィリピンでは指揮官に人を得、情報収集、指揮通信、後方支援、行動計画等各分野で最も条件の整った作戦が実施され、甲標的としては最大の戦果を挙げることが出来た。ジリ貧となった感のある他の兵力に比べ、このように甲標的は戦訓を取り入れ改造と訓練を重ね進歩していった。しかし、元来弱小兵力で物的人的資源の絶対量が不足していたため、全般の戦況に影響を与えるに至らず、本土決戦準備の段階で急速整備されて、海軍兵力の柱の一つとなって終戦を迎える。小さいが、数少ない成功例に数えられる日本海軍の事績である。
甲標的が貴重な成功例となった要因は、いくつか考えられる。
甲標的が武器体系として小規模であったため、性能上の問題点の把握と改善が容易であったこと。関係者に高級将校が少なく、若い将校が中核だったため、柔軟で機敏な対応がとり易かったこと。部隊規模が小さく、意思疎通がよかったこと。搭乗員に滅私報国の意志が強く、犠牲的行動を厭わなかったこと。緒戦の真珠湾攻撃以来、部隊の士気を高いまま維持したこと、などである。これらは、ちょうど戦艦、重巡洋艦部隊とは反対の条件であり、逆に水上部隊の失敗の原因を探ることができるかもしれない。今日この教訓を考える時、かつての艦隊決戦主義に匹敵する対潜水艦戦中心主義で成長し、実戦の洗礼を受けることなく 50 年以上を過ごした海上自衛隊には、日本海軍の先例に学ぶべき点が多く、また真剣に学ばねばならないであろう。

柿下温泉口駅 平成筑豊鉄道田川線

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柿下温泉口駅(かきしたおんせんぐちえき)は、福岡県田川郡香春町大字中津原にある平成筑豊鉄道田川線の駅です。

平成筑豊鉄道田川線柿下温泉口駅より徒歩約10分で柿下温泉に着きます。柿下温泉は放射能泉、源泉温度15.7℃の冷鉱泉である。


ラドンの含有量が、温泉法規定値の100億分の20キュリーの4倍以上含有している。一軒宿の「柿下温泉」が存在する。

一軒宿には温泉スタンドも備えられている。開湯、および一軒宿の開業は1969年である。


駅周辺は周辺は雑木林と田畑が多い。飯岳山(大坂山573m)の連なりが雄大に広がる景色は見事です。

周囲にはほとんど人家はありません。

駅のホームには緩いスロープで連絡します。

単式ホーム1面1線を持つ地上駅である。駅舎はなく、ホームに待合所が設置された新設駅標準の形式です。

ホーム待合所にはFRP製の椅子と木製の長椅子が設置されています。待合所裏側の壁には大きな駅名看板が設置されています。


1993年(平成5年)3月18日 - 平成筑豊鉄道により開業。

所属事業者 ■平成筑豊鉄道
所属路線 ■田川線
キロ程 22.5km(行橋起点)
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1993年(平成5年)3月18日
備考 無人駅

 

第十こふじ 似島汽船

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第十こふじ は、似島汽船宇品の~似島を結ぶ定期フェリーです。 本航路初の両頭船である。両頭船の特長は、前後に駆動装置を持つため、どちらを船首にしても進むことができ、車が前進で乗船できるので、運転手の負担が軽減されることはもちろん、積み込み時間が短縮できるなど多くの利点を持つ。「時代にあった居住空間」をテーマに、シルバー室、喫煙室を設置し、お客様の居住性を追求した造りとなっている。

似島汽船(にのしまきせん)は、広島県広島市南区に本社を置く海運会社です。似島での市街地との交通手段は、古くは「待ち便」を利用した。これは似島の商店主の持ち船で、主な目的は榎町の市場から商品を仕入れるためであったが、住民の市街地往来の便にも提供された。櫓(ろ)を備えた小舟で、十数人の乗客は交代で櫓を押して対岸へ渡ったという。
連絡船の就航は、大正末期に中下・山田の両氏が、長さ15m、焼き玉エンジン15馬力、定員40人の木造船で始めたのが最初である。その後、昭和4年に広島市より年間400円の補助を受け、これを機に長さ15.5m、焼き玉エンジン17馬力、定員45人の木造船となった。この時の経営者は山田・小西の両氏だった。太平洋戦争中には、長さ15.8m、焼き玉エンジン25馬力、定員50人の船となり、その後、長さは同じでWエンジン(2気筒)40馬力、定員60人の木造船へと変わっていった。戦争中も連絡船は運航を続け、似島と広島の唯一の海上交通として役割を果たした。
戦後の昭和20年11月、復員してきた山田氏は、小西氏と連絡船の共同経営を始めた。この2人の経営は、昭和28年2月28日まで続いた。「第十五小富士丸」の就航とともに、浜本氏(現在の経営者)が山田氏より営業権を譲り受け、小西氏と共同経営を始めることになった。そして、昭和31年4月6日より浜本氏の単独経営となり、平成19年1月1日からは似島汽船株式会社が運営を引き継ぎ、現在に至っている。

鋼鉄船
船舶番号 134757
信号符字 JK5493
IMO番号 9140059
船籍港 広島
船主名 濱本武義氏
運航者 似島汽船
就航航路 宇品~似島
造船所名 今村造船 呉
建造番号 382
起工年月 1995年7月
竣工年月 1995年12月
就航年月  
総トン数 341トン
全長 45.00m
型幅 10.00m
型深さ 3.70m
機関 ディーゼル×1
機関馬力 1,600PS
航海速力 11.41ノット
旅客定員 600名
積荷 トラック(8t)14台
装備 冷暖房 自動ドア

似島汽船株式会社
本社所在地
〒734-0011
広島県広島市南区宇品海岸一丁目13-26
設立 1953年(昭和28年)2月28日
業種 海運業
事業内容 旅客定期航路事業
従業員数 船員7名、陸上整理員1名、事務所1名

古河駅 JR東日本)東北本線の駅

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古河駅(こがえき)は、茨城県古河市本町一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)東北本線の駅である。
「宇都宮線」の愛称区間に含まれており、上野駅発着系統と、新宿駅経由で横須賀線に直通する湘南新宿ライン、上野駅・東京駅経由で東海道線に直通する上野東京ラインが停車する。
東北本線で唯一茨城県に存在する。両隣の駅は所在地がそれぞれ埼玉県、栃木県であるため、隣接する3駅連続で所在県が変わる国内でも2例しかない珍しい駅となっています。駅ビル「VAL古河」が併設されている。

駅前にはスーパーをはじめ商業ビルが多く立地するが、少し歩けばほとんどが住宅街である。駅西側が旧城下町・宿場町(古河宿)であり、歴史的建造物も存在する。

古河の元々の市街地である。東口は1953年に開設され、ここから東へ伸びる「十間道路」を中心に比較的整然とした区画の市街が発達し、古河市の中心市街地を成している。

島式ホーム2面4線を有する立派な高架駅。2007年(平成19年)3月にエレベーターが設置された。宇都宮線大宮 - 小山間で唯一、上下線別々の列車待避が可能である。


みどりの窓口(営業時間 7:00 - 19:00)・Suica対応自動改札機・指定席券売機設置。

のりば
番線 路線 方向 行先 備考
1・2 ■宇都宮線(東北線)下り 小山・宇都宮・黒磯方面
3・4 上り 大宮・東京・新宿・横浜・大船方面(■湘南新宿ライン・■上野東京ライン含む) 当駅始発は1番線

湘南新宿ラインの列車は横須賀線へ直通する。湘南新宿ラインのラインカラーを■青、上野東京ラインのラインカラーを■紫で示すが、実際のホーム案内はすべて■オレンジで案内されている。


上り方面の快速、快速「ラビット」、通勤快速、特急の前を走っていた普通列車は、当駅でこれらの列車を待避することが多い。
当駅上野方には下り線から上り線・宇都宮方には上り線から下り線への渡り線があり、1番線は上野方面への・4番線は宇都宮方面への折り返し運転が可能となっており、当駅始発の上り列車は1番線から発車する。 2010年12月4日以降、当駅始発・終着列車が朝の数本と日中の1時間に1本程度が設定されている。下りの当駅終着列車は、一部を除いて湘南新宿ライン新宿方面からの小金井方面行き列車に同一ホームで接続するが、上りの当駅始発上野行は平日朝1本を除き小金井方面からの湘南新宿ライン新宿方面行きと接続せずに発車する。大宮では後発の湘南新宿ライン快速に乗り換えることが可能。

東口ロータリーのほぼ中央に鉄骨製のあずまやがある。屋根を支えている4本の柱は地上駅時代に使用していた跨線橋の脚部に用いられていたものである。
地上駅時代には貨物扱いがあった関係から構内も広く、高架化後も1985年(昭和60年)3月の東北新幹線上野開業までは、県内唯一の東北本線の駅として東北地方へ向かう急行「いわて」・「まつしま」・「ばんだい」等が停車していた。
また、陸上自衛隊第101建設隊の手になる古河駐屯地施設補給処への専用線が存在した。現在では、駅南側から緩やかなカーブで駐屯地方面に至る道路と駐屯地内のホームにその名残を留めている。
JR東日本では、駅においてのWiMAXによるインターネット接続環境を提供するため、通信環境の整備を2008年度より進めている。2011年に当駅も対象となり、WiMAX屋内基地局が設置された。

1885年(明治18年)7月16日 - 日本鉄道の駅として開業。茨城県内で最初に設置された駅である。
当時、常磐線・水戸線ともに未開業であった。
1906年(明治39年)11月1日 - 日本鉄道が国有化。
1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称が制定され、東北本線の駅となる。
1984年(昭和59年)3月24日 - 高架化。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道に承継。
2001年(平成13年)11月18日 - ICカードSuica供用開始。
2007年(平成19年)3月 - エレベーター設置。

電報略号 コカ
駅構造 高架駅
ホーム 2面4線
乗車人員
-統計年度- 13,511人/日(降車客含まず)
-2014年-
開業年月日 1885年(明治18年)7月16日
備考 みどりの窓口 有

 

田原坂駅 JR九州)鹿児島本線

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田原坂駅(たばるざかえき)は、熊本県熊本市北区植木町轟にある、九州旅客鉄道(JR九州)鹿児島本線の駅です。西南戦争最大の激戦地である田原坂の最寄り駅です。

駅周辺は丘に挟まれ田畑や果樹園が広がっているが、東側の丘の上には集落が点在し、植木町中心市街地へと続いている。東側約800mのところには産交バスの七本バス停があり熊本交通センターと植木町を結ぶ路線が利用できる。

近隣にある田原坂が由来。「田原坂」とは「田畑が広がっている平地から台地へ上る、凹道になっている坂」と言う意味です。

相対式ホーム2面2線を有する地上駅。上りホーム側は駅前広場などはなく、窮屈な斜面にレンガ積み待合室を設置。

待合室内には木製の長椅子があるのみです。互いのホームは屋根なし跨線橋で連絡しています。崖上に設置された駅でホームまでは階段を利用する。

駅舎と反対側の下り方ホームには田原坂方面への出入り口と古戦場の案内板が新設されています。

無人駅。鹿児島本線の他の無人駅とは異なり、自動券売機は設置されていない。

のりば
(駅舎側) ■鹿児島本線(上り) 大牟田・博多方面
(田原坂公園側) ■鹿児島本線(下り) 熊本・八代方面


1943年(昭和18年)10月1日 - 田原坂信号場として鉄道省が開設。西里駅の前身たる西里信号場と共に設置。駅への昇格は西里駅の方が早く、1954年(昭和29年)である。
1965年(昭和40年)10月1日 - 駅に昇格。田原坂駅開業。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により九州旅客鉄道が継承。
2012年(平成24年)12月1日 - 交通系ICカードSUGOCA対応。

電報略号 ハル
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1965年(昭和40年)10月1日
備考 無人駅

 

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