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JR四国1000形気動車

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JR四国1000形気動車
1000形気動車(1000がたきどうしゃ)は、四国旅客鉄道(JR四国)が1990年から製作した一般形気動車である。1500形気動車との併結対応改造車である1200形気動車(1200がたきどうしゃ)

JR四国域内の徳島・高知地区を主とする非電化区間の地域輸送改善用として設計された車両で、1990年(平成2年) - 1998年(平成10年)までに56両 (1001 - 1056) が新潟鐵工所で製作された。

電化区間の存在しない上記2地区で使用してきた国鉄承継車両の老朽化による取替と運転時分短縮とを目的として計画され、冷房設置などの接客設備改善、大出力機関搭載による動力性能向上を企図した。通勤通学輸送に対応した車体中央の両開き扉・ワンマン運転用の諸設備など、広汎な運用に対応する仕様を有する。

製作開始より徳島・高知地区で地域輸送に使用されている。2006年に後続形式の1500形気動車を製作開始したことに伴い、一部の車両に併結対応改造が施工され、1200形に形式を変更している。

車体
全長 21 m 級のステンレス製構体で、車体両端に運転台を設け、1両での運用が可能である。
客用扉は片側3か所に設ける。両端部は850mm幅の片開き扉、中央部は1300mm幅の両開き扉である。ラッシュ時運用と閑散時のワンマン運用とを両立させるための扉配置で、ワンマン運転時には中央扉を締切扱とする。
客室窓は上下2段式で、両開き扉の戸袋部と片開き扉の戸袋隣接部に固定窓を設ける。
乗降口は床面高さを1180mmまで下げ、ステップを廃止した平床構造とされた[4]。乗降の円滑化・利便性に配慮した仕様であるが、使用線区では駅ホームと乗降口の高さが法令規定値に適合しないため、駅ホーム高さを920mmまで嵩上げして法令適状としている。ホーム嵩上未施工区間(予讃線の伊予市駅以西など)では営業運転ができない。嵩上後のホーム高さは従来のステップ装備車に合わせられ、本形式の乗降口との段差は残存する。
冷房装置は屋根上に集中式のAU26形を2基設置する。冷房駆動は専用機関 (42PS) を1基搭載し、かつ、走行用機関を併用する方式である。


駆動系
駆動機関はコマツ製の直列6気筒ディーゼル機関 (SA6D125-H) を用いる。これは2000系気動車に使用した機関と同系のもので、過給機・燃料噴射系の仕様を変更し、400PS/2100rpmの定格出力を有する。液体変速機は逆転機を内蔵したDW14改で、本形式での仕様は変速1段・直結2段の自動切換方式である。
これら駆動系の一新と車体の軽量化により、最高速度は110km/h、勾配均衡速度は52km/h (25 ‰) に向上した。
台車・ブレーキ装置
台車は枕バネに空気バネを用いたボルスタレス台車 S-DT57 形(動力台車)S-TR57 形(付随台車)で、コイルバネの軸バネと軸箱前後に設けた緩衝ゴムとで軸箱を支持する。動力台車は2軸とも駆動軸としている。
ブレーキ装置は応答速度や信頼性向上を企図し、電気指令式空気ブレーキを搭載する。従来型の自動空気ブレーキを装備するキハ58系やキハ40系などとの混結は考慮されず、非常時の救援には主要駅備付のD救援ブレーキ装置を用いる仕様である。D救援ブレーキは車両には搭載せず、主要駅に設置する方式とした。
下り勾配の抑速用として、機関ブレーキ・排気ブレーキを併設する。


室内設備
座席は都市近郊でのラッシュ時輸送と郊外の路線での運用を考慮し、クロスシートとロングシートを点対称に配置する。車内中央向かって左側がクロスシート、右側がロングシートの配置である。灰皿は当初から設置しない。
その他設備:土佐くろしお鉄道9640形と併結して走行する1000形ワンマン運転に対応するため、運賃箱・運賃表示器・整理券発行器が搭載されている。ワンマン運転時は後乗り前降りで運用される。

土佐くろしお鉄道阿佐線(ごめん・なはり線)用の9640形が本形式と併結が可能な仕様で製造され、同線との直通運用にも用いられる。

運用・現況
徳島運転所・高知運転所に配置され、以下の区間で運用されている。
高松・徳島地区 
高徳線:1200形のみ
徳島線:全線
牟岐線:1200形のみ
鳴門線:1200形のみ
高知地区
土讃線:全線
土佐くろしお鉄道阿佐線(ごめん・なはり線):全線
高知地区ではトイレ設置の有無で運用が分かれている。これは乗り入れ先の土佐くろしお鉄道がトイレなし車両の阿佐線(ごめん・なはり線)への乗り入れを認めていないことによる。ただし、トイレ設置車は徳島運転所配置車が中心となっている。徳島にあったトイレ非設置車はすべて高知に転属している。

高知地区の運用は高知以西中心の運用であったが、徳島地区への1500形配置に伴って2006年(平成18年)6月1日・2008年(平成20年)10月15日に合計13両が高知運転所に転配され、後免 - 土佐山田間の運用が増加している。2016年3月26日のダイヤ改正以降は、須崎 - 窪川の普通列車は、全列車1000形に統一された。
土讃線のホームかさ上げ工事の完成に伴い、2011年3月12日のダイヤ改正より、琴平 - 佃・阿波池田 - 土佐山田間でも運用が開始された。

牟岐線の阿南駅以南では2008年度 - 2009年度に嵩上げ工事が行われ、2010年3月13日より運用を開始した。2008年に一時期、阿南駅 - 桑野駅でも使用されていたが、当時は阿波橘駅のホームが嵩上げされていなかったため、通過していた。 また、鳴門線でも2010年度にホームの嵩上げ工事を行い、2011年3月12日から運用が開始された。

2012年3月17日のダイヤ改正では、徳島運転所から1010、1011が高知運転所に転属している。

高知配置車の2次車以降と徳島配置車の一部の車両には「アンパンマン」のキャラクターステッカーが前面に貼付されている。

2016年3月26日のダイヤ改正において、徳島運転所から1008・1009が高知運転所に転属している。また、土佐山田以北の国鉄型がすべて置き換えられた。

サンライズ瀬戸が琴平まで延長運転を行う場合、1200形が高松 - 琴平で運用されることがある。

運用者 四国旅客鉄道
製造所 新潟鐵工所
製造年 1990年
製造数 56両
運用開始 1990年3月10日
主要諸元
軌間 1,067 mm
最高運転速度 110 km/h
設計最高速度 110[2] km/h
車両定員 151人(座席70人)
自重 31.5 t
全長 21,300 mm
車体長 20,800 mm
全幅 2,894 mm
車体幅 2,800mm
全高 3,825 mm
車体高 3,600mm
床面高さ 1,180 mm
車体材質 ステンレス
台車 S-DT57(動力軸)、S-TR57(付随軸)
車輪径 860 mm
固定軸距 2,100 mm
台車中心間距離 14,400 mm
機関 コマツ製SA6D125-H
機関出力 294 kW(400 PS)
変速機 液体式DW-14改
変速段 変速1段、直結2段
搭載数 1基 / 両
制動装置 電気指令式ブレーキ
機関・排気ブレーキ併用
保安装置 ATS-SS


寺前駅(JR西日本)播但線

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寺前駅(てらまええき)は、兵庫県神崎郡神河町鍛冶字八重向にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)播但線の駅。神河町の代表駅である。電化区間の北端に位置する運転上の重要拠点です。

駅構造
駅舎は平屋のコンクリート造駅舎です。
単式・島式の複合型2面3線のホームを持つ、交換・待避・折返し設備を備えた地上駅で、その他にも列車留置用の側線が設けられている。駅舎は単式の1番ホーム側にあり、島式の2・3番ホームへは跨線橋で連絡している。2010年に新駅舎が仮開業した。その後、ホームの番号が変更になり、現在は駅舎側の単式ホームが3番ホーム、島式が2番ホーム、1番ホームの順に変更になっている。

当駅は電化・非電化の境界駅となっている。普通列車はすべて当駅で乗換えとなり、和田山方面は運転本数が少なくなる。特急「はまかぜ」の全列車が停車する。1998年3月13日までは普通列車の半数が当駅で折り返していた。

直営駅(福崎駅の被管理駅)。切符売場にタッチパネル式の券売機が1台。みどりの窓口が設置されている。駅舎に隣接する「カーミンの観光案内所」内にもトイレはある。

改札口の頭上にはLED式の発車案内が設置されています。待合室は全体が木調。壁には周辺の観光案内が掲示されています。

かつては播但線の運行を担っていた福崎鉄道部が置かれていた。現在は組織変更により駅管理業務は福崎駅に移管され、乗務員部門のみが豊岡列車区寺前派出として残されている。

列車の夜間停泊も行われる。

のりば
のりば 路線 方向 行先 備考
1・2・3 J 播但線 下り 和田山方面 特急「はまかぜ」は両方向とも
3番のりばから発車
上り 福崎・姫路方面


3線とも方向の区別なく使われている。全ての特急列車は駅舎側となっている3番のりばに停車する。普通列車は主として島式の2・1番のりばに停車し、相互の乗換の便を図っている。なお、1番のりばは和田山行き気動車の停車を前提としてかホームの高さが低くなっているが、実際は1番のりばに姫路方面行きが停車することも多い。

ホーム東側には留置線が複数設置されています。播但線電化区間は始発が早く最終が遅い。2016年3月26日改正では5時1分発(土曜・休日は9分発)が始発、0時50分着が最終である。

駅周辺
神河町観光協会(駅舎に隣接)
神河町役場
大河内郵便局
神河町立寺前小学校
神河町立大河内中学校
法楽寺 - 播磨西国三十三箇所第15番札所、「播州犬寺物語」の舞台
福本陣屋跡
徹心寺 - 福本藩藩主池田家の菩提寺
市川 (兵庫県)
峰山高原(車で25分)への最寄り駅


路線バス
神姫グリーンバス

「兵庫県統計書」によると、2015年(平成27年)度の1日平均乗車人員は418人である。

1894年(明治27年)7月26日 - 播但鉄道が姫路駅 - 当駅間で開業すると同時に設置。開業当初の北の終着駅であった。旅客・貨物の取扱を開始。
1895年(明治28年)1月15日 - 播但鉄道が長谷駅まで延伸。途中駅となる。
1903年(明治36年)6月1日 - 播但鉄道が山陽鉄道に営業譲渡。山陽鉄道の駅となる。
1906年(明治39年)12月1日 - 山陽鉄道国有化により、国有鉄道の駅となる。
1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。播但線の所属となる。
1982年(昭和53年)10月2日 - 車扱貨物の取扱を廃止。有蓋車用の貨物ホームが設置されていた。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
1998年(平成10年)3月14日 - 姫路駅から当駅まで電化され、電化・非電化の境界駅となる。
2016年(平成28年)3月26日 - ICカード「ICOCA」の利用が可能となる。


所属路線 J 播但線
キロ程 29.6km(姫路起点)
電報略号 テラ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
乗車人員
-統計年度- 418人/日(降車客含まず)
-2015年-
開業年月日 1894年(明治27年)7月26日
備考 直営駅
みどりの窓口 有

坑外運搬用電気機関車(凸型 steeplecab電気機関車)

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鯰田炭鉱坑外運搬用電気機関車
重量:5トン
出力:20馬力✕2台-40馬力
牽引力:990~1250
速度12~24キロ
パンタグラフ式

鯰田炭鉱高概要運搬用として各工口と選炭場間を走っていました。明治末年に輸入機関車にて運転開始し、人車には家族をも乗せていましたので、長く附近の人々に親しまれていました。

steeplecabはのスタイルやデザインで電気機関車。この言葉は他の形態の力のために使われたことはめったにありません。この名前は北アメリカで生まれ、英国と代替キャメルバックで使用されています。

先端キャピラリの設計は、電気機器のための中間の高さの領域を含むことができる中央(またはほぼ中央)の運転室領域を有する。高さの高いキャブエリアに接続された両端には、下部(通常は傾斜した)の「鼻」に他の機器、特にキャブエリア内では望ましくないエアコンプレッサーなどの騒音の多い機器が含まれています。架線を動力伝達に使用する場合、キャブ屋根は通常、(パンタグラフのボウコレクターまたはトロリーのポールのいずれかによって)電力を収集するための装置をサポートするが、いくつかの初期の設計(北東部鉄道電気番号1- 後で「ES1」として知られている)、ボウコレクターはボンネットの 1つ(または「ノーズフード」)に取り付けられます。

電柱型の設計は、電気スイッチャーの機関車、および都市間および工業用に注文された電気機関車に特に人気がありました。それは、良好な可視性と組み合わされたクルーに対する大きな衝突保護を提供する。

短所には、他の設計と比較してかさばる電気機器のためのスペースの減少が含まれる。

設備スペースの不足は、各端に低くおよび/または狭い機器フード付き中央乗組員区域の全体的なデザインパターンは、何度も繰り返されました。

電気機関車(でんききかんしゃ)は、電気を動力源とする機関車のこと。電気機関車は電化区間において架線などの外部電源から電力を受電し、その電力を電動機(モーター)で動力へ変換し走行する。電気機関車が動力装置を持たない客車や貨車をけん引する列車の運転方法を動力集中方式という。これに対し、列車の複数の車両に動力装置を分散させる電車は動力分散方式という。

蓄電池を動力源として用いる車両は、通常、蓄電池機関車と呼ばれ区別される。また、電動機で駆動する機関車のうち、電気式ディーゼル機関車やハイブリッド機関車も電気機関車には含まない(ただし、電気式ディーゼル機関車の中には集電装置を持ち、電化区間ではエンジンを停止し、集電装置からの受電に切り替えて電気機関車として運行できるものもある)。第二次世界大戦中にはスイスで蒸気機関車にパンタグラフを搭載して電気で加熱できるよう改造した例があるが、これも電気を直接動力にするわけではなく、メカニズムは蒸気機関車そのものであるため、電気機関車ではなく蒸気機関車に区分される。

電気機関車はディーゼル機関車や蒸気機関車のように燃料を積載する必要はなく、その余裕を車体寸法と重量の低減や、出力の増大に充てることができる。また、運転時に煤煙や排出ガスを出すこともないため、車内環境、沿線環境が改善される。一方、蓄電池式電気機関車という例外があるものの、電化路線でしか運用できず、電化設備の維持のため大きなコストがかかる。 一般的な旅客電車は洗車機での車体洗浄が可能であるが、電気機関車は車体側面に機器冷却用の通風口があり、それらからの不必要な水の浸入による機器への悪影響を避けるため、作業員によるモップを使用した手作業となっている。

架線から取り入れる電源の種類により、直流電気機関車、交流電気機関車、交流直流両用電気機関車に分類される。黎明期には、直流電源を使用するのが一般的であったが、後に大電力を送電できる交流電源を使用するものが実用化された。交流を使用する場合は、商用電源周波数の単相特別高圧を使用するが、初期には三相交流や低周波数を使用することもあった。集電方式は、架空電車線方式が一般的で、高速運転にも適するが、第三軌条方式のものもある。

救命いかだ(藤倉ゴム工業株式会社)

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救命いかだ(きゅうめいいかだ、ライフラフト、life raft)は、船舶の遭難時に使用する、ゴム、ナイロンあるいはFRP製のいかだ。膨脹式と固型式がある。

通常(膨脹式)はFRP製のコンテナ(カプセル形状)に詰められた状態になっている。非常時に海面に投下するともやい綱(通常は大半部分がコンテナ内部に格納され、架台側端部しか見られない。一端は架台又は自動離脱装置又はウィークリンク、もう一端はいかだ本体に連結されている。)が同時にコンテナからリリースされ、もやい綱途中から分岐したワイヤーは炭酸ガス(または窒素との混合ガス)ボンベの起動装置を落下中に引き抜き動作させ(着水後にもやい綱を手繰り寄せワイヤーを引き抜き、動作させる型式もある。)、ガス膨脹していかだの形になる。古い型式のものや小型船舶用にはボンベ起動用の索をもやい綱とは別に設定してあるものもあるので注意が必要。コンテナを海面に投げ込む暇なく船ごと沈没した場合を想定し、船(架台)とコンテナを固縛しているワイヤー(ナイロンバンドの場合もあり)を切り離す「自動離脱装置」を装着している場合が多い。本体部分(子供用プール状の部分)の上に、テント状のシートがついている。テント部分は、目立たせるためにオレンジ色や赤色である。

一般に、救命いかだの中には生き延びるために艤装品と呼ばれる数々のものが備え付けられている。例えば、飲料水、乾パン(救難食糧)、信号火工品、海面着色剤、日光信号鏡(いわゆる鏡)、生存指導書(生き残るためのノウハウ、気力を保つための元気づけの文章)、レーダー反射器(数十cmのアルミ板を組み合わせたもの)、釣り針・釣り糸、などである。

信号火工品、海面着色剤、日光信号鏡、レーダー反射器は、いずれも発見してもらうためのもの。いかだ程度の大きさのものでも大海原の上では、プールのなかの塵のようにしか見えず、目視で発見してもらうことは非常に困難である。だが今日では通信技術の発達により、艤装品内(一部救命いかだのみ)あるいは退船時にいかだに持ち込むEPIRB(イーパブ)やSART(レーダートランスポンダー)などの無線装置を使用することにより、遭難から発見、救助までの可能性、迅速性が飛躍的に向上している。

すべての船舶に搭載が義務付けられているわけではない。総トン数20t未満の小型船舶は航行区域又は従業制限などにより必ずしも搭載の義務は無く、沿岸のみを航行する小さな漁船やプレジャーボートでは搭載されていないことが多い。

日本での製造会社としては藤倉ゴム工業株式会社など。

国際航海等近海以上を航行区域とする船舶(漁船を除く)の救命設備として適応される膨脹式救命いかだで、「海上における人命の安全のための国際条約SOLAS1996年改正LSAコード4.2」に適合する構造・性能及び艤装品を完備しています。
膨脹式救命いかだは液化炭酸ガス(一部N2混合ガス)により膨脹しますが、自動的に展開する乗込台と保温効果のある構造の天幕及び床と、安定性を重視した大きな水のうを備えていることが大きな特長で、常温で投下作動後10〜25秒程度で完全に膨脹し、乗員が安全に乗り込むことができます。
さらに、SOLASおよび 船舶救命設備規則(①摂氏65度から摂氏零下30度までの範囲の使用に耐えること②重量が185kg以内であること③あらゆる海面状態において水上で30日間の暴露に耐え得ること)
等の規定を充分に見たし得る構造、性能を有する、信頼性の高い救命いかだです。

 

佐伯駅(JR九州)日豊本線

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佐伯駅(さいきえき)は、大分県佐伯市駅前二丁目にある、九州旅客鉄道(JR九州)日豊本線の駅である。事務管コードは▲92054。佐伯は大分県南の中心都市。

概要
佐伯市の代表駅で全列車が停車し、当駅始発・終着の特急「ソニック」が2往復設定されている。2009年3月14日のダイヤ改正より普通列車は延岡方面からの上り1本を除き当駅で運行系統が分断され、臼杵・大分方面へは日中を除き毎時1本程度あるものの、延岡方面へは1日に1本しか運転されない。また、延岡方面の普通列車は2009年10月1日から全列車気動車による運転となっていたが、2018年ダイヤ改正から787系と815系による運行となり、815系のみワンマン運転となる。

2018年3月17日のダイヤ改正より、佐伯駅の延岡行き普通列車は787系が使用され、延岡方面へ行く列車は1日1本のみとなり、延岡方面から佐伯方面への列車は1日2本である。下りの普通列車の残り2本は重岡止まりとなっている。

ワンマン列車においては小倉駅から当駅まではワンマン運転時の車内精算は行わない。当駅から重岡、延岡〜国分駅までは車内精算を行う。

駅構造
鉄筋コンクリート造りの駅舎に接した単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の合計2面3線と留置線数本を有する地上駅で、ホーム間の連絡には跨線橋を使う。ホームには廃止された「彗星」・「富士」・「日南」の号車案内が残っている。留置線では早朝に多数の列車が入換作業をする。

直営駅でみどりの窓口を設置している。広い待合室内のキヨスクで柿の葉寿しを販売していたが、2017年9月に閉店している。




のりば
1 ■日豊本線 (下り) 延岡・宮崎方面
(上り) 臼杵・大分・小倉方面


2 ■日豊本線 (上りのごく一部) 臼杵・大分方面
3 ■日豊本線 (下りのごく一部) 延岡方面
(上り) 臼杵・大分・中津方面(当駅始発)


利用状況
2016年度の1日平均乗車人員は805人である。(前年度比-9人)

駅周辺
駅は中心市街地の北端にあり、佐伯港に近い。商業地区の中心は駅から南へ1 - 2キロほど離れた地域に広がっている。駅前にはロータリーが整備されておりバスやタクシーが発着する。

佐伯観光案内所

佐伯港
海上自衛隊佐伯基地
佐伯海上保安署
大分地方裁判所佐伯支部
佐伯駅前郵便局
佐伯野岡郵便局
佐伯郵便局
日本文理大学附属高等学校
大分県立佐伯鶴城高等学校
佐伯重工業造船所
大分銀行佐伯駅前支店
マックスバリュ佐伯店
国道217号
国道388号
佐伯城


バス路線
佐伯駅を発着する路線バスは全て大分バスが運行している。
一般路線バス
豊南高校、大手前方面、葛港方面(旧佐伯市内方面)
海崎駅・浪太・浅海井・津井・蒲戸・大浜入口方面(旧上浦町方面)
大手前・門前・久保(床木)方面(旧弥生町東部方面)
大手前・番匠・畑木・風連鍾乳洞・野津南・犬飼久原・戸次・大分県立病院・大分方面(旧弥生町・臼杵市野津方面)
大手前・番匠・畑木・波寄・小半鍾乳洞・虫月・上津川方面(旧本匠村方面)
大手前・番匠・直見駅・直川駅・横川・重岡駅・小野市方面(旧直川村・旧宇目町方面)
大手前・地松浦・広浦・梶寄方面(旧鶴見町方面)
大手前・土井・浦代・小浦・宮野浦方面(旧米水津村方面)
大手前・土井・畑野浦・尾浦・西野浦・蒲江方面(旧蒲江町方面)
大手前・川井・青山・山口・蒲江・丸市尾・波当津方面(旧蒲江町方面)
県南高速リムジンバス:大分空港(大分交通との共同運行)

 


1916年(大正5年)10月25日 - 佐伯駅(さえきえき)として国有鉄道(鉄道院)が開設。
1962年(昭和37年)1月15日 - 駅名の読みを「さいきえき」に変更。
1979年(昭和54年)6月10日 - 現2代目駅本屋完成。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により九州旅客鉄道(JR九州)が継承。
1992年(平成4年)3月14日 - この日行われたダイヤ改正により、上り列車の大半を駅舎に接する1番のりば発着とする。
2017年(平成29年)
9月17日 - 台風18号の影響で駅構内が冠水。当日より休止。
9月19日 - 臼杵駅 - 当駅間および、当駅 - 延岡駅間で代行バス運転。
9月20日 - 延岡駅 - 市棚駅間の運転再開に伴い、延岡方面との代行バス輸送を市棚駅までに短縮。また、特急停車駅のみ停車する代行バス輸送を延岡駅 - 臼杵駅間で運転開始。
9月25日 - 当駅 - 市棚駅間で運転再開。バス代行のうち、特急停車駅のみ停車する便の輸送終了。
12月18日 - 臼杵駅 - 当駅間で運転再開(代行輸送は前日で終了)

佐伯駅
駅舎と駅前風景
駅舎と駅前風景
さいき*
Saiki
◄海崎 (3.0km)(4.6km) 上岡►
所在地 大分県佐伯市駅前二丁目6-35
北緯32度58分21.19秒
東経131度54分7.28秒
所属事業者 九州旅客鉄道(JR九州)
所属路線 日豊本線
キロ程 197.8km(小倉起点)
電報略号 ヘキ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
乗車人員
-統計年度- 805人/日(降車客含まず)
-2016年-
開業年月日 1916年(大正5年)10月25日
備考 直営駅
みどりの窓口 有
* 開業時から1962年までは「さえき」で呼称。

 

 

海自試験艦「あすか」一般公開 PART2

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艦記号・番号・艦名 竣工 造船所 所属 定係港
 ASE-6102 あすか H07.03.22 住重浦賀 開発隊群直轄 横須賀

将来、護衛艦に搭載される艦載装備の試作品の性能試験が主な任務だ。自衛艦隊の「開発隊群」に所属し、艦艇開発隊や指揮通信開発隊などともに、新型装備のデータ収集・分析につとめている。

これまで多くの装備を現場に送り出してきた。例えば、音波によって敵艦艇や潜水艦を探知し、方位や距離を測定する「水上艦用ソナー」。あすかは就役当時からあらゆる深さの海域での試験を重ね、データを収集。このソナーは後に「ひゅうが」型護衛艦に採用されている。

 敵から発射された魚雷に対し“デコイ(おとり)”を放ち、追尾・命中を回避する「魚雷防護システム」の試験も担当。「あきづき」型護衛艦に搭載された。

 ほかにも、各種護衛艦に幅広く採用された「新対潜用短魚雷」や、より遠くの潜水艦を攻撃するための「垂直発射魚雷投射ロケット(新アスロック)」の実用化にも貢献。新アスロックは「てるづき」以降の「あきづき」型護衛艦に搭載されており、敵潜水艦の脅威となっている。

あすかは全長151メートル、幅17・3メートル、基準排水量4250トンで、大型護衛艦並みの船体を誇る。速力も護衛艦にひけをとらない27ノット(時速約50キロ)を誇る。乗員は70人で、このほかに試験員が搭乗する。


平成4年度計画による海上自衛隊2隻目の試験艦です。新しい武器等の開発・試験を主任務としています。ミサイル時代に対応した新規開発品のテストベットとして大型化され、ASE-6101 くりはま に比べて基準排水量は4.5倍ほどふえ、試験、評価能力も著しく向上しています。

試験業務への機関の影響を局限するとともに、艦首を砕波性のよい形状とするなど、随所に工夫が凝らされています。また艦内は各種試験機材の装備と撤去が容易なようにできており、試験評価室も備えています。

新造時、主機にはCOGLAG方式を採用していますが、エレクトリック推進の試験が終了したため現在はガスタービンのみで行動しています。

本艦で試作実用実験したフェーズド・アレイ方式で作動する射撃指揮装置FCS-3の量産機が 「ひゅうが」型 に装備されています。

艦橋直前に試験発射用のVLS、前部水線下に長さ約50メートルの長大なソナーを有しています。

個艦乗員以外に多数の試験員(技術研究本部やメーカーの技術者など)を乗せるため、艦内は護衛艦などに比べ広々としています。

後部にヘリコプター発着甲板を有しています。


歴代艦長(特記のない限り2等海佐)
代 氏名 在任期間 出身校・期 前職 後職 備考
1 樋口善治 1995.3.22 - 1996.8.19 防大11期 あすか艤装員長 海洋業務群司令部 1等海佐
2 加藤正治 1996.8.20 - 1997.7.31 しらね艦長 運用開発隊副長 1等海佐
3 加藤紀夫 1997.8.1 - 1998.9.29 防大15期 さわかぜ艦長 海上自衛隊第1術科学校総務部長 1等海佐
4 佐治正憲 1998.9.30 - 1999.9.29 防大15期 かしま艦長 海上自衛隊第1術科学校教育第2部長 1等海佐
5 峰岡偉津夫 1999.9.30 - 2001.4.1 防大15期 運用開発隊運用開発第2科長 舞鶴地方総監部監察官 2000.7.1
1等海佐昇任
6 塔岡道夫 2001.4.2 - 2003.3.31 防大17期 自衛艦隊司令部 舞鶴海上訓練指導隊副長
兼 指導部長
7 土方利昌 2003.4.1 - 2004.6.30 防大19期 開発隊群司令部幕僚 大湊地方総監部監察官
8 山田 昇 2004.7.1 - 2006.11.28 海上自衛隊幹部学校総務課長
9 久保田守 2006.11.29 - 2008.11.19 統合幕僚監部指揮通信システム部
指揮通信システム運用課情報保証班長 横須賀基地業務隊本部補充部付
10 飯田隆一 2008.11.20 - 2010.10.20 誘導武器教育訓練隊研究室長
11 藤村栄次 2010.10.21 - 2012.1.19 防大24期 開発隊群司令部付
12 千代野正 2012.1.20 - 2013.2.7 防大24期 佐世保海上訓練指導隊副長
13 田中亮二 2013.2.8 - 2014.9.17 防大26期 誘導武器教育訓練隊教育部長
兼 学生隊長 横須賀基地業務隊付
14 服部一男 2014.9.18 - 2015.8.2   大湊海上訓練指導隊副長
兼 指導部長 海上自衛隊東京業務隊付
15 堀場恒明 2015.8.3 - 2016.12.8 防大28期 呉海上訓練指導隊指導部砲雷科長 大湊基地業務隊付
16 中村正三 2016.12.9 - 2018.3.22 防大32期 海上幕僚監部人事教育部援護業務課勤務
17 北御門裕 2018.3.23 - 海上自衛隊幹部学校運用教育研究部
主任研究開発官

基準排水量:4250t/満載排水量6200t
●主要寸法:全長151.0m×幅17.3m×深さ10.0m×喫水5.0m
●エンジン:ガスタービン2基・エレクトリック1基(COGLAG)2軸 出力:43000PS
  ※電機推進試験終了のため現在はガスタービンのみで行動
●速力:約27kt
●船型:遮浪甲板型
●乗員:約70名(他に試験員100名)

南田辺駅(JR西日本)阪和線

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南田辺駅(みなみたなべえき)は、大阪府大阪市阿倍野区長池町にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)阪和線の駅である。駅番号はJR-R22。周囲は古くからの住宅街で、桃ヶ池公園をはじめとして公園の多い地域です。

高架化されてからは阿倍野区にあるが、地上駅時代は東住吉区山坂二丁目が所在地であった。当時の駅周辺の阪和線は東住吉区の西端にあったが、新しい高架線が区境界をはさんだ西側の阿倍野区内に建設されたため、駅舎も区をまたいで移転した。

駅構造
相対式ホーム2面2線を持つ高架駅である。分岐器や絶対信号機がない停留所に分類される。地上時代には、天王寺方面に渡り線があった。改札口は1ヶ所のみ。高架駅の東口、かつての線路跡は駐輪場に使用されています。

天王寺駅が管理し、ジェイアール西日本交通サービスが駅業務を受託する業務委託駅である。また、JRの特定都区市内制度における「大阪市内」に属している。ICカード乗車券「ICOCA」が利用することができる。みどりの窓口があり改札口の改札機は4台。うち半数が出場専用機です。

のりば
のりば 路線 方向 行先
1 R 阪和線 下り 鳳・関西空港・和歌山方面


ホームはの壁や柱にステーションカラーの青が配されています。
2 上り 天王寺・大阪方面
ホームの上屋下には椅子が少数設置されています。待合室はありません。


高架化駅舎開業の際に、通過列車用の入線メロディが別の新しいものに変更されたが、元のメロディに戻された(長居駅、我孫子町駅も同様)。

駅周辺
駅の東側は、昔ながらの商店が軒を連ねている。阪和線の高架化事業の完成後は、線路の西側に緑道が整備される予定である。駅の北西には桃ヶ池公園、南西には長池公園がある。

山阪神社
法楽寺(たなべ不動尊)
大阪市立田辺小学校
大阪市立昭和中学校
桃ヶ池公園市民活動センター(旧大阪市立阿倍野青年センター)
南田辺本通商店街
南田辺駅前商店街
バス路線
大阪市営バスが駅西側に長池町停留所(赤バス:阿倍野ループが停車)を設置していたが2013年3月31日に廃止された。

大阪市営バス3号系統(出戸バスターミナル - 地下鉄住之江公園)と54A・B号系統(住吉車庫前 - 地下鉄あびこ - 鷹合団地 - 住吉車庫前循環)に「南田辺」停留所があるが、駅からはかなり離れている。同系統では、山坂三丁目停留所の方が近い。

1929年(昭和4年)7月18日 - 阪和電気鉄道が阪和天王寺駅(現在の天王寺駅) - 和泉府中駅間で開業した際に、停留場として設置。

1940年(昭和15年)12月1日 - 南海鉄道への吸収合併により、同鉄道山手線の停留場となる。
1944年(昭和19年)5月1日 - 戦時買収により国有化され、鉄道省(国鉄)阪和線所属となる。同時に駅に昇格。
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
1993年(平成5年)7月1日 - 阪和線運行管理システム(初代)導入。
2003年(平成15年)11月1日 - ICカード「ICOCA」の利用が可能となる。


2004年(平成16年)10月16日 - 上り線が高架ホームに移行。
2006年(平成18年)5月21日 - 下り線が高架ホームに移行。
2013年(平成25年)9月28日 - 阪和線運行管理システムを2代目のものに更新。
2015年(平成27年)
3月8日 - みどりの窓口の営業を終了。
3月9日 - みどりの券売機プラスが稼働。
2018年(平成30年)3月17日 - 駅ナンバリングが導入され、使用を開始する。

駅番号 JR-R22
所属事業者 JR logo (west).svg西日本旅客鉄道(JR西日本)
所属路線 R 阪和線
キロ程 3.0km(天王寺起点)
電報略号 ミタ
駅構造 高架駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度- 4,414人/日(降車客含まず)
-2016年-
開業年月日 1929年(昭和4年)7月18日
備考 業務委託駅
みどりの券売機プラス設置駅
阪 大阪市内駅

米国 E-2 (航空機)

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E-2 (航空機)
E-2は、アメリカ合衆国のノースロップ・グラマン社が製造している早期警戒機である。主にアメリカ海軍が航空母艦(空母)および地上基地で運用している。愛称はホークアイ(hawkeye:鋭い視力・鷹の目、の意味)

概要
アメリカ海軍が艦上機として運用するために開発した早期警戒機。手ごろな早期警戒機であるため、日本をはじめとした多数の国にも輸出されている。

機体背面に大型の円盤型レドームを有し、強力なレーダー・電子機器により、対空警戒・監視を行なう。乗員はパイロット2名のほか、3名のレーダー手が乗り込む。

改良も継続されており、電子機器を改良・換装し、2010年代でも運用されている。


1950年代半ば、アメリカ海軍の空母機動部隊(現 空母打撃群)の早期警戒用の空中レーダー母機としては、AD スカイレイダーの派生型が運用されており、WF-1(後のE-1)の開発が行われていた。アメリカ海軍は、より高性能の艦載早期警戒機を求め、1957年にWF-1の開発も行っていたグラマン社(当時)の案を選定した。これは、W2F-1として1959年に機体発注が行われている。

要求としては、大型のレーダーを搭載すること、艦隊の情報システムである海軍戦術情報システム(NTDS)にリンクできることであった。

W2F-1の初飛行は1960年10月21日に行われた。これは、レーダーを搭載しない空力試験機によるものであり、量産型は1961年4月19日に初飛行した。1962年にW2F-1はE-2Aに改称され、1964年1月より部隊配備が行われている。1965年には空母に搭載されベトナム戦争で実戦に参加した。

当初はアナログコンピューターの処理機能が低く、稼働率も低かった。そのため、A型の生産は1967年で終了し、搭載コンピューターをアナログ型からデジタル型へ改修したB型が開発された。1969年から1971年にかけて、A型よりB型へ49機が改装されている。

機体
背面に大型の円盤型レドームを搭載している。レドーム下部の支柱は空気抵抗を考慮した形状になっているが、機体とは6本の細い支柱で接続されている。

艦載の早期警戒機であるため加速力と電子装備への電源供給能力が求められた結果、エンジンはC-130やP-3などの大型機に採用されるターボプロップエンジンのアリソン T56を2基搭載する。当初プロペラはP-3やC-130と同じく幅の広い4枚ブレードが採用されたが、後の改修で後退角を付けた細長い8枚ブレード(ハミルトン・サンドストランド製)に変更された。

主翼は高翼配置で、後方へと折り畳むことができる。垂直尾翼は艦載機としての大きさの制限から水平尾翼の両端と中央に高さの低い4枚を配置し全高が抑えている。なお、方向舵は利きを補助するため2重ヒンジとしているが、左から2番目には方向舵が無い変則的な構造となっている。水平尾翼は大きめの上反角が付けられている。

コックピットはアナログ計器主体の伝統的な設計であるが、後の改修により液晶PFDに変更された。操縦席の上部には窓が設置されており、緊急時にはここから脱出可能。

艦載機であるため、アレスティング・フックやカタパルトバーを装備し、頑丈な降着装置を装備している。

各エンジンには初期型で60KVA、最新型で170KVAの容量の発電機が搭載されており、レーダーの動作時にはスロットル操作ではなくプロペラピッチで速度を調整する。(結局配備されることはなかったが)第二次世界大戦当時に建造されたエセックス級空母への搭載が求められたことに起因する寸法上の制限に加え、レーダーに電源を供給するために機体規模に比して強力なエンジンを搭載した結果として速力は優れており、1991年には改良型のT56-A-425を搭載したE-2Cが中型ターボプロップ部門で、100kmのクローズドコースでの速度記録と、3,000m、6,000m、9,000mの上昇記録を更新している。反面、機体背面に重いレドームを積んでいること、さらには垂直尾翼の動翼が左右非対称であることから横安定性が低く、操縦は難しいという。

電子装備
レーダー
E-2は、強力なレーダー・電子機器により、同時に250個の目標を追尾し、30の要撃行動を管制することができる。それまでのE-1では、4 - 6個の目標を追尾し、2の要撃行動を管制することしかできなかったことと比べると、これは格段の進歩であった。

レドームの直径は7.31m、厚さは0.76mある。E-2の各型は、その強力なレーダーを用いることにより、2,460万km3の空域と38万km2以上の地表面を同時に監視することができる。レドームは、回転するレーダー・ディッシュ(いわゆるロート・ドーム)である。レドームの直径は7.31mで、通常は1分間に6回転している。空母の格納庫への収納を考慮して、61cmほど下げることが可能なほか、飛行中に角度を調整して揚力を発生させ、重量と空気抵抗を相殺することもできる。レーダーの使用帯域はUHF帯であり、シークラッター除去に有利なことから選定された。

A型で搭載されていたAN/APS-96は、機体が標準的な作戦高度(9,150メートル: 30,000フィート)を飛行している場合、370キロメートル(200海里)の探知距離を発揮できた。C型グループ0で搭載されたAN/APS-120レーダーは、探知距離を460キロメートル(250海里)に延伸し、さらに目標情報処理にデジタル制御を採用、ESM装置も統合されている。これはさらに、新型のレーダー情報処理装置(ARPS)を採用したAN/APS-125、低サイド・ローブ化されたAN/APA-171アンテナを採用したAN/APS-138に発展した。

C型グループ2に搭載されたAN/APS-145は、探知距離が560kmに達し、2,000個以上の目標を同時に追跡可能であり、機上管制官は最大で40機の要撃機を一度に指揮することができる。

D型で搭載されるAN/APY-9では、アンテナをアクティブ・フェイズド・アレイ(AESA)式にしている。このロートドームはL3COM社製ADS-18と呼称されており、使用周波数は従来通りのUHF帯(300MHz - 3GHz)であり、この周波数を使うAESA(UHF-ESA)としては世界初のものである。最大探知距離はAPS-145とほぼ同程度で、航空機に対して555km以上、水上目標に対して360km以上とされているが、探知高度は海面高度から100,000フィート (30,000 m)まで対応しており、探知可能範囲は従来と比して250%増とされている。この性能を実現するため、APS-145では機械式走査1チャンネルのみであったのに対し、APY-9では電子式走査18チャンネルを備えている。動作モードは下記の3種類がある。

先進早期警戒監視(Advanced AEW Surveillance, AAS) - 10秒間で全周360度を監視するモード。
拡張セクタースキャン(Enhanced Sector Scan, ESS) - ロートドームの回転による全周監視を行いつつ、特定のセクターに対して電子的にビームを指向して拡張探知追跡を行うモード。
拡張追跡セクター(Enhanced Tracking Sector, ETS) - ロートドームの回転を止めて、特定のセクターにビームを集中的に指向するモード。他のモードよりも遠距離での探知が可能とされる。
またAPY-9では、離陸から5分で探知可能になるという優れた即応性を備えている。なおADS-18では、レドームも外皮を複合素材製とすることで、旧来のものより軽量としている。

2014年、アメリカ海軍関連団体誌は報告書で、AN/APYを搭載したD型ホークアイを巡航ミサイルや中国人民解放軍のJ-31、J-20など第5世代ジェット戦闘機(ステルス機)に対抗し得る秘密兵器と形容した。

C4Iシステム
本機の最大の特徴は、空中戦術情報システム(ATDS)への対応にある。これは当時、海軍が艦隊配備を進めていた海軍戦術情報システム(NTDS)の空母航空団版であり、本機はATDSの中核的ユニットとして計画された。

戦術情報処理装置
E-2C グループ0においては、リットン社製OL-77コンピュータ・システム(L-304コンピュータ×2基)を中核として、3名の電子システム士官それぞれにAPA-172コンソールが配置されている。L-304コンピュータは、同時に600個の目標情報を処理することができる。また、グループ1においては、処理できる目標数が倍増したCP-1469/Aコンピュータによって更新された。

戦術データ・リンク
当時、空母航空団においては、水上艦および航空機との要撃管制用2-wayデータ・リンクとしてリンク 4が運用されており、本機においても、作戦機に対する要撃管制用として運用されている。また、これに加えて、本機はリンク 11にも対応しており、NTDS対応の水上艦艇との間で共通戦術状況図を生成することができる。これによって本機は、搭載するレーダーのほか、艦隊の各艦が搭載する対空レーダーの情報を利用して要撃管制を行えるようになった。

また、E-2C グループ2では、統合戦術情報伝達システム(JTIDS)クラス2Hを搭載して、新しい標準規格であるリンク 16に対応した。さらにホークアイ2000ではより緊密な情報連携を可能にする共同交戦能力(CEC)に対応、E-2DではNIFC-CAに対応するとともに、リンク 16の端末もMIDS-JTRSに更新する予定である。

登場作品
映画
『ガメラ3 邪神覚醒』
航空自衛隊のE-2Cが、イリスを捕捉する。
撮影に実機は用いられておらず、外観はミニチュア、機内はセットである。
『ファイナル・カウントダウン』
原子力空母「ニミッツ」の艦載機として登場。真珠湾攻撃前日のホノルル港を上空から撮影し、自身たちが1941年に存在していることの証拠集めや、ホノルル港に迫りつつある旧日本海軍の動向を監視する。
『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』
特撮で合成された航空自衛隊のE-2Cが登場。朝鮮半島から発射された弾道ミサイルを探知し首相官邸に情報を伝達する。
アニメ・漫画
『FUTURE WAR 198X年』
航空自衛隊のE-2Cが登場。日本列島に接近するバックファイアBを探知。
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』
ヤシマ作戦発動直前までラミエルを偵察しており、葛城ミサト一佐より退避を指示されて、撤退するシーンがある。
『エリア88』
プロジェクト4の所属機。エリア88の航空部隊を探知する。
『紺碧の艦隊』
OVAで電子作戦機『星鵬』として登場。
『ジオブリーダーズ』
航空自衛隊のE-2Cが、「化け猫」にハイジャックされた旅客機を探知、ペトリオット部隊が迎撃した。
『戦闘妖精・雪風』
OVAで日本海軍所属の原子力空母「アドミラル56」艦載機として登場。実機と異なり、エンジンからの外翼に後退角がついている。
『第三飛行少女隊』
第1話で「バックベアード」のコールサインを持つE-2Aが登場。搭乗員曰く、「最初期型で改装前の物」で「”グレート・ロスト”以後で稼働する機体としては最も目(レーダー性能)がいい」らしい。
『トランスフォーマーZ』
マイクロトランスフォーマーの一人であるサンランナーが変形する。
小説
『原子力空母「信濃」』シリーズ(鳴海章作品)
作品の中で海上自衛隊の原子力空母「信濃」の艦上早期警戒機として登場する。
ゲーム
『エースコンバットシリーズ』
『大戦略シリーズ』

目的 捜索用
開発・運用史
開発国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
送信機
周波数 UHF(400 - 450 MHz)
パルス幅 13マイクロ秒 (0.2マイクロ秒にパルス圧縮)
パルス繰返数 300 pps
送信尖頭電力 1 MW
アンテナ
形式 リニアアレイ
素子 八木アンテナ×8本×2列
直径・寸法 ロートドーム:直径7.3 m×高さ76.2 cm
アンテナ利得 21.5 dB
ビーム幅 幅7×高さ20度
走査速度 6 rpm
方位角 全周無制限
探知性能
探知距離 370 km / 200 nmi
(高度9,150 m飛行時)
その他諸元
重量 アンテナ: 771 kg


別院前停留場(広島電鉄横川線)

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別院前停留場(べついんまえていりゅうじょう、別院前電停)は、広島県広島市中区寺町にある広島電鉄横川線の路面電車停留場。停留所名にもある通り、西本願寺別院の最寄に位置し、周辺には仏壇仏具店た多数立地します。

横川線の軌道は道路上に敷かれた併用軌道であり、当停留場も道路上にホームを有する。ホームは低床式で2面あり、南北方向に伸びる2本の線路を挟み込むように向かい合って配されている(相対式ホーム)。線路の東に十日市町方面へ向かう上りホーム、西に横川駅方面へ向かう下りホームがある。ホームには折りたたみ式の椅子が設置されています。

ホーム全体には屋根が架けられ、ベンチやスロープ、手すりも備わる。ホームは幅が広く、点字ブロック、手すり完備のバリアフリー対応です。上屋側面には広告などはありません。

運行系統
当停留場には広島電鉄で運行されている系統のうち、7号線と8号線が乗り入れている。

下りホーム 8号線8号線 横川駅ゆき
上りホーム 7号線 広電前ゆき
8号線 江波ゆき
江波方面乗場先端には、安全地帯標識が設置されています
連接車対応のホームは全面に上屋が整備されています。

周辺
付近は主に住宅街である。北側から西側にかけては、しばらく歩いたところに天満川が流れている。東側に少し歩くと本川に至り、北東に歩くと2つの川の分流点に出る。

南隣の寺町停留場から当停留場までの東側一帯は数多くの寺院が立ち並ぶ。

本願寺広島別院 - 浄土真宗本願寺派に属する別院
横川新橋
広島国際交流会館
広島県看護協会会館
広島県公衆衛生会館
広島県環境保健協会
別院前バス停 - 広島バス22号線とJRバス広浜線が停車する。

当停留場は1917年(大正6年)、横川線の開通と同時に開設された。当時の停留場名は横川橋停留場(よこがわばしていりゅうじょう)であり、別院前停留場と称するようになったのは大正末期のことである。「別院前」の名は当停留場が最寄りである本願寺広島別院に由来する。

停留場の旧称に見られるように、開業以来当停留場と隣の横川一丁目停留場(開業当時は光隆寺前停留場)との間には天満川を渡るための橋が架かっている。開業当時の横川線は軌道敷が道路から独立した専用軌道であり、この橋も軌道専用であった。都市計画道路の建設により1938年(昭和13年)からは併用軌道となったものの、橋は依然として軌道専用であり、道路橋はその両側に架けられた。

1945年(昭和20年)8月6日には原爆が投下され、横川線をはじめ広島電鉄の市内電車は全線が不通となる。軌道橋は原爆による被害はなかったが直後の9月に襲来した枕崎台風により流失、横川線は同年末に十日市町から運転を再開したものの、その区間は橋の手前の当停留場までだった。橋が復旧し当停留場から先の横川駅まで運転を再開したのはその3年後の1948年(昭和23年)のことで、その後1958年(昭和33年)には道路との併用橋に架け替えられて現在の横川新橋となっている。

1917年(大正6年)11月1日 - 横川線が開通、同時に横川橋停留場として開業。
1921年(大正10年)以前 - 別院前停留場に改称。
1945年(昭和20年)
8月6日 - 原爆投下により休止。
9月17日 - 枕崎台風により軌道専用橋が流失。
12月26日 - 横川線の十日市町から当停留場までが運転再開。
1948年(昭和23年)12月18日 - 軌道専用橋の復旧により当停留場から横川までが運転を再開、横川線が全線復旧。

駅番号 ●Y3
所属事業者 広島電鉄
所属路線 ■横川線
キロ程 0.8km(十日市町起点)
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1917年(大正6年)11月1日

 

OPS-39対水上捜索レーダー(掃海艇ゆげしま)

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OPS-39はOPS-9日本無線(JRC)による発展型として海上自衛隊の自衛艦において、対水上捜索レーダーとして搭載された。おおむね機雷戦艦艇に限定されて配備。導波管スロット・アンテナ。

スロット・アンテナ
スロットアンテナは、無線通信用アンテナの一種である。超短波以上の周波数において用いられる。導波管にスロット(細長い切り抜き)を設けた形と、金属板にスロットを設けた形がある。
艦艇の対水上レーダーなど、2次元レーダーで見かけることが多いタイプが、スロット・アンテナ。四角い断面を持つ導波管(電磁波が中を通る管)、あるいは金属板を水平に設置して、一方の側面にスロットを開ける。そのスロットを設けた側からだけ電波が出入りする。スロットの長さは、使用する電波の波長の半分。外からスロットは見えない。

導波管によるスロットアンテナ
構造は、水平に設置した、断面が方形の導波管の側面に、1/2波長の間隔でスロットを設けたものである。スロットは垂直方向からわずかに(15度以下)傾斜しており、隣接するスロットはそれぞれ傾斜が逆向きになっている。スロットによって導波管の表面を流れる電流が断ち切られ、その部分に電界が生ずる。スロットの傾斜により、隣接するスロット同士で電界の垂直成分を打ち消しあうので、全体として電界の水平成分だけが重ね合い、導波管に垂直な方向に鋭い指向性が得られる。給電は導波管の中央部からも、一端からも行うことができる。

導波管
導波管(どうはかん、英語: waveguide)とは、主に光を含む電磁波の伝送に用いられる構造体のことをいう。広義では光ファイバーなども導波管の一形態であるが、狭義では中空導波管を指す。マイクロ波通信などで用いられる導波管。

 

 

コッペル32号(貝島大之浦炭坑専用の機関車)

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貝島炭礦専用線で使用されていた蒸気機関車コッペル32号です。

1925年(大正14年)貝島大之浦炭坑が資材運搬用としてドイツから輸入した炭坑専用の機関車。日本国鉄式1C1軸配置のタンク機(タンク機関車)で、貝島炭鉱最大にして、輸入コッペル製蒸機としても最大級の機関車です。

ドイツのオレンスタイン&コッペル社新製で、1976年(昭和51)の閉山まで50年以上も働いていました。全長10m47cm、軸配列は1C1で動輪上重量36トン、出力は380馬力。炭庫のくびれたラインが特徴で、そのラインが全体の姿を優雅に見せています。

1925(大正14)年 独逸 ORENSTEIN & KOPPEL社より輸入
1976(昭和51)年 8月 閉山
1977(昭和52)年 4月 直方市石炭記念館へ移設

タンク機関車(タンクきかんしゃ)とは、蒸気機関車の一種で水、石炭を機関車本体に積載する形態の機関車を指す。

タンク機関車の特長は、一部を除き小型のものが多く小回りが効く上、後部の視界も良く逆機が容易であることから路線を選ばず使用ができることである。

欠点としては、燃料積載容量が少ないことから長距離運行には適さず、また動輪上に直接水と燃料の重量がかかるため、水や燃料の残量が少なくなると軸重が落ちて牽引力が下がってしまう、などがある。よって、世界各国をはじめ日本の国鉄でも長距離輸送ではほとんど用いられなかった。

逆に都市近郊のローカル線や、短距離の私鉄路線、産業用鉄道のように、走行距離が短く石炭や水をすぐに補給できる環境では広く用いられ、また小回りが利くことを生かした構内の貨車や客車の入れ替え、大馬力を要する長大編成列車の発車の補助、故障車の牽引等にも力を発揮した。

タンク機関車と反対に、水・石炭を別の車両(炭水車)に積載する形態のものをテンダー機関車という。なお、蒸気機関車の歴史上においては、テンダー機関車であっても水タンクを設置して、その重量を粘着性能向上に活用する例が、勾配線区用の機関車を中心に見られている


オーレンシュタイン・ウント・コッペル (Orenstein & Koppel OHG) はドイツ連邦共和国の主要な製造工業会社の内の一つであり、通常 O&K と略される。日本語ではコッペルとも略される。同社は1876年4月1日、ベルリンにおいてベンノ・オーレンシュタインとアルトール・コッペルにより設立された。

創業当時は一般的な製造会社であったが、創業後の早い段階で主に鉄道車両の製造を開始した。同社はそのほかに重機とエスカレーター等を製造していた。しかし同社は1981年に鉄道事業から撤退し、1996年にはエスカレーター製造部門をフィンランドのコネ社に売却し主に建設機械製造に専念することとなったが、建設機械事業部門は最終的にフィアットグループに売却されることとなり、2006年、ベルリン工場はその歴史に幕を閉じた。

河内堅上駅(JR西日本)関西本線

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河内堅上駅(かわちかたかみえき)は、大阪府柏原市大字青谷にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)関西本線の駅である。

駅番号はJR-Q29。「大和路線」の愛称区間に含まれている。府県境の人口希薄地帯の立地で、大和路線区間の駅では一番利用客が少ない。

相対式ホーム2面2線を有する地上駅。駅舎は開業以来の古い木造駅舎です。分岐器や絶対信号機がない停留所に分類される。

ホーム有効長は6両編成分。王寺方面行きホームに接して駅舎があり、反対側の天王寺方面行きホームへは跨線橋で結ばれている。トイレは汲み取り式である。

八尾駅が管理し、ジェイアール西日本交通サービスが駅業務を受託する業務委託駅である。早朝・夜間時間帯(17時から翌日8時)は無人となる。

みどりの窓口が設置されていない駅でもあり、窓口での発券はPOS端末にて行われている。

簡易型自動改札機が設置されており、ICカード乗車券「ICOCA」が利用可能。切符売場にタッチパネル式の券売機が1台。

改札口では簡易型の改札機が2台。頭上にはLED式の発車案内が設置されています。

のりば
のりば 路線 方向 行先
1 Q 大和路線 上り 王寺・奈良・高田方面


2 下り 天王寺・JR難波・大阪方面
ホーム間は屋根無しの跨線橋で結ばれています。

駅周辺
駅前の道路は細く秘境駅の様相です。


大和川沿いの土手に面している天王寺方面行きホームには多くの桜が植えられており、桜の咲く季節には夜間にライトアップされている。

1970年代半ばまで、大和川対岸の砕石工場からベルトコンベアで運ばれた砕石の積載用施設があり、本線に渡り線と引込み線もあって入換作業も行われていた。コンベアの支柱コンクリートが遺構として長年放置されていたが、2008年(平成20年)4月に撤去作業が行われた。

なお三郷駅と当駅の間には、稲葉山仮停車場(王寺駅から路線延伸した際の暫定的な終着)と亀瀬仮停車場(柏原駅から路線延伸した際の暫定的な終着)が、奈良・湊町間全通までの間、それぞれ存在していた。

利用状況
大阪府・奈良県境の山間部に駅があるため、利用客数は少ない。


1911年(明治44年)11月5日 - 日本国有鉄道関西本線の王寺駅 - 柏原駅間に、当駅の前身である青谷信号所を開設。
1922年(大正11年)4月1日 - 青谷信号場に改称。


1927年(昭和2年)4月19日 - 旅客駅に格上げする形で、河内堅上駅として開業。


1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
1988年(昭和63年)3月13日 - 路線愛称の制定により、「大和路線」の愛称を使用開始。


2003年(平成15年)11月1日 - ICカード「ICOCA」の利用が可能となる。
2009年(平成21年)10月4日 - 大阪環状・大和路線運行管理システム導入。
2018年(平成30年)3月17日 - 駅ナンバリングが導入さ

 

駅番号 JR-Q29
所属事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
所属路線 Q 関西本線(大和路線)
キロ程 154.0km(名古屋起点)
加茂から33.1km


電報略号 カチ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線


乗車人員
-統計年度- 386人/日(降車客含まず)
-2016年-


開業年月日 1927年(昭和2年)4月19日
備考 業務委託駅
POS端末設置

エッセ ダイハツ工業(痛車ご注文はうさぎですか?)

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エッセ(Esse)は、ダイハツ工業が製造・販売していた軽自動車である。同社のミラをベースにした5ドアハッチバック型乗用車(いわゆる軽セダン)であり、同社の軽乗用車におけるエントリーモデルにあたる車種である。ちなみに商用モデル(軽ボンネットバン)は設定されていなかった。シンプル性とデザイン性を追求したモデルで、雑貨感が非常に強くお洒落なサンダル感覚の車である。2005年12月20日に発売開始された。月間販売目標台数は5000台と発表されていた。

台形を基調としたボディで、室内にあえて鉄板のままの部分を残すことにより、コストダウンおよび軽量設計としている。メーターは全グレードがセンターメーターとなる。発売時に用意されたボディカラーは8色。発売当時のグレード構成はX・L・D・ECOエコの4種類。本体価格は68.2万円~112.3万円。特にD・ECOの場合、装備はエアコン・パワステ・パワーウインドウなど必要最小限となっている。オーディオはAM/FMラジオ付きCDプレーヤーを装備する。スピーカーグリルには「連桁付き8分音符」が掘り込まれている。登場からおよそ1年後にはメーカードレスアップモデルの「エッセ・カスタム」が追加されている。ABSは全車オプション設定のみ。 ちなみにECOグレードはエッセの全グレード中で価格が最も安く、オーディオレス仕様および5速MTのみの設定となっていた。

駆動方式はFFと4WDの2種類。エンジンは新開発のKF-VE型を搭載する。ミッションは5速MT・3速AT・4速ATの3種類で、シフトレバーの配置は3種ともにフロアシフト方式。FF車の一部グレードに用意されている5速MTに加え、車重700kg台と非常に軽量な上に全高を全幅以下に抑えた台形フォルムの低重心ボディ、新発売当時各社660ccNAエンジンの中では比較的高出力だったKF-VE型エンジン、LSDを筆頭にダイハツ直系のチューニングメーカーであるD-SPORTから豊富に発売されているアフターパーツ類、安価で車体が手に入り尚且つチューニング費用を含めてもさほど大きな出費にならないことと相まって、ダイハツチャレンジカップ(2008年度をもって終了)のL2クラス(NA 2輪駆動クラス)への参戦が増えてきたため、これから「ダイチャレ」のメイン車両になる可能性が高いとされた。なお2WDの5速MT仕様の場合、パワーウェイトレシオは12.06kg/ps(ECOグレードおよび初期型のDグレード・共にネット値)と、この当時のスポーティーモデルではない一般的な実用・経済タイプの軽乗用車としては非常に低く優秀な数値となっていた。

車名の由来
英語で「不可欠なもの」を意味するessentialからの造語。

製造
ダイハツ京都工場→ダイハツ本社(池田)工場。生産工場の違いは車台番号の後半・上1桁で判別可能。

初代L235S/245S型(2005年-2011年)
2005年、第39回東京モーターショーでエッセが参考出品される。2005年12月20日に発表、ならびに発売開始。2006年12月25日、エアロパーツ・14インチアルミホイール・外付けタコメーター・ルーフアンテナ・前後ヘッドレスト付ローバックシート等を装備した「カスタム」が追加される。ムーヴカスタムやタントカスタムが前後のデザインを大きく変えているのに対し、エッセカスタムは少数のエアロパーツ(リップスポイラーやフォグランプ、リアスカート等)や専用ピンストライプ(デカール)が装着されているのみである。 ミッションは4速AT(FF、4WD)又は5速MT(FF車のみ)が選択可能。ただし前後のサスペンションにスタビライザーが装備されておらず、サスペンション、ダンパー、ブッシュ等のセッティングは標準車と全く同じものとなっている。これに伴い在来グレードは一部改良。一部のグレードに5速MT車の追加(LのFF車)。またエンジンマウントの材質が見直され、若干ではあるがアイドリング時の振動が低減した。2007年9月10日 ダイハツの創立100周年を記念した特別仕様車「VS メモリアルエディション」を発売。Lをベースに電動格納ドアミラー、ブラック内装色、チルトステアリングなど装備を充実させている。新色シャイニングレッドを追加。2007年11月9日 お買い得な特別仕様車の「Dセレクション」を発売。Dをベースにブラック内装色、リアドアおよびバックドアウインドゥのスモークドガラス、全ドア連動のパワードアロック等の特別装備が追加されている。ボディカラーにブラックマイカとルージュレッドクリスタルメタリックを追加。また、既存のシーブルーをクリアブルークリスタルメタリックに差し替えた。2009年4月20日 ラインアップが整理され、D(3AT/FF車のみ5MT)・X(4AT)・カスタム(4AT/FF車のみ5MT)の3グレードに集約。全車にキーレスエントリー、スモークドガラス、パワードアロックを標準装備とした。また、ボディカラーのクリアブルークリスタルメタリックをミントブルーメタリックオパールに差し替えた。2009年9月1日 Dをベースにミッションを3ATからロックアップ機構の無い4AT(電子制御ではない)に置き換え、環境対応車普及促進税制(エコカー減税)における自動車取得税・自動車重量税の減税に対応させたお買い得仕様のXスペシャルが追加。これに伴いDはFF車の5MT仕様のみの構成となり、事実上、オートマチック仕様車が全て4AT化された。2010年4月1日 一部改良。Xスペシャルを廃止し「D」に4AT車を追加、および13インチタイヤを標準装備し仕様を見直した。JC08コールドモードへの対応に伴い、全グレード・全仕様で10・15モード燃費が下がったため、環境対応車普及促進税制(エコカー減税)対象グレードが「D」と「カスタム」の5MT車のみとなる。また、ボディカラーのサンセットオレンジ、リーフグリーン、レッドが廃止され全7色になった。2011年8月末 次世代型後継車種の生産のため、オーダーストップに伴う形で生産終了。在庫のみの対応となる。2011年9月20日 実質的な後継車種となるミライースの発売開始に伴い後を託す形で販売終了。これと同時にダイハツ工業ホームページへの掲載も終了した。

ダイハツ・エッセ
L235S/245S型
販売期間 2005年12月20日 - 2011年9月19日
乗車定員 4人
ボディタイプ 5ドア ハッチバック
エンジン KF-VE型 658cc 直3 DOHC DVVT
駆動方式 FF / 4WD
最高出力 58ps/7,200rpm
最大トルク 6.6kg・m/4,000rpm
変速機 3速AT / 4速AT / 5速MT
サスペンション 前:ストラット
後:トーションビーム
全長 3,395mm
全幅 1,475mm
全高 1,470mm
ホイールベース 2,390mm
車両重量 700kg-780kg
生産台数 21万4960台
後継 ダイハツ・ミライース(事実上)

『ご注文はうさぎですか?』(ごちゅうもんはうさぎですか?、英称:Is the order a rabbit?)は、日本の漫画家であるKoiによる4コマ漫画作品。略称は「ごちうさ」。『まんがタイムきららMAX』(芳文社)にて2010年12月号掲載の後、2011年3月号より連載中。また、『まんがタイムきららキャラット』2012年4月号にてゲスト掲載されたほか、『アニメディア』(学研パブリッシング)にも2014年5月号から7月号まで掲載された。2014年、2015年と2度テレビアニメ化され、2017年にはスペシャルアニメの劇場公開がおこなわれた。
高校入学を機に「木組みの家と石畳の街」]に引っ越してきたココア。下宿先を探しつつ喫茶店に入ると、偶然チノという店員の少女と、ティッピーといううさぎに出会う。そこで休憩がてら下宿先の場所を尋ねると、なんとこの店こそが探していた自分の下宿先ラビットハウスであった。ココアは、お世話になる家に奉仕をするという高校の方針により、ラビットハウスの店員として、そしてチノの“自称”姉として働くことになるのであった。
木組みの家と石畳の街」という場所が舞台。西洋風の家屋が目立つ街並みをはじめ、建築物・構造物・植生・雑貨等に日本国内であることを思わせるような要素は、甘兎庵を除いてほとんど見られないが、通貨単位は円が用いられている。作者曰く、東フランスのストラスブールやコルマールの街並み、ハンガリーの温泉チェス(セーチェーニ温泉)など、ヨーロッパの色々な世界観を広く浅くモデルにしているとされる[194]。このため、テレビアニメの制作にあたってはコルマール・ストラスブール・モンマルトル・リクヴィール・エギスハイムの街への取材旅行を行った[195]。
街にはラビットハウスや甘兎庵など主要登場人物にゆかりのある喫茶店をはじめ、いくつかの学校、図書館、温水プールなどがある。公園や街路には野生の兎が多く生息している。また、街の住民の間では「シスト」と呼ばれる宝探しゲームが有名で、街の至る所に宝の地図が隠されている。青山ブルーマウンテン原作の子供向けアニメ『怪盗ラパン』が放送されている。

第二十三明力号(バックホウ浚渫)

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第二十三明力号(バックホウ浚渫)
LBD=43.2×18.0×3.2(m)日立ZX450H 1.6㎥

バックホウ浚渫船:バックホウと呼ばれる油圧ショベル型掘削機を搭載した硬土盤用浚渫船。バックホウは、掘削深度および半径を大きくするために台船の船首端の低い位置に据え付けられています。 船体を保持するためのスパッドが通常3本装備されていて、前部の2本が掘削中の船体を保持し、後部の1本を移動用に使用しています。

浚渫船(しゅんせつせん)は、河川や港湾などの浚渫作業を行う作業船。

種類と特徴
河川や港のように土砂が流入する場所は次第に水深が浅くなるため、定期的に海底をさらう必要がある。浚渫船はこうした水路の安全確保や、水中土木工事の基礎固めに使用される。

浚渫船は船とは言っても必ずしも船の形はしておらず、四角いプラットフォームに近いものも多い。艀のように自走能力がなく、タグボートに牽引されるものもある。 浚渫する場所の土質・水深・地形などで用途別の船が使い分けられる[2]。泥土や砂など柔らかい底質の場合グラブ、バケット、サクション式などが用いられる。より強固な底質の場合には大型のバケット式や、発破をかけ岩を崩した上でディッパー式など削岩できる浚渫船が使用される。

ドラグサクション浚渫船
ポンプ(サクション)浚渫船
カッターレス ポンプ(サクション)浚渫船
マイクロポンプ浚渫船
バケット浚渫船
ディッパー浚渫船
バックホウ浚渫船
グラブ浚渫船
軟泥浚渫船


バックホー(バックホウ)とは、油圧ショベルと総称される建設機械のうち、ショベル(バケット)をオペレータ側向きに取り付けた形態である。ドラグショベルともいう。オペレータ側向きのショベルでオペレータは自分に引き寄せる(抱え込む)方向に操作する。地表面より低い場所の掘削に適している。

油圧ショベルはアタッチメントと呼ぶショベルやバケット部分の付け替えによって様々な用途に使われ、バケットを上向きで、オペレータから遠ざけ押し上げる操作用に取り付けた形態は「ローディングショベル」と呼ばれる。

日本において、「バックホウ」がバックホー、油圧ショベル、ユンボの行政用語となっている。

荒田八幡停留場(鹿児島市電谷山線)

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荒田八幡停留場(あらたはちまんていりゅうじょう)は、鹿児島県鹿児島市荒田一丁目にある鹿児島市電谷山線の電停。使用する系統は鹿児島市電1系統のみである。停留所名の由来である荒田八幡宮は、かつての鹿児島総廟とされる平安時代創建の由緒ある神社です。

併用軌道上、2面2線の相対式ホーム。各のりばは電車が通過しない限りいつでも行き来できる。
両のりばに電車接近表示機及びアナウンスがある。
両のりばとも車椅子及び、電動車椅子はホーム幅が規定に足りないため不可。


のりば
1番のりば 停留所標識は電照式です。
1系統 - 郡元、脇田、谷山方面
2番のりば
1系統 - 二中通、天文館、鹿児島駅前方面
停留所入口へは横断歩道が車止めを回り込むようにスロープ入口に繋がっています。
※1番のりば、2番のりばの表記は当記事でのみのりばを分かりやすくするために記したものであり、実際には決められてはいない。

周辺
荒田八幡宮
ふく福 荒田本店
寿庵 荒田本店
鹿児島銀行 荒田八幡支店
鹿児島県知事公邸


バス路線(市営バス)
荒田八幡バス停
14番線(谷山線)
15番線(東紫原線)
15-3番線(東紫原線)
19番線(南紫原線)
28番線(伊敷・鴨池港線)
29番線(伊敷ニュータウン・鴨池港線)
30番線(明和・鴨池港線)

歴史
1912年12月1日 - 鹿児島電気軌道により設置される。
1928年7月1日 - 鹿児島市に移管(当時は電気局)。

荒田八幡電停
あらたはちまん
Aratahachiman
◄二中通 (0.4km)(0.4km) 騎射場►
所在地 鹿児島県鹿児島市荒田一丁目
北緯31度34分24.98秒 東経130度33分10.89秒
駅番号 口13
所属事業者 鹿児島市交通局
所属路線 鹿児島市電1系統
(線路名称上は谷山線)
キロ程 3.7km(鹿児島駅前起点)
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1912年12月1日


815系電車 JR九州の交流近郊形電車 (再編集)

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815系電車(は、九州旅客鉄道(JR九州)の交流近郊形電車。1999年(平成11年)10月1日の豊肥本線(熊本駅 - 肥後大津駅)の電化開業にあわせて営業運転を開始しました。

1999年10月1日、豊肥本線熊本 - 肥後大津間の電化開業および鹿児島本線熊本地区・日豊本線大分地区でのワンマン運転開始に伴い製造された。熊本・大分地区でのワンマン運転開始は、423系および457系・475系の置換えも兼ねたものです。

ワンマン運転と朝夕のラッシュ時間帯と日中とで需要変動が大きいエリアでの運用に対応できる車両として開発された。豊肥本線の電化開業区間・鹿児島本線熊本地区・日豊本線大分地区に投入され、423系および457系・475系を置き換えた。


JRグループでは初めて日立製作所のA-trainシステムを用いて製造された車両。デザインは、キハ200系以降のJR九州の新製系列と同様、水戸岡鋭治率いるドーンデザイン研究所が手掛けている。
811系、813系および817系との相互連結運転が可能となっています。このうち、813系および817系とは、貫通幌を使用することで編成間貫通とすることが可能です。
2001年(平成13年)、グッドデザイン賞およびブルネル賞を受賞した。最高速度は120km/hです。

 

A-trainシステムの特徴の一つである、摩擦撹拌方式 (FSW) により製造されたダブルスキン構造のアルミ合金車体となっており、従来の813系よりさらに軽量化が図られました。片側3箇所に両開き扉が設置されています。客室側窓は同系と異なり、扉間に1枚の固定式大窓を設けた。車端部の窓も固定式であり、開閉可能な客用窓はない。窓ガラスはUVカットガラス (UV96) を使用し、カーテンは省略されました。
813系同様、前面部中央に貫通扉を設けましたが、前照灯と尾灯は、同系よりも高い位置に上げられました。


塗装も同系と似ており、無塗装を基本に扉部分が赤色に塗装されたが、前位側については、同系のようにステンレス構体に鋼製の前頭部を接合する車体構造ではないため、前面の縁および貫通扉のみが赤く塗装されました。


行先表示器は字幕式で、811系および813系の表示に、豊肥本線系統の駅名を追加した内容である。側面表示器の駅名表記は、前2系列と同様に白地に黒文字で日本語と英語の並記だが、設置箇所は第4エンド端の1箇所のみで、編成単位での片側面では1箇所に集約。また、正面の表示器もキハ200系と同様に列車種別表示器が設置されるとともに、黒地に白文字の駅名表記も日英並記となりました。

車内設備がユニット化され、製造工程の合理化が図られている点も、A-trainシステムの特徴の一つです。運転室および車椅子対応便所(クハ814形第3エンド端に設置)が、独立したユニットとして設置されました。座席は、JR九州発足以降の新系列電車として、初めて全席ロングシートが採用され、背もたれと座布団が一人分ずつ独立した形状とされました。


車内収受式ワンマン運転を行うため、運賃箱、運賃表示器および整理券発行器を備えました。
また、813系と同様に、下り列車で進行方向右側となる客用扉の上部に、一行表示のLED式車内案内表示器が設置されました。ただし、同系では日本語のみの表記であったのに対し、本系列では、日本語と英語による表記が交互に表示されるようになりました。
客室内は、ステップ部も含め段差はなく、編成内の車両間の仕切り扉もありません。客室内のうち、運転室および客用乗降扉は、黄色に塗装されています。

窓ガラスは、紫外線96%カットの「UV96」が使用。そのため、窓から見る景色が暗い青になっていて、晴れていても曇りのように見えてしまう。


全編成とも門司港側からクモハ815形 (Mc) - クハ814形 (T'c) の2両で組成されている。車両番号は編成ごとに同じ番号で揃えられ、編成自体にも「Nxxx」の編成番号が与えられている。「N」は815系であることを示し、「xxx」は車両の製造番号に対応しています。
車両前面に表示される編成番号は「Nxxx」だが、正式な編成番号は熊本配置車は「NTxxx」、大分配置車は「NOxxx」である。編成記号の「N」は以前715系に使用されていた(N101 - 112編成)が、同系列は1998年(平成10年)までに全車廃車されており、本系列との記号重複は生じていません。

 

基本情報
運用者 九州旅客鉄道
製造所 日立製作所笠戸事業所
九州旅客鉄道小倉工場
製造年 1999年
製造数 26編成52両
主要諸元
編成 2両編成
軌間 1,067 mm (狭軌)
電気方式 交流20,000V 60Hz
(架空電車線方式)
最高運転速度 120 km/h
設計最高速度 120 km/h
起動加速度 2.6 km/h/s
編成定員 177人(立席)+ 94人(座席)= 271人
自重 クモハ815形33.0t
クハ814形26.0t
編成重量 59.0 t
全長 20,000 mm
全幅 2,950 mm
全高 3,680 mm
車体 アルミニウム合金
主電動機 かご形三相誘導電動機
主電動機出力 150 kW
駆動方式 TD継手式中実軸平行カルダン駆動方式
編成出力 150kW×4 = 600 kW
制御方式 IGBT素子VVVFインバータ制御+PWMコンバータ
制動装置 回生ブレーキ(純電気式)併用電気指令式空気ブレーキ
保安装置 ATS-SK、ATS-DK、EB装置、防護無線

 

オートビットZ56 250CC 藤田鉄工所

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藤田鉄工所の最大排気量の250CC,13馬力、3段ミッション。

名古屋のメーカーとして中堅で、地味ではあるが品質の良い安定した性能を誇り、人気があった。

Z型は改良を加え、H型、O型、SS型と車名変更しながら1959年まで発売された。AMALのキャブ。

新横浜駅(JR東海)(JR東日本)

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新横浜駅(しんよこはまえき)は、神奈川県横浜市港北区篠原町および新横浜二丁目にある、東海旅客鉄道(JR東海)・東日本旅客鉄道(JR東日本)・横浜市交通局(横浜市営地下鉄)の駅である。


概要
港町・横浜市の新幹線における玄関口となる駅である。

東海道新幹線開業時、在来線である横浜線との交点に当駅が設けられた。当時、当駅周辺は一面の田園地帯であり、横浜線は単線で列車本数も少なく、新幹線も各駅停車の「こだま」しか停車しなかった。しかし、開業後の当駅周辺の発展は目覚ましく、徐々に速達列車の「ひかり」の停車本数が増え、横浜線も複線化されて列車本数が増加し、1985年には地下鉄の駅も延伸開業して横浜市中心部へのアクセスが向上した。さらに1992年3月14日に新登場した最速達列車「のぞみ」の停車本数の増加など、主要駅としての地位は次第に高まり、2008年3月15日からは新幹線の全営業列車が当駅に停車するようになった。

駅名の新横浜は地名にも採用されている。また、当駅周辺地区(新横浜地区)は、横浜市における都心(ツインコア)の一つである新横浜都心に指定されており、多くのオフィスビル・ホテルが建ち並ぶほか、横浜アリーナや横浜国際総合競技場(日産スタジアム)からも近い。

横浜市の代表駅・横浜駅までは、JR横浜線は快速が3駅、各駅停車が4駅、横浜市営地下鉄は快速がノンストップとなる1駅、普通が5駅である。JR横浜線は、日中時間帯に運行される快速については全列車が横浜駅方面へ直通しているが、各駅停車は朝夕を中心に東神奈川駅で京浜東北線への乗り換えが必要な場合が多い。

JR新横浜駅の事務管コードは、▲460145となっている。

乗り入れ路線
JR東海の東海道新幹線、JR東日本の横浜線、横浜市営地下鉄のブルーライン(3号線)の3路線が乗り入れている。このうち、横浜線と横浜市営地下鉄ブルーラインの駅には駅番号が付与されている。

JR東海:■ 東海道新幹線
JR東日本:JH 横浜線 - 駅番号「JH 16」
横浜市交通局:B 横浜市営地下鉄ブルーライン - 駅番号「B25」
JR東海・JR東日本の駅は、特定都区市内制度における「横浜市内」に属する。また、東海道新幹線の駅の営業キロは横浜駅を準用している。このため、当駅から東海道新幹線を利用した場合、横浜駅から在来線(東海道本線)に乗車したものと同じキロ数で計算される。

相鉄・東急の新横浜駅(仮称)が開業予定(建設中)である。


駅構造
横浜線と横浜市営地下鉄は駅の横浜寄りでほぼ直角に交差している。東海道新幹線は両線と斜めに交差している。


JR東海・JR東日本
1987年の国鉄分割民営化以来駅舎はJR東海の所有・管理であるが、業務については1990年代よりJR東日本線ホームと篠原口出改札業務・券売機がJR東日本の担当に移行した。JR全線きっぷうりば(他社「みどりの窓口」とほぼ同様の業務を行っているが、マークや名称を使用していない)はJR東海が営業する窓口のみとなっている。

東海道新幹線は島式ホーム2面4線を有する高架駅である。以前は、主本線である2・3番線を200km/h以上で通過する列車があったため、ホームには熱海駅と同形式で開閉時にメロディが流れるハーフハイト式ホームドア(可動式安全柵)が設置されている。

また、ホームドアの老朽化(1985年設置)およびホーム幅の拡大を理由・目的に2番線(上り)および3番線(下り)のホームドアの取替が行われ、2番線(上り)は2010年3月末に完成し、3番線(下り)は2010年7月末に取替完了した。さらに、2017年3月10日より4番線(下り)に新たにホームドアが設置された。なお、1番線(上り)は当初、通過する列車がないため転落防止柵のみ設置されていたが、1番線にもホームドアが設置され、2018年3月より本格稼働する予定。

新幹線ホームは、一部相互発着という手法で列車を入線・出発させている。平日の9時までに当駅を発車する上りの「のぞみ」と「ひかり」に限り、新幹線通勤者で車内が混み合うのを避けるため、新幹線定期券や自由席特急券で普通車指定席の空席に座ることができる特例措置を採っている。また、朝6時台には当駅始発で広島行きの「ひかり」(N700系で運転)が1本ある(6時00分発)。2008年3月ダイヤ改正以前は新大阪駅発着の一部の「のぞみ」と「ひかり」が通過していた(2001年から2010年のJRダイヤ改正#2008年(平成20年)。このほか、かつては、主本線の2・3番線を「のぞみ」「ひかり」が、待避線(副本線)の1・4番線を「こだま」が使用することを基本としていたが、現在は列車種別と発着番線の間に法則性はない。

横浜線は島式ホーム1面2線を有する地上駅で、橋上駅舎を有している。土休日に運転されている特急「はまかいじ」を含め、すべての営業列車が停車する。

のりば
のりばの番号は東海道新幹線・横浜線の続き番号となっている。

北側から以下の通りである。

番線 路線 方向 行先
新幹線ホーム
1・2 ■ 東海道新幹線 上り 東京方面
3・4 下り 名古屋・新大阪方面


在来線ホーム
5 JH 横浜線 上り 菊名・東神奈川・横浜・桜木町・大船方面
6 下り 中山・長津田・町田・橋本・八王子方面

横浜線ののりば案内には一部列車の直通先の根岸線の駅名も記載されているが、JRのほとんどののりば案内では他線の路線名の案内の表示はされていない。なお、根岸線への直通は日中は横浜駅の一つ先にある桜木町駅までで、桜木町駅から先の磯子・大船方面への直通は朝夕のみである。


駅構内設備
新幹線改札口・新幹線東乗換口・新幹線西乗換口・北口在来線改札は2階(新幹線高架下)の位置にある。
篠原口改札(在来線)は新幹線ホームとほぼ同じぐらいの高さにあり、2階からは階段かエスカレーターを上る形となる。
北口はJR東海の管理である。JR東海のエクスプレス予約に対応している。
JR東日本線についてSuica導入当初、自動改札機での使用もできず、対応した機器に改造されるまで数日を要した。近距離きっぷ自動券売機があり、当初はSuicaに対応していなかったが、現在はTOICA、Suicaなど全国共通利用ICカードとも対応している。なお当該券売機は同駅から100キロメートル以内の区間の在来線の駅ほか一部の駅、連絡会社線の駅までの乗車券を購入できるが、2008年3月にSuica、ICOCAとTOICAの相互利用に備えてJR東日本仕様の物に更新されるまで、JR東日本と同一の機種を配備するも、その機器にJR東海のデザインシステムが施されていた。また、券面に「東日本会社線」等と表示しつつも、JR東海の券紙(地紋の会社名部分が「C」)で発券するという独自の仕様だった。
北口のJR全線きっぷうりばでは、「えきねっと」の受け取りができず、「休日おでかけパス」「ウィークエンドパス」といったJR東日本の特別企画乗車券などは購入できない。なお、特急「あさぎり」の小田急電鉄線経由JR東海線の連絡乗車券・特急券は発売している。
篠原口はJR東日本横浜支社・小机駅管理である。1990年代半ばまでは篠原口もJR東海が管理(JR東日本から見ると委託)し、JR東日本の社員は配置されていなかった。そのため、イオカード導入当初は自動改札機も自動券売機も使用できなかった。


JR東日本新横浜駅の駅事務室は新横浜駅本屋のなかに組み込まれておらず、篠原口のすぐ前にプレハブ作りの小さな事務室が別に建てられている。
新幹線乗換口のJR全線きっぷうりばは在来線の改札内にある。
在来線の改札内にあった篠原口の「みどりの窓口」は2007年3月5日に営業を終了し、JR東日本の指定席券売機が改札内に2箇所と改札外に1箇所設置されている。なお、この指定席券売機はJR東日本が管理しているため「えきねっと」の受け取りはできるが、JR東海の「エクスプレス予約」についてはJR東海の「JR全線きっぷうりば」や券売機・発行機での受け取りとなる。
JR東海新横浜駅の各ホームのエレベーターは、以前は業務用のエレベーターのみが設置され係員の付き添いがないと利用できなかったが、現在はホームの中央の業務用のエレベーターの背後に新しく客用エレベーターが設置されたため、係員の付き添いがなくても利用できる。
2017年11~12月、改札内に物販4店が開業した。新幹線側が「ギフトキヨスク」、横浜線側が「ベルマートキヨスク」「ランキンランキン」「新横浜ラーメン博物館ギフトショップ」。運営は、駅ビル(新横浜中央ビル、キュービックプラザ新横浜)も管理にするJR東海グループの新横浜ステーション開発が担っている。


JR東海(東海道新幹線)
待合室は東乗換口、西乗換口のある各フロア、下りホームに2か所の合計4か所ある。
トイレは東乗換口のあるフロアの東京寄りと西乗換口のあるフロアの東京寄りにある。
新幹線改札階とホームを結ぶ階段・エスカレーターは東乗換口・西乗換口ともに下りホームが2か所、上りホームが2か所である。


JR東日本(横浜線)
トイレはホーム八王子側端にある。
エレベーターは篠原口改札階とホーム階(下りエスカレータの降り口から八王子より)を結ぶ。
エスカレーターは以下の通り。2階から篠原口改札階に向かうエスカレーターのみ車椅子対応可能。
篠原口改札階とホーム階を結ぶ両方向が階段に沿って1本ずつある。
北口在来線改札階(新幹線乗換口階)→篠原口改札階を結ぶものがある。
売店は、「NEWDAYS mini新横浜2号店」がホーム東神奈川方にある。

駅周辺
北口
徒歩5分程度の所に、大規模催事場である横浜アリーナがある。

また、2002年FIFAワールドカップ会場の一つだった横浜国際総合競技場(日産スタジアム)への乗降駅でもあるが、横浜線の西隣の小机駅の方が至近である。

駅ビルであるキュービックプラザ新横浜がある。地上19階・地下4階建てで、2008年3月26日にオープンした。ホテルアソシア新横浜(2008年4月1日オープン)をはじめ、高島屋やビックカメラなどが入居している。

北口の駅設備
北口のある1階と改札のある2階との間には1フロア分の段差があるため、階段および上下両方向のエスカレーターとエレベーターがある。

北口と新幹線改札の間は以前は以下のような状態だった。

2000年代中頃(駅ビル工事の当初)まで - 北口のある1階に新幹線改札口があり、北口と改札口の間には段差がなく、改札内に階段および上りエスカレータ(北口改札口階→連絡改札口階)があった。
北口と横浜線改札の間は以前は以下のような状態だった。

1998年2月(かながわ・ゆめ国体に伴う工事前)まで - 北口のある1階に横浜線改札口があり、北口と改札口の間には段差がなく、改札内に階段があった。
1998年2月 - 9月30日(かながわ・ゆめ国体に伴う工事中) - 北口側の横浜線改札口は使用できなかった。
1998年10月1日以降(かながわ・ゆめ国体に伴う工事完了後) - 北口と横浜線改札の間は階段の他、上りエスカレータ(北口→改札)が存在していた。
2000年代中頃(駅ビル工事の当初) - 北口と横浜線改札の間の既存の階段が封鎖され、新たに車椅子昇降機の付いた階段が設置された。
トイレは1階で、以前あった北口のみどりの窓口奥付近に仮設されている。

品川・東京へ専用の券売機が2階新幹線改札口前のみどりの窓口内に設置されている。

篠原口
すぐ近くに山が迫っており、北口とは対照的にオフィスや商業施設は非常に少ない。住宅地や駐車場、空き地が広がる他、新幹線のホームからはキャベツ畑を見ることもできる。

 


篠原口の駅設備
篠原口と篠原口改札と間には高低差があるため、階段およびエレベーターがある。北口との間を結ぶ地下通路がある。横浜線の北口改札が1階から乗換改札口のフロアに移動する工事を行った際には、北口在来線改札を封鎖したために、横浜線ホームと北口側を移動する際に、篠原口と地下通路を利用するように案内があった。


神奈川東部方面線
神奈川東部方面線は、相鉄西谷駅と東急日吉駅を結ぶ連絡線であり、北口を通る環状2号の地下に横浜市営地下鉄ブルーラインと交差するように駅が設置される。

完成すると当駅を経由して相鉄線二俣川方面と東急東横線渋谷、目黒線目黒方面が乗り換えなしで結ばれ、東京都心方面・県央方面との間の利便性が向上する。完成は2022年以降で、駅構造は2面3線で建設が進められており、中線を使用して当駅始発東急線方面への列車設定や、輸送障害発生時における相鉄・東急双方への折り返し列車の設定ができるようにする計画である。

また、新横浜駅第5出入口が同直通線の整備(駅新設工事)に支障をきたすため、隣の空き地への移設工事を行っている。

当駅が相鉄・東急両社の接続点(共同使用駅)となり、西谷駅方面が相鉄、日吉駅方面が東急となり、それぞれの運賃が適用される予定である。


新横浜駅の構想は、戦前の弾丸列車計画にさかのぼる。この計画では、横浜における停車駅として「新横浜駅」を横浜線との交点に設ける構想だった。具体的には東急東横線との連絡を図るため、菊名駅付近とする案が最有力だったといわれる。

そもそも当駅周辺は鶴見川と鳥山川の合流する河川敷で、鶴見川が蛇行しながらV字型に流れていたため大雨による洪水が大変に多かった。そのため横浜市内ながら水田以外の利用が難しく、かつては広大な田園地帯が残っていた。ラーメン博物館・横浜アリーナ・プリンスホテル・横浜国際総合競技場・労災病院などの施設は駅舎も含め、駅開業前まではすべて水田であった。1964年の新横浜駅開業でその田園南部に駅舎が出現したが、開業後しばらく駅前には広大な水田や空き地が広がっていた。

新幹線開業当初は、「ひかり」が4時間で東京 - 大阪間を結ぶために停車駅を1 - 2駅に絞る必要があったため、「こだま」しか停車しなかった。しかし、「こだま」しか停車しない東海道新幹線の駅は熱海駅や三島駅のような例外を除き、中央に2本の通過線、両脇に2本以上の待避線を持った構造の物が普通だったのに対し、新横浜駅は当初から「ひかり」の停車駅になることを見込んで名古屋駅や京都駅と同様の島式ホーム2面4線構造で建設されていた。その後、1970年代に入りコンピュータの性能の向上により複雑なパターンのダイヤも組みやすくなったことと、横浜市民や横浜政財界からの強い要望に応える形で、1976年になって「ひかり」が停車するようになった。その後は年々停車本数が増え、1992年3月14日以降は「のぞみ」も停車開始、開業から40年以上が経過した2008年3月15日より全列車が停車するようになった。

また、横浜線快速停車駅を決定する際にも当駅は当初通過される予定だった。しかし、快速が新幹線の乗客に利便性をもたらさないデメリットや、「新幹線の停車駅なのに快速が通過するのはおかしい」という意見により、停車することとなった。

年表
1964年(昭和39年)10月1日:東海道新幹線開業に伴い横浜線との交点に開業。
1967年(昭和42年)10月22日:横浜線の菊名駅 - 当駅間複線化。
1968年(昭和43年)2月4日:横浜線の当駅 - 小机駅間複線化。
1976年(昭和51年)7月1日:「ひかり」停車駅となる(1日1往復)。
1985年(昭和60年)3月14日:横浜市営地下鉄3号線が横浜駅から延伸開業。市営地下鉄の終着駅となる。同じ日に「ひかり」の停車本数が1日3往復から1時間あたり2本に拡大。
1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、新幹線は東海旅客鉄道(JR東海)、横浜線は東日本旅客鉄道(JR東日本)が継承。
1988年(昭和63年)3月13日:横浜線に快速が設定され、その停車駅となる。
1992年(平成4年)3月14日:新幹線に「のぞみ」が新設され、下り列車の一部が当駅に停車するようになる。
1993年(平成5年)3月18日:横浜市営地下鉄3号線があざみ野駅まで延伸開業。
1996年(平成8年)3月16日:上り「のぞみ」の一部が停車するようになる。
1997年(平成9年)11月29日:朝晩の東京駅 - 博多駅間の「のぞみ」が停車するようになる。
1998年(平成10年)10月3日:リニューアル工事が完了。横浜線の北口改札のフロアが1階の新幹線の隣からみどりの窓口の上に移転する。同時に新幹線・横浜線改札口に自動改札機を導入し、イオカードが使用できるようになる。
2000年(平成12年)
関東の駅百選に選定される。
10月:東京駅 - 博多駅間のすべての「のぞみ」が停車するようになる。
2001年(平成13年)11月18日:JR東日本でICカード「Suica」の利用が可能となる。
2002年(平成14年)6月:FIFA(国際サッカー連盟)主催2002 FIFAワールドカップの開催会場である横浜国際総合競技場の最寄り駅として多数の観客を迎えた。これに合わせ、新横浜始発東京行き「こだま」の設定など、深夜帯におよぶ列車の増発なども行われた。
2003年(平成15年)10月1日:この日のダイヤ改正から山陽新幹線直通のすべての「のぞみ」が停車するようになる。
2008年(平成20年)3月15日:このダイヤ改正から、すべての「のぞみ」・「ひかり」が停車するようになり、東海道新幹線の全営業列車が停車することとなった。同時に、当駅始発の広島行き「ひかり」が設定された。当駅始発の新幹線列車が設定されるのは初めてのことである。
2014年(平成26年)7月10日:横浜市営地下鉄の発車メロディが横浜F・マリノスの応援歌「We are F・Marinos」に変更。
2015年(平成27年)7月18日:横浜市営地下鉄のダイヤ改正により運転を開始した快速の停車駅に設定される。

所属事業者 東海旅客鉄道(JR東海)
東日本旅客鉄道(JR東日本)
電報略号 シヨ
駅構造 高架駅(新幹線)
地上駅(橋上駅)(在来線)
ホーム 2面4線(新幹線)
1面2線(在来線)
乗車人員
-統計年度- (JR東海)-2016年-
32,682人/日(降車客含まず)
(JR東日本)-2016年-
62,409人/日(降車客含まず)
開業年月日 1964年(昭和39年)10月1日
乗入路線 2 路線
所属路線 ■東海道新幹線
キロ程 28.8km(東京起点)
◄品川 (22.0km)(55.1km) 小田原►
所属路線 ■横浜線
駅番号 □JH 16
キロ程 6.1km(東神奈川起点)
◄JH 15 菊名 (1.3km)(1.7km) 小机 JH 17►
備考 JR東海:駅長配置駅(管理駅)
JR東日本:直営駅
JR東海:みどりの窓口 有
浜 横浜市内駅
新幹線駅はJR東海、在来線駅はJR東日本管理

KC-767J(航空自衛隊)

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KC-767は、アメリカ合衆国の航空機メーカー、ボーイング社が開発した空中給油・輸送機。開発母機はボーイング767。

ボーイング社では、これまで空中給油機としてKC-135 ストラトタンカーと、それを母機にしたボーイング707の派生型KC-707を製造してきたが、707は性能の陳腐化から1991年に生産を終了した。また、アメリカを代表する空中給油機は他にマクドネル・ダグラス社のDC-10を改造したKC-10 エクステンダーもあるが、マクドネル・ダグラス社がボーイング社に吸収されたため、後継機が開発されないままとなっていた。

そこでボーイング社は両機の後継として、自社のボーイング767を改造した空中給油・輸送機、767T-T(767タンカー・トランスポート)を提案、イタリア空軍と航空自衛隊が最初の顧客となった。なお、ボーイング767は開発を日本、イタリアの企業がそれぞれ全体の15%を担当している。

アメリカ空軍へ約100機のリース契約も決定していたが、リースでは購入するよりも高額であることが明らかになったことと、採用をめぐって国防総省との裏取引疑惑が取り沙汰されたことから採用を取り消された。紆余曲折の末、より発展させたKC-46が採用された。

 

開発母機は767の中でも機体の短い767-200ERの貨物タイプで、機体は小さいが航続距離が長いことが利点である。これは、長胴タイプの767-300ERでは離陸時に尾部のブームが接地する恐れがあったためである。

胴体尾部のフライング・ブーム式給油ブームの根元には大型機用のプローブ・アンド・ドローグ式給油装置1基を備える。また、翼端に給油ポッドを装備することもできる。それぞれの給油速度は、ブームが毎分900ガロン、中央部のプローブが毎分600ガロン、翼端の給油ポッドは毎分400ガロンである。フライング・ブームは新型の5世代型で、空力学的に洗練された形状と、フライ・バイ・ワイヤ方式の採用により高い精度での制御を可能としている。また、このブームは接触による受油機への潜在的な損傷を低減するため自動的に位置を補正する機能を持っているほか、以前のブームより2,600個部品が少ないために維持が容易である。ドローグも新世代型で、高耐久性と耐衝撃性のものとなっており、ワイヤーや可動部分のないトリチウムライトが装備されている。KC-767自身もフライング・ブーム式の受油リセプタクルを装備しており、空中給油を受けることが可能である。

KC-767で大きく変わった点が、給油装置の操作方法の変更である。KC-135、KC-10の空中給油オペレーター席は機体後部に設けられており、受給油機に対してオペレーターが窓越しに視認して給油操作を行うものであった。これに対し、KC-767のコックピット後部に設けられているRARO(遠隔空中給油操作ステーション、空中給油オペレーター席(AROS)2席で構成)から機体下部に装備しているテレビカメラの映像をモニター画面で見ながらタッチパネルとコントロールスティックで給油操作を行う。この給油システムは、KDC-10に搭載されたRAROシステムの発展型でRARO IIと呼称される。

操作員はロックウェル・コリンズ製の遠隔視野システム(Remote Vision System)という3D対応のゴーグルを着用し、カメラで立体的に映されたブームの様子を見ながら操作を行う。ゴーグルが無くても操作員席にある大型ディスプレイのみで操作することもできる。テレビカメラは機体底部に5台あり、機体後部には予備のオペレーター席や窓は装備されていない。テレビカメラは3次元立体視が可能なBARCS(Boom Air Refueling Camera System)及び2次元で三方向を監視可能な赤外線カメラSACS(Situational Awareness Camera System)で構成されており、前者はブーム付け根のフェアリングに、後者は後部胴体のフェアリングに装備される。

なお、空中給油装備以外に、キャビンを輸送スペースとして利用でき、C-130 ハーキュリーズを上回る航続距離と搭載量を有している。積荷は機首前方左側の入り口から搬入する。キャビンは貨物用・人員輸送用・貨客混載の3タイプあるが、この転換作業は少人数でも数時間で終えることができるようになっている。人員なら200名、車輌も小型トラックなら4台を格納できる。

エンジンはベース機と同じく、ゼネラル・エレクトリック製のCF6-80C2か、プラット・アンド・ホイットニー製PW4000を選択できる。イタリアと日本は共にGE製を選択した。なおベース機はロールス・ロイス製RB211も選択できるがKC-767では提供されていない。

日本
2番目の顧客として、日本の航空自衛隊が2001年(平成13年)12月に採用を決定し、こちらは防衛省の名称としてはKC-767、当初ボーイング社はKC-767Jとしていたが、現在はKC-767と表記している。2003年(平成15年)3月に初号機の購入契約を交わした。購入においては伊藤忠商事が代理店となっている。

自衛隊の要求は、フライングブーム式の給油装置で、1つの給油ポイントで最大8機に給油可能であること、輸送人員は200名程度、パレット化貨物は6枚、小型トラックは4台が搭載できること、航続距離は貨物搭載量30トンのときに6,500km以上であることであった。エアバス社のA310を改造したA310MRTTが競合機種としてあげられたが、空自が同型のエンジンを搭載しているE-767、B747-400(政府専用機)を運用しており、整備面での有利さもあったKC-767が選定されている。なお、ベース機体の発注先が日本政府であったE-767とは異なり、最初から一般輸入として航空自衛隊向けに発注されたため、カスタマーコードはE-767の「7C」とは異なる「FK」が割り当てられており、ボーイング方式の詳細な形式では「ボーイング767-2FK/ERの改造機」という位置付けになる。

J型はアメリカ空軍式のフライング・ブームのみを採用している。この方式の空中給油を受ける機体はF-15J/DJ、F-2A/B[15]であるが、E-767早期警戒管制機も配管などの準備が施されている。なお、UH-60Jの空中給油方式はプローブ・ドローグ方式である。また、C-130H輸送機にも受油レセプタクル及びプローブ・アンド・ドローグ式空中給油ポッドを装備する予定で、2010年2月空中給油ポッドを増設した機体が第401飛行隊に配備された。

空中給油機の獲得によって、滞空時間延長がなされ、作戦機の効率的な運用が可能となるとされている。また、空中給油をすることで離着陸回数が削減されることから、基地周辺の騒音低下にもつながると期待されている。さらに、KC-767の航続距離は貨物32トンで9,260km、4.5トンで14,075kmであり、航空自衛隊の戦術輸送機では最大となるため、この能力を生かした様々な活躍が期待されている。

調達購入は中期防衛力整備計画(平成13年度〜16年度)の2002年(平成14年)度予算から決まり、1年に1機ずつ計4機を調達することになった。1号機(機体番号:87-3601)は2007年(平成19年)2月〜3月の納入が予定されていたが、ボーイングによる試験が遅延し、アメリカ連邦航空局(FAA)の型式証明取得に時間がかかることとなった。これにより新たな取得予定は2007年(平成19年)7月末に延期されたが[18]、それも間に合わず、伊藤忠商事には1日あたり1,100万円の遅延賠償が発生した。2008年(平成20年)2月29日に納入されたが、防衛省は22億円(契約額の10%で規定上の上限)を伊藤忠商事に対して請求することを検討している。2号機(機体番号:87-3602)は2007年(平成19年)度前半での受領が期待されていたが、こちらも初飛行が2007年11月18日となり、2008年3月に納入された。3号機(機体番号:97-3603)は2009年3月9日、4号機(機体番号:07-3604)は2010年1月8日、それぞれ小牧基地に配備された。

防衛省に納入された各機は技術実用試験を経て配備となる。航空自衛隊では2008年度から1年をかけて、飛行開発実験団空中給油輸送機実用試験隊にて実用試験が行われた。拠点基地は小牧基地で、2009年3月26日に運用する給油・輸送部隊(第404飛行隊)が編成された。

航空自衛隊では迅速な作戦遂行のために12~15機、少なくとも8~9機を獲得しようと考えているが、追加購入調達については、予算削減を受けた16大綱及び中期防衛力整備計画(平成17年度〜21年度)で、C-2次期輸送機を同時に8機獲得する予定であったため、また、KC-767は高額なため、すでに2007年(平成17年)度予算で計上された4号機で取得を中断し、あとは運用結果を踏まえて検討することになった。2013年3月31日時点で保有数は4機である。その後、2015年10月23日には、KC-46Aの導入決定が発表された。

KC-767Jにはアメリカ海軍・海兵隊式のプローブ・アンド・ドローグ式給油装置は装備されてはいないが、こちらも運用結果を踏まえて追加装備するか検討している。

スペック
乗員 - 3名(コックピット座席は4)
全長 - 48.51m
全高 - 15.90m
全幅 - 47.57m
翼面積 -
空虚重量 -
最大輸送人員 - 192名~200名
最大燃料重量 - 91.627t(F-15戦闘機15機が満タンになる)
最大離陸重量 - 186.88t
エンジン - GE CF6-80C2B6F ターボファン2基
推力 - 272.3kN×2
最大速度 - マッハ0.86
航続距離 - 14,075km
実用上昇限度 - 13,137m

ホンダ・NS250R(痛バイク)

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ホンダ・NS250R(痛バイク)
NS(エヌエス)とは、本田技研工業がかつて製造発売したオートバイのシリーズ商標である。
1980年代半ばから製造された水冷2ストロークエンジンを搭載するロードスポーツのシリーズ商標で排気量別に50㏄・125㏄・250㏄・400㏄クラスモデルが製造販売されていたが、自動車排出ガス規制の影響により1999年にNS-1を最後に現在すべて終了した。

いずれのモデルも水冷2ストロークエンジンのほか、共通事項として6速マニュアルトランスミッションを搭載。さらにサスペンションは前輪がテレスコピック、後輪がプロリンク式スイングアームとしており、フレームは50㏄モデルがセミダブルクレードル型となるほかは、ダブルクレードル型を採用する。

NS250R/F
1984年4月25日発表、同年5月25日発売。フルカウルを装着するレーサーレプリカタイプとしたのがNS250R、ネイキッドとしたのがNS250Fで型式名は共にMC11。

HRC製レーシングマシンRS250Rと同時開発され、搭載される排気量248㏄のMC11E型90°バンクV型2気筒エンジンはクランクケースならびに内径x行程が同一であるほか、以下の基本設計を共用する。

NSシリンダー - ポートタイミングのみ変更
マニュアルトランスミッション - ギア比変更
キャブレター・リードバルブ - 口径のみダウン
フレーム - 角型断面構造ならびに骨格のみ共用
このほか、NS500用に低中速域でのトルクアップを目的に開発された排気管容量可変システムATACや急ブレーキ時のフロントフォーク減衰力調整機構 TRAC[注 3]などを装備する。

またFはRから単純にカウルを除去し価格を10万円ほど下げたモデルではなく、以下に示す装備品の相違がある。

フレーム - R:アルミニウム製 F:スチール製
ホイール - R:NSコムスター F:ブーメランコムスター
キャブレター型式 - R:TA06 F:TA07
ダブルホーン・リヤフャークスタビライザー - Fのみ装着
1986年1月21日には、1985年度ロードレース世界選手権でフレディ・スペンサーの500cc・250cc両クラス制覇を記念したレプリカのロスマンズカラーモデルを同月22日から4,000台限定で発売された。

車名 NS250R
型式 MC11
全長(m) 2.005
全幅(m) 0.720
全高(m) 1.040
最低地上高(m) 0.145
ホイールベース(m)1.375
シート高(m) 0.780
車両重量(kg) 161
最低回転半径(m)2.8
50㎞/h定地走行燃費 36.0㎞/L
60㎞/h定地走行燃費 27.0㎞/L
原動機型式名 MC11E
冷却・行程 水冷2ストロークピストンリードバルブ
シリンダー配置 90°バンクV型2気筒
総排気量 248cc
内径x行程(mm) 56.0x50.6
圧縮比 7.0
キャブレター TA06
最高出力 45ps/9,500rpm
最大トルク 1.7kg-m
/8,500rpm 3.6kg-m
/8,500rpm 5.1kg-m
/8,000rpm
始動方式 キックスターター
点火装置 CDI式マグネット
潤滑方式 分離潤滑
潤滑油容量 1.7L
燃料タンク容量 19.0L
クラッチ 湿式多板
変速方式 左足動式リターン
変速機 常時噛合6段
1速 2.800
2速 1.800
3速 1.375
4速 1.153
5速 1.000
6速 0.900
1次減速比 2.481
2次減速比 2.800
フレーム形式 ダブルグレードル
フロントサスペンション テレスコピック(円筒空気バネ併用)
リヤサスペンション プロリンク式スイングアーム
キャスター 27°15′
トレール(mm) 100.0
タイヤ(前) 100/90-16 54S
タイヤ(後) 110/90-17 60S
前輪ブレーキ 油圧式ダブルディスク
後輪ブレーキ 機械式ドラム 油圧式シングルディスク

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